続30 偽デートというか浮気じゃね?
変装もしたことだし、さあデートの始まりです。何度か来たことがあるとはいえ、ここのショッピングモールはかなり広いので今日一日回っても飽きることはないはず。それに火祭は読書が好きなのでショッピングモール内にある本屋へ行けば根を張って動こうとしないだろうから最悪そこで時間を潰せばいいわけだし。
「それでどこに行くかだけど。よく知らんが、何やらプランがあるんだよな」
「真美が考えてくれたらしいね」
仮にもデートなのだから俺と火祭でテキトーに遊びたいのに水川がわざわざ今日のデートのスケジュールを作ってくれたのだ。そこまでしなくてもいいと思うんだけどな……。ま、確かに今日はとある男子と火祭がデートしていたという事実を作るのが目的なわけだし、いかにも男女の逢引き感を引き出す必要があるわけで。俺と火祭のような知れた仲なら本屋でずっと散策しても十分に楽しいがそれは一般的なデートではないよな。形だけでもウフフな純情デートをしないと。だから水川がそれらしいデートプランを作ったということでして、それに忠実に従わないといけない。差し当たって軽く本人からどのような感じでやるかは聞いている。映画を観ろと言われた。うん、デートっぽい。そしてそこら辺の詳しいスケジュールってのは、
「えーと、まずは……」
こちらの小冊子に書かれているのだ。薄ピンク色の表紙の『でーとのしおり』と題名うたれた小冊子にタイムスケジュール方式で今日の詳細が記載されているとのこと。ご丁寧にこんなものまで作っちゃってまあ、あの子の無駄な情熱はすごいと思うよ。努力と時間の浪費を間違ったベクトルへ向けている感が否めないがとりあえずこれに順守して行動しなくては。ちなみに中はまだ見ていない。デート当日まで絶対に開くな、と水川から幾度となく念を押されたからだ。果たしてどんな内容が書かれているのやら。やはり多少の不安はあるさ。何しろこのデートの総指揮、監督、演出、製作、脚本の全ては水川が企てたものだからだ。企てたって言い方はひどいかもね、いやでもやっぱ怖いって。乙女心とデートの秘訣を網羅している女子力バッチリな真美ちゃんにお任せ!とか言っていたけど本当に大丈夫かよ。自分で女子力高いとか言う人って確実に女子力低いと思うんだけど。色々不安や不満があるにしろ、せっかく俺達の親友が考えてくれたのだ。しっかりと従って今日を有意義に過ごしてかつ火祭のために貢献しようではないか。よし、じゃあ早速開いてみよう。『でーとのしおり』の表紙をめくり最初のページを開く。
『今日一日中可能な限り二人は恋人つなぎで手を繋ぐこと』
いきなりハードル高ぇよ! そう心の中でシャウトせざるを得ない文章がそこに書いてあった。
「……」
「……」
ほらみろ! 隣で火祭も固まっているじゃないか。そして俺もフリーズするわ。なんだこれ、最初からとんでもないミッションが立ち塞がってきたぞおい。水川の野郎ぉ、あいつに少しでも期待した俺が馬鹿だった。恋人つなぎって、あの有名な恋人つなぎでしょ……うええぇえぇ!? グーグル先生に聞くまでもない、恋愛経験未熟な俺でもその偉大さと破壊力は存じ上げているさ。恋人つなぎ、それは手の握り方の一種で、お互いの指を交互に絡ませて手を繋ぐことを指す。仲睦まじい恋人同士がこのような形で手を握っている事が多いことからいつしかこの呼び名が定着していくようになったと言われており、まさに恋人同士のカップルにのみ可能な手の繋ぎ方だ。それを、ここで、今、火祭と、やれと、言っているのか、水川よ。ち、ちょっと待ってください。試合開始直後だがタイムアウトを要求したい。少しばかり頭の中を整理させる時間をください。ふう……えーっと、つまりだにょ? なんだ、だにょって。心の中で噛むな俺。とにかくだ、このしおり通りに実行するなら今日のデート中、俺と火祭は恋人つなぎで手を繋がないといけないということか。確かにそんなことをすれば見る人は俺達のことをカップルだと認識するに違いないだろうよ。それこそ学校の人に目撃されたら一発オッケーだ、週明けには火祭に彼氏がいると特大スクープが学校中を駆け巡るでしょう。驚きと男子の嘆きを生みながら。はいはい、そう考えると恋人つなぎってのはやるべき行為として間違ってはいない。そうさ間違っていないよ、ただ問題はやる側の気持ちだ。これ重要でしょ!?
「まー君……」
「うへぇ!? い、いや落ち着いて火祭、これは無理してしなくても……」
火祭と恋人つなぎとか駄目だって。まず俺自身が超恥ずかしい。恐縮ながら実のところ恋人つなぎをしたことがない。言ったでしょ、恋愛経験未熟だって。普通に手を繋いだことはあるけど、この指と指を絡ませる握り方はしたことがありません。もちろん春日ともしたことがないよ。春日ともしたことないのに、いくら命令とはいえ火祭としていいのだろうか!? つーか恋人つなぎなんていきなりハードルが高過ぎるだろうがぁ水川さん。そして……火祭自身はどう思っているのだろう? しばらくの間二人とも完全停止していたがやっと口を開くことが出来て俺は慌ててフォローを入れようとする。何に対してフォローをしているのか分からんが……
……えぅ!?
