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続59 バイトの休憩中にて

春日家での食事会は地獄だった。いや料理は大変美味しかったのだけど、それを満足して心の底から食すことが出来ない激闘があったわけです。高飛車な態度の日下部に触発されて春日の機嫌はすこぶる悪かった。機嫌が悪いというかピリピリしていて非常に荒ぶっていまして。そんな娘のおかしい様子を娘大好き親バカ春日父が見逃すわけがなく、俺の方を睨んだ後優しい声で「どうかしたのかい恵?」と尋ねる。すると春日はこう答える、「兎月は私の……」と。それ以上言わせると物理的意味で首が吹っ飛ぶので慌てて春日の口元を押さえる。すると春日父はこう言った、「殺すぞ」と。その後も春日の発言に怯えつつ春日父を牽制して身も心もズタボロ、ご飯なんて喉を通らない。おまけに俺が何度も発言を制すので春日の機嫌はさらに悪くなって最終的には拗ねて部屋に引きこもる事態に。「貴様何をしたぁ!」と吠えて本気で噛みつこうとするクソ親父、軽く死を覚悟した。けど春日母が助けてくれて、今のうちに行きなさいと春日父を足蹴りして押さえてくれてその間に春日の部屋へと向かう。そこでまた春日のご機嫌取り。これまでに培ってきた経験とスキルであれがああなってああして……とまあ、はいそんなこんなでした。その辺はあまり聞かないで、恥ずかしい。要するに冒頭の一言と同じ、食事会が地獄でしたよってことだ。思えば濃厚な一日だったなぁ……冬休みの刺激のない時間が懐かしくて恋しい。


「いらっしゃいませー」


そしてなぜかバイトしている俺。ケーキ店でニコニコしながら接客している。なぜだ? 今日一日はのんびりと家でゲームするつもりだったのに気づけば働いているではないか。レジ打ち教えてもらってさ、一生懸命頑張っているけどさ、なんで?


「いやー、兎月君助かるよ。今日は池内君がいなくてさ」

「……そうですか」


突如携帯が鳴り響き、出てみれば店長から「今すぐ来てお願い~」と言われた。怒ると恐い店長だけどそれは実際に対面した時に発揮される威圧感なわけで、電話越しなら勝てると思った俺は電光石火の如くすぐに「嫌です」と答えた。するとどうだろう、最初は優しかった口調が一変、春日父並みの低く唸るような声で「今すぐ来い」と脅迫された。電話だというのに喉元にナイフを突きつけられたような恐怖感と制圧感が重く首を絞めて唯一逃れる方法は「はい」と答えることのみ。そして今に至る。なぜか今日は来客者が多くて店長とバイト一人では捌ききれないそうな。別に俺も特に忙しいわけじゃなかったから急に呼ばれたら出れますけど。急に言われるとね、ほら。今日は家でゲーム三昧だぜぇの浮かれ気分から労働に勤しめと落とされたら誰だって渋るでしょ。そこは店長さんの脅しで簡単にイエスを言わされたけどね。ホント、未だにヘタレ魂は健在です。


「将也、ゴミ出し行ってきて」

「お前手空いているだろ」


大体さ、なんで池内君がいないんだよ。俺よりも一足先にここで働いている池内君こと草壁君、中二病を患わったことを除けば好青年の彼さえいれば俺が駆り出されることはなかったのに。店長の話によると池内君は高校の修学旅行に行っているらしい。気楽なモンだな畜生が。そんな池内君の代わりにバイトへ召喚されてこき使われること数時間、さっきから面倒くさいやり取りが続いている。俺以外にもう一人バイトとして働いている奴がいるが、それが……


