続43 名前コンテスト
「兎月ー、生きてるー?」
「……もう死ぬ」
「じゃあまだ生きてるってことだね。問題なし」
どこがだよ。こちとら嘔吐しそうなんだぞ。ここ最近やたらと吐き癖がついてしまったが、なんとかしないと。本当にリバースするのだけは避けたい。てことで吐き気を飲み込みついでに気合いで意識を持ち直す。まさかジェットコースターに乗って倒れかけることになろうとは思ってもいなかった。三回連続で乗ったことを言い訳にさせてもらえるならそうしてほしい。いやでもここまで精神的にくるものなのか……昔なら平気で絶叫マシーン乗りまくっていたのに。もう年なのかもなぁ、とセンチメンタルな気分。
「お昼過ぎだし、兎月の気力回復も兼ねてお昼ご飯にしよっか」
水川が気遣いの出来る良い子でホント助かった。気遣い精神とフォロー力、皆をまとめる統率力とカリスマ性、これぞ水川の部長たるスペック。けど毒舌なのが玉に瑕。とんでもない毒を吐くことがあるから要注意だ。それさえなければ完全無欠パーフェクト女子なのにな~。まあ世の中には毒舌食らって喜ぶ奴もいるからいいか。SとMの均衡な関係が世界の調和を担っていると考えよう。だから春日と俺の主従関係も良しと胸張って言え……ないよねー。
「なあマミー、俺あのレストランに行きたい!」
「マミー言うなや米粒野郎。私はどこでもいいけど桜達はいい?」
「うん、いいよ」
「……私も」
「私もですわ」
「お姉ちゃん、私パフェ食べたい」
「兎月が奢ってくれるよ~」
満場一致のようですし移動しましょうか。最後の方に聞き捨てならない台詞が聞こえたけど。水川よ、男が常に奢り続けると思うなよ。馬鹿みたいにポンポン奢っちゃうと金はいくらあっても足りないって。
「へっへへ~、楽しみだなぁ」
米太郎が気持ち悪い顔をしている。いつものことだから無視してもいいけど一応聞いておこう。
「何が楽しみなんだ?」
「将也よ、あの文字が見えないのか?」
本人はキメ顔のつもりだろうけどこちらとしては大変に気持ち悪い顔の米太郎が指差す方向には『今ならサラダバー付き』という広告。あぁ、そういうことか。野菜大好き米太郎君はどこに行こうとも自分のキャラを貫き通すつもりのようだ。その辺は見習うべきなのかも。俺なんてヘタレキャラ脱したとか宣言した割に今でもヘタレなことばかりしている。ブレまくるキャラに自分自身しんどさを覚える今日この頃~。
「野菜が俺を待っているぜ」
「はいはい、いいから行こうぜ。レストランとか混雑しそうだし」
遊園地内の飲食店は非常に混んでいると決まっている。ただでさえ来客者が多いのだ。そのお客さんが昼時になると一斉にレストランへ集まる。そりゃ混雑もしますよね。一時を過ぎた時間帯でも店内は満席状態、まだ順番待ちのお客さんがいるくらいだ。なんて繁盛ぶりだろう、学校の売店なんて目じゃない。とりあえず待つしかないか。
「ここに名前書けばいいのか?」
店内に入ってまず目についたのが入口すぐ横に設置されたペンと用紙。色々な名前が記載されておりその隣の欄には人数を書くスペースもある。これはあれだな、名前書いて予約するみたいな感じのやつだ。ファミレスとかでもたまに見かけることがある。
「名前どうする?」
「佐々木米太郎にしてくれ」
別にフルネームじゃなくていいから。佐々木でいいから。いや佐々木じゃ駄目だ、なんでお前が俺達の代表みたいなんだよ。ちょっと俺の中のプライドが異議を申し立てているぞ。
「せっかくだから面白い名前にしようよ」
水川がウキウキと楽しげな声色でペンを奪いやがった。ちょっとやめなさいよ、店員さんだって今の時間帯は忙しいんだから変なことをするなって。「七名でお待ちの……ど、独眼竜政宗様?」みたいなこと言わせたくないよ。馬鹿なノリの学生とか一番ウザイと思う。
「お姉ちゃんカッコイイ名前にしてね」
