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続39 修学旅行前旅行

月は変わり師走の暦、立冬を過ぎたこの時期は外に出ることを躊躇うほどに冷え込む。まだなんとかなった十一月とは打って変わり本格的な寒さが牙を剥く。外出しようものなら極寒の強風が容赦なく肌を切り裂き体温を奪うことは自然の摂理。ならば外に出ることはおろか部屋から出たくないしさらに言えばベッドから身を出すのも拒否したい。断固拒否だ。この癒しと温もりを授けてくださる恩恵のベッドから出るなんてどうかしている。あぁ、毛布が暖かい。今この毛布を剥ぎ取られたら絶命出来る自信があるね。


「兎月ー、起きなさいよ」


明るい声が耳元で響いていると思ったら毛布を剥ぎ取られた。あかん絶命する。いきなり真冬のプールに投げ込まれたように凍てつく冷気が体温を急速に奪う。思わず両目が飛び出しそうなくらい大きく見開かれる。脳が覚醒、というよりは無理矢理叩き起こされた。機能停止していた脳みそが起きて最初に放つ一言目は、寒い。超寒い、寒過ぎるぞ。ぬくぬくと暖かいベッドの中で幸せに毛布に包まれていたはずが今は何もない。この無防備な体を暖めてくれる毛布がないのだ。死ぬ、本当に死ぬ。……けどまあちょっと時間が経てば体が慣れてくるのでとりあえず落ち着いた。でもまだ寒い。


「ちょっと待って母さん、休日の朝くらいゆっくりさせてよ」

「誰が母さんよ。いいから起きなさい」


……ん、何だこの声。てっきり母さんが毛布を奪ったのかと思っていたが、なんか違う。この声、この雰囲気、この感覚……全てにおいて俺の部屋の中では起こりえない要素ばかり。毛布を奪われたごときで素直に起床するワタクシ兎月将也ではないし、強引に惰眠を貪るのが休日の有意義な過ごし方だと自負しているが今日はそう言っていられそうにもない。まずは……このすぐ真後ろに立っているであろう人物が誰なのか特定しなくては。一度起きてまた萎んだ脳を再起動させて目を開くと、


「グッモーニング兎月~」

「……マミーかよ」

「マミー言うな」


そこには水川が立っていた。なんつーことだ。なぜ俺の部屋に朝早くから水川がいるんだよ。招待した覚えはないぞ。水川はいつもの眩しい笑顔でこちらを見下ろしている。はいはい今日も可愛くて眩しいスマイルですね、まるで太陽のようだ。眩しくてもう一度睡眠の世界へ堕ちてしまいそうだよ。おやすみなさい。


「何もう一回寝ようとしているのよ。早く起きろって」

「勘弁してくれ、昨日は夜遅くまで飲んでいて二日酔いなんだよ~」

「だらしない大学生気取りか。変なボケしてないで起きてよ」


さっきから起きろ起きろとうるさいなー。美少女に起こされるのが夢の男子高校生を職業としている身でありますが、休日の朝を潰されるのは本望じゃない。一応携帯のディスプレイを確認してみる。……まだ八時にもなっていない。おいおい水川さん、おイタが過ぎるんじゃないですか~、土曜日は十二時まで寝るのがセオリーでしょうが。もっと寝かせて頼みます。


「兎月、今日が何の日か忘れたわけじゃないでしょ」

「人間は忘れることで今を生きていけるんだよ」

「そんな深いことを言いたいんじゃなくて!」


楽しいこと悲しいこと辛いこと、全て覚えていたら背負いきれなくなって歩けなくなる。だから人間は忘れていくことで頭を軽くしてまた進んでいけるんだよ、ってどこかの誰かの名言があったような……。確か「人は忘れるから生きていけるのでやんす」ってどこかの眼鏡君が言っていたような、ふああぁぁぁあぁ眠い。名言が一つ出たことですしもう一回寝てもいいですよね……。


「起きないか、仕方ない。美保梨、出番よ」

「とっづっきさぁーん!」

「ぐはぁつげがっる!?」


夢の世界へ堕ちようとしていたら突然腹部に耐え難い激痛が走る。あまりの衝撃と痛みで意識が現実世界へと戻るどころかそれを越えて天へと昇天してぃ……がぁつぅ、マジで痛い!


