続61 ご相談は水川さんへ
冬の寒さが身に染みる今日この頃、鉛色の曇り空によって遮られて太陽の恩恵も浴びることが出来ず、凍える風が肌を切り裂くのをじっと堪えて歩く他ない。早く春の訪れが待ち遠しいものだ。毎日の登下校も楽じゃない。
「おっはよー将也ぁ、今日も寒いね。ツイッターで寒いなうって呟きたいよね!」
「ホント寒いな、米太郎」
教室に入れば当然のように駆け寄ってくる一人の男子生徒、名前を佐々木米太郎と言う。長身で自称ナイスガイ、そして可愛い女子と全ての野菜を愛する青年。ベジタリアンを超越した野菜中毒者として名を馳せている。今日もハイテンションで訳の分からないことを喋っている米太郎、笑顔で近づいてくる傍ら漬け物が敷き詰められた入れ物、通称漬け物タッパーを手に持っている。今日も漬け物ライフか。今日も漬け物が美味しいよ、とか言い出すんだろうなぁ。
「いやぁ、今日も漬け物が美味しいよ」
見事に当たった。予想が一秒後には現実となってしまったぞ。あまりに完璧なタイミングにちょっと驚きを隠せない。いくら俺とこいつが同類、つまり馬鹿同士で思考回路の構造が似ているとはいえ一言一句的中させてしまったのには運命的な何かを感じる。え、嫌だよ。なんでこいつにデスティニーを感じなくてはいけないんだ。激しく拒絶する。これだから周りから野菜コンビだと言われるんだよ。
「ところで将也、なんか元気ないけど何かあったのか? 親友で心友の俺が相談に乗ってあげてもいいぜ」
出たよ米太郎のやけに鋭い推察能力。こいつある程度人間性治せば名探偵として生きていけるんじゃね? ……まあ見事にお前の言う通りだよ。何かあった身でございます。最後の一言にイラッときたがこいつになら話しても大丈夫だろう。頼むぜ心の友よ。
「じゃあちょっと聞いてくれ」
「おう、任せなさーい」
「例えばさ、あの、これは俺の知り合いの奴の話なんだけど。そいつには彼女がいるんだけど、つい最近になって元カノがヨリ戻そうって言われたらしいんだ。どうしたらいいかな?」
「死ねばいいと思うよ、将也」
うおおお、久しぶりに米太郎の冷たい目を見た気がする。そ、そんな目で俺を見るなよ。知り合いの話だって言っただろ。何その睨みっぷり、まるでその話の中心人物はお前だろと言わんばかりじゃないか。……ま、まあー……その、俺のことなんですけどね。
バイト帰り、元カノ的ポジションに一応属する元偽カノの日下部を送り届けている時に事件は起きた。日下部がもう一度付き合おうと言ってきたのだ。あの時は店長の掌底ビンタ以上に脳が揺れた。そして何より日下部の真摯な眼差しが脳裏に焼きついて離れない。あの日下部があんな表情であんなこと言うなんて驚きだ。俺のことなんてたまたまいた都合の良いテキトーな仮交際相手でしか認識されていなかったと思っていたのに。……うーん。
「なあ将也、とりあえずグーで殴っていい? これ殴っても許されるよな?」
「落ち着け米太郎、その拳は人を殴る為のものじゃなく人と守る為の手のはずだ。グーじゃなくてパーにして、そして愛する人の手を握ってやれよ」
「アシュラマンくらい手がないと追いつかないくらい手を握ってあげる女子がいる奴に言われたくねぇよ!」
そう言って米太郎が両腕をぐるぐると振り回してきた。小さい子供がキレた時使う技だ。攻撃と防御を同時に行う意外と隙がない優秀な技性能を誇る。いやそんなことはどうでもいいんだけどさ。大体何だよアシュラマンって、今時の小中学生知らないだろ。親友の攻撃を防ぎつつも日下部のことについて考える。……なんか、なぁ。こういう時って誰に相談すればいいのだろうか。米太郎は怒ってたくあん臭い口臭を吐き散らすだけだし、やっぱり水川に相談するべきだったか。困った時の水川真美ちゃんさん、あの子に相談しよ。
「なあ、水川はどこに行った?」
「さっき一組に行ったぞ。火祭とガールズトークでもしているんじゃないかな?」
なるほどね一組か。そうとなれば急いで一組へ向かおう。こーゆーご相談は早めにした方がいい。世の中の大抵のことは早めにやっておいて損することはないと俺は十六年間の人生で学んだ。テスト勉強然り夏休みの宿題然り。
「あ、待てよ! まだ俺の阿修羅バスターを食らわしてないぞっ!」
「じゃあな米太郎」
「む、無視だ。冷たい、親友が無視する。冷たいなう!」