「ん~、そうだね。ミケランジェロとかどうかな」
「おいやめろ水川、なぜ外国人テイストを採用する。最も安易な名前の決め方だぞそれ」
どうせなるならもっと趣向の凝らしたやつ考えようぜ、って違う。俺まで悪ノリするとこの場をまとめる人がいなくなる。ツッコミをなくした集団ほど性質の悪いものはない。いいから普通に名前書けよ。
「じゃあ兎月がなんか良い名前考えてよ」
「はいはいボケ大会はまた今度な。ペン貸して、俺の名前で書く」
「兎月なんてダサイ名前嫌だわ。つーか初見で読み方分かってもらえると思うなよ」
なんつー毒吐きやがる! おいおいふざけるなよ水川真美さんよぉ、誰の名前がダサイだってぇ? 兎月なんてレアな名字に対してその暴言は許されないぞ。兎の月と書いて兎月、なんか意味深な感じでカッコイイだろうが! 日本の名字ランキングなるものがあったら兎月は確実にBクラス以上に入るに違いない。ちなみにA~Fランクとなっています。超レアで響きが良い名字がAクラス、至極一般的な名字がEかFランクという感じだ。佐々木はFランクだな、しょぼいし。……えっと、全国の佐々木の皆さん、決して今の発言は佐々木ディスりではないです。佐々木米太郎という個人への中傷なだけであって皆様佐々木を馬鹿にしたわけではございません。
「はぁ? 兎月ってカッコイイだろうが、俺は誇りを持って兎月を名乗っているぞ。それに読み方もなんとなく分かるだろうが」
「いや私最初『うさぎつき』と思ったから。というか『とづき』って言いにくいじゃん。店員さんから面倒くさがられること間違いなしだね」
「そ、そんな……」
この野郎ぉ、一体どれだけ俺のハートをブレイクしたら気が済むんだ。そこまで自分の名字を貶されるとかなりキツイぞ。……そ、そんなに兎月ってダサイのかなぁ? ちょっと自慢出来る名前だと思っていたのに……。
「……私は良いと思う」
名前を否定されて自我が崩壊しそうな憐れなうさぎつきに救済の一言が届いた。春日がフォローを入れてくれたのだ……! か、春日……嬉しいこと言ってくれるじゃないの。Cランクの水川によって貶されたプライドが少しばかり回復、同時に心が満たされる。まさかの春日が励ましてくれるとは思わなかったよ。この子は基本的に物事を無視するタイプだから俺がどれだけ暴言を吐かれようと助ける真似はしないはずなのに。あ、もしかして……ご、ゴホン。えぇと、将来自分の名字が兎月になるから? だからフォローしてくれたのかな? たぶんそうなんだろうな。だとしたら嬉しい限りだ。そしてありがたい、俺はまた兎月の名に誇りを持てるのだから。ちなみに春日は名前ランキングB+だな。春日=お金持ちってイメージがついてしまったセレブ補正を加えての上位ランクってわけだ。
「恵優しいね~。あ、じゃあ名前春日にしようよ。なんかお金持ち気分が味わえそう」
「却下だマミー。春日や土守の名で予約なんかしてみろ、もしかしたら誘拐犯に狙われるかもだろうが」
なんかそんな気がするんだよなー。二人とも大企業の社長の名を持っているんだぜ、もしかしたら社長の娘だということがバレて身代金目当てで誘拐する奴がいるかもしれない。土守とかAランク級の珍しい名前なんて滅多に見かけない、つーか確実に土守グループの関係者ってことに結びつく。だから春日や土守さんの名前を使うのは良くないと思うよ。
「マミー言うな。あんもう全然決まらないじゃん! この馬鹿野菜太郎が!」
「急にキレるなよ、そして野菜をディスるのはやめてよぉ!」
あぁ、くそ全然決まらねぇ。なんでレストランの予約するためにここまでグダグダしなくちゃいけないんだよ。もっとスムーズに決まらないのかよ。なんでこんなことになったのやら。あぁ、腹減ってきたな。
「はぁ、もう何でもいいよ。適当に決めようぜ」
「じゃあ兎月さん、私書いていいですか?」
