続41 旅行は移動中が二番目に盛り上がる
全員集合したことだし、いよいよ出発だ。死にかけの米太郎含めてメンバーは七人、そこそこの人数になりましたな。ここから移動するわけだが、駅に集合ということは常識的に考えて電車で移動すると思うだろう。しかーし、そうはいかないのがお金持ちクオリティ。
「なんと送迎の車があります。じゃじゃーん!」
「なんで水川が偉そうに言っているんだよ」
自慢げな顔で水川が指差す方向にはワゴン車があった。これまた立派なお車ですこと。誰が用意したのかと疑問に思うが、ここにはお金持ちが二人いることを忘れてはならない。セレブは何台も車を持っていると聞いたことがあったが、まさか事実だと今日になって思い知りましたよ。ワゴン車の運転席の窓が開き、顔を出したのは、
「皆様、こちらへどうぞ」
春日家の専属運転手である前川さんだ。物腰の柔らかそうな落ち着いた雰囲気を持つ初老の男性。とてつもなく良い人で、春日家の運転手を務めている方だ。前川さんには春日と出会ってからの付き合いである。いやこの人はとんでもなく良い人だから。春日のこと大事に思っていらっしゃるし、何度も助けられた。おまけにボディーガードとしても優秀で、その腕前は他家の執事から『日輪の守り手』の異名で名が知れ渡っているほどの武人だ。かなり強い。
「こんにちは前川さん。てことは春日の親父さんの車か」
「……パパが乗っていきなさいって」
ありがとうございます、お義父さん。いつかはあの人のことをお義父さんと呼ぶ日が来るのだろう。今言うともれなく殺意を向けられて「誰だお義父さんじゃゴラァ!」とキレられるのが関の山だけど。未だに春日父には付き合っていることは言っていない。もしバレたら即デッドエンドなのは目に見えているからだ。まだ命は惜しいです。親バカの春日父がどれだけ娘のことが大事なのかはよく知っている。だからこそこうやって前川さんを出して車で送迎させているのだ。娘を電車に乗せたくないのと、前川さんを保護者として連れて行かせたいのだろう。なんと心配性なパパさんですこと。
「さっすがお嬢様っ。移動費が浮くのはありがたいねぇ」
あ、米太郎が復活したみたい。火祭の一撃を食らったのにもう回復して立ち上がるとは、なかなかやるじゃないか。どこかの自称最強の鉄拳君は気絶したというのに。馬鹿だからダメージなんて気にしないのかな。そのタフさは羨ましいよ。
「よろしくお願いします前川さん」
「こちらこそ、恵お嬢様をよろしくお願いします兎月様」
「ですから様付けはやめてくださいって」
何はともあれ皆でワゴン車に乗りこむことに。荷物は後ろの方へ積んで、さあ乗ろうではないかー。米太郎の言う通り電車費が浮くのは大変助かります。貧乏学生には辛いですから。今回の旅行に行くにあたって、両親に頭を下げてお金を用意してもらったのだけど、それはお年玉を前借りってことになった。この時点で正月の楽しみが消えたのだが、その分今を楽しまなくては。前川さん運転お願いします。
「お姉ちゃん、お菓子食べていい?」
「汚さないようにね」
「恵ちゃん、一緒にクッキー食べましょう」
「うん」
「これって有紗さんの手作り?」
「えぇ、そうですの」
前川さんの運転で車は出発。そして車内は一気に女性陣によるキャピキャピ~な空気へと変わる。美保梨ちゃんがお菓子を開け、その面倒を水川が見て、土守さんがクッキーを取り出し、春日がそれを食べ、火祭が興味津々に見つめている。女子の仲良し度が素晴らしいことになっていますね。火祭は土守さんのこと下の名前で呼んでいるし、というか全体的に仲良さげなオーラを感じる。対して男性サイドは俺と米太郎、いつもこいつと一緒にいるから仲良しもクソもない。米太郎が漬け物を取り出し、米太郎がそれを食べ、米太郎が野菜最高と騒ぎ出し、それを俺がボディーブローで沈める。毎度のことである。
「ぐおおぉ、たくあんをリバースしそうだ」
