続56 自惚れ女子とただの馬鹿男子
中学生なんてのは馬鹿な生き物であり、ウンコ爆竹や牛乳爆弾で嬉々として笑うアホでくだらない餓鬼だ。授業中は教科書の端にパラパラ漫画を描き、昼休みは無我夢中にサッカー、放課後は部活してクタクタのはずなのに帰宅したら負けじとテレビゲームをやり込む。体力自慢と馬鹿メンタルの歯車が異常なまでに噛み合って幼稚的行動を散々に引き起こす。代表的言葉で表すなら中二病と言ったところだ。
「うぇうぇ兎月サッカーえぉやろうぜ」
「えぁおいいぜ~」
それは大体の男子が通る道、勿論俺も典型的馬鹿な中学生だった。二年前、中学三年生へと進級し半年経とうとした九月中旬、受験勉強から逃れるかの如く毎日恒例の昼休みサッカーへと向かおうとしていた。俺こと兎月将也、十五才の誕生日を迎える前の話であ…
「ちょっと来て」
「ぐぇ!?」
基本的にアホ面で変声を発しているが今のは違う。いきなり襟首を掴まれて引っ張られたら奇声の一つや二つ出るに決まってらぁ。今ふと思ったのだが、衝撃を与えると音や光を発する玩具のルーツはこれなのかもしれない。なんて考察は泡沫が気化するように呆気なく飛び消えて目の前に浮かぶのは猫の目のように怪しく光る双眸、への字に結ばれた機嫌悪そうな口元、フワリと鼻を掠める良い香りで意識が浮きかける。つーか首筋を掴まれて気管が詰まって意識飛んだし。そこには女子生徒が立っていた。ものすごーく堂々としており、いきなり襲ってきた人物とは思えない。え、強引に呼び止めたのこの子だよね?
「げほっ……な、何?」
正常な呼吸を取り戻して割と平静を装って問いかける。この女子生徒は確か隣のクラスの……えっと、名前が出てこないぞ。たまに廊下ですれ違うけど特に気にしたことのない他クラスの女子。中学入学から二年半、一度も会話をしたことがない。そんな人が山賊のように首を強引に引っ張ってきたのだから頭は混乱状態だ。
「まずは場所を変えましょ、ついて来てちょうだい」
「いやいや? へ?」
こちらの返答なんて待つ気はサラサラねーよと言わんばかりに女子生徒は廊下を歩いていく。その横をダッシュで走り抜ける男子達……今から奴らはサッカーへと赴くのか。行きたい気持ちが炭酸ジュースの如く迸るが、知らない女子生徒に話しかけられてしかも二人きりで話したいことがあると言われているこの状況を切り捨てるなんて出来ない。夏の大会は終わって部活引退、二年生の時と比べたら多少なりと考察能力は上がっている。女子に呼ばれたシチュエーションに期待膨らませるさ、部活だけに打ち込んでいた日々とは違うんだよ。サッカーはまた明日でも参加出来ると見限って今回の限定イベントの方を追うことに。……この選択がなかなか厄介なことになるなんて思いもしなかった。
「まずは初めまして、かな? 私の名前は日下部冬華」
家庭科室前の廊下、昼休み中なので人気は皆無だ。女子は教室でお喋りだし男子はサッカー、他に図書館や体育館ぐらいだから家庭科室前なんて普通人は来ない。静かな廊下で女子生徒は高らかに自己紹介をした。あぁどうもこれはご丁寧に。
「俺は四組の兎づ」
「兎月将也君でしょ、知っているから自己紹介しなくていいよ。時間の無駄だし」
兎月将也十四才、生まれて初めて異性から毒を吐かれた瞬間である。ぐはっ、耐性なかったからダメージ大き過ぎるってばよ。頭に弾丸をぶち込まれた衝撃、危うく泣きそうになった。女子の毒舌ってキツイな……。これから半年後、高校生になったら小悪魔チックの毒舌少女と同じ部活に入ることはまた別の話。
「あー……日下部さん? えっと、俺なんか呼びだして何か用ですか?」
時間の無駄、ねぇ……ならとっとと用件話してもらおうかな。こんな感じで言うことが出来ればカッコ良かったかもしれない。残念ながら中三の俺にそんな機転の良さと中二センスはなかったので普通に尋ねることしか出来ないです。日下部さん……見た目はうんまあそこそこ可愛い、これに尽きる。パッチリとした猫っぽい目がキュートだなぁと思うが正直な話、中の上くらい? いやまあ今まで付き合ったことのない不確かな判断だから偉そうなこと言えないけどさ。漫画の読み過ぎだと言われるかもしれないが、こーゆー時って学年一の美少女が話しかけてくるものじゃねぇの? トップクラスの美少女と付き合えるなんて夢物語はもう見ちゃいけない年になってきたのかもしれない。
「兎月君って彼女いないよね」
「……」
沈黙が肯定を表しているなこれ。ちょっとハートがぐらついた。あーそーですよ彼女なんて生まれてこの方いませんなぁ!
