続40 お米の春は遠い
朝起こしに来るという幼馴染みプレイに潜んだ暴力によって目覚め最悪な起床を終え、顔を洗って歯を磨いて男を磨いて……あ、最後のは違うかー。つまらないボケしてすいません。ちなみに水川と美保梨ちゃんは普通にインターホンを押して普通に入ってきたらしい。てっきり不法侵入したのかと思ったが、意外にもそこら辺は常識を弁えている姉妹だった。それなら起こし方にも気を遣ってほしかったところである。母さんが部屋へ通したみたいだ。朝食のおにぎりを頬張りながら上着を着ていると「将也はモテモテでいいわねぇ」とか言われた。朝から腹に突撃されることをモテモテとは言わないと思いますけどね。やはり俺の周りの女子は凶暴な子ばかりだと再認識した。今日これから一泊二日をノーダメージで過ごせる自信がない。
「行ってきます母さん」
「お土産期待しているからね」
気をつけてねとか怪我しないようにとかもっと母親らしいこと言いやがれ。まともな送り方をされぬまま家を出る。昨日と変わらず今日も外は寒い。なんだろうね、十二月になってから気温の下がり方が尋常ではない気がする。もう年越しまでのカウントダウンに入った人々の様子を見て天気の神様が慌ててエアコンの設定温度を下げ始めたのだろうか。街はクリスマスに向けて活気づいており、既に大きな公園ではイルミネーションが飾られてある。去年はイルミネーションとか派手に光るクリスタルのサンタを見る度に反吐が出る思いだったが今年はそうならない。心にゆとりが持てたことが大きな要因だろう。ホント運命の出会いに感謝って感じですね。
「やっと出てきた。兎月遅い」
外に出れば水川姉妹が待ってくれていた。水川も美保梨ちゃんもコートを着込んでしっかりと防寒している。こちらも負けじとマフラーを巻き巻きして冷たい風の侵入をガードしていますぜ。それでも寒いことに変わりはないけど。
「兎月さん早く行きましょうよっ」
「どこに行くの?」
「……兎月は一体何を覚えているのよ」
水川が呆れたように溜め息を零してこちらをジト目で睨んでくる。やめて、その憐れな下等生物を見るような目をやめてください。俺の脳内USBメモリーの容量舐めんなよ。昨日の晩ご飯までなら覚えているさ。確か……えっと、あれ? 何だっけ? ……と、とにかく舐めるな。しょうがないじゃん、つい最近まで期末考査で脳を限界まで酷使していたんだからさ、今は療養中なの。テスト終わりの反動で超やり込んでいるゲームの攻略法で頭の中は一杯なんですって。ちなみに今プレイしているのは君が生まれ変わるRPGだ。おい誰だ今「うっわ、古っ」とか言った奴。出てこいや、虎牙破斬で切り刻んでやる。お金がなくて新しいゲーム機を買えない苦しさを分かっておくれ。今年のクリスマスでは思いきり無垢な笑みを浮かべてサンタ(両親)に最新ハードをお願いしてみようかな。高校二年生だからなんだ、俺はまだサンタを信じているぞ! ……あれ、何の話だっけ? おぉそうだ、今からどこに向かうかだよな。またしても忘れるところだった。どうも鳥頭になりがちだ。ゲームばかりに脳の容量を割くのも良くないな。
「今日は九時に学校最寄りの駅に集合って言ったでしょ」
「そんなことを言われたような気もする」
「だから言ったんだって」
「兎月さん早く行きましょう!」
美保梨ちゃんに手を引っ張られながら、水川の呆れた声を背中に受けながら歩を進める。二人とも元気そうでいいですねー、特に美保梨ちゃん。そのパワフルなエネルギーをおっさんにも分けてくださいな。いやぁ、それにしても寒い。
「おっはよー将也」
時間は経って九時十分前、場所は代わって駅前の広場。普段の平日なら朝は学生が絶えることなく姿を現しているが今日は土曜日。休日なだけあって制服姿の学生は見た限りいない。いるとしたら学校に行って自習をするつもりの三年生の受験生くらいだろう。いつもは学生の群集で騒がしい駅の広場も休日では印象がガラリと変わるもの。まあ俺はバスか自転車通学なので電車を使うこともなく平日の駅がどんなものか知りませんけどねっ。ちなみに最近は急に冷え込んできたこともあって自転車での通学は避けている。だって寒いもん。自転車を漕ぐと冷たい風が顔に吹きつけてブリザガよろしく体温を奪う。とてもじゃないが耐えれそうにない。その点バス通は楽だし車内は温かいので今の時期はバスでの通学一択に尽きるね。春日が所望しない限りはそうしてます。
「おいおい将也、俺も無視するんじゃねーよ!」
「朝からうるせーな、ライスのくせに」
「お米様を馬鹿にするなぁ」
