続28 屋上ランチタイム+
今日も朝はやって来る。朝日はいつもと変わらず、目の下から徐々に溢れ出し、目の前を悠々と過ぎ、目の上で燦々と輝く。その当たり前の軌跡を……いや、その奇跡を不変の事実として他愛もなく受け入れた僕らは何一つ疑問を持たずに太陽を見上げるという形で見下ろしているのだ。その恩恵も、温もりも、癒しも、熱も、その全てを特にこだわりも無く受け入れてただ朝が来たことだけ実感する。当たり前のように……それが何だと言うのだ。日の光が出ることを朝が来たと定義し、太陽の光が消えることを夜と名付け、勝手に生活の一部として順応させているだけで怠けているだけだ。それは習慣であり怠惰であり、それは罪を意味する。奇跡が生んだ太陽の軌跡を、今この地表面で立っている僕らの視点でしか見つめることの出来ない180度の眩い軌跡を……これから僕らが歩んでいくまだ見えない反対側の180度へと続く道を……見えないところで太陽は照らしてくれているのに。そんな希望の朝を、ただの習慣で何も感じずに迎えてしまう僕らに……その奇跡の反対側を眺めることは叶わないのであろう。
「おはよう春日」
「……おはよう」
どーも、おはようございます兎月将也です。いきなり唐突な冒頭で始まってしまい申し訳ないと思う。ちょっと良いこと言っているようで実は大したこと言ってないってのは一度読めば容易にバレてしまうだろう。良いこと言っているっぽいで実は意味のないことをほざいている。そんな無意味なポエムを口遊もうともまた朝はやって来る……あ、しつこいよね。はいすいません、なんか中二チックなことを考えているみたいです。それもこれも昨日の池内君(元・鉄拳)のせいだな。あの中二な言動と行動にこっちの思考が感化されてしまった。池内君、それはあまりに可哀想な存在だった。いかにも喧嘩の強そうなオーラを出しながら火祭との勝負を望む猛者、と思いきやただの弱い少年。それでも火祭の平穏を崩しかねない要因なので適当に痛めつけた後、追い返したのが昨日のことで今日も平和な朝がやって参りましたー。てことを中二っぽく言うと冒頭のようになる。うん、今日もうちの彼女さんは可愛い。無表情で無愛想で無口でこちらを睨む、これが春日の普通だ。ホントに機嫌が悪い時は今の数倍は禍々しいオーラを纏うからなー、嫌な汗をかかないうちは害もないってことですよ。ちなみにここは春日家から少しだけ離れた場所。ここまで自転車で来た俺は後ろに春日を乗せて学校へと向かう。バス通学が多いけど、たまにはこうやって自転車通学するのも良い運動となるし何より二人でほんわかと通学したい日もあるのさ。付き合う前から何度か春日を乗せて通学したこともあったし、今となっては普通なことだ。米太郎曰く「どんだけラブイチャしてんだよ!」とのことだが、まあそんな妬みは知らん。
「昨日は楽しかった?」
「……うん」
後ろで腰にしがみつく春日は小さいながらもハッキリとした声で答えてくれた。そっか、それは良かったよ。俺が池内君相手に無双していた頃、春日は水川と火祭と一緒に遊びに行っていたのだ。女子だけで楽しく遊んできたのだろう。うん、やっぱ女子同士で遊ぶのが一番だよね。ガールズトークしながらショッピングしてお茶して、いかにも女子高生って感じだ。一緒に行った火祭もきっと楽しんだはず。俺が池内君をボコしている間も火祭が笑っていたと思うと嬉しい。火祭が笑顔でいてくれて最高ですよぉ、俺がやったことにも意味があるってものだ。もう池内君みたいな輩が現れないことを祈るしかない。火祭の笑顔をもう壊したりはしないと誓ったんだ。一度奪ったことのある俺だからこそ、そう誓ったんだ……。
「……それでね」
ん? ちょっとカッコイイこと心の中でツイートしていたら後ろの春日がぎゅっと力を強めて制服を握ってきた。何やら言いたげな様子。けど全く言おうとしない。あれ、どうしたの? なんか……あまり気乗りしないような雰囲気を感じるけど……。
「どうかした?」
「ちょっと相談があるの。……桜が」
え、火祭?