「耐えろ米太郎よ、気持ちを強く持てばなんとかなるものだって」
「なんだその経験者は語るみたいな言い方は。そして殴った本人が言う台詞じゃねぇぞ!」
ちなみにワゴン車の内部構造は前から運転席と助手席、そこから二人席、二人席、三人席といった感じになっております。前から米太郎と俺、水川姉妹、火祭春日土守さん、の順番で座っております。非常にありがたい構成だな。なぜなら春日が遠い、イコール理不尽なる暴力を食らわずに済む。席順に感謝ァ。
「クッキー美味しい」
「ありがと恵ちゃんっ。良かったら皆さんもどうぞ」
「ありがと~」
「ありがとうございますぅ」
それにしても女子達は仲良しだな。土守さんと美保梨ちゃんは今日が初対面のはずなのに自然と話しているし、水川と火祭は土守さんと色々バトルしてきたのに全くそれを感じさせないナチュラルな会話をしている。普通に良い感じだよねこれ。
「それにしても女子の方々は仲良しだな~」
「思考シンクロすんなや米太郎のくせに」
な~んか米太郎と思考が被るんだよな。同じ馬鹿だから考えることも同じってか。ふざけないでほしい、こんな野菜馬鹿と一緒ではないと思いたい。
「まあどーせ表面上の付き合いだろ。心の中では『あいつ私より下だわ』とか思って見下しているもんさ」
「おいこら佐々木、乙女の友情を馬鹿にするな」
すぐ後ろの水川の耳に入ったらしく、米太郎の頭にチョップを入れてきた。同時に不快そうに舌打ちを鳴らす。
「いったいなー、マミーは乱暴過ぎるぞ」
「マミー言うな野菜太郎の分際で。佐々木も兎月も乙女心を分かっていないね」
「おいおい俺もかよ」
確かにまあ否定は出来ないけどさ。なんすか乙女心って、そんなファンタスティックでアンニュイなものは存じ上げておりません。女子の気持ちなんてもの男子が理解出来たらこの世はカップルだらけになっているさ。そう、乙女心を知らないからこそ世界の調和は守られているんだよ。って俺は何言っているのやら。
「ま、兎月は百歩譲って良しとしてもいいけどね。この前の桜とのデート、ちゃんと上手くやってくれたみたいだし」
「あ、やっぱり将也だったのか火祭とデートした噂の男は。チクショー、俺に何も言ってくれなかったのかよぉ!」
落ち着け米太郎、君のいないところで物語はちゃんと進行していたのさ。にしても水川さぁん? 今それ言わなくてもよくないすか? ちょっと後ろの方で殺気めいたオーラを感じますけどぉ。マイ彼女が不機嫌になった時の雰囲気を背中で受け取っているのですけど……はぁ。火祭との偽デートは春日公認で行ったのにまだ根に持っているみたいです。そして偽デートについてだが、結果的に見れば大成功と言っていいだろう。変装した俺と火祭による水川監修ショッピングモールでの偽デートはちゃんとクラスメイトの人達に目撃されていたようで、月曜日に学校へ行ってみればクラス中で火祭のことで持ちきりだった。『スクープ! 学園のアイドルに彼氏アリ!』みたいな感じで噂が広まっており、見事なまで男子達のテンションが下がった。俺達の天使が他の奴に……と嘆く火祭ファンクラブの姿がたくさんあったような。おかげで火祭に告白する野郎の数は激減、そら彼氏いるのに告白する奴なんていないよね。と思ったけどたまにいるみたいだ。それでも火祭に言い寄る男子の数は減り、火祭も落ち着いて学校生活を送れるようになりましたー、と。めでたしめでたし。
「まー君、ありがとうね」
「いえいえ。俺なんかが役に立って良かったよ」
差し当たりない返信をしてとりあえず逃げる。本当なら後ろ振り向いてヘラヘラ笑いながら火祭へ言葉を返したいが、今そんな顔で振り返れば春日が確実にキレるのは目に見えているのでしません。それにしても、やっぱ噂の広まり具合は凄まじいな。あっという間に噂は広がり、最終的に火祭は彼氏じゃなくて婚約者と一緒にいたというデタラメな内容へと変わっていた。それに関しては本人がそれを否定しないからそうなったとか……。火祭さん、やめてちょうだい。
