続63 蹴られて・殴って・抓られて
「いやー、もうすぐ修学旅行だね」
「……」
放課後、一日の授業を乗り越えた体を解放感が潤す。時間に差はあれども全校生徒が絶対に実行する帰宅をしている最中だ。隣には春日、まいべすとがーるふれんどと並んでバスを待っている。爽やかな笑みを浮かべて屈託なく話しかけている今現在、俺の右足は破壊されている。ガス、ガス、と五寸釘を打たれるような鋭利で涙誘う激痛が足の脛を襲う。たまにゴリッ、と骨が削れる音も聞こえるが気にしたら負けだと思う。思考が働いたら負けかなと思ってる。
「すんません、痛いんでやめてもらえないすか?」
「うるさい」
要望を一蹴、同時に物理的意味で一蹴が脛にクリーンヒットする。痛い、果てしなく痛い! も、もぉなんだよこの子。バイオレンスの申し子かよ。抗議したところで恵お嬢様のキック祭りは止まりそうにない。順調なペースで足の細胞が破壊されております。……そのうち右足がポロッと取れるんじゃね? レゴブロック的な軽いノリで外れそうで怖い。なぜ春日がここまで執拗に蹴ってくるのか、恐らく今朝の一件があるからだ。日下部のことを相談しようと水川を探すと一組へと辿り着き、何も考えずにペラペラと話そうとした時だった。あ、これ春日に聞かれたらヤバくね?と危機回避能力が発動した。日下部と春日はかなり相性が悪い、初対面の時から威嚇し合ってピリピリしていらっしゃった。そんな春日が聞いている状態で、日下部からヨリ戻そうと言われたんだけど俺はどうしたらいいすか?と水川に相談するなんて自殺行為甚だしい。足どころか四肢全てをレゴブロック的ノリでもがれる。エクゾディアになっちゃうよ。フルネームの前に『封印されし』がついてしまう。卒業式の時とかどうなっちゃうんだよ、「卒業生、封印されし兎月将也」とか校長から言われるの? 高校卒業しても中二病を卒業出来てないよそれ。
「今朝、何言おうとしたの?」
「だから痛いって」
いつものごとく話が逸れてしまった。その後チャイムに助けられてその場をやり過ごした。何か言いかけて口を閉じた俺を不審に思ったのだろう、春日は休み時間になる度に二組へと乱入してきた。米太郎シールドを駆使して逃げるのに苦労したよ。そして昼休みは水川と二人で会い、邪魔されることなく相談した。おかげで答えは出た。後は日下部に言うのみ、だ! 決意を固めて帰り支度を整えていると春日に捕まって今現在の状況となりました。何か隠していると疑っている春日、さあ吐けと言わんばかりに細胞破壊ローキックを繰り返し行っている。拷問ですかこれは。えー、でも話したら絶対蹴られるじゃん。話してもそうでなくても結果は変わらないって救いようがないぞ。ゲームだったら絶対に救われる選択肢があるはずなのに。現実は厳しいや。どちらの道を選んでもローキックエンドは免れない。強いて違いを挙げれば話した方が蹴りの威力が上がる気がする。このまま口を割らずにバスが来るのを待つべきだ。……まぁバスに乗ってからは脇腹抓り地獄が待っているのだろうけどさ。ここは耐えろ将也、君なら頑張れる! 二年生になってからお前は幾度となく理不尽な暴力を受けてきた。あのスパルタ極悪非道な攻撃を耐えてきたではないか。今では火祭との特別鍛錬を経てさらに屈強なボディーを手に入れただろ。この程度の蹴りで弱音を吐くな。気持ちの問題だ。さあ心の底からドMになろうぜ!
