表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/91

続31 ただの友達思い、かけがえのない優しさ

『映画館では一つだけジュースを買って二人で飲むこと』


さすがにこの辺りで水川特製でーとのしおりを破り捨てたくなってきた。


「まー君?」

「うふふ、なんでもないよ~ん」


不思議そうに俺の手元を覗いてくる火祭。このページを見られたらマズイので距離を取りつつでーとのしおりをポケットに捻じ込む。ちなみにしおりは一つしかなくて俺が管理している。水川の野郎ぉ、またとんでもない無理難題ミッションを押しつけやがって。一つのジュースを二人で飲むとかイチャイチャ上級レベルじゃないか。あれでしょ、ストローを二つ差してカップルが向かい合ってジュースをチューチューするやつだろこれ。ご丁寧にイラストまで描いてくれているよ。知ってるから、よくラブコメとかの漫画で見てるから分かってるよ。だからこそ俺はこんなことしません! これは駄目だって。いくら偽デート、火祭の為とはいえこんなことを春日に許可なくするなんて許されるはずがない。そしてなぜ火祭に見せないようにしたかと言えば、確実に火祭はこれを実行しようと言うに決まっているからだ。鈍感クズ野郎な俺でもそれくらいの予想はつく。てことで水川の指示には従わずにデートを進めようと思います。さて、それじゃ次は映画館と行きましょうか。


「まー君と映画を観るのは久しぶりだね」

「そうだな」


ショッピングモール最上階にある映画館へと向かう道中、隣を歩く火祭は嬉しそうに話しかけてくる。この間も恋人つなぎで手を繋いだままの俺らであります。ここのショッピングモールは色々とエンターテイメント施設を備えておりデートにはピッタリ。俺と火祭はここで映画を観に来たこともあるのだ。うん、こうして振り返ると意外と火祭とデートしているんだよな。……いや浮気じゃないぞだから。あの頃はまだ春日と付き合ってなかったし。まあ……今この段階では完全にアウトだけどね。明日春日には盛大に謝るとして、今日は偽のデートを成功させないと。手を繋いで歩いたりクレープを食べたりとしたが今からがメインイベントだ。映画を観る、これだ。デートの定番だよねー、特にやることがない場合は映画を観るってのが一番手っ取り早いデートコースだと思う。暗闇の中、映画に夢中になっていると思わず二人の手が重なってしまってお互いに顔を赤くする……みたいな? ちょっとセクシーなシーンが流れて気まずい雰囲気になるみたいな? 恋愛モノだとラストのエンディング辺りで感動しちゃって二人ともまるで自分達が恋人のような気持ちになってしまうみたいな!? そんな可能性を秘めた映画デート。うん、普通のデートならグッドでしょうな。ただね、今回については頷けないよ。この偽デートの目的は火祭にはもう好きな人がいると周りに認識させる為のもの。だから人目につくショッピングモールでのデートは効果覿面だろうけどさ。……映画館って暗いじゃん。そこで恋人風に装ってイチャついても誰も見てないって映画観てるって。だから映画を観る水川のプランはそれほど良いものじゃないと思うんだけどなー、今回に限ってだけど。


「観た人がお通夜みたいに泣いたって有名な映画なんだってね。楽しみかも」

「そうだな、お通夜ってのが引っかかるけど」


まあ火祭が楽しそうなので良しとしますよ。ちなみに今から観るのは最近公開されたばかりの大ヒットを記録しているファンタジーアクション恋愛ミステリー作品だ。あらゆるジャンルを混ぜ合わせた感があるが、これがかなり出来の良いものらしく週末興行収入は一位、日本映画ランキングでも三週連続でトップになっている。タイトルは『世界の中心で踊る相棒SPと賢者の石』だ。ただのパクリじゃね?とか思ってはいけない。そこにツッコミを入れてはいけないぞ、うん。あらゆるジャンルの名作を一つの鍋に投入して煮込んだみたいなタイトルだが実際にヒットして今大注目の映画なのだから面白いに決まっている。お通夜みたいに泣いたというのが気になるけど。感動系かどうなのかさえ分からない点を見ればある意味期待してもいいかもね。チケットは既に購入してあるのであとはジュースとポップコーンを買って入場するのみ。こういう時に売店でジュース類やらポップコーンなどのお菓子は非常に高くてあまり買う気がしないよね。友達と来た時はテキトーにコンビニで買ったジュースを鞄に入れてこっそり持ち込むのが安上がりで済ませる方法である。しかし今回は仮にもデートわけですからケチな真似をするわけにはいかない。多少の見栄は張らせてもらおうということで火祭の分も合わせて俺が二人分のジュースとポップコーンを買うことに。さすがに映画代は折半だがクレープとか他全ては俺が出したので財布の中身がいよいよ深刻化してきた……。お小遣い前借りしないと昼食のパンすら買えそうにないよぉ。


「すいません、メロンソーダとアイスティーのSとキャラメルポップコーンください」


サイズはSにしたのは察してください。もう俺にはMサイズを買う余裕すらないんだよ。いやさ? 冷静に考えたら俺チョー金使ってるからね。矢野と水川姉妹にファミレスでガッツリ奢ってあげて春日との遊園地デートや放課後の寄り道で盛大に奢ってそして今日だ。湯水のように使いまくっているのは明々白々である。こう振り返ってみると俺って色んな女の子に奢っているんだよなー……ただの女たらしみたいじゃん。まるで漫画のハーレム主人公みたいだな!


