表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/91

続58 とっておきの切り札を今ここで

結局、日下部は泣いてしまうわ春日は暴れるわで俺の体力HPと精神MPはどちらも底を尽きた。おまけに合わせて三人分の代金を支払うなんてジェントルマン過ぎるだろチクショー。RPGだとゲームオーバー以上に悲惨な状態だぞこれ。二人を嗜めているとファミレスの店員から「次暴れたら立ち入り禁止になりますので」と注意されて店を出る。ここのファミレスは何かと近くて便利だからこれからも使用したいのに……出禁だなんて嫌だよ。クラスの打ち上げで来たこともあるんだ。もし今度のテスト終わりにクラスメイトの皆でここに来たとしよう。水川や米太郎を始めとするクラスメイトの皆がお店に入っていく中、俺だけ店員に呼び止められて来店拒否されてみろ。俺は間違いなくグレて一人カラオケに直行すること間違いなしだ。そんな惨めな思いはしたくないよ。だからこれ以上ここのお店で騒ぐのは避けたい、な・の・に! この女子二人はさぁ、


「……兎月は私の」

「あら? 何を勘違いしているの。将也は私の所有物なんだから」


お会計の時もお店を出てもずーっとず~っと火花を散らしている。春日のちょいキツめのつり目VS日下部の高飛車な態度、これはなかなか見応えのある戦い……じゃなくて!


「はいはい、二人とも落ち着いて」


女子二人の間に入って仲裁を図る。その間に春日から重厚な蹴りを三発ほど受けたが我慢して表情を崩さず事態の鎮静化に努める。自分の自己犠牲っぷりに最大級の賛辞を送りたい、骨とアキレス腱と肉が大絶叫を上げるダメージを食らっているのに顔色変えず必死に他人を嗜める精神力の強さは一朝一夕で身につく技術じゃないぜ。これをもし、ただのドMとか馬鹿にする奴がいてみろ。全力でぶん殴って謝らせてやるよ、俺とそして全国の本当のドMの方々にな。まあそれより先にこの子達を落ち着かせないと。骨折を覚悟しながら涙目で懸命に仲裁を続ける。とりあえず春日の方は撫でてあげたら大丈夫だ。この子最近デレやすいから。


「ほら春日っ、蹴らないで。ほら、ほら!」


「……。……ん」


頭を撫で、脛を蹴られ、青く腫れて、肉が断裂して、軽く痙攣してようやく春日は落ち着いた。は、はぁ~……疲れた。この子一人を冷静にさせるだけで脛の細胞何千個が犠牲になったことやら。若き十代の回復力に過度の期待を乗せて次は元カノの説得に映らなければ。いや元カノでもないけどさ。


「日下部、頼むから春日に絡まないでくれ。この子は意外と嫉妬深いんだ、下手に刺激しないで」

「将也のくせに命令しないで」

「た、頼むって」

「嫌だ」


く、くそがぁ。相変わらずのワガママ自己中は健在ですか、ちょっと懐かしんでいる自分が何よりも恥じる! ホント、こいつは変わってない。あの頃と同じ自分の気持ちが最優先、それしか考えにない。俺のことなんてどーでもいいと言わんばかりに軽んじた扱い、そのくせ脆くて気分屋で気難しい性格。こんな奴と一時とはいえ二人でいた時期もあったのが驚きだ。よく耐えれたな俺……あの頃に鍛えた忍耐力が変なベクトルに向かって伸びた結果がヘタレに繋がったと思われる。無駄に我慢して自分自身の答えを見せない見ようとしない、まさにヘタレっぽい。中学生時代でヘタレ魂は形成されたのかな俺……。


「ねー将也、どこか遊び行こうよ。奢って~」

「テメェ、さっきのファミレスで何食べたか言ってみろ」

「忘れた、いいから行こ」


い、嫌だぁ! なんで元カノっぽい奴に何度も奢らないといけないんだ。こっちはお年玉前借りしてただでさえ貧困に喘いでいるというのに。まるで財布の口に掃除機を突っ込まれたような感覚だ、見る見るうちに吸い込まれていく。ちょ、ちょっと泣きそうだ。やっぱりお金は大事なんだって、何をするにしても金は少なからず必要だ。狩りのゲームで欲しい武器の強化に必要な素材が揃ったのに所持金足りなくて強化出来ない時の悔しさと歯痒さは尋常じゃない。そして端材バグに手を出すことになる。けど現実はそんな便利な裏技はないんだよ。つーかこっち寄ってくるな! 女の武器ってやつか、日下部が上目遣いで見つめながら手を握ろうとしてくるではないか。上目遣い、それは女子のみに許された男子を打ち落とす据え置き式大型弩砲バリスタ兵器のことだ。可愛い子がこれを使用すると大抵の男子はイチコロで落ちる、by経験談。