「は、はい」
またしても全身と心臓がストップした。ビデオの一時停止ボタンを押した時みたいに現時点で視野に映っている映像で世界は止まっている。目の前で……火祭が手を差し出している映像で。……………んんんんんんんんっ!?
「あのょ……火祭?」
「だ、だってそう書いてあるから従わないと。……ね?」
頬をほのかに赤く染めながら視線を泳がせる火祭はそう言いながらこちらの返事を待つことなく俺の手を取った。火祭のきめ細かな白い指がスルスルと滑らかに俺の手のひらを這いずって親指、人差し指、中指、薬指、小指の五指それぞれの間に入ってきて……あっという間に恋人つなぎの完成だ。ゾクゾクと背中が震えて何とも言えない快楽に似た緊張感が手から全身へ伝染する。え……え、えええぇぇぇ!?
「ひ、ひみゃちゅり?」
おいどうした俺、噛み過ぎだろテンパり過ぎだろ! いやいやいや!? そりゃ普通に混乱するに決まってるじゃん。恋人つなぎしているんだよ、えぇおい!?
「ほ、ほら行こう」
「ぁ……」
コメントする余地も与えず火祭は俺の手を引っ張って歩き出した。もつれながらも必死に意識を回復させてなんとか足を動かして歩く。手を繋いだまま……。うっそぉん、まさかの事態だ。本当に恋人つなぎをすることになろうとは……悶え死にそう! 今だって心臓バクバクで状況を理解出来損ねているし、顔面からは大量の熱が放出されてもれなく真っ赤かですって。前を歩く火祭も、あれ絶対に顔赤いでしょ。サラサラな長髪から見え隠れする耳はペンキで塗ったのかってくらい真っ赤に染まっているもの。うぅ、なんだろこれ。これ……完全に恋人同士やん! 誰がどう見てもカップルにしか見えないでしょこれ! しかも手を繋いで二人とも顔真っ赤にしているって……初々しい恋人同士やん! 「あらあら、お熱いわね」とか近くのおばちゃんから言われてもおかしくないくらいだ。うおおおおおおおぉ、これが恋人つなぎというやつか。指を絡ませてぎゅっと握られた手と手は普通に繋ぐ時とは格段に接触面積が増えており隙間がない。うおっ、手汗よ出るな、発汗作用よ収まれ。こうもしっかりと握っているとお互いの体温を異常なまでに感じ取ることが出来て……あぁ、ポカポカするぅ。
……くそっ、俺のお馬鹿! 何デレているんだよ。こんなんじゃ春日に顔向け出来ないだろ。いや確かに顔真っ赤にしてニヤつきそうになるが、心のどこかでずっとチクチクと痛みを伴って罪悪感が散りついている。これが浮気をしている時の心境なのかな。春日ともしたことのない恋人つなぎ、それをいくら台本に従うため火祭のためにとはいえ春日と違う女性をしてしまうなんて……。なんだろ、複雑な気持ちだ。恥ずかしさと罪悪感とドキドキの三色が入り混じって濁流となって心の中を渦巻く。はふぅ、まだどこも回ってないけど既にノックアウト寸前です。
「……えへへ」
……うん、そうだな。火祭が嬉しそうだし良しとするか。これを俺達は周りから完全にカップルだと見られる。この既成事実を作っただけで今日の目的は達成したとも言えるよ。それにプラス、こうして火祭も満足げにしているのだから一石二鳥ってことでいいよね? ……まだデート開始直後だってのにもう心が溶けてしまいそうだ。
『映画のチケットを買ったら上映時間までクレープ屋さんで時間を潰すこと』
無事に、いやまあ俺の心は無事じゃ済んでいないけどとりあえずなんとか恋人つなぎで手を繋いだまま歩くこと十分。意外と慣れてきた自分がいる。いやさ、なんというのだろう? こうやって手を繋いでみると確かに心臓はバクバクで今にも呼吸困難に陥りそうになりはしますが、これも全て火祭の為だと腹を括って決意を固くすればなんとか意識は保てる。そうさ、これは火祭の為にやっているんだ。決して浮気とかそーゆー最低な行為ではないのだ分かってくれ春日。そう思うことで恋人つなぎをしているこの状況をかろうじて自我を保って受け入れることが出来ています。あとさ………恋人つなぎって……いいよね。二人は恋人だと実感出来るというかなんというか、っていやそれ駄目だろ!?
