続62 水川の説教2
「ふーん、そんなことがあったんだ」
昼休み、とあるお金持ちの先輩が開放してくれた立ち入り禁止の屋上で水川と二人でランチタイム。ただのランチならここに火祭や春日も呼んで盛大にレッツパーティーするところだが今回は違う。日下部のことについて水川から意見をもらう為、相談に乗ってもらうことを目的にこうして二人だけで冬のクソ寒い屋上で昼食を食べているのだ。あー、寒っ。場所間違えたかな、いやでもここ以外だと春日にバレる可能性があるし。この屋上もすぐ見つかりそうで怖い。そして寒い。
「最近起きたことは以上かな。質問ある?」
「なんで兎月が偉そうなのよ」
「す、すいません」
朝のホームルーム前かその後の休憩時間に話そうと思ったけど予想以上に話が複雑だったせいと、俺の話術が拙い点、そして春日の執拗な二組乱入の以上三点があった故にこうして昼休みまで水川ご相談センターへの問い合わせが遅れた。アイコンタクトで屋上に来てくれと水川に伝えて昼休み開始のチャイムが鳴ると同時に教室から飛び出した。春日には申し訳ないが今回の話を聞かせるわけにはいかない、俺も自分の体は大事なんです。とりあえず近況は全て説明した。バイト先で元偽カノと出会ったこと、ヨリを戻そうと言われたこと。後は水川真美ちゃんによるアドバイスの時間だ。
「兎月って一体何を目指しているの? ハーレム作りたいの?」
「ふぁ? い、いやそんなつもり微塵もないのですが」
何を言っているんすか。俺にはもう一生を共にすると誓った相手がいるんすよ。ハーレムとかラノベ主人公みたいなことするつもりも出来るわけもない。同じ高校生の羽瀬川君とか上条君とかに任せるよ。
「うちの妹にも手を出してさー。美保梨は最近ずっと兎月のことばかり聞いてくるんだから」
水川の妹の美保梨ちゃん。小学生とは思えないくらいしっかりした性格で、さらには姉の水川を超えるであろう小悪魔女子の素質も持つ子だ。俺のことを気に入っている、らしい。会う度に若さパワー全開で腹部に弾丸タックルで突撃してくる。おかげで会う度に嘔吐の危険に晒されている俺。美保梨ちゃんと会ってから吐きそうになる頻度が増えてきた気がするよ。いや吐いてないけど。寸前のところでモラルとプライドの双璧に支えられて耐えている。吐くのは大学生になってお酒を盛大に飲んだ時って決めているんだ。偉そうにドヤ顔でビール飲めますよアピールしてすぐ酔いつぶれてみたい。おろろろ、と信じられないくらいキレーな吐き音を奏でてみたいよね。……話がストライクゾーンからボール二つ分もズレてしまったので軌道修正するか。
「で、俺はどうしたらいいんすかね?」
「いや答え出てるじゃん。その元カノとヨリ戻すつもりはないんでしょ?」
そりゃないですよ、と言わんばかりに首を縦に振る。
「だったら普通に断ればいいじゃん。何を迷うことがあるのよ」
こいつ馬鹿かよ、といった目でこちらを見てくる水川。お弁当のアスパラベーコン巻きを頬張りながら溜め息を吐いている。なんか俺に対して呆れてない? やめてよ、そーゆー態度。微妙に傷つくよ。正論というか答えをズバッと言われてぐうの音も出ない。何も言い返せない口は小さく開いて静止するのみ。どうしようもないので開いた口にメロンパンを詰め込む。美味い。……確かに水川の言う通りだ。ごもっともですの一言に尽きる。現実世界でも異世界でもよくある話さ、昔付き合っていた女子からヨリ戻そうと言われるのは。そこでヨリ戻すカップルもいれば今の恋人が大事だからと相手を一蹴してしまうパターンだって多々ある。よくある話、そうさ、その通りだ。日下部とは半年間カップルとして仮交際してきた。その期間は、まあ、それはそれで楽しかったさ。嫌な終わり方したけど今に繋がっているから別に恨んでいたりしない。そして、楽しかったけどもう一度ヨリを戻そうというつもりは一切ない。俺の中で日下部とは完結している。俺達の戦いはまだ始まったばかりだ!で完結している。あれ、それって打ち切りじゃね?とか言われそうだが実際人気ない漫画の打ち切りみたくスパッと切られたので割と的を射た表現だと思う。例え下手の俺にしては上手い例えだったのではなかろうか。はいボール一つ逸れた。つまり日下部とヨリ戻すつもりはない。よって水川の言う通り断ればいい、それで済む話。……なんだけどさぁ、こう……心が落ち着かないというか。