「私行きたくない、ほら将也早く」

「はいはい行けばいいんだろ、日下部」


この日下部冬華だ。何の因果か知らないがこのケーキ屋さんのバイトとして偶然再会した中学時代の主人こと元カノの日下部。元カノではないけどそれに準ずる関係の人だが今となってはただの知り合い、そしてバイト仲間。ゴミ出しを嫌がる日下部に代わって仕事をして溜め息一つ。……なんか嫌だ。思い出す中学校のメモリー、アホでバカで間抜けだった俺に彼氏のフリをしろと要求してきた日下部。最初は何気なく、というか泣かれたので無理矢理付き合うフリを始めたわけだが意外と楽しかった。日下部に振り回されて心休まる暇がなかったけどそんな日常が楽しくて心地好くて、二人で街に遊び行ったり地域のお祭りではしゃいだり……そんな日が続いて気づけば卒業式。その日、俺達が中学生ではなくて高校生へと上がりかけた日を境に俺と日下部の関係は終わった。最初からそうだったんだ。ただの予行練習、高校生になるまでに付き合うという経験を積んでおきたかった日下部の勝手で一方的な願いだったのだから。高校という新たな環境、新たな出会い、まさにバラ色の青春が待っているのだ。その高校生活を存分に謳歌する為の練習に過ぎなかったんだ、日下部にとって俺との付き合いは。あっけなく別れて別々の高校へと進学した。そして、それっきり。


「ゴミ出し終わりましたー」

「兎月君ご苦労様。少し余裕出来たから奥の休憩室で休んでいて、日下部さんもいるから」


……。店長に一礼してから休憩室へと向かう。扉を開ければ暖房が効いており、寒い外へゴミ出しに行って冷えた体を暖めてくれる。ほんわかと気持ちを緩めるのも一瞬だけ、すぐに目の前で座っている奴に注意を向けなくては。


「あ、お疲れー」

「……代わりにゴミ出しやったのにそれだけかよ」


のんびりと煎餅を食べている日下部、椅子にグデ~と深く座り込んで顔を後ろへと逸らしてこちらを見つめてくる。やめろそのアングル、ただのホラーだから。立っていてもしょうがないので日下部とは反対の椅子に座ってお茶を淹れる。コポコポ、と湯気を出して注がれる薄緑の液体が流動するのを眺めながらそれ以外何も見ないようにして休憩に集中する。絶対に日下部の方は見ない、見ちゃいけない。今はバイト仲間とはいえ昔は色々とあった関係、何かと気まずい。恐らくあちらさんは何一つ気まずい思いなんてないのだろうけどこちらからすれば大アリなんだよ。決して目を合わせず必死になって熱いお茶を啜る。熱い、けど我慢だ。そして煎餅を頬張ることに全神経を注ぐ。あ、この煎餅って銘菓のアレなんだへぇーみたいな感じで煎餅の袋をしぶとく観察して一人だけの空間にいる空気感を発する。空気感って新しい日本語だなうん。


「ねえ将也」


一人孤独ロンリーな休憩に入り込んでいたのにいとも簡単に話しかけてきやがる日下部冬華。……や、やめて。こちらとしてはあなたと話すことなんて何一つないです。そりゃ旧友以上の関係にある人と一年十ヶ月ぶりに再会したのだから話すことは山ほど積もっているが今は話す気分じゃない、つーか会話したくない。逆になんでお前は軽く話しかけてくるんだよ、空気感読めないのか。


「ねえ無視しないでよ」

「……なんだよ」


とりあえずお茶を飲もう。リラックスして精神を落ち着かせてドンと構えようじゃないか。何も臆することはない。俺が二股かけて日下部をフッたとかそんなえげつない過去があるなら今すぐにでも土下座して許しを請う又は自害するけど別にそんな過去はないのだから。百歩譲って俺と日下部の実験的仮交際が本当に男女のカップルとして成立していたとしても別れを持ち出したのは日下部の方からだ。俺には何一つとして落ち度はないはず。臆することはない、ドンと構えてドドンとしておけばいい。


「この前いた春日さん? だっけ。あの人と結婚するの?」

「ぶぼぉ」


熱いお茶が鼻の穴からこんにちは。普通に咽る、死にかけた。キュッと締まった喉、通るルートを塞がれた熱き薄緑の液体は躊躇うことなく上へと逆流、そして口を越えて鼻へと侵入、勢いよく鼻の両穴からスプラッシュする事態に。熱っ、鼻孔が熱い!