「げほっ、げほっ……美保梨ちゃん?」

「はいっ、おはようございます兎月さん」


涙で視界がぼやけてよく見えないが、痛みが迸る腹の辺りでしがみついているのは美保梨ちゃんだ。クリクリとした大きな目と屈託のない眩しい笑みは姉譲り。小学生らしく元気な美保梨ちゃんは会う度にいつもタックルを決めてくるそりゃもう弾丸みたいな女の子だ。今も俺目がけて飛び込んできたのだろう、おかげ様で腹痛がとんでもないことになっている。こっちはベッドでノーガード状態の睡眠中、そこへ小学生の美保梨ちゃんが思いっきりジャンプして飛び込んできたら余裕で目は覚めるよ。ぐあっ、なんで朝からこんな仕打ちを受けないといけないんだ。誰かレポート用紙二枚以内で簡潔に説明してくれ。


「寝起きの兎月さんもカッコイイですねっ」

「……とりあえずそこどいて。腹が痛くて死にそうなの」


美保梨ちゃんと出会ってから一ヶ月経ったがこの子の砲弾抱擁を食らったのは数知れず、ゲロりそうになった経験もあり。腹部で頬をグリグリしてくる美保梨ちゃんを優しく払い退けて体を起こしてベッドに座る。……まずは水川に言いたいことがあります。


「何これ? 早朝ドッキリ?」


朝から無理矢理起こされるわ腹に弾丸食らうわ、人によっては今頃怒り狂って暴れるぞ。まだ俺は常識ある、多少のことは笑って許すタイプの人間だからいいけどさ。まあもし米太郎がこんなことしてきたら顔面変形するくらい殴り倒してやる。人によって態度を変えるクズな兎月将也でございます。はぁ……やっと腹の痛みが治まってきた。ベッドの上で美保梨ちゃんがピョンピョン跳ねているが今は気にしないでおこう。まずは水川に状況説明を求む。


「やっと起きた? 兎月、今日が何の日か忘れてないでしょうね」


なんかそれさっきも言われた気がする。今日……? なんだっけ、誰かの誕生日だったか。もしかして俺の? だからサプライズで起こしに来てくれたとか。はっは~、ありがた迷惑ぅ~。


「完全に忘れてるでしょ。はぁ、今日から修学旅行前旅行でしょうよ」

「……あぁ」


頭の中で検索ワードを入力して調べること数秒、やっと思い出した。そっかー、そういえばそんなことを言っていましたね。


………全ての始まりは今週の期末考査終了後のことだ。











「やっと、終わった……」


その日は期末考査の最終日、最後の科目数学ⅡBを終えて勉強から解放された喜びで舞い上がっていた時だった。二学期最後の関門である期末テスト、それは諸事情で中間テストを受けていない俺にとっては留年の恐れすらあるとても大切な戦いであった。部活の反省会を途中で抜けて春日と仲直りした日がちょうど期末考査の一週間前だったわけで、そこからは春日大先生と共に毎日自宅で勉強漬けの日々。サボっていた分をリカバリーするためにも春日の家庭教師っぷりに隙はなかった……。土日も全て使ってテスト勉強に励んだ甲斐もあってか、今回のテストは人生の中で一番良い結果を出せる自信があるほどにそりゃもう良い手応えを感じている。全ては春日先生のおかげだ。まあ正直言ってスパルタ過ぎて笑えなかったけど。春日も俺の進級のことを気にしてかいつも教えてくれる時よりも熱心に指導してくれた。土日ずっと机について勉強する日が来ようとは……よく頑張ったよ、うん。これなら進級の方も大丈夫だろう。つーか期末終わったぁー! マジ感動、超ハピネス、ウハウハな気分でダンスを踊りたいですぅ! 帰って久しぶりにゲームしたい! といった感じで期末考査終了直後の俺はハイテンションになっていた。


「よう将也……」


高揚感と解放感で浮かれ気味に話しかけてきたのは米太郎。こちらとは対照的にその時の米太郎の顔はかなりひどいものだった。絶望の二文字が顔に貼りついており目に生気は宿っておらず無気力に漬け物を噛んでいた……怖いなおい。恐らくテストの出来が悪かったのだろう、どーせまた徹夜で勉強するつもりが朝までゲームしていたとかそんなオチだろう。