今日も昼がやって来る。それは、つまらない授業と凌ぎようの無い退屈と襲いかかる睡魔の重苦に喘ぐ生徒を救う天使のメロディ、チャイムが鳴ると同時に始まる正午の幸福。授業から解放され、一日の最大の楽しみであろう昼食タイムだ。さあ行こう、180度向こうの軌跡へ……。何のこっちゃ分からないよね、ホント何度もクソポエムすいません。
「で、話はなんですか火祭さん」
ラブイチャな通学を経て、午前中は数式、英文、物理法則式が黒板を蔓延る苦痛の授業を耐えきり、現在時刻は十二時ジャストミート。息の詰まる教室から脱出し、お日様が真上で温暖な日差しで照らしてくれる屋上で例の如くブルーシートを広げる俺達。昨日とは違って今日は水川も一緒にいる。貸し切り状態の屋上で春日と火祭と水川がお弁当を持ってキャピキャピしている。とても賑やかだ。ん、ああ、もちろん俺は安定の惣菜パンですよ。そろそろ春日には手作りお弁当を作ってもらいたいところだ。楽しみに待っていますので。女子三人が楽しげに食事しているのをブルーシートの端っこで寂しく眺めながらパンを頬張る男子が一人いますよ~。今朝の春日の歯切れの悪い話を聞く限り、何やら俺に用があるそうじゃないですか。だから女子だけで盛り上がらないでください、寂しさと孤独で死にそうです僕。
「実は兎月にお願いがあるんだ~」
「なんでマミーが答えるんだよ」
「マミーって言うな」
お決まりのツッコミ。クラスの人気者マミーこと水川の決め台詞を聞くのは久しぶりな気がするな~。妹の美保梨ちゃんは元気? あれ以来遊びに来ないから会ってないんだよな。……本妻を目指すとか言っていたけど、あれからどうしているのやら。まあそれは後で聞くとして、今はそのお願いとやらを聞こうではないか。
「桜とデートしてほしいの」
「……はい?」
ものすごい直球が来た。平安貴族が異性を誘う時に送るような長くてメンドイ謎々みたいな複雑な手紙のような変化球とは違って、単刀直入を体現したような水川の真っ直ぐストレートの剛速球は脳天をぶち抜いた。……で、デート。誰と。火祭と。ほー。………えっ!?
「それマジ?」
「大マジだよ兎月ぃ」
とか言ってる割にのんびりと弁当を食っている水川。おいおい、何その「洗濯物取って」みたいなお母ちゃんが些細なお願いをする時のようなニュアンスは。軽々しくサラッとすげーこと言ったよね今! え、何、え、何々? 俺と火祭がデート? なんだデートって、新種の外来語か何かですか。あぁ、俺と春日が遊園地に行ったようなことを言うのか。はいはい、あの有名なデートですね。……マジかい!?
「何言っているのだよマミー、君は正気かい」
「マミー言うなよ。正気も正気、桜とデートをしてほしい。で、ぇ、と」
いやいや、それでもあなたは俺の親友ちゃんですか!? あなたは知っているはずだ、俺と火祭とそして春日の関係を。俺が春日と付き合う過程で、一体どれほどの壮絶なやり取りと事件があったのかを、水川は十二分に知っているはずだ! それを踏まえての発言なのか?