「やっぱりな、火祭に彼氏ができたって噂が流れた時はデマとしか思えなかったもん。絶対何か裏があると思っていたぜ」
米太郎がどれだけ鋭いかは知っている。こいつは色々と事情を把握している奴だから、まず火祭に彼氏ができることはありえないと思っていたみたいだ。もし本当に彼氏ができたとすればそれは俺と春日の破局を意味する。まあ他の男子達はそれほど鋭くないようで、噂を鵜呑みしているから大変助かっているよ。火祭の落ち着いた生活の為に俺の休日と諭吉が消えた程度些細なこと。
「兎月のおかげで桜への告白が減ったんだよぉ。きっと兎月のナイスなエスコートの賜物だって~」
でーとのしおりを製作者の台詞じゃないよねそれ。普通にショッピングモール内を歩くだけで十分だったはずなのに、誰のせいで赤面必至の浮気染みたことをさせられたと思っている。おかげで次の日に彼女から背中抉られたんだぞ。
「あぁ、火祭に告白する勝ち目ゼロの憐れな男子達を撲滅するためにデートしたのか、なるほどね。ここ二ヶ月でその数が急増したんだよな、理由は言うまでもないか」
さすがに米太郎の鋭さ、江戸川君もびっくりだよ。それだけの情報だけでよく偽デートの目的まで推測出来るものだ。その鋭さで乙女心も理解すればきっとモテるだろうに。
「それならマミーも将也にデートしてもらえばいいんじゃね」
「だからマミー言うな、って、は、はぁ!?」
米太郎の思いがけない言葉に水川が大きく動揺する。お、なんだなんだ? やけに水川が焦っているように見えるけど……。どうかした?
「え、だって火祭への告白が増えたのは将也が春日さんと付き合い始めたからだろ? てことは水川への告白が増えても全然おかしくないじゃん。水川も鬱陶しいならテキトーに噂作ればいいってことだよ」
「は、はあぁぁ? 何言ってるのかなこの米野郎は。別に兎月と恵が付き合っても私には関係ないことでしょ」
「おいおい何を言っているんだよ、俺は知っているぜ。一年前、水川が兎月のこと好じゃーたあああぁぁぁぁぁっ!?」
ス○ャータ? あの褐色の恋人で有名な会社のことですか? 水川がいきなり暴れ出して米太郎を殴りまくっている。殴る殴る殴る殴る、拳のラッシュが止まらない。ちょ、ちょっとタイム、車の中で暴れないでぇ。
「ふー、ふー……こ、この馬鹿太郎が」
「げふ……」
後方から果てしない連続技を受けた米太郎はそのまま前へと倒れて動かなくなった。本日二度目の気絶である。まだ目的地に着いてもいないのにこのザマである……。なんか本格的に可哀想になってきたな。
「ていうか米太郎は何を言いかけたんだろうな?」
「え、兎月さんについてですよ」
「え、そうなの?」
「美保梨っ、余計なこと言うな!」
そう言って水川の拳が俺の方へ向きだしたのでこちらとしても黙るしかない。たぶん車降りたら春日から蹴られるだろうから今のうちからダメージは受けたくない。そっとしておこう。早く着かないかなぁ、目的地。
「はぁー、やっと到着し痛いよ!?」
「……」
車を降りるやすぐにローキックの餌食に。足の腱がぁ、悲鳴をあげているよ! さっきことを怒っているのだろうか。または意味もなく蹴ってきたのか。どちらもありえる。春日は何もしてないのに蹴ってくることがあるからなー。足の痛みに耐えつつ、視線を上げればそこに君臨しているのは、
「でっけー」
「すっげー」
男二人だらしなく口を開けて率直な感想を漏らす目の前にあるのは、とてつもなく大きなゲートと子供達に群がられているマスコットキャラクターの着ぐるみ。ゲートの向こうから聞こえる絶叫と喧噪と賑やかな音楽、上の方を見上げればチラッと見えるジェットコースターや観覧車の一部。ここは遊園地、なんと遊園地です。しかもただの遊園地ではありません、地元の遊園地とは規模が違うんですよ。この日本で有名な遊園地として国民のほとんどが知っている超人気のアミューズメントパーク。なんだろ、名前出すとアレなんで言わないけど要するにすげー人気の遊園地だってことですよ。