ホントお前は冷たいくらい寒いな。誰もリツイートしてくれなさそうなつぶやきを大声で叫ぶ米太郎をスルーして隣の教室へと移動。朝のホームルームが始まる前に水川からアドバイスを受けておこう。そうすれば授業中ずっと悶々と考えることが出来る。なんと時間効率の良いことだろう、俺すげー。……効率重視で考える問題じゃないんだけどね。はぁ……胃が痛い。とりあえず水川に相談しよう。話はそこからだ。
「あ、水川いた」
「兎月じゃん。なんで一組に来たのさ?」
なんだよ水川、二組の俺はエリートの一組に来たら駄目だって言いたいのか。それだったらお前も場違いだろうが。けど水川は二組では上位に入る成績を誇っており来年からは一組に上がる候補筆頭だけどね。え、俺? あっはは、ただでさえ特進クラスにいること自体奇跡な上に一ヶ月丸々休学していた俺が一組とか上がれるわけないじゃん。良くて進級、現クラス維持が最高だ。今思えばなんで俺は特進クラスに入れたのだろう? そして米太郎も。ある意味永遠に解けない謎だな。
「水川に用があって来たんだよ。ちょっと話聞いてくれ」
「いいけど何?」
朝のホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴るまで数分程しかない。急いで相談するか。そう思い水川の下へと向かえば……水川の周りには火祭と春日がいた。三人揃って仲良くキャピキャピ~とお喋りしていたみたいだ。
「おはよう、まー君」
「おお火祭おはよー。春日もおはようさん」
「……」
柔和で満面の笑みで挨拶をする火祭、そして無表情のまま何も言葉を発しない春日。うーん、このコントラストにも見慣れたものだ。いつ会ってもニコニコと微笑んでくれる火祭、赤みがかった優艶な長髪とアーモンド形の綺麗な瞳は絶賛今日も可愛い、可愛過ぎる。もうぶっちゃけアイドルより可愛いんじゃね? いや割と真面目に。さすが上中下のランクで可愛さを計って特上の特上と称されることだけある。そんな愛想の良さ抜群の火祭に対してまさに正反対の位置に君臨しているのがマイ彼女の春日だ。今日も絶好調で無表情無口無愛想の三拍子揃っている。挨拶したのに余裕で無視してくださっている。最近は比較的返事を返すようになったと思ったのに実はそうでもない、やっぱ気分なのかな。火祭に負けず劣らずのサラサラとした綺麗な長髪、透き通るような素肌は白く淡く、端麗な小顔がキュートだ。ちょいキツめのつり目は本人の不機嫌さを存分に表しており、その目で睨まれようものならビックリキュンしてしまう。ビックリキュンとはビックリと胸キュンが同時に発生する現象のことである。今日も平常運転ご苦労様です春日お嬢様。もう見慣れたよその目、あと今にもローキックが飛んできそうで怖い。
「それで兎月、私に話って何?」
ああ、そうだった。別に春日に会いに来たわけじゃなかった。いやそれもどうかと思うけど。今のを口に出すと確実にローキック発動条件を満たしていたな、うん。なるべく婚約者を刺激しないようそっと放置して話を進めるか。
「聞いてくれよ水川、実は昨日バイトで……ぁ」
話し始めようとした辺りでふと脳がタイムをかけてきた。両手を使ってTの文字を作っている。……待てよ? 今この場で話していい内容なのか……? ここには火祭と春日もいる。そんな状態で俺実はこの前バイト帰りに元カノからヨリ戻そうと言われたんよねー、どうしたらいいかな?とか言ってみろ。ローキック発動条件どころかデッドエンディングの条件すら満たしている。火祭の夜天・真空極拳流を受け、春日伝家の宝刀ローキックを連打され、雰囲気に流されてなんかノリで水川が何かしらの暴力を振るってくる、それつまり死じゃないか。あ、ヤベェ。今ここで言える内容じゃない。もっと隠密にこっそり水川と二人きりで話すべきだった。一組に行く時点で気づけよ、水川が一組に行く=火祭や春日に会いに行くってのは明々白々だろうが。ホントなんで俺特進クラスいるの? 江戸川君が呆れてバーローも言ってくれないレベルだよ。
「? 早く言いなよ兎月」
「あー、いや、ごめん。やっぱ後でいいや」
言葉を濁して回れ右をする。ここは素早く退避だ。変にごにょごにょして水川の好奇心をくすぐるのは良くない。急いで戻ろう、うんそうしよう。もうすぐ朝のホームルームが始まるしね、さあ今日も張り切って睡眠学習に勤しみましょう!