「いなくて悪かったなって顔してるわね。そんな冴えない君に素敵な贈り物をあげる」
……? 素敵な贈り物?
「私が彼女になってあげるわ」
「……」
いやこの沈黙は肯定じゃねぇよ、ただ呆気に取られているだけだ。はいぃ? この子は何を言っているんだ。彼女になってあげる? 誰が誰の彼女だと?
「はえ……?」
「聞こえなかったの。ならもう一度言ってあげる、ちゃんと聞いてよね」
「いやいや、聞こえていたよ。そうじゃなくて……言っている意味分かってる?」
「当然でしょ、不本意だけど兎月君で我慢してあげるんだから」
「うっわぁ、すげー上から目線……」
「嫌なの?」
「嫌というか……俺でいいの? つーかそんなことしていいのかな?」
「この際誰でもいいの。だから私の彼氏のフリしてもいいわよ」
な、何がどういうことなのか全然把握出来ない。
「そ、それは告白ってこと?」
「勘違いしないでそして自惚れないで。誰が君なんかに告白するものですか、君なんて好きでも何でもないから」
「つ、辛ぇ……!」
毒舌のラッシュが襲う。今にも倒れてしまいそうな精神的ダメージがぁ。あ、はぇ? 何、何なの? 日下部さんは俺のこと好きじゃないのに付き合いたいと言っているのか。ちょっと待っておくれ、意味が分からないぞ。
「私はね、恋愛したことがないの」
こちらの脳内処理が終わらないうちに日下部さんは勝手に語り始めた。え、何、これマジで何。状況が全く分からん。サッカーしたい……。
「誰かを好きになるって気持ち? 全然分かんない。他の子らはキャピキャピと嬉しそうに付き合い始めただのあの人が好きだの色々と色恋沙汰で話してるの。私はその会話に交じれないのよ」
「色々と色恋沙汰ってラップみたいだよな」
「黙ってろ低悩男子が」
……うす。おっかしいな、今の男友達に言えば大爆笑間違いなしだったのに。一斉に皆でラップ言い出してさ、馬鹿騒ぎするのに……これが男女間の壁というやつか。
「それでね、私だけ浮いているなぁと思ってさ。自分だけズレてる気がして嫌になったの」
「は、はあ」
「だから高校に入るまでに擬似的でもいいから付き合うってこと、恋愛って何かを体験しておくべきだと考えたわけ。そこで兎月君、あなたを彼氏にすることにした」
「えーっと……質問いいすか?」
この子の言いたいことはなんとなく分かった。今まで付き合ったことないから付き合いたい、簡単に言えばこういうことだろう。なんか分かるような分からないような心情だな……。ただ一つ腑に落ちない点がある。なぜ俺なの?
