続45 スイートルームに爆竹を
重くのしかかる女子全員分のジュースを持って、軽くなった財布は春日に持ってもらって皆と合流。その後も皆で楽しく様々なアトラクションに乗っていき、とことん遊びまくった。結局美保梨ちゃんに押し切られてメリーゴーランドに強制連行されたり、俺は絶対嫌だと散々抵抗したのに春日と二人でお化け屋敷に入れられたり、色々とあって夕方のパレードが終わったあたりで体力も精神も底を尽きそうになっていた。
「……遊び疲れたなぁ」
「まー君、お疲れ様っ」
「まあ楽しかったからいいけどさ」
夕方のパレードは終わって辺りは暗くなり……いや暗くならない。陽は沈んでも遊園地内は光を失わず、テンションも変わらない。アトラクション全てがライトアップされてカラフルな七色の光が壁も床も人をも照らす。そう、ここは夢のアミューズメントパーク! マジですごいなぁ。パレードがテンションの最高潮と思ったが、遊園地内は全然静まろうとせずライトアップされてさらに盛り上がりを見せようとしている。眠らない○○的なフレーズをつけたいね。眠らない街ザナルカンドみたいな?
「まー君、そろそろ出る?」
「そうだな。ホテルにチェックインする時間だし」
まだまだ遊園地は眠らないが、もうすぐ夜だ。人混みも徐々に消えている。日帰りの客や家族連れが次々とゲートから出ているのが見え、そして辺りはカップルが目につくようになった。子供達を歓迎していた遊園地内が時間の経過に合わせて恋人達をおっとりさせるムードに変わってきているのだ。早い話カップルがイチャイチャしだした。彼女がいない独り身の男子はこの空気に敏感に反応する生き物なので隣の米太郎も、
「ちっ、イチャイチャしやがって。カップルなんて爆ぜればいいのに」
このように悪態をついて顔をしかめている。孤独な男子はクリスマスの時期になると病気かと思うくらい心が荒んでしまう。イルミネーションを見ただけで舌打ちをして恋人つなぎしたカップルとすれ違う時は恐ろしいほど念のこもった呪詛を呟く。今の米太郎はそれと同じモードになっているようだ。こうなるとカップルをとことん忌み嫌うようになり、さらには世の中全体を恨むようになる。妬みで汚れた心は異臭を放ち、それは身から染み出て最後には哀れで惨めな男子が生まれる。俺も一年前はそうだったからよ~く分かる。
「将也、夜になると観覧車がカップルで賑わうらしいぜ。爆竹とカエルの死骸持って特攻しようや」
「お、落ち着け米太郎。目が怖過ぎてR指定では追いつかない顔面レベルになっているよ?」
駄目だ、このままこいつを置いておくとマジで特攻しかねない。急いでホテルに連れていかないと。
「ほら今日泊まるホテルに行こうぜ、夕食にサラダバーとかあるかもしれないし」
「許せねぇ、あいつら許せねぇよ。見せびらかすようにイチャつきやがって。着ぐるみ被って近づいて油断している彼氏にチョークスリーパー決めてやりたい」
「やめておけって、そんなことしても絞まるのは自分の首だから。いいから出るぞ」
カップルに向けて中指を突き立てようとしているファッキューな米太郎の背中を押してゲートの方へと向かわせる。あんまし変なことするなよ。一緒にいて恥ずかしいから。
「ホテルってどこにあるのかな?」
「火祭、見て驚くなよ。ふふー……あの超デッカイ最高級ホテールだ!」
遊園地を出てから歩いて二分の超至近距離に位置する圧倒的高さと幅を持つ建築物、その君臨する圧巻なる存在感は入口前に立ち上を見上げれば体全体に大きくのしかかってきた。なんつー大きさ、いや大きさなんて些細なことかもしれん。ここは超人気遊園地があるザ・都会と称されるビルが無数に連なり、スタジアムがあり、人で大いに賑わう活気ある都会だ。建物の大きさなんて他と比べていてはキリがない。……このホテル、見ただけで高級感が押し寄せてくるぞ。そもそも遊園地から歩いて二分の場所ある時点で相当の強者に違いない。こんな良い立地にホテル構えてるぜぇ感がハンパない。今日俺らはここに泊まるのだ。えぇ、おい、こんな超高級そうなホテルに泊まっていいのかよ。立地条件の良さと外観を見る限りで、ここに一泊するだけで一体いくらかかる想像もつかない。そんなところに今日泊まるのだ。えぇ、おい!