「ぐおおおぉ~!」
「ま、まー君どうしたの?」
これ完全に浮気じゃねーかー! 何が火祭の為だよ、そんなこと言って正当化したつもりかよ。ううぅぅ、ごめん春日……。そうは言ってもニヤニヤしちゃう自分がいるんです……。明日マジで謝罪しよう。
「ごめん、ちょっと葛藤してた。と、ところでクレープ食べに来るのは久しぶりだよな!」
「うん、そうだね」
水川の指令に従い映画のチケットを買った後、クレープ屋さんで時間を潰すことになった。そのクレープ屋さんなのだが、実は一度火祭と来たことがあるお店である。その時はまだ春日と付き合っていなかったから決して浮気ではない。……今この状況は浮気だろーがー、と言われたらぐうの音も出ないが。と、とにかくクレープ屋さんの行列に並んでいます! ここのクレープ屋は秋にオープンしたばかりなのに女子高生から絶大な支持を得る巷で大人気のクレープ屋さんである。今日のような休日になるともの凄い行列ができてしまうほどにだ。なんという盛況っぷり、ここのショッピングモール内にお店を開いたのは大成功みたいですね。その繁盛しているクレープ屋の長蛇の列に並ぶ間もずっと火祭と手を繋いでいたわけで……。ははぁぁああ~、心臓に悪いや。
「さぁて、何を注文しようかな」
駄目だ駄目だ、変に物事を考えるな。気持ちを切り替えろ、今はデート中だ。俺の葛藤やら罪悪感がどうであれ、とにかく今の自分に出来ることしましょうよ。てことでメニュー表の目立つ所に載ってある注目度ナンバーワンのスペシャル苺ショートのクレープを注文する。はいはいミーハーですよ無難なところを攻めますよー。さすがに水川のしおりには注文するべきクレープまでは書かれてなかった。そこは自由に選ばせてくれるみたいだ。前回は何食べたっけ? うーん、あの時は春日と土守さんにも会って色々と大変な目に遭ったからよく覚えてないや。
「私はね……えっと……」
隣でメニュー表を見ながら唸る火祭。超可愛い。注文して待つ間もずっと手を繋ぎっぱなしの俺達だが、これは誰がどう見てもカップルにしか見えないだろうなぁ。こんなにも綺麗な彼女がいて俺からすれば超幸せ野郎なんだろう。確かにこれだけ可愛いと言い寄る男子が百を越えたと言われても不思議じゃないよな。ホント……可愛いなぁ。こうやって火祭が人気者になれたのは当たり前のことであり、奇跡でもある。あの時、俺と火祭が出会わなかったら……もしかしたら火祭はあのまま『血祭りの火祭』としてずっと嫌われ続けたかもしれない。火祭が変われたのは間違いなく火祭本人がそれを願い努力したからだ。それは揺るぎない。でも……きっかけは、自分で言うのもアレだが、たぶん俺だと思う。それは米太郎も水川も言っていた。俺と出会うことで火祭は変われて、そして笑顔を手に入れた。俺もすっげー嬉しかったよ。………その笑顔を奪ったのは俺だった。今でも忘れない、あの日俺は春日と付き合う為に火祭をフッたのだ。彼女が苦労して手に入れた笑顔を無惨に踏み潰して……。そんな俺が今こうやってヘラヘラと火祭とデートしている。事情が事情とはいえ、とても許されたことではない。なんてクズ野郎だと自分が嫌になるさ。でもさ……それでも、火祭の為になるなら俺は喜んで協力する。誓ったんだよ、春日に永遠の愛を誓った時、その裏側で。火祭を二度と悲しませないって。だからこそ池内君のような輩を近づけさせないし、やたらとアタックする男子共も追い払ってやる。それが火祭の笑顔を守る俺が出来る唯一のことだからだ。
「じゃあ私はプレミアムスペシャルワンダフルフレッシュフルーツ&もちアイスで」
「サラッとすげーもん注文したけども!?」
なんてものを選んでいるんですかい火祭さぁん。そしてやって来たのは、とてつもないトッピングがされたなんとも贅沢なクレープだった。苺とマンゴーとキウイとバナナとブルーベリーと……数えきれないフルーツが溢れんばかりに収納されたクレープを火祭は嬉しそうに受け取っていた。いやいや待って、その……それって……。チラッとメニュー表を除いたが、そのクレープ……それ一つで値段が四ケタを超えているんですが……。なんてことだ、スタンダードメニューから選んだ俺のやつとは量もお値段も別次元クラスだぜ。え、お会計は誰が払うかって? そんなの決まっているでしょ、仮にもデートなら男が支払うに決まって……嘘ぉん!?
「えへへ、いただきます」
「……いただきやす」
フードコートの一テーブルでニコニコと微笑んでいる火祭、どんよりと苦笑いする俺。そりゃそうでしょ、二人分出して俺の所持金はかなり食われたのだから。なるほどね神様よ、浮気まがいのことをした俺に対してこれが罰というわけですか。いいだろう、受け入れてやるよ。はぁ……つい最近は水川姉妹や矢野にファミレスで奢って、昨日も春日にケーキ奢ってあげたりと、今月はちょっとばかし金銭面を工夫する必要がありそうです……。せめてこのクレープは味わって食べようと思う。
「ありがとね、まー君っ」
「なーに、これくらい任せてくださいよー……」
我ながら大した痩せ我慢だ。あぁん、クレープが美味しいよぉん。




