続29 偽デート
「……」
「あの……春日さん?」
どうも昼休み以降、春日の機嫌が非常に悪い。あれだな、やっぱ昼休みのアレが原因なのだろう。午後の授業も終わって現在放課後、特に学校に居残る理由もないので行きと同じように帰りも自転車で帰る。後ろに春日を乗せて。冬を感じさせる冷たい風を受けながら颯爽とチャリを漕いでいますが、どーも後ろにしがみついている春日の様子があまり良いものでない。それは一言で言い現わせば、不機嫌だ。限りなく機嫌が悪い。背中にひしひしと伝わる無言のプレッシャーが重苦しい。お通夜の空気を背負って自転車を漕いでいる気分だ。なぜにリュックサックを背負うノリでこんな重苦しい圧力感を背負わなくてはならんのだ……自然と溜め息が出る。春日がこんなにも機嫌が悪い理由は間違いなく、俺が火祭とデートするからだ。告白されまくって困っている火祭を助けるべく彼氏のフリをして火祭とデートすることで嘘の噂を流す。そうすれば火祭に言い寄る男子も減るはず、そういうわけで俺と火祭は今度の週末にデートすることが決定したわけだが、それを俺の彼女である春日が心良く思っているはずがない。俺だって米太郎の為に米太郎と春日がデートすると言われたら発狂する自信がある。つーか米太郎の為なんかに春日をレンタルさせたりしない。
「まあまあ、そんな気を損ねないでよ。ね?」
「……」
何か一言でもいいから返事が欲しいものだ。いつも無口だけどさ、この露骨な無視はさすがにひどいでしょ。春日の気持ちも分かるが、今回の件については春日も了承済みなんだろ。あなたにとっても火祭は親友なはず、だったら助けようではないか。別にガチでデートするってわけじゃないさ、水川の作りしそれっぽいデートをして火祭が男と遊んでいたという既成事実を作るだけなのだから。さすがに一つのジュースを二人で飲んだり、恋人つなぎで歩いたり、なんか妖艶なムード感じるホテルで休憩する、なんてことはしないよ。最後のはマジで駄目だ、色々とマズイ。主に俺の経験不足が。
「……」
「痛い痛い、背中を抉らないで」
春日が背中の肉を抉ってきた。彼女の攻撃技としては使用頻度が最も低い技だ。それ故に抉る攻撃をしてきた時は痛みと同時に緊張感も走る。滅多に使わない技を使うってことは相当に機嫌が悪いってことだからな。いやちょっと待ってくださいよ、あなただって事情は知っているはずだし何より了承したんでしょ? それを今さら不満げにグチグチと抉らないでくださいよ、肉を。
「……兎月の馬鹿」
「え、俺が悪いの!?」
それはあんまりでしょうよ。俺は火祭のことを思って協力しているんだ。決して火祭とデート出来て嬉しいわけじゃない、うふふ。決してこれは浮気じゃないはずだ、うふふ~。
「さっきからニヤニヤしてる」
「そ、そんなことないよ」
「うるさい」
「痛い!」
これはかなりキレていらっしゃる。春日が怒る理由も分かるが、まさかここまで拗ねてしまうとは。さてどうしたものか、なんとかして機嫌を直してもらわないと。うーん……
「……馬鹿」
「そんな怒らないでよ。日曜日は一緒に遠出しようよ」
「……」
火祭のことは大事だけど、それ以上に春日のことは大事だよ。だからこそ俺は春日を選んだのだから。今口に出して言うと確実に肉をもがれるから言わないけど、あなたが一番ですよ。あなたが一番好きです。
「お弁当持って湖のある公園とか散策したりしてさ。俺、久しぶりに春日の手料理食べたいなぁ」
「……うん」
「てことで今度の日曜ね。それじゃ今からは近くの喫茶店にでも寄ろうぜ」
このまま自宅へ送り届けるつもりだったが予定変更だ。昨日はろくな放課後を送れてないのだ、今日は楽しい放課後ライフにしたい。気づけば抉る作業は終わっていてさっきみたいにぎゅっと掴んでくる春日。おぉふ、なんかゾクゾクしちゃう。少しは機嫌が良くなったみたい、後ろから感じるオーラでなんとなく分かる。
「……兎月」
「ケーキ奢るよ。ほら行こう」
「うん」
そんな感じで行きと同じく帰りもラブイチャな俺達でした。
「……」
「火祭?」
「え? あ、ああ、ごめんね」
そして数日が過ぎて今日は土曜日。俺と火祭のデートの日。恋人同士のフリをして、火祭には二人きりで遊び行く意中の人がいるんだと噂を作るために今日のデートは行われる。まさに偽の恋人、略すと偽恋だ。カタカナに変換すると俺の好きな漫画のタイトルになるがまあそれは関係ないので、また月曜日にでも米太郎と話そうかな。ちなみに米太郎の好きなキャラは……あいつ巨乳好きだから誰だか分かるよね。
二人で来た場所とはショッピングモール。駅前にある、ここらじゃ一番の品揃えを誇る専門店からお食事処までお任せあれの大型ショッピングモールだ。ちなみに火祭とはここに何度か来ている。暴露しちゃうと二人でデートしたこともある。今日みたいな偽デートではなくてガチデートで。もちろん春日と付き合う前なので浮気にはカウントされません。火祭のお母さんへのプレゼントを買ったり一緒にクレープを食べたり……それなりに来ている場所だ。今日のような週末になると家族連れも増えて学生もいる。それこそ知り合いやクラスメイトに会うこともあるだろう。そこで疑問が生まれる。俺が実際に昨日の段階で水川へと質問したのだが、