「うへー、テレビでしか見たことないぜ。将也、早く行こうぜ」
「まあ落ち着け、まずは前川さんにお礼を言わないと」
車の方へ振り返れば運手席から顔を出す前川さん。今から俺達の泊まるホテルに荷物を預けに行ってくれるらしい。ここまで送ってくれただけではなく、そこまでしてくださるなんて……頭が上がらないです。本当ありがとうございます。
「前川さん、運転ありがとうございました。帰りもよろしくお願いします」
「いえいえ。それよりお気をつけて。恵お嬢様のことよろしくお願いしますね、『二代目・日輪の守り手』の兎月様。それでは心行くまでお楽しみを」
そう言って前川さんは颯爽と去っていった。ホント恐縮です、はい春日のことは任せてください。他の野郎に指一本触れさせやしません。
「なあ将也、日輪の守り手って何?」
「春日家に仕えし運転手前川さんのもう一つの異名。他家のボディーガードからそう呼ばれるほどに前川さんは強かったそうな」
「へぇ。で、将也はその二代目ってことか」
そうなのだ。春日と付き合うことになり、それがバレた辺りで前川さんからそう呼ばれるようになった。これからは俺が春日を守るようにと言われまして、それもあって火祭と特訓することを決意したわけです。そんで一度、前川さんと手合せしたことがあった。いやぁ、前川さん強かった。そこで正式に日輪の守り手の名を襲名しました。
「なんか二つ名みたいでカッコイイな。俺もなんか欲しい」
「じゃあ『木端微塵の野菜』とかどう?」
「ちょっと待って、それ野菜さん爆発してるよね!? さよなら天さんの騒ぎじゃないよ!?」
「はいはい野菜コンビうるさい。さっさと行くよ」
後ろから水川にチョップを食らった。痛い痛い、暴力受けるのは春日からだけで十分だから。体がもちません。ちなみに火祭から食らうのは最大に遠慮したい。一撃でHPの全てをもっていかれる自信があります。日輪の守り手の名をいただきましたが、その防御力でも耐えきれません。
「痛いなぁ水川。さっきことはもう言わないから大丈夫だって痛い痛い!」
「ちっ……なんで佐々木は知っているのよ」
「俺の観察眼を舐めてもらったら困るねぇ。つーかずっと近くにいたから分かるし」
「うるさい!」
もう一発おまけで殴られている米太郎。なんだよ二人とも、なかなか仲良さげじゃないか。イチャイチャするのは遊園地の中に入ってからにしてくださいな。さて、それじゃあ行きましょうかね。今回の修学旅行前旅行の行き先はここです。簡単に言っちまえば皆で遊園地で遊ぼうぜー!ってことです。旅行とは言ってもどこか有名な神社や名所を回るつもりはありません。そういう趣深い旅もありかもしれないが、まだまだ高校生の僕らにはこんな感じで遊園地の方がお似合いってことで。今日一日ここで遊んで、そんで近くのホテルに泊まってまた明日少し遊んで帰るというプランでございます。にしても本当にすごいなここ。まず何がすごいかと言えば人が多いことだ。チケット売り場に並ぶだけ列だけで見事に混雑している。チケット買うのにこれだけ並ぶ必要があるとなると、中に入って実際にアトラクションに乗る時はどれだけ待ち時間があることやら。やっぱり休日は人で賑わうものなのね。ただこの人の多さは異常じゃないか。圧巻の限りでございます。はぐれないようにしないと。春日みたいな美少女を一人にすると百パーセント男グループからナンパされる。日輪の守り手としてそれは許せないっす。春日は守ってみせる!
「……」
「痛い痛い、だから蹴らないで!」
と、とりあえずナンパ野郎よりもまずこのお嬢様本人をどうにかしないと。はぁ、ちゃんと楽しめるか不安になってきた。