美保梨ちゃんがキラキラとした目で手を引っ張ってきた。おおいいぞ、思う存分書いていいよ。この際美保梨ちゃんに任せた方がいいと思う。俺とか米太郎がギャーギャー言っているより美保梨ちゃんのインスピレーションとセンスで名前を書いてもらった方がいいんじゃないでしょーか。ペンを渡すと美保梨ちゃんは喜々とした表情で用紙に名前を書いていく。やっと予約出来た……なんか疲れたな。あとは名前を呼ばれるのを待つだけか。
「それにしても恵が兎月のフォローをするなんて珍しいね。何かあったの?」
あ、テメ、水川。そこ掘り返すなって。先ほどの春日のヘルプが気になったらしく水川が春日を問い詰めようとしているではないか。ちょっとやめなさいよ。大体分かるだろ、なんで春日が兎月の名を褒めてくれたか。その……将来アレだからだよ、結婚するからだよ。つーか水川の奴、分かっていて春日に聞いているんじゃないだろうな。春日、お願いだから上手く言い逃れて。ここで恥ずかしい思いはしたくないって。私は将来兎月になるからとか言おうものならとんでもない空気になるぞ。確かに俺達が付き合っているのは皆さんご存知だが、さすがに婚約のことまでは言ってない。俺達結婚しますとか、なんかそーゆー超恥ずかしいことはまだ知られたくないじゃん。てことで春日よ頼む、誤魔化してくれ。
「……兎月恵」
「「……」」
……。
「……なんでもない」
春日ああぁぁぁぁ!? 完全にやらかしたよね!? え、え? 何、何なの!? 春日の口からポツリと零れた名前が床に落ちて反響、そして沈黙。もれなくこの場にいる全員が口を半開きにして目を点にしている。ものすごい速度で温度が下がって場が一気に固まった。それを察してか、春日が取り消そうとしたがそれはもう逆効果というか何というか! 完っ全に駄目だよねそれ!? ちゅおー、マジこの空気どうするのさ? 「え……それマジ?」みたいな目で皆が見てくるんだけど……。誰の名前で予約するかで盛り上がっていた数分前で嘘のよう、とてつもなく気まずい空気が肌に纏わりつく。な、何この、すごくフワッとした奇妙な浮遊感。喜怒哀楽の選択肢では表せない何とも形容しがたい感情が胃の辺りで燻ってゴワゴワしている感じ。いやホント……なんかゴワゴワしている。ちょっとした秘密がバレて変な空気が流れて誰一人として言葉を発しない。は……ははっー……やっべぇ帰りてぇー!
「ぁ……あっはははぁ、何々? え、なんで皆黙っちゃうのぉ? もっとテンション上げていこうぜおい。せっかくの遊園地だぜぇ、心躍るハイウェイ突き進もうぜ! な、なあ米太郎っ」
「お、おぅ……」
あかん、米太郎が目線を泳がせている。こちらを見ようとせず、苦笑いを浮かべて携帯を取り出そうとしているじゃないか。おいおい米太郎君!? さっきまでのサラダバーのハイテンションはどこにいったのさ。何を急に余所余所しくなっちゃってるの! いや分かるよ、今お前の心の中で渦巻いているであろう叫びはよーく分かる。決して嫌な気持ちとか嫉妬とかそんな負の感情ではないだろう。あれ……なんというか、とにかくフワフワしている。まさかそこまでの関係だったのか、と驚愕して言葉に詰まっているというか。なんか……フワフッワしているぅ! き、気まずい。フォローしたいけど何をどう説明すればこの空気を解消出来るか思いつかん。誰かぁ助けてぇ。
「大変お待たせいたしました。七名でお待ちの……」
店員さんの声、いや天使の声が響いた。キターこれー! とりあえず話題を別方向へ動かそう。今は昼食タイム、超有名遊園地内のレストランで食事とかテンション上がるでしょ。それはもうこの変な空気を掻き消してくれるくらいに。さあ店員さんよ、早く名前を呼んでくださいましー。
「兎月美保梨様ー」
「えへへ~」
美保梨ちゃああぁぁん!? あなたもかよぉぉ! そしてだからフルネームじゃなくていいちゅーに!
