続54 再会
体育も無事に終わり、残りの授業は寝たり妄想に耽っているうちに気づけば終わっており放課後になっていた。あれだよな、妄想ってしているとすぐに時間経つよね。突然人々がゾンビ化して崩壊していく世界で生き延びる、みたいな妄想をしちゃう。学校から数十キロ離れたところにある地下シェルターを目指して仲間と一緒にゾンビが徘徊する街を駆け抜ける……なかなか胸熱なストーリーじゃないかな。地下シェルターに入る条件としてシェルター持ち主の孫を救出するべく近くの小学校に入ったところで最終時限終了のチャイムが鳴った。数百人のゾンビ小学生に噛まれてスーパーゾンビとなった校長先生とのバトルは次回の妄想に取っておこう。さて帰るか、今日も帰って個体値の厳選しなくちゃ。
「将也帰るのか?」
「おう」
「そっかぁ」
隣でタラタラと部活に行く準備を進めている米太郎。その顔は思いきり腫れており見るも無惨なクレーター状態、なかなかのR指定っぷりだ。体育の授業でクラスメイトからボコボコにリンチされた米ちゃん、俺の代わりに二回も試合に出てくれたことには感謝しております。きっといつか素敵な出会いがあるさ、とりあえず今は顔面の治癒に専念してください。やっぱ顔が大事だよ、うん。元も子もないがファーストインプレッションは顔で決まる。内面が大事だとか言う恋愛テクニシャンがいるけどそれでもやはり第一印象は外見でしょ。てことで今の米太郎にまともな出会いは無理だろう。ドンマイっ!
「部活頑張れよブサイ……米太郎」
「おい今何言いかけた」
危ない、事実とはいえ言ってはいけないワードが出そうになった。冗談でもブサイクって悪口言われるのはグサッと来るよなー。皆とワイワイしている時に友達の一人から「うるせぇよブサイク~」って言われて皆と一緒にケラケラ笑うけど帰り道で一番仲良い奴に「俺ってそんなブサイクかな……」とマジで聞いてしまうみたいな。それくらい引きずる威力を持つワードだ。
「何も言ってねぇよ。じゃあなブサイク……米太郎」
「もう全部言っちゃったよな!? ブサイク米太郎って言っちゃったね!」
やたらと大きな声でツッコミを入れるブサイク太郎。いつもより勢いの強いツッコミを返してきたが、一瞬見えてしまった。割とショックな面持ちで表情を歪ませる親友の寂しげな影が。ご、ごめん米太郎、結構傷つくよな。冗談でも言ったら駄目だったのに思わず口が滑っちゃった。明日母さんの作った漬け物持ってくるから許してくれ。
「じゃあなー将也…………俺そんな顔酷いかな……」
後ろから暗い独り言が聞こえてくるが無視して教室を出る。さてと、帰りますか。そんな俺の向かう先は正門、ではなくて~。ちょっと寄るところがあります。それはすぐ隣の教室、
「春日さーん、帰りましょー」
「……」
隣の教室一組に入る前に目的の人と会えた。春日は教室を出てすぐ廊下のところで立っていた。何その完璧なスタンバイ状態、俺が来るの待っていてくれた? 廊下寒いから教室の中で待っていればいいのに……なんかすいませんねぇホント。廊下で出待ちしてくれていた春日に心打たれて思わず声のトーンが一段階上がってしまったが春日さんはそれを無視してスタスタと歩いていく。遅れないよう後を追うのはもう慣れた。これが俺達の下校スタイル。ふふっ、とてつもなく俺が情けない存在な気がするよね!
「ねぇ春日、どうして体育の時こっちのコートに来たの?」
「……」
「あー、そうなのか」
帰り道の道中は話すことがあれば話すし、なければ黙ったまま静穏の空間を楽しむ形で下校する俺と春日だが今日は聞きたいことがあるので何気なく質問をピッチャーの如く投げてみる。バッターは見事なまでの見送り、投げた側のこちらが空振った気持ちになるのはなぜだろう。しかしここで折れてるようじゃまだまだ甘い、その無言から何かを読み取ることが出来てこそワンステージ上の男になれる。
「火祭と仲良く話していたのがマズか脛が痛くてとろけちゃう!?」
自分なりに考察して解答を述べようとした結果よく分からん言葉が出てきた、なぜなら春日が蹴ってきたから。ちとヘビーな蹴りが強襲、涙を滲ませながら悲鳴がスクリーム! ん、悲鳴がスクリームって変な表現だな。最近なんか間違った日本語を使っている気がする。これがゆとりの弊害というやつなのだろうか、古き良き日本を知る高齢者が聞いたら嘆くのかも。連日カラオケでオールして流行りの歌を熱唱するうちのじいちゃんは違うけどね。高校生の俺よりカラオケ行っているんじゃねってくらいカラオケの日々をエンジョイしているよ。じいちゃんパンクな精神に乾杯っ……あれ、何の話だっけ? ……あぁ、一番最初は脛蹴られたところから始まったのか。思い出したら痛みがぶり返ってきたぁ!