「……ありがとうね、まー君」


アイスティーを渡すと火祭は小さな声でポツリと呟いた。上映前、それなりに大勢の人で賑わう喧噪の中で火祭の声は掠れたように辛うじて耳に届いた程度の消え入りそうな声だった。申し訳なさそうに顔を俯かせて口を小さく結ぶその表情はさっきまで嬉しそうに笑っていたのと比べてより一層に切なげに見える。……火祭?


「どうしたの?」

「……まー君は本当に優しいよね。私の為にここまでしてくれて」

「何言っているんだよ。当然じゃんか」

「そんなことない。まー君は……優し過ぎるよ」


そう言ってさらに顔を曇らせる火祭。うーん……なんとなく火祭が考えていることが分かる。俺も大分勘が良くなったんだじゃないかな。数か月前からこれくらい鋭かったら俺と火祭の関係はもっと違うものになっていたかもな。火祭が今思っていること、恐らく俺に対して罪悪感を感じているのだろう。


「私の為にデートしてくれて、そして偽りのデートなのにすごく良くしてくれる……。すごく嬉しいよ。でも、同時に悪い気がするの。だってまー君は恵を付き合っているから……二人の仲を邪魔しているんじゃないかって」


確かに春日の機嫌は少しばかり悪くなったけど。この前の帰り道で背中を抉られたよ。それでも、そんなこと、別にどうってことない。俺が好きなのは春日。それは確実に覆られないが、だからと言って火祭のことがどうでもいいのかってわけにはならない。俺にとっても春日にとっても火祭は大切な友達なのだから。協力して当たり前だろ。


「火祭がそこまで気に病む必要はないって。俺だって嫌々協力しているわけじゃないんだから。俺達の仲だろ、誰が火祭のこと一番知っていると思っているんだよ」

「まー君……」

「俺は優しいんじゃなくて、ただ火祭の為に動こうとしているだけだよ。……今だって少しは引きずっているよ、あの時のこと」


あの時、俺が火祭を拒絶した時のことを……。今でも悔やんでしまう。もう少し、上手く言えたら……もっと早く、気づけたら。俺が……ヘタレじゃなかったら。火祭をあそこまで傷つけることにはならなかった。その罪滅ぼしとして今日の偽デートを引き受けた部分もある。けどまあ一番はやっぱり、


「それ以上に俺は火祭のことを親友として大事に思っているから。協力するのは当然じゃん。こんなの優しさなんかじゃない、ただの友達思いなだけさ」

「……本当に」


ん?


「本当に……まー君はまー君だね。他の人のことを真剣に考えてくれる。それを優しさって言うんだよ。それは、私にとってそれはかけがえのない優しさなんだよ。優しくて明るくて一緒にいて幸せな気持ちになれる。うん、やっぱり本当に私はまー君のことが……」

「うぇ?」


詰め寄る火祭。その距離は今まで手を繋いてきた距離よりもさらに短くなり、手と手がぶつかり体と体が接してしまうくらい。目線が重なり、その潤んだ淡く輝く瞳の放つ光に不思議と鼓動が早くなる。距離感が錯覚してしまうほどに、永遠に感じる長時間の刹那に溺れて気づけば俺と火祭の顔は数センチしか空いておらず視線が激しくぶつかり、散り合う。互いの呼吸が重なって全身の感覚が麻酔を打たれたかのように鈍っていく。この感覚……覚えている。今でも悔やんでいる。あの時……今みたいに火祭に詰め寄られて………。唇を……











「えへ……今はこれで十分」

「へ?」


溺れかけた意識が体へ移り戻った時、なぜか俺はアイスティーを飲んでいた。というか火祭にストローを口へ突っ込まれていた。口に広がるのは少しだけビターな苦みとほのかなティーの甘み。あの時に味わった淡くてどうしようもないくらい切ない蜜の味ではない……いや何を思い出しているんだよ俺は! 馬鹿馬鹿っ、まーた引きずってもう! つーかビックリしたよ……。いきなり火祭が詰め寄ってくるんだもん。ま…まさか……!?とか思っちゃった。いやー………アイスティーで良かった。たぶんあの状態だと何も抵抗出来ずに……されていたかもしれん。


「ほら、そろそろ映画始まるよ。行こ、まー君」

「お、おう」


条件反射でゴクゴクと飲む俺の口からストローを抜くと火祭はすぐに離れて先に走っていってしまった。こちらは完全にポカン状態、鳩が豆鉄砲を食らったかのようだ。豆鉄砲というかアサルトライフルで心臓を狙われた気分だけど。あと少しでマジでハートを撃ち抜かれる事態に陥ったかもしれん。うん……とりあえず火祭、元に戻ったみたい。別に気にする必要はないさ。確かに今の俺達の関係は正直微妙かもしれないけどさ、それでも俺達が互いを大切に想っているのは間違いない。それだけで十分、それだけで俺達は笑っていけるさ。


「早く、まー君っ」


こちらを振り返り、アイスティーを飲む火祭。先ほどまで俺が咥えていたストローを火祭も咥えて嬉しそうにこちらをわざとらしく見つめてくる。……本当、小悪魔チックになってしまったなぁ。春日よ、たぶん言っても信じてもらえないだろうけど言うよ。これは決して浮気じゃないはずです。ごめんなさい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