「ごめんね、まー君。少しだけ事情があって……」
「あぁ、うん。まずはそこから聞きたい」
申し訳なさそうに細々とした声で話す火祭。非常に申し訳なさげな顔をしているけど……ま、まぁそうなるよね。春日と付き合っている俺に対してデートを申し込むだなんて、ある意味エッジの効いた宣戦布告にも聞こえる。何より春日本人がいる前でそんなことを言ったのだから。つ、つーか……春日はずっと黙ったままだな……。お弁当を食べるわけでもなければ口を開くわけでもない、ただずっと俯いたままで何も発さず静止している。ちょっと怖い、なんか爆発寸前のボム兵を持っている気分だよ。マンマミーア。
「あ、あのね……」
「桜は言いにくいだろうから私が言うよ」
お、出たなマミー。
「マミー言うな」
「心の中を読むなよ」
「それで、なんで兎月なんかにこんなお願いをしなくちゃいけないかと言うと。最近の桜はそりゃとんでもなく告白されまくっているんだよ。知っていた?」
それは知っている。ここ一ヶ月の火祭へ送られるラブレターの数と告白された数は百を越えていると噂されているほどだ。その噂を丸々全部信じるつもりはないが、それほどに火祭への告白は後を絶たないってのは分かるし彼女の人気がとんでもないってのも重々理解出来るよ。何を思ったのか知らないが、やたらと男子共が火祭に群がっているのだ。いやまあそれは前からそうだけど、なんか今までとは違う。今がチャンスだと言わんばかりに大多数の男子が特攻している気がする。そして火祭はその全てを断っているのも知っています。
「桜がモテるのは常識レベルの事実だけど、ここまで告白されると本人としては非常識な事態なんだよ。モテない兎月には分からないことだろうけど」
「いちいち毒を盛るなよ」
俺がモテないのはいいとして。つまり、告白される人数が多すぎて火祭が迷惑しているというわけか。それはいかんな、いくら人気者だからってそんな被害に遭う必要はないぞ。告白されるのは悪い気はしないと俺自身は思うが、確かに火祭くらいに数えきれないほど言い寄られるとそれはそれで鬱陶しいんだろう。なんとすごい悩みだな~、米太郎が聞いたら発狂するんじゃないだろうか。
「ん、まあそれは仕方ないことだな。今や火祭の人気と可愛さは学校中に広まっているくらいだし」
「何言っているの、それは半年前からでしょ。問題は、最近やたらと増えた告白の数よ。なんで急激に増大したか、兎月分かる?」
「分かりません」
「立っていなさい」
言われるがままその場で立ち上がる。授業中なら恥ずかしいが、今ここは屋上なので立ち上がると気持ち良いっす。うーん……なんで告白が増えたか、ねぇ……。なんでだろう?
「兎月が恵と付き合い始めたからだよ」
「ぬぁんでそれが関係しているんだ?」
「……」
「痛っ、なぜ春日はいきなり抓ってきたの!?」
足を走る激痛、視線を下ろせば春日が抓っているではないか。俯いているから表情は分からないが、雰囲気から察するに怒っている? ちょ、抓らないで。普通に痛いから!