「春日、最近思うんだけどあなたの足って鉄で形成されているんじゃね?」
「帰るわよ」
無視ですかいっ。あなたとの付き合いは長いですし無視されることなんて日常茶飯事だけど、やっぱ少しだけ寂しさを感じることだってあるさ。ちょっぴり悲しい。米太郎アレンジのチャラ男風に言うならば、僕チンちょ~ブロークンハートですよぉ~子猫ちゅぁん。
「お、兎月帰るのか?」
「ああ、また明日なー」
「おうくたばれー」
階段を下りながらクラスメイトの男子とすれ違ったので最近は定番になりつつある挨拶を何気なく交わして下駄箱へと向かう。
「あっ、春日さん。じゃあね!」
「うん」
「仲良しでいいね!」
上履きを脱いで靴に履き替えていると春日の所属する一組の女子が明るくて元気な声で挨拶していった。なんだこの差、温度差あり過ぎて風邪引くわと例えツッコミしたくなるぜ。風邪引くといえば最近外はすごい寒くなってきたよね。うわっ、こいつ話の転換下手過ぎだろとか言われた気がするがスルーします。一月の上旬、北国ほど頻繁ではないにしろ雪が降る日も多く、かといって日光が燦々と照る日でも気温は低く寒い。現在寒さのピークを迎えたのかさえ分からないがとにかくまだまだ吐く息が白い日が続きそうだ。教室から出た時点で寒かったが校内を出るとより一層寒さが身に染みる。
「あー、寒い。春日手を繋ごうぜ」
「……」
「まあそりゃそうだよね」
ちょっとキザに手を差し伸べたが春日は見向きもせずにスタスタと正門に向かって歩いていく。置いていかないでぇ。別荘で二人きり、クリスマスといった特別な日でもない限り春日がデレることはほとんどない。付き合う前と比べたらツンデレのデレが増えたことは間違いないが、それでも一般女性のデレるアベレージを大きく下回っていると思う。下校する生徒で賑わう学校の前で手を繋いで帰るなんてバカップル行為は問答無用で拒否ってくる。そりゃそうですよね、俺もノリで言ってみたけど実際するとなったら赤面必至ですよ。でも一度くらい体験してみたい気持ちもある、その……あれだ。ポケットの中で恋人つなぎして帰る甘々の下校イベント。最近のドラマやアニメでも絶滅危惧種になりつつある激甘なシチュエーションだ。実際にやろうものなら周りからドン引きされること確定だな。そんなバカップルにはならない程度にイチャイチャしていけたらいいなとぁ思い馳せた冷風吹き抜ける睦月の今日この頃。なんかカッコ良く締めれたくね? え、そうでもない? そうすか……。
「……兎月」
「ん、何?」
「パパが兎月に話があるって」
……………………はっ!? あっぶねぇ、今一瞬だけ心臓止まったよ。え、え、え、え、え、え、え、え、えぇ? 血液の流れが動から静になった、無の世界に落ちたよ? 近所の方々呼んで家でホームパーティーしている時に小さな子供が「ねーねー、いつも夜中パパとママがベッドでギシギシやってるの何ー?」と無邪気に聞いて全員箸持った手がピタッと止まったみたいになったよ俺の全身が。尺側手根伸筋が「……え?」ってなったって。何だこの分かりにくい例え、でも今回ばかりは許してほしい。まさか春日から話題を振ってくるとは思わなかったし、さらにはとんでもない内容を突きつけてきたのだから。え、春日父からお呼び? 俺を? な、なんで……落ち着け俺ぇ、ここ一ヶ月の行動履歴を振り返るんだ。脳内検索にかけろ『春日父 やらかした』のワードで! ……むーん、特に思い当たる節がないぞ。なんで春日父に呼ばれなくちゃいけないんだ。り、理由を聞かなくちゃ。あぁんでも聞きたくない。
「あ、のー……なんで俺呼ばれたか知ってる?」
「……」
お、お願い。そこだけは無視しないで。そこ超重要だから!
