続6 別荘1
米太郎に相談しても意味がなく、結局のところ水川にアドバイスをもらった。何のアドバイスかって? 別荘で俺がどんな立ち振る舞いをすればいいかだ。ゲストとして春日家の別荘に招かれるわけなので、あまりにラフな格好は好ましくないだろう。よってスーツだ。と言ったら「兎月アンタ馬鹿ぁ?」と二号機パイロットみたいな口調で水川に一蹴された。どうやら普通の格好でいいらしい。てことで適当なパーカーを着て俺は我が家を後にした。手には着替えとか別荘で使う物を入れたバッグを持って。
そう、なんやかんやとしているうちに週末がやって来た。最近一週間が早く過ぎるように感じるよねー、といった会話は必ず学校のどこかで誰かがやっているってくらいによく耳にする言葉。そんな感じにあっという間に週末が来たと思ってもらえたらいい。ちなみに、レム睡眠がどうのこうの言っている奴は恐らく授業中に寝ていた奴らだ。どーでもいい情報だったね、話を戻そう! 勉強だらけの平日は過ぎ去り、いよいよやってきました別荘に行く日。楽しみであり不安でもあるこの一泊二日の休暇を無事に終えることが出来るかどうか……さてはてどうなることやら。
「お久しぶりです、兎月様」
「こんにちは、前川さん」
家の前にスタンバイしていたのは春日家の専属運転手の前川さん。初老の物腰柔らかい男性だ。温和そうに見えるがこれでも武術の達人、間違いなく俺の十倍は強い。界王拳を使っても届くかどうか怪しい。まあそれはいいとして、前川さんはものすごく優しくて良い人だ。春日家の良心と言っていい。そんな運転手さんが俺の家の前で待っていた。おお、なんと迎えに来てくれたのか。お気遣いありがとうございましゅう。
「兎月様、どうぞ中へ」
「ですから様付けはしなくていいですって……あ、春日」
「……」
庶民だから様付けには慣れないんだよなぁ、とか思いつつ車内に入ると春日が座っていた。今日もまあお綺麗だこと。つーか私服パネェ。白のワンピースにオレンジ色のカーディガンを羽織っているがこれが素晴らしいくらい素晴らしい! ヤバイ、日本語がまともに喋れていない。とにかく春日さん最高ってことで。
「……兎月」
「ん、こんにちは」
どことなく春日も嬉しそうに見えるのはきっと気のせいじゃない。付き合う前の俺じゃ気づかなかっただろうなぁ、彼女の口元が少しだけ緩んでいて小さく微笑んでいることに。いつもより雰囲気が柔らかくて機嫌良さそうにつり目がキラキラと潤んでいることに。こんな機微たる変化に気づくようになったのも春日とより近い距離で、ずっと傍にいるからなのだろう。……おいおいどうした俺、なんかクールなこと言っている気がするよ。何なのカッコつけてるの? これはアレだな、別荘へ行くのが楽しみでテンションが変な方向に飛んでいるっぽい。遠足前のウキウキ小学生レベルってことだ。いかんいかん、落ち着け俺の中のテンション君。もっとハイになるのは夜になってからでいいんだ、ってよくないよっ!? 馬鹿か俺は、昼間は春日と二人きりだけど夕方にもなれば春日のご両親も合流するんだぞ。あの親バカモンドセレクション金賞受賞な春日父の目が光るところでイチャイチャ出来るはずがはない。殺されちゃうって。な、なら……昼間っからイチャイチャ? ……っ、うへへ、って落ち着け俺! 夜のいかがわしい俺はお留守番していろ!
「到着しました」
などと一人頭の中で踊り狂っているうちに駅へと到着。うお、もう着いたのか。ここからは電車を使って別荘へと向かう。別荘までなかなか遠いが、それはまあ仕方ない。旅行気分を楽しみましょう。
「送ってくれてありがとうございました」
「いえいえ、それではお気をつけて」
キリッと凛々しく、そして若干のニヤリを含んだ表情で前川さんは微笑んでいた。前川さん笑ってたなぁ……あの人も楽しんでいらっしゃるようで。車を降りて前川さんと別れる。前川さんはまた春日家に戻って春日父の帰りを待つそうだ。んで父母を連れて直接別荘へ行くと。んでんで俺と春日は交通機関を利用して先に別荘へと行く。つまり、だ。ここからしばらくは春日と二人きりになるんだよなぁ………う、うん………手、とか……つ、繋いでいいよね? だ、だって付き合っているん、だし……?
「……」
「あ、あの……春日」
「アレ兎月と恵じゃない?」
「おっ、見っけ。まっさや~」
のたうち回る心臓を抱えつつ激しい熱を帯びる頬を懸命に引き締めて、自分の手を春日の手へと向けて運んでいたら、まさかのまさかだ。
「こ、米太郎。それに水川……」
駅のホームに米太郎と水川がいた。なんだこいつら、なんつータイミングで登場しやがる。俺の緊張とドキドキ返しやがれ。何よりイチャイチャファーストコンタクトチャンスを返せ!