「俺のこと好きでもないのにどうして彼氏役に選んだの?」
「別に、誰でも良かったわ。強いて言うなら顔が割とマシな方だったからよ」
父さん母さん、曲がりなりにも女性から容姿を誉められたよ。でも素直に喜べない自分がいます。日下部さんは大した決め手もなく俺を選んだのかよ。それにこの子、結構おかしくないか? 好きだから付き合うという至極一般的な理由ではなく、皆と違うのが嫌だから付き合いたい。しかも初対面の好みでもない男子と。相当クレイジーじゃないか、第六感の俺が注意報を発している。
「日下部さん、ちょっとズレてると思うよ。付き合うのってそんな異常な理由でやることじゃなくね?」
「異常ですって? 皆と違うことの方が異常だわ。自分だけでズレてることがどれだけ怖いか、浮いていることがどれだけ寂しいか」
そんな過剰に気にしなくても。今まで一度も付き合ったことのない人なんて山ほどいるじゃん。付き合ったことないのが駄目だというのならクラスの男子大半は駄目扱いになっちゃう。……うーん、どうしたものか。
「言っとくけど君に拒否権はないから。この私が彼女になってあげるんだから感謝しなさいよね」
ドヤ顔に近い誇らしげな微笑みで日下部さんはそう言ってきた。……ふぅ、あのー……なんかぁ、アレだよね。こう……惜しいっすよね。色々と唐突に言われ過ぎて脳が混乱していてどうかなってしまいそうだけど、一つだけ言えることがある。本当、本当に、残念です。日下部さん……あの、
「いやさ、あの……分不相応だよね」
「は?」
もし日下部さんが超絶美人なら分かるよ。学年一どころか学校一と称されるほどの容姿端麗のパーフェクト美少女だったなら、そりゃ彼女になってあげるという台詞も様になるだろう。だけどさぁ……あの、こう言ったら失礼極まりないけどさ、日下部さん……そんな可愛くないよね。甘めの判定で中の上レベルの顔面偏差値、とてもじゃないが偉そうに上から目線で物申せる身分じゃないなぁと思います。可愛い子なら許せる発言だが……うん、そのさぁ……その合格点に達してないよねー。
「……何? わ、私が可愛くないって言いたいの?」
「いやいや、そんなド直球を放りこんだつもりはないよ。その……なんか、違うよね」
「……」
あ、ヤバイ。日下部さん泣きそうだ。目がウルウルしてる、ウルルン滞在してるよ。女の子泣かす奴にロクな奴はいねぇと昔ばあちゃんに言われたような。もっとオブラートに包んで言うべき、つーか言っちゃ駄目だよな。くおぅ、このままだと女子泣かしただけで今日の昼休みが終わってしまう。大至急フォローしないと。
「あ、いや、その、じゃなくて。嘘嘘っ、そんなことなかったよ」
「……何よ、自惚れて悪かったわね」
「いやいやいや! んなことはぁないよ! いやー、日下部さんのような美人と形式上とはいえ付き合えるなんて幸せ過ぎる展開だわー! どうぞこれからよろしくお願いしやす」
あぁもうこうなったらヤケだ! 別に日下部さんのこと嫌いなわけじゃないし軽く付き合うくらいならやってやらぁ。俺にとっても彼女いない歴=年齢に終止符をうつ良い機会じゃないか。女子泣かすくらいならそっちの方が断然ベターな選択肢だろう。
「……いいの?」
「勿論でございますよぉ! 日下部さんの良き経験となれるようお試し版の彼氏として全うさせてもらいます」
「……フフン、当然ね。この私と付き合えるのだから感謝してもらいたいぐらいだわ」
ちょっぴり涙目な日下部さんは数秒間微震動した後、再び自信に満ち溢れた目をして高らかにこちらを見つめてきた。漫画とかなら、女の子が男の何かしらの秘密を握ってそれを脅しに使って強制的に交際するのがテンプレになっているのに、それとは違った方式でスタートしてしまった……。こうして中学三年生の秋、俺こと兎月将也と日下部冬華の限定的で偽りの仮交際が始まった。