「うーん、それはそれとして。どうして元偽カノは俺とやり直そうとか言ってきたんだろうな、今の時期になって」
「そんなこと知らないよ。やっぱあの人良かったわ的なことでしょ。恵のことが大切ならズバッと断りなさい」
「うー、そっすか。いや、でもはっきり断るのは相手が可哀想というか……」
あっちは俺のことズバッと切ったけどさ。……無下に断れないんだよな。勿論オッケーするつもりはない。けどキッパリ断るのは日下部に申し訳ないというか何というか。別に日下部のこと嫌いじゃないからさ。ズバズバッと言うのは気が引けるんだよな……。ん? 弁当を食べていた水川の表情が険しくなっている。馬鹿を見る目は違う意味の色味を帯びており、なんとなく怒っているような。あ、あれ? なんか水川が怒っている気がする。その予感は見事、
「兎月、それはサイテーだよ」
的中した。箸を置き、ギロリと睨んでくる水川。うっ、その目やめて。どこかの不機嫌で理不尽なお嬢様のこと思い出すから。確実に春日の睨み方が伝染している。水川の小悪魔女子パワーが火祭に影響を及ぼしたように、春日のつり目睨みも水川に伝授されたようだ。ちょ、怖い。思わずメロンパンを食べる手が止まって息も止まる。水川の説教タイム突入だ。
「相手が可哀想だから断りたくってのは兎月の自己満足だよ。はっきり伝えることが兎月のすべきことだと思う。ズルズルと答え先延ばしにしても相手に長いこと辛い思いをさせるだけだし。……あの時と一緒でしょ。また後悔するつもり? また女子に悲しい思いさせるつもり!?」
ギロギロッ!と睨む目力もさることながら凄まじい剣幕で半端ではない威圧感を放つ小悪魔系女子、いや悪魔系女子。悪魔すらビビる怖い表情をしている。そして言葉が心に突き刺さる自分がいた……。うっ、それ言われると返す言葉がない。……あの時、春日に告白する日のことだ。はっきりと告げることが出来ず辛い思いをさせてしまった。分かっていたのに、言葉にして伝えるのが怖くて尻込みして、最後は後悔することになった。火祭のことを……きっぱり断ることが出来なくて、失敗してしまったあの時。火祭を最悪な形で傷つけてしまった。それをまたお前は繰り返すつもりか、と水川が言っている。そのつもりなら今ここで殺す、とも言っている。表情一つでそれらを物語る親友が目の前にいた。
「その元カノのこと知らないから私には関係ないかもしれないけどさー。兎月がヘタレ行為で女の子を泣かせるようなことがあるなら……友達として粛清しないといけないかもね……!」
語尾を伸ばしながら言葉を紡ぐ姿は般若のオーラを纏っている。おいおい水川さん!? あなた春日からだけじゃなく火祭からも何かしらの特殊能力を伝授していたのかよっ。火祭が怒った時に纏う血祭りの火祭オーラ、それに近い雰囲気が水川から放たれているのだ。春日、火祭、水川、この仲良し三人娘は俺の知らないところでお互いの長所を共有し合っていたのか。共有し、成長してやがる。一人ですら鬼に金棒なのにお互い分け合って今では水川一人で金棒三本持っているみたいだ。三刀流だよ、一本口に咥えて振り回しているよ。おまけに水川は駒野先輩からアイアンクローの技も受け継いでいる。運良く金棒一本弾き飛ばしたところで空いた手によるアイアンクローが襲う。もう隙がないよ。美少女三人が手を組むとこうなるのか……すごいな。まあ三人揃ってもさすがに胸の成長が進まないようだけど。だって三人共そんなに大きくな、
「なんか関係ないけどイラッとしたら殴るね」
「痛い! こめかみ殴らないで!」
怒りマークを浮かべながら水川が接近してきた。次の瞬間には頭の右側部から激痛が走り抜けていった。拳をグーにしてこめかみへ捻じり込むようにしてグリグリと押しつけながら殴ってきやがった。ぐあああああぁ!? 頭が痛いいいっ! な、何いまの技……。火祭の夜天・真空極拳流にあんな技あったかな? ただ殴るのではなく拳でこめかみを抉るようにして放ったパンチは文字通り頭部が削がれたように痛い。激痛が半端じゃない、痛みで死ねる。春日のローキックは瞬間的で鋭い痛みなのだが今の攻撃はひたすら激痛が続く。じ、地獄かこれ。つーか心の思考読むなよ。胸のこと考えた俺も悪いけどさ。す、すいませんでした!