「何動揺してんの」

「う、うるさい。お茶がカーニバル状態だったんだよ」

「意味分からない」


お茶カーニバルに関してはおっしゃる通りですの一言に尽きる。が、その前にあなたの放った発言が原因だというのを理解してもらいたい。何を急に言い出すのこの人。俺と春日が婚約していることはトップシークレット、仲の良い人しか知られていない情報だ。水川や火祭にも修学旅行前旅行に行くまで言っていなかったこと。それをどうして日下部が知って……あ、そういえばこの前別れ際に春日が自分からバラしていたような。あー、そうだったか。だから日下部知っているのね。出来ればその事実はあまり大声で話さないでください。今のご時世、いつどこで誰が聞いているか分からないですから。店長に聞かれたらどうするんだよ。というか店長には春日が彼女だってことはバレているんだよな。もしいつの日か春日一家がここのケーキ屋に来た時、店長が春日を見て「あ、兎月君の彼女さんだー」とか口滑らしたらデッドエンドが待っている。RPGならガメオベラと表示されてコンティニュー出来るが現実はそうではない、一回死ぬだけで全て終わりを迎える。コンティニューあるだけ魔界村の方がイージーな気がするぞ。


「で、どうなの?」


再度尋ねてくる日下部。え、なんだっけ?と鈍感プリン頭みたく聞き返して有耶無耶にしても会話の無駄なので大人しく答えるか。……自分から答えたくないなぁ。


「そうだよ」

「あんな綺麗な子と兎月じゃ釣り合わないよ、やめときなって」


煎餅を噛み砕く音に混じって響く日下部の言葉、それに関してもおっしゃる通り反論の余地がありません。誰がどう見ても俺と春日じゃ釣り合わない。俺がすごいってわけじゃなくて寧ろ逆、春日のスペックが凄過ぎるのだ。父親が社長で大金持ち、その気になれば毎朝リムジンで登下校可能。本人自体も完璧超人レベルだ。今では学年トップクラスの可愛さ、何より可憐さを持つ。容姿端麗という言葉で表すにふさわしい。不機嫌そうなつり目もまた可愛い、あの目で睨まれたい男子急増中とこの前米太郎が言っていた。そして学業面でも素晴らしく、学年で最も頭の良い奴らが集まる一組特進クラスの中でも上位の成績を誇る。要するに非の打ちどころがないってことだ。まあ細かく言えば、表情変化に乏しいとか無口とかコミュ障じゃね?と思われる点はあるがそれでも春日の世間一般的な評価は揺るがない。対して俺はどうだ。どこにでもいるような平均平凡の似合うただの男子高校生。趣味はボランティア活動、特技はゲームのレベル上げ。そしてお偉い人には逆らえないヘタレ性質を持つだけのごく普通な人間だ。まさに凡人、教科書に載ってもいいぐらい気持ちの良いモブキャラぶり。そんな俺と春日が付き合う、それどころか結婚しようと言うのだ。春日父じゃなくても反対する人はいるだろう。日下部の言うことは尤もだ、実際俺自身幾度となく葛藤してきた。俺なんかで本当に良いのだろうか、春日にはもっと素晴らしい人が似合うのでは?と。金田先輩との一件でそれを痛感し、一度は考えることを放棄したこともあった。


「……そう言われてもなぁ」

「何?」

「約束したんだよ、仕方ないじゃん。俺も春日も自分の意志で」


でもさ、そんなの関係ないって気づいたよ。釣り合わない? そんなの百も承知だ、知っている。春日にはもっと適した人がいる? そんなこと知るか。何百回と悩んできたさそんな悩み、そして出た結論はそんなことくだらないってことだ。春日と俺の身分が天地ほど離れているのは見れば一目瞭然さ、けどそれがどうしたぁ? 海パン一丁でそんなのカンケーねぇと一蹴してやる、室内で。外でやると警察来るんで絶対しないです。話逸れたね! とにかく、身分の差なんてどうせ埋まらないんだ。問題はそこじゃない、二人の気持ちなんだよ。春日といると心地好い、そりゃもう安心してポカポカして綾波さん状態さ。殴られて蹴られて抓られて、傍にいるだけで常に痛みを伴うがそれと同時に温もりも感じるんだ。それがどれだけ心地好いか、これ以上何もいらないと思える人と出会えたことがどれだけ幸せなことか。他の誰にも分からない、分からせたくない。俺と春日の二人だけの気持ちなんだ。