「将也~、いいでしょ~?」


なるほどね、そうして男を落とすスキルも身につけたのか。高校生になって磨き上げたのは容姿だけではなかったようで。日下部はさらに上目遣いの角度を上げてきてウルウルと円らな瞳を潤ませる。これは演技だ。こいつはわざとこうした仕種をして俺を誘惑しようとしているの。それが手に取るように分かる。残念なお知らせだが……その手は通用しない!


「いやいや、嫌です。嫌です」

「え?」


日下部、お前は甘いよ。甘えた顔だし思考も甘い。俺にそんな攻撃が通用するなんて思ったのがそもそもの間違いだ。確かに上目遣いとしてはレベルの高い一品だ、米太郎辺りなら余裕で落とせるだろうよ。けど俺は違う、作り上げた程度の上目遣いなんて耐えられるだけの屈強な壁を持っている。なぜかって? お前には分からんだろうよ。本当の、天然の、純粋無垢な表情から繰り出される火祭クオリティの上目遣いを! あの子の上目遣いはなぁ、そんな簡単な修行で手に入られるものじゃない。あれは天然、才能と言っていい。誰よりも可憐で綺麗でピュアな心を持つ火祭だからこそ出来る至高の上目遣い。おまけに可愛い、これは人知を超越した世界最大級の兵器だと俺は確信している。それと比べたら日下部の上目遣いは確かに可愛いにせよ、全然なっていない。火祭の上目遣いはハンパじゃないぞ、他人の意識を全て飲み込む威力がある。それと比較したら悪いけどお前のはまだまだ拙い、それで困惑するほど俺は弱くない。今まで何度とその世界最強をこの身に受けてきたんだ、耐性はついている!


「え、ま、将也?」

「悪いな、なんか逆に冷めた。いやでもお前は悪くないよ。相手が悪かったな」


火祭に勝とうなんて無理だよ~。あの子は筋斗雲に乗れるくらい綺麗なハートを持っているからさ。それと合わせて完璧なまでの容姿、この掛け算は桁違いの威力を誇る。まあ最近、というか一学期の頃から水川の影響を受けて小悪魔な面も見えてきてもはや最強を越えた無敵へと進化しているのだけど。俺もよく耐えてきたよな~、もし自分の気持ちに気づく前に火祭から告白されていたら絶対オッケーしていたよ。それくらいなのです、はい。だから日下部よ、お前の上目遣いが決して弱かったわけじゃないぞ。相手が悪かったんだ。


「……兎月」

「痛い痛い痛い痛い、いつもより二割増しで痛い!」


そして火祭の上目遣いを思い出してニヤニヤしてしまったのが敗因、日下部とは反対側のケーキを持っている腕にしがみついていた春日から足を踏まれた。日下部に敵意を見せている現在の春日さんの機嫌はあまりよろしくない、故に踏みつけの力も普段より重い。あああぁ、痛い痛い。


「前川呼んだ、帰ろう」


するとどうであろう、遥か向こうの道路から見慣れた黒いリムジンが走ってきているではないか。あれは前川さんの運転する春日家の車、幾度と見てきたからもう覚えた。リムジンに見慣れただなんて、中学時代の俺に自慢してやりたいぜ。というか春日はいつの間に呼んだのさ? 全然気づかなかった。蹴りを入れたり抓りながら一体どうやって携帯を操作したんだ!? まあ時間はあったから普通に呼べるか、馬鹿か俺。


「あれって……リムジン!?」


リムジンさんは俺達の前に停車、安定感ある運転ですね。運転席で頭を下げる前川さんに対してこちらも会釈を返、そうとしたら春日がグイグイと引っ張ってくる。はいはい帰るから帰るからっ、ちょっと落ち着いて。どんだけ早く帰りたいんだ、どんだけ日下部から離れたいんだ。待てって日下部がポカンとしているから事情を説明しないと。こいつも俺と同じただの庶民なのだから。こんなところにリムジンが停車するなんて普通ならありえないことだ、日下部が驚くのも無理はない。