「恵ちゃん、次あれに乗ろうよ」
「うん。桜も行こ」
「いいよー」
色々とあったランチタイムを終えて、また皆でアトラクション制覇の旅へと出た。午後になったからといってお客さんの数が減るわけでもなく増えるわけでもなく、というか人数の増減が明確に確認出来ない。これだけ人が多いと何がどうなっているか分からないものだ。とにかく人混みに負けず、待ち時間に負けず、雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ。あ、最後のは違うか。要するに気持ちも改めて楽しく遊園地を楽しもうってことさ。さっきの春日の発言によるフワフワした空気は美保梨ちゃんのボケによって良い具合に解消された。とはいえ、かなり精神的にきたな……。いや別にいいとは思うよ? 俺と春日は結婚を前提にお付き合いしているのだから。け、けど……。うーむ、それを他人に知られるのはやはり多少なりと気恥ずかしく、照れてしまう部分があるわけでして。恐らく言われた側の水川達もちょっと照れてしまったのだと思う。俺だって友達から私達結婚しますと言われたら、「お、おぉふ。そ、そうすか」とバリバリ視線を泳がせて上ずった声で祝福の言葉を投げやりに伝えるしかない。なんか照れてしまうのだ、言う方も言われる方も。はぁ、春日もあんなこと言わなくてもいいのに。恥ずかしさMAXだよチクショー。
「そんな落ち込むなって将也。ラブラブでいいじゃないか」
「今頃になってフォローかよ。遅いわ」
この米野郎、さっきは目も合わせてくれなかったくせに今は親友気取りですかコノヤロー。土守さん達が向かう先は映像を見ながらゴーカートに乗って楽しむ3Dのバーチャルアトラクション。女子達の後ろをついていきながら俺と米太郎はこうして話しているわけだが、どーも納得いかない。今さら励まされても全然嬉しくないから。こちとら顔赤くしてハンバーグセット食べたんだぞ、フォークが小刻みに震えたわ。けどまあメロンフロートが飲めた辺りで気持ちがリフレッシュしたけどね。あれすごくね? メロンソーダの上にアイス乗せるって荒業があるんだよ。驚くべきアイデアの勝利だよね。
「そう言うなって。まさか二人の仲がそこまでだとは予想してなかったんだよ。誰だって驚いて言葉が出なくなるのは当然のことだろ」
「うるせー」
こっちは大マジだからな。マジで結婚するから。付き合いたてのカップルが私達ずっと一緒だよ~、という軽いノリで宣言するのとはわけが違うぞ。自分の気持ちに向き合い、多くの人に助けてもらって前へ進んだ俺は春日に告白した。今となっては生涯で一番頑張った瞬間かもしれない。その結果フラれた。…………うん、そうなんですよ。すげー間抜けな話なんすけど、好きだって告白したら春日から「嫌」って言われたのだ。あの時は本気で自害を考えたなぁ。フラれたと思ったがその後に春日が続けて発した言葉が「結婚しなさい」だった。付き合うのを飛び越えて結婚になったのだがさすがに高校生の俺達じゃまだ結婚は早過ぎるので一応結婚を前提に付き合おうとなったわけだ。よくよく冷静に振り返ると俺はフラれて、春日に命令される形でプロポーズされているんだよな。なんて情けない……。と、とにかくそんなこんなで二人は結婚します。いつか米太郎や水川にも言うつもりだったが今バレるのはまだ恥ずかしい。なんか恥ずぃ。
「それにしても兎月恵か……微妙だなぶべぇ!?」
「殴るぞテメー」
「いやもう殴ってるから! あ……将也、たぶん怒るだろうけど思いついたから言っていい?」
なんだよ。
「佐々木恵。響き良くね?」
「よーし、そこに座れ。一撃で葬り去ってやるよ」
「ごめんごめん! マジ顔やめて、それ恐過ぎるって」
あぁ? ふざけんな、それ以上春日を穢すと許さないぞ。何が佐々木恵だ、お前みたいな農家の息子が社長の娘と釣り合えると思うなよ。俺だってなぁ、身分の違いを感じて泣きたくなる時があるんだから。だってさ、俺の父さんは平社員。父さんが勤める会社の社長が春日のお父さん。何この関係、何この違い。ちょっと泣けてくる。
「兎月と佐々木ー、早く来てよ」
「お、佐々木真美さんが呼んでいる。急ごうぜ」
