続26 血祭りの火祭と呼ぶな
幸せのパンチラと悪魔のローキックという天国と地獄を同時に体感することになった壮絶な昼休みを無事に乗り切り、現在は放課後となりました。漫画とかアニメでよくある学園を舞台としたお話ってほとんどが昼休みか放課後にピックアップしたものが多いと思う。一日の大半を占める授業の様子を描写することは少ないような気がする。まあ授業中に何かラブコメチックな事件が起きるわけがないし授業風景を描いてもつまらないもんね。授業中を舞台にしたストーリーだなんて、せいぜい内職に命をかけている関君の話くらいだろう。先生にバレないように消しゴムでドミノ倒しするとかセンスがヤバイよねアレ! とにかく、授業なんて落書きするか寝るかの二択なので、つまりはどーでもいいってことになりましてあっという間に放課後へと時間軸は移り変わったというわけなのだ。部活生の元気な掛け声を聞き流しながら(女子テニス部の声だけは耳を澄ます)正門を抜ける。いつもならお隣に関君……じゃなくて春日さんがいるのだが今日はいない。おいおいお前らもう別れるんじゃね?とかふざけたこと言う奴がいるかもしれないがそんなことは断じてない、決してそんなわけではない。絶対に別れないからな!
話を戻そう。愛しのマイエンジェルこと春日は火祭と水川と一緒に寄り道して帰るらしい。俺もついて行ってもいいでしょ~、と駄々をこねたが春日に「うるさい」と一蹴された。彼女の無慈悲な言葉はここでも発揮というわけですよ。なんか知らないけど、たまには女子三人仲良く放課後ライフを楽しみたいだそうだ。今頃はリムジンで遠くのショッピングモールとか行って洋服を見たりケーキを食べたりしているのだろうか……なんとなく三人娘がキャピキャピと遊んでいる光景が浮かんだ。べ、別に寂しいってわけじゃないんだからねっ。
「……寂しい」
すいませんやっぱり一人は寂しいです……。でもあの三人の中に入ることなんて出来ません。女子だけで仲良く遊びたいのだろうだから俺が無理矢理参加しちゃうと変な空気になるのは簡単に想像出来る。けど確かに普通の彼氏として正しい思考を持っているなら、あの可愛い彼女を放っておくのはどうだろうかと考えるだろう。な、ナンパとかされたらどうしよう!?って感じで。でもご安心を、その三人の中には火祭という地上最強のファイターがいるのだから。火祭がいればたとえ不良数十人が絡んできても一瞬で倒してしまうからな~。余裕で俺より強いし。だから心配する必要はなし、一人寂しく虚しく悲しく帰路をとぼとぼ歩いて自宅へと帰りましょう……。
「おい貴様」
「はい?」
ブルーな気持ちを引きずりながら、とりあえず帰ったらゲームをしようと今後の予定を組み立てていたらいきなり声をかけられた。後ろを振り返れば……なんか知らん男子生徒が立っていた。うちとは違う制服、他校の生徒だ。え……誰ですか?
「ちょっと尋ねたいことがある。暫し時間をもらえるか?」
……頭の中で警報が鳴った。こいつはちょいとヤバイ部類の人間だと。放課後、下校中に知らない奴から声をかけられる時点で何やら危ない匂いがするってのに、こんなにも奇天烈な話し方をする野郎なんざ、ただただヤバイ感じしかしないぞ。目の前の、学ランを着て短髪でキリッと濃い顔をしている男子生徒君は俺を真っ直ぐ見て低い声でそう言った。あかん、これたぶん嫌なタイプの人だ。RPGとかで面倒くさいモンスターとエンカウントした時と同じ空気を感じた……大した経験値もくれないくせにHPが高いモンスターだなこいつ。うあー……どうしよ? まさか他校の生徒に絡まれる日がやって来るなんて思いもしなかった。これでも進学校に在学していて見た目だって普通だ。それなのに……ちょ、ちょ、俺が何かしましたか? こういう時はどうしたらいいだろうか……。とりあえず、
「すいません、今お金持ってないのでカツアゲは勘弁してください」
軽く頭を下げつつ男から距離を取る。頭を下げながらの無音でバックステップ、なかなかの高等テクだ。格ゲーで言うとヨガファイヤー放ちながら後ろへ下がるくらいのテクニックだと思う。こう、ボタンをカチカチ~!と連打してコマンド入力するみたいな?