「相変わらず馬鹿ね、アンタとあの子じゃ住んでる世界が違うでしょ」

「住んでいる世界、環境が違ったら付き合ったらいけないのかよ。環境が変わっただけで別れた俺とお前のような軽い関係じゃねぇんだよ今の俺と春日は」

「な……っ」


別々の高校に行きます、だからお互い新しい環境で頑張りましょ、はいさようなら。そんな簡単に繋がりを断つほど俺と春日はチープな絆で結ばれちゃいない。付き合うフリ程度で結ばれた間柄じゃないんだよ。そりゃ確かに最初は主人と下僕というなんとも情けない繋がりから始まったよ。でも一緒にいる時間が増えていくにつれて気持ちが変わっていって、色々な出来事があった。数えきれない障害と葛藤が立ち塞がったさ。それら全て乗り越えて今の俺達がいる。簡単には解けない屈強な鎖で結ばれたんだよ。呪縛という名の愛の鎖で繋がれている。やべ、ちょっぴりポエミー。中二病臭いなこれ。とにかく、今さら他人に反対された程度で揺るぐわけがないんだよ。


「分かったか? ほら、休憩終わるから行くぞ」


結局ろくに休めなかったな。最後にもう一口お茶飲んでいくか。


「……な、何よ偉そうに」


ん?


「べ、別に将也とあの子のことはどうでもいいけど、っ、なんで私と将也の関係がしょぼいみたいな言い方するの? そんな、ことなかったじゃん」

「く、日下部?」


なんで泣いてるの? あれ? ちょっと待って、なんで泣いてるの!? え、え、え、タイム。審判、ちょっと審判どこにいるの!? タイム、タイム。ちょっと時間ちょうだい。え、なんで日下部泣いているのさ。ポロポロと両目から零れ落ちていく滴達が合わさり線となって頬を伝い床へと落ちていく。あれ? おかしい、さっきまで俺の独白で恥ずかしいながらも良い感じで締めようとしていたのに、なんでこんなことになった。ラスボスの激闘を経て尚も諦めないラスボスに対して勇者が堂々と恥ずかしいながらもカッコイイ台詞言ってドヤ顔で仲間の方振り返ったらヒロインがヒールがズレて痛いって言って号泣しているみたいな状況だぞこれ。いやまあヒロインは日下部じゃなくて春日だけどね。って、そんなことはどうでもいいんだよ!


「ちょ、落ち着いて。どしたの?」

「わ、私と将也の関係は別に軽くなかったもんっ、違うもん」

「わわっ、鼻水出てるからちょっと!」


徐々に涙の溢れる量が増えてるなーと思った矢先だった。あっという間に号泣レベルの大粒の涙を流す日下部、もう止められない。あかん、仮交際していた時もここまで泣いたことはなかったのに。ああ、どうしたら……


「日下部さん達、そろそろお店の方に……って日下部さん泣いてるの!?」


あ、なんつータイミングですか店長。泣いてうずくまる日下部、とその横でオロオロしている俺。どう考えても泣かした犯人は俺しかいない。店長の目がそう語っている。い、いやいや! 違うますって、俺じゃないですよ。えっと、ほら、あの、その、花粉症とかじゃないですかね?


「女子泣かせるなんて最低だよ兎月君!」

「ぶぼぉ!?」


説得の余地もないまま店長会心の一撃ビンタを食らう。ビンタというか掌底に近いものだったけど。奥歯が軋み頬に亀裂が入るような痛みに苦しみ、消えゆく意識の中で両穴から薄緑の液体が噴き出すのを感じ取っていた。お茶カーニバル。


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