「はぁ、兎月の鈍感さは相変わらずだね。いい? アンタと恵が付き合ったのをきっかけに桜は完全にフリーになったのよ。だから桜に言い寄る男子が増えたの」
なんですかいそれは。なんで俺と春日が付き合うのをきっかけに火祭がフリーになるん………あっ……あ、あぁ。そーゆーことですか。
「桜が兎月のこと意識していたのは割と常識レベルで認知されていたんだよ」
「……うぅ」
「ひ、火祭。そんな恥ずかしがらなくても」
な、なるほどね。これは俺自身言うのも恥ずかしいな。えっと、火祭は……俺のことが好きなわけで……ご、ごほん。それを周りも薄々気づいていたと。まあ確かにクラスマッチで堂々と頭ナデナデしたり昼休み一緒にご飯食べていたからなぁ。うっ、そう考えると恥ずかしくなってきたぞ。と、とにかくだ。周りから見れば火祭は……俺にフラれたという風に見えるわけか。そ、それも事実だから否定出来ないが……心が痛む。
「そんな兎月が恵を付き合い始めたのをきっかけに、桜にアタックする奴が急増したってわけ。恵派の男子も桜派に移り変わったのも増えた要因の一つだね」
なるほど……そういうことか。失恋中の火祭なら落とせるはずだ!と勘違いした野郎共がこぞって告白しているというわけか。ちゃっかり春日のことを諦めて……うっわ、ムカつく~。そして可哀想だな男共よ、残念ながら火祭がお前らみたいな半端な奴らの申し出を受けると思ったか。
「だけど桜はある一人の人物以外とは付き合う気がないらしいの。だから周りから告白されるのはただ鬱陶しいだけ……そこで、兎月の出番よ!」
「は、はぁ」
「桜とデートして、ある噂を作るの。桜にはもうデートをするくらい仲の良い人物がいるって! そうすれば桜に言い寄る男子も少しは減少するでしょ」
てことでデートをしなさいってことか。うんうん、そういうことだったのか。最初は何を言い出すんだ、俺に浮気をしろというのか!?と憤慨チックな気分になりかけていたが事情を知れば納得出来ましたよ。デートすることによって火祭にはもう意中の人がいますよー、と噂を流すためか。なるほど、そういう風に使えば噂ってのも意外と良いように作用するんだな。
「つまり俺に火祭の彼氏のフリをしろってことだな」
「そのとぉーりだよ兎月くぅん。君に断る権利はない。なぜなら君は、桜の言うところの『ある一人の人物』なのだから!」
や、やっぱそれって俺のことなのね。いやまあすごく嬉しいよ、それほどに大人気の火祭からそう思われているのは。けど俺には彼女がいますし。そう、今現在隣で不穏なオーラを出しまくっている彼女が……。よく察知出来なかったが、よくよく注意深く観察すると春日は明らかに不満げだ。そりゃそうだよね、自分の彼氏が他の女とデートをする話を目の前で堂々とされているのだから。さっきからずっと足を抓っているが徐々にその力が強くなっているのは決して俺の勘違いじゃないだろうよ。
「もちろん恵にも許可はもらっているよ。それについて昨日3人で話し合ったし」
「そ、そうなの春日?」
「……うん」
返事の割に、あなたの指の力は弱まるどころかさらに強くなっていると思うんですが!? ちょ、マジで痛いって。指二本だけとはいえ、春日の抓り攻撃は恐ろしい威力だ。あぁヤバイ、皮膚が破れそうだ。
「恵には悪いことをしてるよね……ごめんね」
「ううん……桜のためだもの」
そう言っているくせに抓る作業は止めないんだね、ずっと八つ当たりしているんだね! あかん、水川さん僕もう座ってもいいですか!? 事情は大体分かりました、要するに俺は火祭のために彼氏のフリしてデートすればいいんだよな? 了解です了承ですお任せください。ですから今すぐ春日を止めてください。隣から感じる不機嫌オーラでこっちはもう嫌な汗をかきまくりだ。
「そうそう、彼氏のフリをすればいいの」
「はいはい、彼氏のフリね」
……彼氏のフリ、かぁ……ふぅ。
なんか……懐かしいな。
『私の彼氏のフリしてもいいわよ』
「……づき。……兎月! ちゃんと聞けやコラァ」
「ふぇ? ……あ、ごめん」
あかん、意識が飛んでいた。遥か前の記憶を思い出していたな……。あぁ……あんなこともあったな。……っと、それはもう忘れるべきことだっての。
「ぼーっとしないで。今から真美ちゃんの完璧デートプランを話すから」
「せめてデートの内容くらい俺と火祭に決めさせてくれよ……」
そのあとは水川によるデートのスケジュールと設定を聞きながら四人で仲良くお昼を食べました。……春日はかなり不機嫌だったけど。なんかすいません。




