続5 彼女の名はマミー
「ところで将也」
「前回の流れガン無視だなおい」
「春日さんとは上手くいっているのか?」
漬け物タッパーから漬け物を摘みながら米太郎はそんなことを聞いてきた。プライベートな内容なので華麗にスルーしてもいいが、まあこいつにはお世話になった部分もあるわけだし、報告程度に現状を伝えるのもいいんじゃないかな。
「ああ、非常に上手くいっているよ」
相変わらず春日は無表情で感情を表に出さないし、ちょっとしたことで暴力振ってきたりするが、それでもまあ概ね順風だ。たまにデレたりするし。それに最近はよく甘えてきて……
「へー。それは良かったな。それでさー、今度テリー買おうと思うんだ」
「うぉい!? 最近ゲーム事情なんかに流されてしまうのかよ」
お前から聞いてきたのにそれはないだろ!
「はっ、チンタラと将也のノロケ話なんか聞いてられるか。現状だけ知りたかったんだよ。詳しいことはどうでもいいっすわ~」
「んだと、もうちょい関心示せや!」
「うるせい、それよか大切なことがあるんだ。ミレーユ姉ちゃんを助けに行くんだ!」
ミレーユというか菜々子お姉さんだろ米太郎の場合。そういえば菜々子さんと久しく会ってないな~。大学生活とバイトを頑張っているのだろう。また元気なお姿を見たいものだ。あぁ、愛しの菜々子さん。なんてね、浮気はいかんよ。
「まあ二人が順調ならそれでいいや。別れそうな雰囲気になったらいつでも呼んでくれ。追い討ちかけてやるから」
「そこは普通助けてくれんじゃないのか親友よ」
「甘えるな、それを乗り越えないでどうする。ほしふりの大会で優勝するんだろ?」
「ああああぁウザイ! いつまでテリーの話してんだよ、このミルドラース太郎が!」
「ただの大魔王じゃねーか!」
ウザイ、もうウザイ。かねてからウザイと思っていたがここまでとは……いや、まだこいつのウザ度は上があるな。まだまだ五合目ってところか。頂上の見えないウザさに吐き気と嫌悪感がするぜ。ホント米太郎と話していると話の内容がブレまくって気持ち悪くなる。自分が何を話していたのか見失ってしまうくらいだ。さっきから小さなボケを回収するのに精一杯だチクショー。もう少しくらい俺にノロケ話をさせてくれよ。もっと聞いてよ。ねえ、ねえってば! お願~い、うふん。……うん、今のは我ながら気持ち悪かった、反省しよう。しかし今のでも米太郎の足元にも及ばないな。それほどに彼はウザくてウザくてもうどうしようもない。
「……そういや将也よ」
そう言って米太郎はのっそりと立ち上がる。だらしなく両手を下げて五指をカタカタと不気味に曲げている……急にどうした?
「俺……お前を倒そうとしていたんだった」
今さらになって前回の流れを思い出したんかい。はぁ、マジで面倒くさ………あ、
「覚悟しろ将也……独り身の抱える負の力、見せてやるぜ!」
「……とりあえず後ろに気をつけたら?」
「は? ……おふぅ!?」
覚悟と怒りで歪んだ米太郎の顔は一瞬だけキョトンと間抜けな表情へ変化して、その後ガツンと鋭く痛烈な打撃音と共にまた歪んだ表情へと戻った。最後の歪みは痛みによるものだ。手刀を食らって気絶する漫画のキャラのようにバランスを失った愚かな米人形は机に崩れ落ちた。……何が起きたかと言えば、つまり米太郎ダウン。そりゃ後ろからいきなり箒で殴られたら誰だって倒れてしまうわな。しかし同情はしない、自らが招いた結果だ。もちろん、気持ち悪いって理由だ。
「佐々木うるさい。そして気持ち悪い」
素晴らしくシンクロした意見を述べてくれた人物こそ米太郎を強襲した犯人。その人はショートカットの黒髪をふわりと揺らし、その小さく綺麗に整った顔で太陽のように輝けと言わんばかりに明るくニッコリと笑って自身の手に持った箒を再び振り下ろした。
「ぼぐぬる!? に、二撃目は駄目ええぇぇん!」
うぇ……男の妖艶な喘ぎ声ほど耳障りなものはないな……。最初の不意打ちと同じ箇所の頭部に再度ダメージを食らってしまった米太郎は残った意識と力で漬け物タッパーに蓋をすると完全停止した。死にかけながらも漬け物を死守する姿勢には感服だよ、さすが野菜くん。
「で、いきなりどうしたんですかい。水川さん」
一秒にも満たない合掌を心の隅でテキトーに行い、米太郎を視界から排除。代わりに違う人物に視点と溜め息交じりの質問をぶつける。箒でゴミ(米太郎)を掃除し、こちらを見て楽しそうにフラフラと上体を揺り動かす女子生徒、
「特に意味はないよ。単純に佐々木がウザかったから」
水川はサラリとそう答えた。何その石があったから蹴ったみたいな理由。彼女には暴君にして残酷な支配者の素質があるようだ。まあそれ以上に人をいじるのが上手いけどね。こちらの水川真美(みずかわまみ)さんとは高校入学からの付き合いである。天真爛漫、容姿端麗、成績優秀、以上の言葉を混ぜ合わせて茶目っ気というスパイスを加えたような存在。一言で言えば、可愛い女子生徒って感じ。もっと簡単に言うならば、マミーだ。
「マミー言うな」
この台詞は彼女の専売特許。マミーという名誉たるあだ名を呼ぶと必ずこう返す。『マミー』と『マミー言うな』は俺と水川の間で毎回のようにやり取りする挨拶みたいなものだ。
とまあ、おおよその人物像はこんな感じ。性格についてだけど、これはなんとも表現しにくいなぁ。すごく良い奴ではある。いつも明るくて元気だし、人付き合いも上手い。誰からも好かれやすい人って水川のような人のことを言うのだろう、そう思えてしまう。そうなりゃもうクラスの人気者にもなっちゃいますよね。可愛くて頭も良くて信頼も絶大って……高スペック過ぎですよ。そんな水川ちゃんと俺が仲良しってのも不思議な話だ。まあ普通に気が合うのと部活が一緒って理由だからだけど。
「それで何話していたの?」
「ああそうそう、モンスター配合についてさー」
「……何それ?」
「あ、違う。テリーじゃねぇ!」
くそっ、米太郎のせいで俺の頭の中も冒険の書で埋まっちまったじゃないか。いかんいかん、最初はそんなことを話していたんではなくて……えーっと、うーんと……そうだ、別荘についてだ!