「……で、分かっているよね? 自分がどうすべきか。そうしないと誰を悲しませることになるのか」
今度は怒りの色ではなく、真剣な表情でこちらを見つめる親友。……分かっているよ、もう失敗はしない。後悔しない為に。相手を傷つけたくないし、何より俺自身が傷つかない為にも。キッパリと断って日下部に悲しい思いをさせたくない、そんなのは俺のエゴでしかない。分かっていながらも分からないフリをしていた。だから水川に相談したのだ。自分の口からは出せない答えを水川に出してもらって納得したいフリをして。逃げているだけだ、それも分かっている。分かっていながらするってことは、やっぱりまだまだ俺の中にはヘタレ魂が残っているようだ。あの時に捨てたはずなんだけどなぁ……はぁ、情けない。分かっているよ、分かった上で今度はちゃんと行動に移す。そうしないとまた相手を傷つけることになってしまう。春日との関係が壊れるのは嫌だ。一番大切なものは何か一番理解しているのは俺自身じゃないか。それを守れずヘタレに逃げてどうするんだ。……火祭を傷つけてでも選んだ相手だろ。なら日下部だって同じだ。俺の中途半端な優しさで答えを逡巡するのは間違っている。もう二度と同じ失敗は繰り返さない、もう二度と後悔はしたくない。よし、言おう。はっきりと、キッパリと、それが辛いことでも選択しなくてはならない。春日のことを思うなら、そうすべきなんだ。俺はそう思う。
「ありがとな水川。俺またヘタレになるところだった」
「決心がついたようだね。最後はバッチリ決める、それでこそ兎月だよ」
激しい剣幕の鬼オーラも消えて水川はニコッと優しく微笑んでくれた。本当にありがとう、米太郎や水川がいてくれたおかげでここまで来れたと思っているよ。本当、良い友達と出会えて良かった。そういえば金田先輩のリゾート島で一緒に露天風呂入った時も水川に説教されたよな。あの時も助けられた。ホント、水川には頭が上がらない。よしっ、もう大丈夫だ。もうブレたりしないぞ。後は、日下部に会って言うだけだ。
「次バイト入って会ったら返事返すよ」
「次のバイトっていつ?」
「えーと、来週かな?」
「……来週は修学旅行だよ」
…………え? そ、そうだっけ? あー、そ、そういえば一月中旬は二年生最大のイベント、修学旅行があったような。あれ? 日下部と会えない。こめかみ走る激痛に悶えながらも答えと向き合って進もうとしたのに、なんか出鼻を挫かれた気分だ。マジかよ、てことは当分会えないのでは……? アドレスもあいつ変わっていて呼び出せないし。えー、なんか締まらないなぁ。
「ま、まあ修学旅行帰ってきてからでも遅くないだろ」
「うーん、たぶん。……むー、どうかな」
水川も渋そうな顔して頷いてくれた。何だよ、何か気がかりなことでもあるのか?
「いやさ、なーんか嫌な予感がするんだよね」
「おいおい米太郎みたいな勘の良さを出さないでくれよマミー」
「マミー言うな」
春日の睨み、火祭のオーラ、駒野先輩のアイアンクロー、挙句の果てには米太郎の鋭さまで手に入れたんですかー? どこかのバトル漫画みたいな展開だな、会った人物の能力をコピーするなんて。能力をコピーするのって強キャラが多いよね。まあそんなことはいっか。たぶん大丈夫だろ、水川の杞憂ってことで。修学旅行から戻ってきてから日下部には伝えることにするよ。そう思って再びメロンパンを頬張る。
水川の嫌な予感は見事に当たるなんてこの時は微塵も思ってもいなかった。高校生活最大のイベント修学旅行まで残り一週間。