『水川センセー、ショッピングモールに行くのはいいのですが、あそこはクラスメイトに会う可能性大です。火祭とデートしているのが俺だと見つかってしまうのは今回の作戦の意味がなくなるし何より俺が浮気野郎のクズになってしまいます』
『兎月君、その点は任せておきなさい。真美先生にグッドなアイデアがあります』
そして用意されたのがこれだ。茶髪のカツラ。ヅラじゃないカツラだ、あぁこれ言ってみたかったのよ。これで一応は変装というわけさ。私服が超可愛い美少女火祭の横に並ぶ茶髪の俺。おいおいこれ大丈夫かよ。こんなチープな変装で知り合いの目を誤魔化せるのかな……。空気の読めない奴が気づいたらどうするんだよ。山倉とか「おぉ、兎月じゃん! なんでカツラなんか被っているんだ!?」とか大声で言われたりしたら超ヤバイんだけど。クラスの女子から浮気したクズ呼ばわりされちゃう。そして春日と火祭の二大トップアイドルを弄んだと罵られて男子からリンチされてしまう。それは嫌です。
「なあ火祭、この茶髪不自然じゃない?」
「そんなことないよ、まー君に似合っているよ」
「マジすか」
普段カツラなんて人工物を頭の上に乗せたりしてないから違和感バリバリなんですけど。まあ火祭に褒めてもらえたので良しとしましょう。鏡を見ると……まあ確かに少しは変装出来てるっぽい。普通にカツラ被ったらどうしても不自然になりそうなものだけど、そこは今回の協力者(ちょいと不本意で不満げな)である春日のスポンサー提供のおかげでカバー出来た。なんとプロのメイクさんに依頼して完璧にカツラを装着してもらったのだ。その出来の良さは見事なもので俺自身は装着のフィット感がしっくりこないが周りからみたらカツラをしているようには見えない。ご丁寧にカツラも安っぽいやつじゃなくて髪質を再現した高級カツラを使用している。カツラを被るだけというベタな変装を完璧に仕上げているからそうそう近くで見られない限りは知り合いにも気づかれないだろう。はは、ここまで手の込んだことをするとは水川も相当の友達思いだな。
「じゃ、水川のプラン通りにデートしますか」
「……」
「あれ、火祭?」
「ふあ? あ……あ、ぁあ、ごめんね」
さっきからどうしたの? なんか浮ついているというか、ぼーっとしているみたいだけど。隣に立つ火祭の方を見ると……はぅ、可愛い。春日の時も同じような感想を述べたが、やっぱ私服姿ってのは素晴らしいものだ。普段は制服姿しか見てないからこうやって見慣れない私服での格好というものはギャップを生じさせ、ハートをキュンキュンさせやがるぜ。デニムシャツとボーダーカットソーを合わせて着こなして、キュロット?って言うのかな、なんかよく知らんけどとにかく超可愛いふんわりしたスカートっぽいのを穿いている。ボーイッシュなファッションに見えるが総括すれば超絶似合っているってことだ! 声を大にして言おう! マーベラス! 赤みがかった綺麗な長髪に整った端麗な顔、アーモンド形の魅力的な瞳、全てを総括すれば超絶美少女ってことだ! ビューティフォー! そんな火祭がぼーっとしているのはなぜなのだろう。
「何かあった? や、やっぱいくら噂の為とはいえ俺なんかとデートしたくなかったとか……」
「そ、そんなことないよ! 寧ろ逆だよ」
え?
「まー君とデートするの久しぶりだから……その、すごく嬉しくて……っ。恵には悪いことしているなって申し訳ないと思う反面、まー君と二人でいられることを幸せに感じてしまうの……」
「ぐっは!」
将也に99999のダメージ! 破格のダメージ量だ、キュン死にしそうだったぞ。な、なんつー威力……危うくハートを奪われるところだった。いかん、俺は既に春日からハートを奪われたってのに。そうだ将也よ、お前には春日がいるんだ。いくら恋人のフリをしたデートだからって浮ついていいわけではない。明日は本当の恋人とデートするんだろ、ここでキュン死にするなどそれは浮気と同じことだろうが。しっかりしろ、いくら火祭が可愛いからって心揺れたら駄目だって! そ、それにしても……火祭もすごいこと言っちゃってくれるなぁ。今の言い方だとまるで俺に好意があるかのようだ。……実際そうだから困る。いや困らないよ!? 火祭に好かれて俺も幸せだよ。で、でも俺には春日がいるからぁー。
「ご、ごめんね」
「火祭が謝ることはないさ。俺だって火祭と遊べて全然嫌じゃないし」
「……うん、そう言ってもらえると私も気が楽だよ」
そうなんだよなー……何が一番困るって、この曖昧な俺達の関係だよな。俺からすれば火祭とは親友であり一度交際を断った人物だ。普通に親友と思っている。それは火祭も一緒、ただし火祭の方は俺に対してまだ好意がある、らしい。というかそう断言していたな……おふぅ、ハートよ耐えろ。つまりだよ? いくら男子共を追い払うためとはいえ火祭が俺とデートするのはちょっとばかしマズイんじゃないのかなと今更になって思ってみたりしたわけです。俺は特に意識はしない……ように頑張るとして、火祭は自分の好きな人とデート出来るわけだよ。……どう思っているのだろう? あわよくば俺の気を引けるとか思っていたりは……さ、さすがにしないよね。これは火祭の為なわけだし。
「上手くいけば、まー君を……えへへ」
……なんか聞いたらいけないことを聞いてしまったような。と、とにかく恋人設定の偽デートのスタートだ!