「実はさ……」
てことで水川にも事情を説明。先週の春日家での食事会、春日父を殴ったことはオブラートに包んだ表現でぼんやりと伝える。そんでもって今度の週末は別荘に行くことを簡単に言ってみたところ、
「へー、なんかいい感じになったね」
ニヤニヤ笑うというリアクションをしてくれた。……水川はこうやってニヤニヤしたりするんだよなぁ。完全にこっちを馬鹿にしているとしか思えない。しかしその楽しげなニヤリ顔にも慣れましたよ。米太郎のノーリアクションよりは何倍もマシだし。
「そうなんだよ、庶民には驚きのことでさー。もうどうしたらいいのやら」
「二人の仲が順調そうで私も一安心だよ。ホント良かったわ~」
それはそれは大変面白そうに嬉しそうにニヤニヤニッコリと微笑む水川。なんかノロケ話をした感じで恥ずかしいが気にしない。そうだよな、水川にも色々とお世話になったし、水川も最近の俺らのことを気にかけていたのだろう。あの頃の超鈍感だった俺にアドバイスや説教をしてくれた水川には感謝しきれない。
「ほほぉ、お熱いですねぇ。えーこの~、兎月のくせに~」
……人差し指で頬をぐりぐりしてくるのはやめてほしいな。こうやっていつも俺が弄られているし、たまには反撃してみるか。
「そういうマミーはどうなんだよ」
「マミー言うな。ん、私が何?」
「浮いた話とかないの? 例えば……そこの米太郎とか」
前から気になっていたが、どうも米太郎と水川の関係が怪しい。俺を含めたこの三人は一年生からの付き合いで、そりゃもう仲良し三人組の称号をもらってもいいくらいの親友っぷりだ。特に俺と水川は。つーか米太郎とはそんな仲良くねぇし。
「う、うそんっ。俺ら親友じゃないか!」
「佐々木うるさい」
そうだ黙れよライス。人の思考の中にまで乱入してくんな。とにかく、だ。ええっと、要するに……んーと、水川と米太郎がなんとなく怪しいんだ。二人ともただの友達同士だと言っているが、水川はやけに米太郎に対して厳しいし、米太郎も水川に対して少なからず好意を持っているはず。水川なんて米太郎が少しボケるだけで張り倒したり、今みたいにうるさいとか言って殴るし。これは……恐らくあれだ、巷で有名なツンデレというやつだな。ツンツンしているけどたまにデレデレするという超攻撃的異常恋愛感情のことである。代表的な台詞として『べ、別にアンタのためにお弁当作ったわけじゃないんだからねっ』がある。一度は言われてみたいものです。
つまり、好きなんだけど照れ隠しでツンツンしちゃって暴力を振ってしまうってわけだな。うん、なるほど水川はツンデレさんだったのか。俺にはよく分かるぜ。どこかのお嬢様はずっとツンで暴力な人だったからね!
「佐々木ぃ? こんな野菜馬鹿と浮いた話があるなんて嫌だよ」
すごく不愉快そうな表情で米太郎を見下ろす水川。あれ……違うのか? いやでも………すごい嫌そうな顔してるから、やっぱ違うみたい。うん……水川とてつもなく嫌そうな顔してる! 単純に米太郎がキモくて殴っていたみたい。そらそうだよな。
「私のことはどーでもいいでしょ。セクハラー」
「せ、セクハラではないだろ」
「いいから兎月は週末のことだけ考えていればいいのっ。ちゃんとサプライズとか考えているんでしょうね~?」
さ、サプライズ? いやいや、別荘行きがサプライズですから。俺はただそのサプライズに乗っかるつもりでしたが!? な、何をすればいいんだ?
「付き合って一ヶ月記念だとか言ってプレゼント渡してきなさい。愛の言葉も添えてね」
「せ、セクシャルハラスメント!」
「いやセクハラではないでしょ」
確かにもうすぐ付き合い初めて一ヶ月が経ちますが。……え、何? なんか贈り物とかした方がいいの? 僕そういうの分からないですって。えー、うー、えー……うん、分からん。だ、誰かそこらへん教えてください……
「とりあえず野菜贈ろうぜー」
「「だから野菜太郎は黙ってろ!」」
「すいませっでぼぼぼおあぁぁつぉ!?」