全員お前の嫁かよ。生意気な佐々木がいるので手早くアッパーをかまして水川達へ追いつく。次に乗るのは映像に合わせて動く乗り物のアトラクションだ。何やら3Dのバーチャル映像なんとからしい。楽しそうじゃないか。ただこのアトラクション、乗り物がゴーカートみたいな車タイプのやつでどうやら二人乗りだそうだ。てことで、
「今からジャンケンで乗るペア決めよ」
「あれ? 俺ら七人だろ。一人余るじゃん」
米太郎の言う通りだ。春日、俺、米太郎、水川、美保梨ちゃん、土守お嬢様、火祭。七人だから二人ペアだと一人残ってしまう。どうするのさ。
「あはは、佐々木良いことに気づいたね~。……大体分かるだろ、誰が余り者になるか」
そう言って水川は米太郎の方をじっと睨む。みるみるうちに米太郎の顔が引きつったものになっていき、ついには、
「だあぁぁ、分かったよ俺が一人で乗るよ。それで満足ですかうわああぁぁん!」
堪えきれずに溢れた涙を散らしながら米太郎はフリーパスをかざしてアトラクションの中へと入っていった。さ、さすがに可哀想過ぎる。水川よ、俺の親友が何かやらかしたのか? 確かに野菜野菜うるさいウザイ奴ではあるけど、これはちょっとあまりに酷過ぎる気が……
「何か言いたげな顔してるけど兎月、もし佐々木と恵が一緒に乗ることになったらどうする?」
「全力で米太郎を殴る」
そりゃそうなるでしょうよ。暗闇で米太郎と春日を二人きりにさせるなんて許せるわけがない。全身全霊の拳をお見舞いしてやるさ。暗闇で女子と米太郎の二人きりは危険だ。ごめん米太郎、いつも損な役回りで申し訳がないと微粒子程度に思っているよ。
「で、ペア決めが終わったわけですが……」
ジャンケンポンと六人仲良くした結果が、これです。少しばかりの待ち時間を経て建物の中へと入場。車の乗り物に乗って3Dメガネを装着、目の前に設置されたスクリーンがキラキラと色鮮やかに輝きだす。さあ出発しようではないかー……と思う反面、どことなく居心地の悪さを感じる。
「どうしたの兎月君?」
「いえなんでもありませ……ないっすよ土守さん」
ジャンケンの結果、俺は土守お嬢様と一緒に乗ることになった。あとは水川と春日、火祭と美保梨ちゃんといった具合だ。う、ん……どうしたらいいのこれ。いや全然良いよ? 確かに土守お嬢様とは色々とあって主従関係でもあったがそれは昔の話。今は友達として仲良くやっていこうと決めた。けどさぁ、やはりどうしても話しかけにくい点はあるよねー。今でも思わず敬語に話しかけてしまうことがあればお嬢様付けしてしまうし。もっとフランクに接すればいいのだろうけど、どーも執事の頃の態度が抜け切れない。凄まじきは俺の下僕魂といったところか。お嬢様なら誰にだって逆らえない体質なのかよ俺は。
「はぁ、兎月君はいつになったら私と普通に話してくれるのですか?」
「いやまあ、はい、すいません……善処します」
乗り物に乗車してシートベルトを装着、従業員のスタッフが安全確認をしている傍らスクリーンには3Dメガネの使用方法やアトラクション中の注意事項が流れている。それをぼんやりと見て過ごすことも出来るが、なんかせっかくなので二人きりで会話しましょうみたいなノリになってしまった。……土守お嬢様と何を話せばいいのだろうか。な、何か良い話題はないのか。さっきから脳内で話題の書かれた六面サイコロを振り続けているが『下ネタの話』とか『ゲームの話』とか『もしも異世界に召喚されたらどうするか』といった女子に話すに値しないものしか出てこない。なんて惨めな脳内してやがる俺よ。気の利いた面白い話一つも出来ないでよく彼女なんて作れたものだ。まあ春日は基本喋らない人だから会話もクソもなかったけど。今思えば出会った頃は話題作りに必死だったよな~。なんとかして会話を成立させようと頑張っていた。その時に培われたスキルを発揮しないでどうする、何か話題を振るんだ将也よ。
「そういえば土守さんのお父さんは元気?」
「ええ元気ですわ。兎月君のこと気に入っているみたいでまた会いに来てほしいそうですよ」
あまり行きたくないですけどね。土守さんの父親、それは土守グループという大企業のトップに君臨しているお方でちゃんとスーツを着れば見た目完璧の威厳あるオーラを醸すダンディな社長だが、普段は話を聞かない駄目な親バカだ。土守父は人の話を聞かない野郎でして、いくらこっちが説明しても全然聞いてくれない。それが原因で春日父と喧嘩したのだ。故に苦手意識を持っています。春日父ぐらい苦手だ。どっちも親バカだし。