「今度また食事したいって。前回は曖昧になったからって」
…………おふぅ~。あー、良かった。そゆことか、はいはい。まだ確証はないけどビビる脳を使って推測するに恐らく春日父は単純に食事しようと言っているみたいだ。決して俺と春日が付き合っているのがバレたとかそんな死亡イベントではない、そうでないと信じたい、いや信じさせてくれ。前回は付き合っているのがバレそうになったので春日父の記憶を消す為に物理的な手段を用いて気絶させてしまったからな。上手く成功して春日父の記憶は消去済み。あの日のことをよく覚えていない春日父はまた俺を呼んで食事会をしたいと、そんなわけですね。
「うん、まあ、別に俺は構わないですよと伝えておいて」
「分かった」
「……今度は付き合っていること暴露しようとしないでね」
「……」
その無言、今までで一番怪しい無言だよ!? ちょっとぉ、この子またやらかすつもりですか。俺と春日が付き合っていることは事実、そのことを両親に話したい春日。しかし春日父にバレたら俺の命がヤバイ、もとい兎月家の崩壊へと繋がる。仕事を失った父が妻と共に息子の後を追うように樹海へと向かってしまう。じいちゃんは何も変わらずカラオケに向かうのだろうけど。とにかく今度いつになるかは分からないけどお呼ばれした時、どうか交際の件に関しては内密にお願いします。
「じゃあまた今度春日の家ね、了解」
「今日」
「え?」
「今日、来てほしいって」
今日? 今からってことですかそれは。え、えー……それもうアポイントメントじゃないよ、予約取れてないって。何なの、春日父は今日あなたに俺を呼ぶよう言いつけたの? 小学生とかが学校終わってからすぐに遊ぶ約束をするような重さのないライトな感じだよ。友達の家でご飯食べてきますみたいなノリだけどさ、こっちからしたら最後の晩餐レベルの緊張感バリバリ張りつめたものだから。んだよ今からとか聞いてねぇしマジで、ちょー焦ってきたわぁ。もぅマヂでダルイわぁドタキャンしてぇわぁ。……あ、駄目だ、なんかキャラ変えて問題を直視しないようにしてみたけどやっぱ怖くなってきた。春日父と会うのはクリスマスイブの日以来か……春日と付き合うようになってから会う回数が増えてきた気がする。まあそれだけ春日と一緒にいることが増えたってことか。
「はーぁ、いいよ。今日で大丈夫ですってお父さんとお母さんにメールして」
「うん」
携帯を取り出してカコカコと小気味良いボタン音を奏でながら春日がメールを打つ。なかなかの速度、さすが現役女子高生なだけある。さて、こうなってくると今日のスケジュールもかなり変更されてくるな。とりあえずゲームはもう無理として、今から生き延びることだけに集中しよう。今から春日家に行くのだが、手ぶらで行くわけにはいかない。ただでさえ春日父には娘に最も近い男として異常なまでに警戒されている。少しでも良い印象を持たれる為にも何かしら土産品を持っていかなくては。
「春日、ちょっとケーキ屋寄っていい?」
「うん」
先ほどと同じ返事だが、声色が全く違う。米太郎ならどっちも同じ無愛想な感じじゃね?とかふざけた発言をするのだろう、しかーし俺は違いの分かるダンディな男、半年間下僕として仕えてきたキャリアを舐めるでない。さっきよりなんか嬉しげな調子だった。恐らくケーキを食べていくんだと勘違いしているみたい、残念だけど放課後デートのお誘いじゃないのです。ケーキ買ってあなたの両親に渡す為です。お金持ち世帯からしたらチープな贈り物かもしれないが庶民の世界ではこれはベターなチョイスなんですよ。うちの母さんならボックスステップを刻んで喜ぶぞ。てことでケーキ屋へと寄ることに。それもただのケーキ屋ではない、ちょっとしたコネを期待出来るお店だ。
「すいませーん、店長さんいますかー?」
「あ、兎月君じゃん」
やってきたのは学校最寄り駅から数駅離れた駅の駅前のケーキ店、なんか駅駅うるさくてすいません。この地域では割と規模の大きな駅で、クリスマスシーズンには広場にイルミネーションが設置されたりしていた。イチャつくカップルを眺めながらバイトしたのを思い出す。そう、このお店は以前一度だけバイトしたことのあるケーキ店。マダムが嗜むちょいと有名なお店、クリスマスケーキも販売してましたよー。
「どしたの、また働いてくれるの?」
「違いますよ、お客としてケーキ買いに来ました」
「なんだ、こき使おうと思ったのに」
ちょ、やめてください。また時間があればバイトしたいなと思っていたのが消え失せましたよ。
「あれ? その子はお友達?」