「真美……どうしたの?」
「きゃー、恵ってば私服姿も可愛いーっ。ねぇそれどこで買ったの? しまむら?」
お嬢様が買いに行く可能性のある場所として最もありえないだろそこ。ちなみに春日と水川は親友レベルに仲が良い。こんな感じでいつもキャピキャピしている。ここに火祭も加われば美少女三人娘の完成だ。
「おーす将也、質素な服だな。もっとファッション気にかけようぜ」
「黙れ、しまむライス。気持ち悪いから」
ちなみに俺と米太郎は学校の外ではそんなに仲良くない。
「おぉい!? そ、そんなことはないだろ!?」
地の文にツッコミ入れてくるな馬鹿。……つーかなんでこの二人がこんなところに……
「恵、その荷物重そうだね。やい兎月、男の子なら荷物持ってあげなさいよ」
「さっき持とうとしていたんだよ」
「手を繋ごうとしていたの間違いじゃない?」
「ぐ……」
さすが水川、鋭いな。そして春日、それを聞いて照れ隠しのつもりかもしれんが、鞄をぶつけてくるのは勘弁してください。一泊するだけの荷物分だとハンマーの役割を十分に果たすだけの威力が出るから痛いから。素早く春日から荷物を受け取る、もとい奪い取る。まあ彼氏だからね。というかダメージが深刻でした。
「で、なぜ水川達はここに?」
偶然なわけないよな。明らかに意図して来ている。ちっ、駅から出発するって言うんじゃなかったな。水川には相談に乗ってもらう代わりにかなり詳細なスケジュールも教えてしまった。何しに来たのですか。
「私は恵に会いに来ただけだよ~」
「そうですか」
「俺は将也に会いに来ただけだよ~」
「そうか気持ち悪い、帰れ」
「俺には厳しい!?」
はいはいテンプレお疲れ様。ふーん、要するに二人は俺達の見送りに来たってことか。別にどこか遠くに長期間滞在するわけでもないんだし、そんな見送りだなんていらないと思うんだけど……まぁ恐らく水川は、
「恵ぃ、嫌だったり恥ずかしかったら遠慮なく言うんだよ。そーゆーのはムードよりも自分の気持ちが大事なんだからねっ」
「~~……っ、うん」
こうやって春日を茶化しに来たのだろう。あらら、春日の顔はトマトのように真っ赤だわ。わざわざ休日を使ってまでからかいに来るなんてホント大した親友だよ。さすが水川さん。
「将也」
「あ? まだいたのか」
「いるよ! ずっと傍にいる!」
ずっとは勘弁してください。割と真剣に。ごめんなさい。
「そ、そんな切実そうな顔するなよ。ほら、お前にこれを渡しておく」
「ん? 何これ?」
ヒソヒソと小声で囁きながら米太郎は何やら包装された小さな封筒を渡してきた。なんだこれ、金一封でも入っているのか?
「いいか将也、もし困った時はこれを開けなさい」
「何が入っているんだよ」
「それは見てからのお楽しみだ。いいか、困った時にだけ開けるんだぞ」
いつになく真剣な米太郎の気持ち悪い顔に思わずこちらも身構えてしまう。こいつが真剣に気持ち悪い顔をしているってことは……これはかなりシリアスな内容に違いない。困った時だけ……この薄さは恐らく紙……手紙か何か? 何かアドバイスの書いた紙を……
「あんま深く考えるなって。ま、俺も無事を祈ってるよ」
「だから、ただ別荘に遊びに行くだけだから。そんな心配するな。そして気持ち悪い」
「お前今日会ってから終始気持ち悪いしか言ってないからな!?」
おお、米太郎にまともなツッコミを入れられたのは久方ぶりだ。なんと新鮮で気持ちわ
「はいそっから禁止!」
「……」
「んじゃ私達そろそろ行くね」
あ、もう行っちゃうんだ。
「本当にからかいに来ただけかよ」
「あはは、まあそれもあるけど、単純に恵に会いたかったからだよ」
コロコロと変化する水川の表情。優しげで楽しげで嬉しげで、どれも幸せそうに微笑んでいる。水川なりに気遣っているようだ、俺の相談聞いてちょっと心配だったみたい。うーん、俺的には俺の命が危ないからもっとその辺を心配されたかったけどね。
「……バイバイ、真美」
「バイバイ、恵。楽しんできなよ」
「うん」
水川に会えたことで春日も嬉しそうだし、来てくれてありがとうな。てな意味を込めて目線を送ったら、「いいってことよ」と返してくれた。視線で。もう水川ともアイコンタクトで会話が出来るほどになってきた。うん、この感じがなんか心地いい。その隣で「野菜も食えよ」とアイコンタクトしてくる馬鹿がいるが無視だ。つーか米太郎は何しに来たんだよ。ほとんど何もやってないぞ。
「さて、じゃあ帰るわよ佐々木」
「え? おいおいマミー、せっかくだし一緒に駅前で遊ぼうぜ」
「マミー言うな。はんっ、佐々木と二人きりでどこか行くとかマジないわ~」
「……くすん」
いやホント……マジで何しに来たの米太郎。
「んじゃ、俺らそろそろ行くわ」
「気をつけてね~。また学校で」
「野菜はしっかり摂れよ~」
ついに口で言ってきやがったよ。そんな二人に見送られながら、春日と二人で改札口へと向かう。さて、別荘での長い道のりと長い長い一日の始まりだ。