隣で騒ぐ今日もウザさMAXの佐々木米太郎君。いつもテンション高めの彼だが今日はいつも以上に気持ちが高ぶっているようだ。一言で表すと、ウザイ。何だろうね、お前のテンションの上がり方とかその気持ち悪い顔が根本的に受けつけられないというのかな。もっとマシな顔してほしいよ。このクソ野菜太郎が。もっとモラルと品性を磨いて来世から出直してきやがれ。それでもお前の来世はどこぞのお米だろうけどな。
「……将也、お前今頭の中でぜってー俺の悪口言っているだろ」
「被害妄想だよクソ野菜太郎君」
「思考ダダ漏れだぞおい!」
こちらが何か言う度に連鎖爆発するかのようにテンションを格段に上げていくライス。あと少しで山倉レベルの騒音になりそうだ。はいはい、皆と遊びに行けて嬉しい気持ちなのは分かったから落ち着いてください。そういや米太郎が提案したからこうして皆で遊びに行くことになったんだよな。その辺は感謝しておくけど、だからといって浮かれ過ぎも良くないぞ。休日気分だった脳もようやく通常運転へ切り替わってきたところで今回来るメンバーを思い出した。……この面子で果たして米太郎の出番があるとは思えない。
「……兎月」
「はいおはようございま痛い!」
後ろから名前を呼ばれたと同時と言っていいほどの神がかり的な速さで挨拶を返したのにそれでも後ろに立つお嬢様はいつも変わらずローキックを放ってきた。マイガールフレンドの春日恵さんだ。気配を消して後ろに回りこむのに長けており、その技術はスネークさんのお株を奪うほどに練達されている。使い慣れたローキックの高威力もさることながら、この隠密部隊顔負けのバックアタックには何度となく泣かされてきた。今日こそはと思って素早く返事を返してみたが、それでも駄目だった。どうやら春日は俺の返事に関係なくローキックを放つようだな……どこの戦闘民族の挨拶? 春日に蹴られる度にそう思う。
「……おはよう」
「春日、痛いです」
今日も春日は無表情でどことなく不機嫌そう。それが彼女の普通な状態だから別にいいけど。春日と付き合い始めてから二ヶ月が経った。無口無表情で理不尽なお嬢様だった春日も今ではかなりデレるようになってきたと最近思う。というかデレ過ぎてこちらとしては精神衛生上よろしくないですが……この前の部屋でのカッターシャツ一枚事件は今思い出しても心臓に悪いものだ。
「まー君っ、おはよう」
「おはよう、火祭」
うちの彼女さんが足を半歩下げて二撃目の準備をし始めた時、その春日の後ろから顔を出したのは火祭桜さん。赤みかがった長髪が後ろで束ねられてポニーテールになっている。ポニテグッジョブ! 思わず心の中で歓喜のガッツポーズをしてしまうほどに火祭のポニテ姿は似合っていた。というか火祭可愛い。……駄目だ、またこうやって火祭の可愛さに目を奪われている。二ヶ月前に火祭をフッたくせに何をデレデレと鼻の下を伸ばそうとしていやがる将也よ。そんなことしてみろ、うちの彼女が、
「……」
「痛い痛い! 同じ箇所にローキックはエグイよ!?」
こうやって不機嫌になるから。早くもノーダメの夢破れたり。春日は俺の顔が一瞬ニヤけるのを察知したのだろう、さすがは彼女。お互いにお互いの機微たる変化は見逃さないってわけですか。おかげ様でローキックを二撃も受けた右足はあまりの激痛に痙攣を起こしているではないか……うおぉぉ、プルプル震えているよぉ。まるで生まれたての小鹿の体験版プレイですかこれは。って何を言っているんだろマジで……例えツッコミのキレの悪さはいつまで経っても改善されないなぁ。とにかく火祭も今回の旅行に来てくれるそうな。この時点で二年生美少女ランクの上位十名に入る水川、春日、火祭の三選手が揃ったわけです。男性陣サイドの俺と米太郎からすればテンションがこの上なくハイになる事態である。
それにしても皆さん集合時間五分前に集まるだなんて素晴らしいっすねー。寝坊したどころか今日何があるかも忘れていた自分が恥ずかしいよ。これで全員集……いや、まだ一人来てないか。あともう一人、来るはずだ。
「あ、来た……」
小さく呟いた春日の視線の先には、何やら黒光りするリムジン。こちらへと向かっている。まだかなり遠くの方にいるのにここからでもその高級なオーラが感じ取れる。リムジンとか……庶民だったら一生に一度見ることが出来るか出来ないかの代物だよ。まあここ一年で指の数ほどリムジンを見てきた庶民代表の自分がいますが。そして実際に乗ったこともアリ。セレブ愛用の高級車リムジンさんが広場へと到着、中から出てきたのは、
「恵ちゃん、おはよう」
「おはよう、有紗ちゃん」