「まあそんな落ち込むなよ。テストは終わったんだ、もっと明るく前を見ていこうぜ。ほら来月は修学旅行だし」

「修学旅行……」


その時、米太郎の目に生気が戻った。


「そうだ修学旅行だ! 期末テストという悪夢が去った今、目前には高校最大イベント修学旅行が待っている! あぁ、楽しみだなぁ。早く年明けないかなぁ、ぐぅへへへっ」


修学旅行の前にクリスマスという独り身には辛いイベントが待ち構えているが今それを言うと米太郎のテンションが深淵へと崩れ落ちそうなので言わないでおこう。


「なあ将也、同じ班にどの子誘いたい? 是非お前の意見も聞かせてくれよ」


テストの失敗を忘れて米太郎は早くも修学旅行に思いを馳せている。目はキラキラと輝いており、クラス中の女子を舐め回すように見つめている。幸い皆さんテストを終えたばかりのリラックスモードで誰も米太郎の下賤な目線に気づいていない。うん良かった、場合によっては悲鳴が上がっていたかもしれないから。というか俺とお前が同じ班なのは確定なのかよ。それはいただけない。


「だからなんで俺と米太郎が同じ班なんだよ。嫌だって」

「そんなこと言うなよー。俺達はリゾート地で一度寝泊りした仲だろ?」

「それ一回で仲良しとは言えないな」

「な、何を~。だったら…………むむっ! そうだな、うん。よし将也、決めたぞ。修学旅行の前に一度皆で旅行しようぜ!」

「は?」











以上、回想終わり。要するに米太郎気持ち悪いってことがお分かり頂けただろう。ちなみに米太郎が言うには数学の出来は最悪だったそうな。マジドンマイ! 米太郎いつも何かしらの教科で赤点取っているよな~。でも毎回違う科目だからダメージは少ないみたい。変なところで運がいい奴だ。そんな米太郎が提案したのが修学旅行前旅行。何が言いたいのかと言えば、修学旅行に行く前に皆でどこか泊まりで遊びに行こうぜーってことだ。あの後、俺達は華の高校生だの、もっと青春を謳歌したいだの、思い出たくさん作ってリア充になりたいだの……米太郎による長い演説が行われたのだがその辺はカットさせてもらいます。期末考査が終わった週の週末に行くことになり、今日はその週末の一日目となる。てことで今日は修学旅行前旅行の一日目だ!ということでして、なので水川姉妹は俺を起こしに来てくれたというわけだ。


「やっと思い出した兎月?」

「はいはい思い出しましたよ。そこで一つ申したい」

「?」


今日が遊びに行く初日だってのは分かった。だから俺を起こしに来たのも理解した。けど一つ、たった一つだけ納得のいかないことがある。それは、


「なんで春日じゃないんだよ」


そう、これだ。普通に考えて彼氏を起こしに来るのは彼女の役目だ。もしくは隣に住んでいる幼馴染の女の子。「もぉ~、急がないと遅刻するゾ☆」とか言って毛布を剥ぎ取るべきでしょうよ。それこそ至高だろ。なのに水川が起こしに来て挙句の果てが美保梨ちゃんタックルだなんて……現実が辛過ぎる。どうして春日が来ていないんだよ。


「別にいいじゃん。どっちにしろ可愛い女の子が起こしに来たんだから幸せでしょ?」

「自分のことを可愛いとか言う奴は可愛くないって相場が決まっているんだマミーよ」

「だからマミー言うな」


はぁ……まあいっか。とりあえず起こしてくれてありがとう。完全に今日が旅行の日ってこと忘れていたよ。ここに水川姉妹が来ている、つまり水川姉妹は今回の旅行に参加するってことだ。あと発案者の米太郎は勿論のこと、春日も来る。あとは確か……えっと………うん、そのうち思い出すだろう。とりあえず土日を使った一泊二日ってことは思い出した。どこに行くのかは……まあそれもいずれ思い出すってことにしといて。うん、


「美保梨ちゃんベッドで暴れるのやめて。なんか壊れそう」

「え、私の可愛さによって兎月さんが壊れるってことですか?」


違うよ、単純にベッドが壊れるってことだよ。なんだこの姉妹、揃いも揃ってナルシストですかい。そして普通に二人とも可愛いから反論出来ない自分がいる。チクショー、はいはい嬉しいですよ水川が起こしに来てくれて。そりゃ女子が部屋に来てくれるだけで万々歳ですよ。でもやっぱりぃ! ここは春日に来て欲しかったです。まあ春日も美保梨ちゃんと同じく暴力による強制的な目覚ましで起こしにかかるだろうけど。あれ、結局はダメージを受ける結末?


「とにかくさっさと準備してよ。顔洗って歯ぁ磨いてきなさい」

「うぅ、分かったよマザー」

「マザー言うな」


てことで修学旅行前旅行の始まりである。


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