「……兎月待ちなさい」
逃げようとしたら腕を掴まれた。正確に言えば抓られた。逃げようとした俺の腕を親指と人差し指のみで掴んで離そうとしない春日。朝の挨拶すら返さない無口さんなのにこーゆー時は積極的に喋るのねあなた。チラッと後ろを振り返れば少し不機嫌そうに睨んでいるではないか。出たよビックリキュン状態。
「え、何どうかした? 紅茶買ってきてほしいの?」
「違う。兎月、何か隠し事してる」
……な、んてことだ。春日が鋭い、米太郎並みに鋭い。見事に的中された。じっとこちらを見つめて離さない春日、そして抓るのも止めない。そろそろ皮膚が赤く腫れて痛みが激痛へと変化しそうなのですがぁ。痛い痛いっ、人間って二指だけでここまでの痛みを量産出来るものなのか。春日は何か隠していると察して逃がさないよう捕まえたみたいだ。さすが彼女なだけある、とても嬉しい。そして辛い、逆に辛い! え、この空気ヤバイ。正直ヤヴァイよ。なんか言わなくちゃいけない空気になっているもの。隠し事してると断言された以上誤魔化しは効かない。否定したらそれこそ怪しく思われる。水川と火祭も特に何も言わずこっち見て待っている感じだしさ。……え、言うの!? いやいやいや! 言ったら死ルート確定じゃん。
「ねえ」
「うぐぐ……」
こんな時だけハキハキと喋るなんでズルイよ卑怯だよ。もしこれが逆の立場だったとしよう。俺がいくら追及しても春日は無言というドロー4並みに強いカードを出し続けて無視するだろう。無敵過ぎるだろそれ。俺だって真似したいよ。だが出来ない。そんなことしようものなら遠慮なくローキックが飛んでくる。脛を破壊するローキック、腰を粉砕するミドルキック、パンツが見えそうになってかなり興奮するけど首の骨が軋むハイキックの三連コンボに発展する恐れもある。ど、どうしよ……これは言うしかないのか? ど、どうする? どうすればいいんだ!? 誰か助けて、アシュラマン助けて! よく知らないキャラだけど助けてくださいっ。
「……ねぇ兎づ」
「ホームルームを始める。席に着け」
春日の最終勧告を打ち消すように流れたチャイムの軽快な音色と一組担任の厳格な声、連動してクラスの人間が一斉に雑談をやめて席へと座る。こ、こここここれは!? 好機!
「あ、水川チャイム鳴ったから教室戻ろうぜー、火祭春日またねー」
水川の手を取り強引に逃走する。チャイムの音で気が緩んだのか、春日の抓る力が弱まっていたおかげで無理矢理逃げても肉が軽く引き千切れる程度の怪我で済んだ。腕を走る痛みに耐えつつ素早く一組から脱出。ふう、危なかった。ありがとうチャイムさん、以前あなたのことを恨んだりしてすみませんでした。あのナイスタイミングで鳴ってくれたのは本当に助かったよ。
「兎月、何かあったの?」
教室から出ると水川が不審そうに尋ねてきた。今なら言えそうだな。ああ良かった、春日にバレずに相談出来る。
「いや実はさ」