土守有紗さんだ。九月に二年一組へ転入してきた女子生徒。茶色の髪の毛が特徴的でリムジンから出てきたのも納得のお嬢様オーラを発している。リムジンから出てきた姿も見事でニコリと微笑む表情もこれまたセレブっぽい。これぞお嬢様業界最高峰レベルのお嬢様といった感じである。ものすごいベタ褒めだが実際にそうなのだから仕方ない。この方は土守有紗さん。
「兎月君、おはよう」
「うおっ、おはよう、ございます有紗お嬢さ……土守さん」
土守グループというよく知らないがとてつもなく大きな会社の社長を父に持つ土守さん。こちらを見て微笑みながら挨拶してくれたが、どうもまだこっちとしては返事にぎこちなさを感じています。これには非常に深い事情がありまして……。火祭とはまた違った意味で話しづらい相手なのである。
まず初めに土守さんと春日は幼い頃かの親友だ。父親同士仲良くてその繋がりで二人も幼少の頃から仲良くしていたそうな。けれど二人が中学生の時、父親二人が大喧嘩。理由は金魚すくいがどうのこうのという大変くだらないことで父親馬鹿二人は絶交状態になり、それに伴って春日と土守さんも音信不通になってしまった。さらに、土守さんは自分の父親が馬鹿にされたと思い込んでしまい、馬鹿にした春日親子を恨むようになったのだ。かつての親友に復讐するために土守さんは俺に目をつけて……とまあこんな感じで二学期最初の頃は色々とあったわけです。簡単に言っちゃうと俺は土守家で執事として仕えることになり学校を退学。春日と他の人達と話すことを禁じられたのだ。これこそ有紗お嬢様の狙い。あの……なんと言いますが、その時から春日が俺のことを……それなりに良く思っていることが判明していたらしく、有紗お嬢様は春日から俺を理不尽に無理矢理引き離すことで春日に苦しみを与えようとしたそうな。周りの人達の頑張り、俺と春日の揺るぎな~い絆のおかげで無事俺達は再会し、土守と春日の両家のアホみたいな喧嘩にも終止符を打つことが出来た。というわけですね。長いなおい、なんだこのグダグダした話は。要するに駄目な父親が馬鹿な理由で喧嘩して娘が苦労したって話だな。その時に俺は有紗お嬢様に脅されて一時的に土守家に仕えていたわけですが、その時の癖が治らず今でも土守さんのことをお嬢様と呼んでしまうことがある。その度に春日が不機嫌になったり、学校で呼んでしまい周りから勘違いされたりとなかなか大変なことになっている。
「ですから私のことはお嬢様と呼ばないでください。もう兎月君の主人ではないのですから」
「は、ははっ。そうでございま……じゃなくて、そうだね」
正直なところ当時は主人と執事としての関係だったわけでして、おまけに俺は土守さんとの契約を破棄して春日の元へ帰ったりと、それで色々と喧噪渦巻くことになって……。だから何が言いたいのかと言うと、未だに土守さんとは距離感が掴めていないってことだ。ついこの前までは主人だった人が今は自分の彼女の親友のポジションにいる。水川ポジションにいるってわけだよ。例えるならラスボスだったミルドラースが今ではフローラになった気分です。……いや、やっぱ俺の例え超絶分かりにくい。とにかく土守さんに対して若干の苦手意識を持っているわけです。けれど土守さん自身はもう割り切っているようで今みたいに普通の対応で返してくれる。なんというか、さすがお嬢様って感じだな。
「おー、土守さんも来てくれたのか。今回は女子が多くていいですのぅ!」
「……」
有紗お嬢様の登場で米太郎のテンションがこれまた上昇。どうやら米太郎は女子がいるだけ力が増すみたい。オシリスみたいな効果を持っている奴だ。対して有紗お嬢様の方は米太郎を見て微妙な顔をしている。なんだろう、異物を見るような目をしている。どことなく春日が米太郎を見る時と同じ雰囲気を感じるけど。
「……佐々木君も来ていたんだ」
「え、何その『なんでお前いるの』みたいな言い方!?」
土守さんは米太郎の視線から逃れるように春日の後ろへと回り込んだ。春日に隠れて不審者を蔑む目つきで米太郎を睨みつけている。これにはさすがの米太郎もダメージが大きいようだ。俺の方を見て「俺何かした!?」とアイコンタクトで問いただしてくる。いや知らんがな。つーか本音を言うと米太郎は女子から好かれていることがないだろ。いつも野菜と下ネタしか言わない野郎が女子から人気あると思うなよぉ。米太郎の下品さは女子ネットワークでも有名だと水川がこの前言っていた。それでも有紗お嬢様の嫌がり方は異常だ。マジで何かあったの? あと関係ないけど春日も米太郎のことを嫌そうに見ている。なんだか米太郎が可哀想になってきたよ!?