「にしても本当にいいの? 俺らが無料で泊まって」
「えぇ、構いませんわ」
前借りしたお年玉全額をつぎ込んでも泊まれるとは思えない。なんとホテルの宿泊費は土守さんが出してくれるそうだ。土守さんというか土守父が払うのだが、どちらにしても大変ありがたいことです。というか本当にいいのですか? あまり計算したくないけど、一人一泊して一万だとすると七人だと……か、考えたくもない値段になるぞ。俺がドヤ顔でジュース奢ったのが霞んでしまう、つーかぁ恥ずかしい。ヤッバイ、昼間の英雄気取りだった自分が恥ずかしい。だ、だけど庶民生まれの高校生にこんな立派なホテル一泊分の料金を払うなんて出来ないっすよ。土守さんの親父さんのような会社の社長には微々たるお金かもしれないが、庶民には恐れ多い。やっぱお金持ちってヤバイな~。
「うーむ、本当にいいのかな……」
「兎月君を始めとした皆さんには迷惑をかけましたから、どうか気になさらずに受け取ってほしいと私の父も言っていますので」
そうですか、それならありがたく甘えさせてもらいますね。土守父、本当にありがとうございます。今度会ったらお礼を言おう。話聞かない人だからあまり会いたくないけどねっ。
「……うおおぉっ、マジか」
思わず息を呑んでしまう。外観だけで圧倒されたのに中に入ると待ち構えていたのは豪華なシャンデリアにキラキラの装飾品、黄金色に輝くフロアは目を細めてしまうほど。な、なんつー輝きだ……ここってホテルのロビーだよね? どこかファンタジー世界の王宮みたいだ。……あれれぇ、入る場所間違えたのかなー?
「予約している土守ですが」
「お待ちしておりました。既に荷物はこちらで預からせていただいております。どうぞこちらへ」
有紗お嬢様カッコイイ! さすがお金持ちでセレブでお嬢様なだけあります。凛とした上品で大人な態度で受付の人と話す土守さん。物怖じしない、というか全く動じてないっていうレベルじゃなくてこれが普通、当たり前だと言わんばかり。土守さんすげー自然に話しているけど俺なら絶対無理だ。「あ、あの、ぁのあの……ぅぉ」って感じであたふたする自分の姿が簡単に思い描けてしまう……。これじゃあ春日と来た時どうするんだよ。あ、そうか春日も土守さんと同様生粋のお嬢様なのだから優雅に対応してくれるかも。……いや、春日じゃ無理かも。この子は確かにお嬢様だけど無表情で無言が多いから無理かもな。
「……」
「痛い! 変なこと考えてすいませんでした!」
春日に蹴られた。こちらの思考を読み取ったかのようなタイミングでの攻撃、エスパー疑惑が出てくるよ。気配も消せて背後に回るのも上手ければ読心術も心得ているとか……春日はお嬢様というか忍者の方が当てはまっているような気がする。鍛えれば火祭並に強くなると思う、というか既にローキックの攻撃力なら火祭にも劣ってないだろう。
「……で、ここが俺達の部屋か」
「将也将也、早く開けてくれよ!」
「へいへい」
土守さんが華麗に受付を済ませてくれて皆で移動。その際も豪華絢爛なエレベーターに感動したり綺麗なカーペットを踏まないように端っこを歩いたりして、本日泊まる部屋の前まで来た。勿論、というか当然だが男子と女子で部屋は別々だ。そこはやっぱ、ね、不純異性交遊の関係とかあって常識的に考えて男女別々ってのがお決まりなわけですよ。春日達は五人で一部屋、俺と米太郎の男子はここに泊まるってわけだ。じゃあ早速、米太郎もワクワクが止まらないようだし部屋の中へ入りましょうかね。クリスタルのチェーンがついたキーを鍵穴へと差しこんで開錠、カチャリと小気味良い音が跳ねて扉が開き、中へと入ると、
「おおぉぅっ、すげー!」
「なんかホテルって感じ!」
庶民と農民の二人アホそうな感想を漏らしながら馬鹿みたいに口を開けて部屋の豪華さに圧倒された。落ち着いた雰囲気、洋風な貴族が嗜むような趣向の装飾品、漫画で見るような汚れシワ何一つない完璧な空間。これぞ高級!を表している、もはやここまで凄すぎると逆に泊まるのが申し訳ないくらいだ。半端じゃない……!