「……兎月」
俺の後ろに隠れるな。あなたが苦手なのは男子だけでしょーが。この人はどう見ても女性だろ、そしてこんな発言を店長さんの前でしようものなら般若出現条件を満たすので絶対にしません。春日の方を見て最初はキョトン顔の店長だったが何か察したようで途端にニヤニヤしだした。うへぇ、そのニヤニヤ笑顔やめてください。やっぱこの人は水川タイプの人だ。
「へぇ、兎月君もやるじゃーん」
「あ、はは……」
「兎月……」
後ろに隠れながら背中の肉を抓るのやめい。何を警戒しているんだよ、この人はただの店長さんだって。
「その子のお名前は?」
「あーっと、春日って言います。その、まあ僕の、まあアレです。で春日、この人は俺がバイトでお世話になった店長さんだ。挨拶しなさい」
「春日恵です……兎月がお世話になりました」
「あーすごい可愛い、もうホントすごい。兎月君すごい」
俺がすごいのではなくて春日のスペックが高いだけなんですけどね。店長さんは春日のことを誉めまくってニコニコとしている。春日も慣れてきたのか普通に笑顔で返している。この子は人見知りしたり猫かぶったりと色々するんだよなー、部屋に招いた時も母さん相手に猫かぶった笑顔で対応していたし。かと思えば今みたいに警戒しちゃうし、その違いは何ですか。コミュ力高いのか低いのか判断しにくい。
「えー、兎月君にこんな可愛い子がいるなんてビックリ。サービスしようかな」
「マジすか、ありがとうございます」
ぶっちゃけそれ狙いでここ来たようなものです。ちょっと一回だけバイトしただけで顔見知りだからサービスしてもらえるかなと甘い考えでやって来たが、店長さんは思いのほか優しかった。嬉しいっす、ただの怒ると恐い人じゃなかったんですね。春日と一緒に来て良かった。
「はい、これ最近オススメのやつ」
「あざす」
「兎月君またバイト入ってよ」
「また今度にでも」
店長さんからケーキを受け取る。期間限定のオススメなケーキらしいが、よく分からん。でも女性に人気らしく、これなら春日のお母さんも喜んでくれるだろう。父親の方はよく分からんが、何かしら土産品を渡せば多少なりと機嫌も良くなってくれると信じるしかない。そしてケーキを食べに来たのではないと気づいた春日が先ほど以上のパワーで背肉を抓ってきやがる。ごめんごめん、でもちゃんとあなたの分も買ったから家でゆっくりと食べてください!
「バイトねー、池内君だけじゃ足りないから一人増やしたのよ」
「なら僕いらなくないっすか?」
「まあ人数多いことに越したことないし……あ、そうだ。その子もなかなか可愛いのよ」
へぇ、ちょっと見てみたいですね。と心の中でそっと呟く。今この場で口に出そうものなら抓る攻撃が抉る攻撃へとランクアップするもん。単三電池を取る感じで背中の肉を抉るからなぁ、自分の発言に気をつけなくては。油断出来ない。それはともかくやっぱケーキ屋のバイトは女子に限るよね。ケーキ屋=可愛い女子の等式が教科書に載っていてもおかしくないとこの前米太郎と話したくらいだ。
「その子もね池内君と同じ名前なのよ」
「池内何て言うんですか?」
「え? あぁ、池内じゃなくて本名の方ね」
んん? ……あ、そっか。池内君って本名じゃなかったわ。俺が勝手につけた名前だった。我ながらひどい扱いだな、勝手に命名しておいてそれを本名と決めつけていた。へぇ、バイト先で同じ苗字で被ることってあるんだ。クラスとか学年ならあるけどさ、こういった狭い場所で被ると大変だよね呼ぶ時に。あ、でも池内君は池内君って呼べばいっか。というか池内君の本名って何だっけ?
「えっと……ああ、そだった。草壁って人ですか」
「うん、日下部(くさかべ)って名前なの」
……。……。……。…………あ、ちょっと待って。この感覚、前にもあった。ここに来た時、店長から池内君の本名を知った時と同じ感覚。ぐにゃりと眩暈がして心臓が跳ねて息が少しだけ詰まる。それら全てを飲み込んで脳裏に思い浮かぶあいつの顔…………。まさか、その新しいバイトの女の子って……
「今も勤務中なの。せっかくだし紹介するね。ねー、日下部さん」
「はーい?」
背中を走る痛みが消えて今度は大きく心臓が飛んだ、血液の流れが呻き声を上げて逆流したかのように体中に変な熱が発生する。お店の奥から出てきた姿……あの頃と変わらないあいつの高飛車な微笑みがそこにはあった。
「紹介するね、新しいバイトの日下部冬華(くさかべとうか)さん」
「……日下部」
「……将也?」
中学時代の元カノと二年ぶりに再会した瞬間だった。