「……うあ!?」
「ん?」
ビクン、ビクン、と痙攣している右足はきっと喜びのあまりアヘッているんだと脳内で変換してマゾヒズムな歪んだ性癖の世界へ片足を突っ込んでいると突如横から声が聞こえた。春日のさらに奥、そこに立っていたのはとある男子生徒。ただしうちの高校の制服じゃない。違うタイプの学ランを着た男子生徒、俺の知っている人物だ。同じバイト先に勤める同僚で、かつては喧嘩をしたこともある。池内君がこちらを見て嫌そうな顔をしていた。おいおいそんな顔するなよ。同じバイト先の仲間だろ。仲間じゃないか、おまえら。鉄拳の二つ名を持つ中二病患者の池内君。その実態はただモテたいだけという残念過ぎる男子だ。なんでこんなところにいるんだよ。
「久しぶりだな池内君」
「だ、だから名前違うんだよ」
「そうだったかな。ごめんね、封印されし池内君」
「封印……ふっ、我が鉄拳が普段は封印されていることをよく知っていたな」
うわ、すぐに順応しやがった。封印という言葉を聞いて調子に乗る辺り、彼は立派な精神病を患っているようだ。自身の拳を触りながらニヤリと気味悪く笑う姿は思わず携帯電話の1、1、0のボタンを押したくなる。勘弁してくれよ、同じバイトの同僚として恥ずかしい。
「そして名前を間違えるでない。我が名前は草壁だと何度言えば分かるんだ」
「るせーな、調子乗んなよ。火祭呼ぶぞコラ」
「ごめんなさい」
一瞬のうちに足を折りたたんで地面に頭をこすりつける池内君。土下座をするモーション速過ぎだろ。ビックリした。頭を下げるスキル高いなおい。初めてお前のことすごいと思ったよ。……ん? ふと気づけば足から痛みが消えている。ひたすら蹴られていたはずなのに。春日が蹴りをやめていたのだ。どうした、と思ったら春日は俺の右隣から反対の左側へと移動していた。まるで池内君から逃げるようにして。そして左に移ったら俺の左腕にしがみついて密着してきよった。うお、どうしたのさ。ぎゅ~と両腕を使ってしがみついて離れようとしない春日。池内君から姿を隠すようにして抱きついてきたのだ。え、あの、急にデレた!? ツンからデレへのシフトが激し過ぎる。とか思ったけどすぐに合点がいった。ああ、池内君ね。恐らく突如現れた池内君にビックリしたのだろう。この子、男が苦手だから。
「ぁ、あの……俺、何かしたかな?」
「ごめんな、この子人見知りなんだよ」
春日から避けられて傷ついた顔をする鉄拳。なんつー悲しげな表情なんだ。捨てられた小型犬を彷彿とさせる。そう落ち込むなって。春日はほぼ全ての男子を苦手として距離置いているからさ。かなり面識のある米太郎ですら未だに友達未満だ。そんな中、春日と付き合っている俺は特別な存在ってことですねはい。ヴェルタースオリジナルです。
「ほら春日、こいつは俺と同じバイトの池内君だ。挨拶して」
「……兎月」
「いや俺にじゃなくて」
池内君を見ようとしないでひたすら腕に抱きついて離れようとしない春日。ものすごく可愛い。あ、本音出た。なんでこの子はこんな性格なんだよ。さっきまで連続蹴りを放っていたのが嘘みたい。急に大人しくなってしまった。ホントこの子は内弁慶だな。よくそれで昔バスの席を奪えたね。あの頃のワガママお嬢様の影は薄れて今なんて小動物のように怯えている。あの……そんな密着されると困るんですが。その、なんか、微妙な膨らみを感じるというか。ふよふよした柔らかい感触が二の腕に当たっている。当たっているよ! 困っていたら、ふと池内君から何やら視線を感じる。何とも言えない顔で羨ましそうにこちらを見つめている。どしたよお前まで。
「あの、そちらの人……もしかして」
「うん。クリスマスの時話した、彼女だよ」
「……君はすごいね」
ただただ羨ましそうに見つめてくる池内君。その姿は次第に色が薄れていき、淡く寂しげに消えてしまいそうだった。おいおい急にどうした池内!? なんでそんな悲しそうで泣きそうな顔しているんだよ。今にも消え入りそうな表情をしている。おいマジでどうした、哀愁とかそんなレベルの顔面じゃないぞ。