「ちょ、将也。何なのこれは?」

「あー、色々と説明が難しいから簡単に言うと春日はお嬢様なんだよ。だからこうして、ね?」

「……兎月は」


事情を説明しようとしたが上手く出来ずにいた。な、なんて言えばいいのかな……とある会社の社長の娘だから家が金持ちで、えっと……。漫画だったら周りに『あたふた』とコミカルな文字が浮かんでいるぐらいあたふたしていると春日が腕を引っ張るのをやめて日下部の前に進み出た。あ、なんか嫌な予感! 本日初めて、春日が日下部と真っ向に対峙している。まるで猫の喧嘩風景と同じ匂いを感じる。静かに睨んでいつ猫パンチを放つから様子を伺っているような。日下部が何か言おうとした瞬間、春日が素早く口を開いた。


「兎月は私の婚約者、だから」

「え……え? こ、婚約者って……?」


婚約って、あの婚約だよね?と目線で尋ねてくる日下部。うおっ、俺に聞くのかよ。その目は驚きと動揺の色が濃く、さっきまで凛としていた姿勢が急にオロオロと弱々しいものに変貌した。……事実だよ。照れ隠しで否定しようものなら今度は春日が泣いてしまう。それに、ここで春日がこれを言ったということは、つまりそういうことだ。恥ずかしくて火祭や水川にも言ってなかった婚約という秘密を今この場で言った理由は日下部を敬遠する為。それだけ春日が日下部のことを敵視しているってことだ。ただの中学校のちょっと仲良かった女子なだけだって……。ふぅ、恥ずかしいけど確かに俺と春日は婚約している、口約束の親公認じゃないけど。それでも将来は絶対……ってことで今付き合っている。否定することじゃない、恥ずかしいけど否定しちゃいけないことだ。なので頬を掻きながらも「うん」と俺も口に出して答えた。その瞬間、日下部があんぐりと口を開ける。その表情は今までに見たことのない顔だった。日下部にもそんな顔が出来るのね、知らなかった。喜怒哀楽の変わりが激しい奴だったけど、そんな……悲痛そうな哀の表情は見たことがなかったよ。


「帰るわよ」

「うおっ!? だから引っ張らないで、っ、日下部? じゃ、じゃあね」


言いたいことを言えて満足したのか、春日は再び腕を掴んで強引に俺を車へと引きずろうとしてきた。茫然と立ち尽くす日下部になんとか別れの挨拶を言ってリムジンに乗る。前川さんが「よろしいのですか?」と尋ねるのと同時に春日が「車出して」とピシャリと告げる。日下部を置いて車は発進してファミレスからどんどん離れていって……な、なんかサラッと別れちゃったな。別にもっと話したかったわけではないけど、これはちょっと日下部に悪いことしてしまったのかも。……でも、


「痛いって! 執拗に腕を抓らないで!」

「……兎月は私の婚や」

「もういいって、今はもう言わなくていいって! 前川さん聞いているしぃ!?」


春日はもう限界だったみたい。車の後部座席、春日は俺の腕を赤く腫れるくらい抓ってきた。激しい痛みが皮膚の上を走り抜ける。それなのに腕自体はぎゅ~と掴んで離そうとしない。近い近い近いっ、距離が近い。学校出る時は手を繋ぐことを拒否していたのと大違いだ。すごい力で腕にしがみついている。果たしてこれはデレなのだろうか……たぶん違う気がする。


「はぁ……なんか疲れた」

「お疲れ様です兎月様。着いたらお食事の準備が出来ていますので今はお休みください」


ん? 前川さん、何を言って…………あ、今日はこれから春日の家で食事だった。春日父に呼ばれて、それで手土産にケーキを買いに行ったら日下部に会って……忘れていた。今この手に持っているケーキの箱は春日のご両親に渡すように買ったやつじゃないか。い、今から……春日家でご飯。超絶親バカ親父と対面。は、ははっ、もう体力HPも精神MPもゼロだってのに……今日ホントに死ぬかも。











「将也が結婚……? ぇ……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