「じゃあ今度春日と一緒に会いに行ってみるよ」
「……兎月君、恵ちゃんと結婚するの?」
今一番触れられたくないところにお嬢様の手があぁ! お父さんお元気かなトークで走り抜けようとしたら足を引っ掛けられた気分だ。土守さん、そこ聞いちゃいます? さっき事故ったのは見ていましたよね、あの時すんごい恥ずかしかったんですよ。
「ぅ……こ、この3Dメガネってハイテクだよねー」
「否定しないということは事実ですの?」
う……容赦ない追及だな。水川並に鋭利な言葉を放ってくる土守さん。なかなか手強い、というか下手に言い訳しても意味ないようだ。はぁ……大人しく事実を言うべきなのだろう。遅かれ早かれこのことは伝えるつもりだったのだから。今頃、春日も水川によって色々と吐かされているのかな。
「いやその、なんというか……結婚を前提に付き合っているといいますか」
「恵ちゃんがそう言ったの?」
「まあ、そうですね……」
結婚しなさい、だもんなぁ。プロポーズは男の方からするとか関係なしの命令口調での台詞だぜ、こっちの立場がないです。
「そうですか。……兎月君」
「なんでしょうか土守お嬢さ……あ、いや土守さん」
「恵ちゃんのことよろしくお願いしますね」
へ……?
「あなたと恵ちゃんの仲を引き裂こうとした私に言う資格なんてないでしょうけど、恵ちゃんは私の大切な親友なのです。恵ちゃんは静かで大人しい性格をしているから頼りになる人じゃないと不安で……」
春日が大人しい? ちょっと納得いかない。他人のことを無視したり理不尽に暴力を振るう人のことを静かで大人しいと呼ぶのだろうか。確かに春日は明るく積極的で社交性の高い水川とは反対に位置するような人間ではある。無口で無表情で無愛想、ザ・冷徹の称号を与えたいくらいだ。おまけに男子が苦手で徹底して無視する傾向にある。親友の土守さんが不安になるのも当然だ。幼少の頃から家族ぐるみで親しい仲の二人。一度仲違いをしたこともあったがそれも解消されて今は元通りの親友。けど土守さんから見れば昔と変わったことがあった。俺という存在、らしいよ。本人が言うには、恵ちゃんの近くに男子がいること自体おかしいとか。何それ、俺ってイレギュラーな存在なの!? ……要するに、土守さんは心配しているみたい。親友が結婚するのだ、本人達より心配するのは当然のこと。
「……正直、俺もすげー不安だよ」
結婚とか簡単に言っちゃったけど、やっぱり安易な部分があると思う。俺と春日の付き合いが高校卒業まで続くかも分からないのに結婚しようだなんて……客観的に見ればバカップルが何やら戯言をほざいているレベルだ。さらには春日父という最大の壁がある。娘を溺愛するあまりに刀と銃を構える親バカをどう説得するか、それに関しては今のところ解決策がない。というか春日父は絶対に許してくれそうにないぞ。てな感じで問題は色々とある。問題があればそれに応じて不安も募るわけでして……
「でもさ、なんか上手い具合にやっていけそうな気もするんだ。春日と手を取り合って歩いて行ける気がする。それが理由って言うと薄いかもしれないけど、でもさ……そう実感出来るだけでやっていけると確信が持てるよ」
出来そうだから出来る。そんな感じだ。不安とか恐怖(春日父)が取り巻いているけど、そんな中でも春日と一緒なら大丈夫だって思える。だから大丈夫だ。これって完全に根性論だよなー……それじゃあ駄目すか?
「……うん、それならいいですよ。兎月君に安心して任せられるって再度確認出来ましたわ」
「え……こんなんでいいの?」
「いいですよ。だって私がそう思ったのだから。そうでしょ?」
そう言って土守さんはニッコリと頬んで3Dメガネを装着した。……いや、今良い感じの流れだったけどさ、そのタイミングで赤青のメガネかけられるとこっちとしてはリアクション取りにくいのですが……。
「これからも主人と執事の関係ではなくて、親友の親友として接してくれますか兎月君?」
……もちろんですよ、土守さん。春日のことで相談したいことがあったら尋ねるのでその時はよろしく頼みます。
「よろしくね土守さん」
「それはそうと、兎月恵って言いにくいよね」
「結局は兎月ディスりかよ!」