「え、でも火祭さんともデートしていたのに……」
その発言を聞いて春日の掴む力が嫌な意味で強くなった。痛い痛い、抓るなって。
「そっか、君は……本当にすごいね。羨ましいよ、っひく」
あ、そういうことか。池内君が鉄拳とか名乗って中二病全開なのは女子にモテたいからだ。バイトだって女子にモテようとして始めたと聞いた。そんな池内君、その表情から察するに彼女がいないんだろう。そして俺には彼女がいる。腕にしがみついて抱きつく彼女が。完全なる自慢になるけど可愛い彼女ですわ。火祭と並ぶ二年生トップクラスの美少女。俺のまいべすとがーるふれんど、そりゃ池内君泣くよね。見せつけてごめん。
「ま、まあ。それはそうと池内君はどうしてここにいるんだ?」
「ぐすっ……うん、ちょっと買い物していたんだ。そしたら近くに高校があるから覗いてみようかなと思って」
「そうなんだ、へー。あんまりジロジロ見ると不審者扱いされるから気をつけてね。じゃあな」
「せ、せっかくだからもう少し話そうよ」
頃合いなので話切り上げて別れようとしたのになぜか食い下がってきた。お前最初嫌な顔していただろ。なんで会話続けようとするんだよ。今度はこっちが嫌な顔しているから。ああ早くバス来てー。
「そ、そちらの彼女さんは春日さんって言うの?」
「……」
ガン無視の春日。一切池内君の方を見ようとせず、顔を俺の胸の中にうずめる。あーはいはい怖かったな。サラサラの長髪を優しく撫でる。一瞬、胸元から猫がゴロゴロと鳴くような声が聞こえたが気にしないでおこう。可愛いなチクショー。
「う、うぅ」
「ああもうメンタル弱いなお前」
その程度の無視で泣きそうになるなよ。俺なんて付き合ってからも無視されるんだぞ。さらに言えば米太郎なんて常に無視されている。最近なんて存在自体を無視されているぞ。それでも米太郎は泣かない、前を向いて野菜を頬張っている。あいつも成長したんだな。親友として嬉しいよライス太郎。屈強なお米スピリットを見習ってほしいものだ。これ以上は池内君と春日の為にならない。話題を変えなくては。
「そうだ、俺来週から修学旅行からバイト無理だわ。代わりに頑張ってよ」
「え? そうなの? うーん、じゃあ来週は俺一人か」
あ? もう一人いるだろバイト。ほら、日下部が。あいつと店長の三人で頑張っておくれよ。
「日下部さんも来週休むって」
「理由は?」
「分からない。確か旅行に行くって」
へえ、旅行か。あいつも旅行に行くんだな。まあ旅行くらい行くか。にしてもあいつもか。俺らは修学旅行で同じタイミングで日下部も旅行。トラベルはいいよね~。旅行先のハプニングとか憧れるよ。その間池内君はバイト頑張って。
「兎月、バス来た」
春日が喋った。と思ったらバスが来たことを告げただけだった。「声も可愛い……!」と呟く池内君にノーモーションで腹パンする。可愛いのは百も承知だよ馬鹿。うちの彼女をジロジロ見るな。イラッとするから。嗚咽を漏らして地面に崩れ落ちる鉄拳。なんかドンマイ。
「兎月早く」
「ちょ、引っ張るなって。じゃあね草壁、お土産買ってくるから楽しみにしてろよ~」
う、うん!と地面に伏しながらも最後は良い返事を返してくれた池内君。もうちょっとしっかりと顔を見たかったが春日が無理矢理引っ張ってくるのでそれは叶わなかった。ちょっと待って、そんな急がなくてもバスは待ってくれるって。どんだけあの場から逃げたかったのさ。バスに乗って二人並んで席に座る。ふー、疲れた。足を蹴られたり腕に抱きつかれたり、体が対応しきれないよ。何はともあれようやく帰宅だ。……あれ、なんか…………脇腹が痛い。
「……今朝、何言おうとしたの?」
「おぉふ」
春日によって脇腹を抓られていた。肉が掴まれて悲鳴を上げている。あ、あぁ……またしても拷問が始まるのか。そこから春日の家に着くまでずっと抓られ続けた。