「ま、将也……ここってアレか、伝説に聞くあの、スイートルームってやつか?」
「お、落ち着け米太郎。いや、土守さんが言っていたけど、ここは普通のスタンダートな部屋らしいぞ」
「これでスタンダートだと? なら、さらにランクの高いそのスイートルームってのは……!?」
か、考えるな。これ以上のすげぇ部屋があるとか想像したくもないって。庶民の貧層な脳じゃ受けきれない気がする。お、おぉふ……ホントに今日ここに泊まっていいのか? 全然分からないけど、この部屋一つで俺では予想のつかない額になっていると思うけど……や、ヤバくない? ジュース奢って俺カッコイイとか思っていた自分がマジで惨めになるよこれぇ。土守グループってやっぱ凄いんだな……お金持ちの方々はいつもこんなホテルに泊まっているのか。いや、そもそも別荘持っていたりするのかな。……生きてる世界が違う。
「将也、決めたよ……俺、将来お金持ちになる」
トレジャーハンターの夢はどうした。いやけどそうだよな、こんな夢世界見せられたら誰だってセレブになりたくなるよね。くそぅ、どうやったら社長とかなれるのだろうか。どう頑張っても父さんみたいな平社員にしかなれない気がする……。
「それにしてもホント広いなぁ」
「はしゃぐなよ米太郎、せめて気分だけでもセレブらしく上品にいこうぜ」
「だってさ、こんなデカイベッドが一人ずつあるんだぜ、しかも部屋別々で。どんだけ広いんだよここー!」
確かにこのベッドすげーデカイな。ダブルベッドってやつか。以前金田先輩の別荘に泊まった時以上の大きなベッドだ。これを一人で使えるってのがもう恐れ多いぜ。
「さぁーて、もう一つの部屋は……ん、あれ? 将也、部屋って一つだけ?」
「というか基本ホテルとか部屋は一つじゃねぇの? あとはトイレやバスルームでさ」
「じゃあベッドってこれ一つだけか」
…………は?
「お、おいおい嘘だろ米太郎。ちゃんと探せよ、もう一つあるだろ?」
「いやないって。このデカイベッドが一つだけ……」
…………ちょっと待って。少しだけ冷静になって考える時間をください。えーっと? この部屋に泊まるのは俺と米太郎の二人。勿論予約も二名で通っているはず、ちゃんと二人泊まれる設備がなされているはずだ。部屋にはベッドが一つある。俺の基準が世間一般と同じだと仮定して、俺が思うにこのベッドは一人が使うにはちと大き過ぎる気がする。けどそんなの、金持ちならこれくらいのサイズで当然だとも思われる。ただこれを一人用だとすると数が足りない、どちらか一人はお風呂場で寝ることになってしまう。だとすれば、この俗に言うダブルベッドってのは二人用で……俺と米太郎が一緒寝る用ってことで…………はぁ!?
「ふざけるなよライス米太郎よぉ! なんでお前と同じベッドで寝なくちゃいけないんだ!」
「こっちの台詞じゃボケ将也ぁ! ノリやボケでBLネタすることもあるが、マジで男と添い寝する形で一夜を過ごすとかありえねぇよ! あと何だライス米太郎って、訳すと米米太郎じゃねーか!」
なんで土守さんも予約を普通にツインじゃなくてダブルでしたんだよ。嫌がらせじゃん、これだと! 部屋の高級感に酔いしれてスルー気味だったがよくよく考えると二人泊まるんだからベッドは二つないとおかしいじゃん。まさかのベッド一つだよ、二人一緒に寝るタイプだよ、アーッ!だよ!