「……佐々木君、なんか嫌だ」
「ええええぇぇえ!? すごい率直な意見ですなおい!」
「だって……ふざけているのか真面目なのか分からないというか。性格が掴めない」
そう言って有紗お嬢様はさらに退く。それに連動して春日も数歩下がっていく。水川も「あー、確かに分かる。なんか嫌だよね」とか言って美保梨ちゃんを米太郎から遠ざけている。もうやめて、米太郎のライフは0だって。横を見れば血の涙を流す親友がいた。ドンマイと言うことすら躊躇われる。なんて声かけたらいいんだ。開始早々お米君の扱いが酷過ぎる。
「将也……こういう時どんな顔をすればいいのかなぁ」
「笑えばいいと思うよ。自分の顔立ちを」
「誰もブサイクとは言ってねぇだろ決定打ぶつけてこないで!」
とはいえ、なぜ有紗お嬢様が米太郎に苦手意識を持っているかなんとなく理由は分かる気がする。このお米馬鹿は野菜か下ネタしか言わない&空気読めない、おまけに女子へのデリカシーもない最悪の奴だ。女子からすれば害悪この上ない。ガッサぐらい対策が必要なほど気持ち悪いだろう。「ぐへへ、チョコくれないと俺のタネマシンガンぶち撒けちゃうよ~」とクラスの女子に言っていたこともあった。あれは一年前のバレンタインの時期だったかな。とにかく普段はろくな奴じゃないのは明らか。しかしそんなクズ太郎君もやる時はやる。それを知っているのは極僅かだろう。シリアスな場面でのこいつは凄い。口に出して言うのは大変恥ずかしいが俺と春日が付き合えたのは間違いなく米太郎のおかげだ。それは事実。殴られて説教されて気づかされて……まるで上条さんみたいな活躍ぶりで助けてくれた。それは先ほど説明した有紗お嬢様による復讐劇でもその手腕は冴え渡った。米太郎の凄さに当時の土守さんは苦しめられたことだろう。実際のところこいつがいなかったら未だに両家の因縁に決着がついていたかさえ怪しい。
「佐々木は大人しく農業していなよ」
「普通におかしいよね、誰が今回プランニングしたと思ってるのさ!?」
有紗お嬢様は米太郎の本質が掴めなくて苦手意識を持っているのだろう。シリアスな活躍をしていた米太郎が普段あまりにちゃらんぽらんだから困惑しているみたい。俺が退学している間、米太郎はかなり暴れていたらしいからなー。一組に乗りこんで転校初日目の有紗お嬢様に食って掛かったらしい。しばらく米太郎の評判が悪かったのもそれが原因だ。俺の為にそこまでしてくれたのは素直に嬉しいけど、その結果今の米太郎は女子から嫌われているなんて泣けてくる。きっとお前にもいつか運命の出会いがあるさ、それを信じて今をたくましく生きていこうよ。
「ちっ、こうなったら俺の股間のキノガッサで女子全員犯し」
「待てやっぱお前の言動がクソ過ぎるんだわ!」
そういう下ネタ言うから女子から嫌われるんだよ、そしてガッサを愛するトレーナーの皆さんに謝りやがれ。そう言おうと思ったが、それよりも早く火祭が拳を放っていた。
「夜天・真空極拳流『焦がし殺し』」
「腹がぁ、焼けそぅだ……!」
凄まじき神速の一撃。腹を押さえて声にならない悲鳴を漏らす米太郎。あれ? なんかこの光景つい最近見たような。
「アホの佐々木は放っておいて出発しよー」
這いつくばる虫の息な米太郎をイキイキと無視して水川は歩き出す。今日明日と泊りがけで遊ぶメンバー……俺、春日、火祭、水川姉妹、土守さん、そして米太郎。果たして無事に帰って来れるだろうか。既に一人死にかけているし。