「ざけんなよー……ダブルベッドとか、良いところの仲良し夫婦みたいじゃんか。それをどうして男同士で使わないといけないんだ。悪夢しか見れねぇよ」
それはこっちの台詞だコノヤロー。野菜馬鹿と至近距離で寝るなんて野菜臭さが移って嫌だっての。こうなったら土守さんに直談判に行くしかないだろ。こんな悪意ある嫌がらせを見過ごすわけにはいかない、女子の部屋に殴り込みだ。
「米太郎、土守さんに文句言いに行くぞ!」
「そうだな、ついでに女子の部屋も見てみたい。あわよくば着替え中だったらいいなー」
怒り心頭かと思ったら野菜の脳は少しだけピンクに染まっていた。そんな都合良く着替え中とかあるわけないっしょ。どこのトラブルだよそれ、宇宙から美少女がワープしてきてからそんな妄想見やがれ。デレデレする米を引き連れて、女子達が泊まる部屋へと行く。俺達の部屋は六階だったが、女子が泊まる部屋は十七階にあるそうだ。なんか随分と離れているな……なぜだろう。豪華エレベーターに乗って再び感動を味わいながら十七階へと到着、六階より厚みのある真っ赤なカーペットを踏まないよう端っこをカニ歩きで移動し、土守さん達が泊まる部屋の前に到着。……? なんか、ドアの装飾がより豪華な気がするが……まあいい、とにかくクレームだ。宿泊代全額持ってくださった感謝すべきお方に対してイチャモンをつける最悪な庶民と農民が汚い手でドアを激しくノック。
「やいやい土守さん! どーして俺と将也の部屋はダブルベッドなんだ。ホモ疑惑に拍車をかけるつもりか!」
「そうだそうだ、至急ツインの部屋にすることを要求する。って米太郎が言ってましたー」
「なんだそれ」
「いや、冷静になって考えたら春日が恐いなーっと思って」
するとドアが開いて、隙間から水川が顔を出した。そしてニヤリとほくそ笑む。な、なんだこの野郎っ、何をニヤニヤしていやがる。
「兎月達かー。そっちの部屋はどう?」
「ベッドが一つしかない点を除けば完璧だな。非の打ちどころがない、まさに最高の客室だよ」
「ふーん」
? なんだよ。
「まあ入りなよ。こっちの部屋も見ていってよ」
「ん、そうか。じゃあ、お邪魔します」
「お邪魔しまーすっ、着替え中を希望!」
水川に招かれて中へと入る。……その瞬間、言葉を失った。
「これは……スイートルーム?」
最高レベルだと思った俺達の部屋を凌駕する高級さ、豪華さ、部屋の広さ。全てにおいて上をいく最高の最高な部屋が目の前に降臨していた。ぁ……こ、これが噂のスウィートルームか……!? なんでこっちは平然とスイートに泊まっているんだ?
「どう、すごいでしょ」
ドヤ顔の水川、
「申し訳ないです、執事の後藤が間違えて予約してしまったそうですわ」
悪びれた様子には見えない猫かぶった口調で謝る土守さん、
「兎月さん達の部屋はどうなんですか?」
純粋な瞳で尋ねてくる美保梨ちゃん、
「まー君、アールグレイ飲む?」
紅茶を入れてくれた火祭、
「……」
無言で見つめてくる春日。全員がスイートルームでゆっくりと優雅にくつろいでいるではないか。というか広い……広過ぎる。上には上がいるとよく耳にするが、それをこうした形で体感することになろうとは。あ、あかん、精神が崩壊しそうだ。それは米太郎も同じようで、
「ぅ、嘘だ……ああぁぁあ」
農家の息子はショックで気絶しそうになっていた。両足を震わせて目の前に広がるスイートな空間を拒絶しようと必死に首を振っている。無駄だよ米太郎……これは現実さ。考えてもみろよ、女子サイドには五人中二人もお嬢様がいるんだ。やはりお嬢様にはスイートが似合うでしょ。それに比べて男子は二人とも富豪と呼ぶにはあまりにお粗末、こんな立派なホテルに泊めてもらえるだけで十分ありがたいことだろ。それを男もスイートに泊まらせろだなんて分不相応だよな……。諦めよう米太郎、俺らには遠い存在なんだよこの光景は。
「うえぇぇん、どーせ俺達は野菜臭い百姓だよ。くそっ、やっぱり爆竹買ってくるよ俺!」
そう言って米太郎は部屋を飛び出した。スイートルームで爆竹飛ばしてもみろ、今後一生ホテルどころか遊園地も出禁になるぞ。