「別にカツアゲをするつもりはない」
そして目の前の見知らぬ男子生徒は金を強要しているわけではないようだ。え、じゃあ他に何の用事があって俺なんかに声をかけたんだよ。あのさ、ぶっちゃけ言いますけど、
「続編になって男の新キャラとかマジ需要ないからホントやめてほしいんだけど」
「……さっきから何言っている?」
あれれ、お得意のタブーネタが効かない。米太郎なら「それメタな発言だから!」といった感じにウザったいツッコミを入れてくれるというのに。うーむ、この人は割と真剣なタイプの人なのかな? カツアゲをする気もないのに話しかけてくる意味と目的が分からないぞ。とにかくモブ程度のキャラだと思って話くらい聞いてあげてもいいかもね。
「えっと、僕に何か用ですか?」
ニヘラァと笑いながらも警戒は解かない。相手は得体の知れない人間だ、何をしてくるか分からない……いつでも逃げられるように足に重心を乗せておこう。
「この辺りに住んでいるのなら知っているはずだ、『血祭りの火祭』という女を」
…………あー………もしかして、そっち目的の人でしたか……
「昔この辺りに喧嘩の強い女が蹂躙していたらしい。その比類なき強さから周りからは『血祭りの火祭』と呼ばれて忌み嫌われた存在であったと」
……火祭は今でこそ、可愛くて強いアイドル火祭ちゃんとして大人気を博しているが、半年前は恐がられていた。不良を注意して言うことを聞かない奴は制裁を加えていた。そんな火祭の戦う姿を見て人は勘違いをし、火祭を恐れるようになった。その時の呼び名が『血祭りの火祭』……何も知らない、噂だけで火祭のことを決めつけて拒絶した周りの悪意だけの呼び名だ。今ではそのイメージも消えつつある。でも完全に消えたわけではない。今だって火祭のことをまだ良い奴だと信じていない人だっているだろうし、それは仕方のないことだと思う。それでも、今の火祭には頼れる友達がたくさんいるから大丈夫だ。今日だって水川と春日と仲良く遊びに行っているんだから。もう、火祭がかつてのように暴力を振るうことはなくなったはずなんだよ。なのに……
「その噂を聞いてな、是非一度手合わせ願いたい。もし『血祭りの火祭』の居所を知っているなら教えてもらおうか」
「……」
こんな奴がいるから……こんな馬鹿がいるせいで火祭は、あんなにも切なげで悲しい表情をしてしまうことになったんだ。もう火祭は手を出さない、そう誓ってくれた。……まぁ俺のピンチの時は構わず拳を振るうと豪語してくれたがそれは例外として、とにかく昔の彼女とはもう違うんだ。制裁から手を引いて、今はただ笑顔を振りまいてくれる明るい女神になったんだ。それを……手合せ願いたいだぁ? この馬鹿は何を言ってやがる。
「俺の名は鉄拳と言う。野良を放浪しながら己の拳を磨く修行をしている……そんなところだ。全ては最強の道を歩むため」
うん、色々言いたいけど一言だけ言わせてもらうとすれば、お前それ絶対本名じゃないだろ。なんだよ鉄拳って、ただのキラキラネームじゃねーか。つーかダサイ、自分で名付けたとか考えると聞いているこっちが恥ずかしいくらいだ。イラストとネタ書いて出直してきやがれ。
「それで、『血祭りの火祭』を知っているのか?」
「……その呼び方やめろよ」
「ん?」
火祭をそんな風に呼ぶな。何も知らないくせに、火祭のこと何一つとして理解していないくせに軽々しくその呼び名で呼ぶな。ムカつく、噂だけで人を判別しやがって。
「ほう、どうやら貴様は知っているようだな」
「知っているも何も俺の親友ちゃんだコラァ」
「だったら話は早い。今すぐ『血祭りの火祭』を呼んでもらおうか」
だからその名で火祭のこと呼ぶんじゃねー。あぁ、こいつイライラするなぁもう。
「……嫌だ」
「何だと?」
……こいつが望んでいるのは火祭との勝負だ。つまり喧嘩……このゆとりな社会でまだ喧嘩したがるチンピラみたいのがいるなんて珍しいものだ。そんなの迷惑でしかないっての。……火祭はもう暴力を振るわないって決めたんだ。あの頃の自分と変われて、やっと手に入れた平和と笑顔。そんな彼女の明るい笑顔を潰そうとしている奴が目の前にいる。……俺が止めるしかないだろ。あの日、ずっと頑張って手に入れた彼女の笑顔を一瞬で奪った俺のせめてもの償いだと思え。火祭の告白を断った、そしてそうなるまでに何も出来なくて結局は一番辛い形で火祭をフッた俺だからこそ、もうこれ以上辛い思いをさせないように今度こそはやり遂げてみせる。
「お前、火祭と勝負したいんだろ」
「そうだ」
……火祭は戦っちゃいけない。なら、
「その前に俺を倒していけよ」
俺が代わりにやるしかない。こんな奴相手にわざわざ火祭が出てくる必要もなければ出てきちゃいけない。ここで暴れたのをきっかけにまた悪い噂が流れたらいけないんだ。火祭に悲しげな顔をさせないためにも、俺がここでこいつを抑えなくては。
「ほう、貴様が相手になると」
「そうだ」
「……よし、いいだろう」
そう言って鉄拳は俺を見据えて薄ら笑う。まるで俺との戦いが恐くないかのようだ。そりゃまあ自称強さを求める流浪の戦士なのだから、こんなごく普通の高校生相手に何かを感じるわけがないよな。……いや、あれ? なんか頭に血が登ってなんか色々と口走ったような気がするが………これ勘違いじゃないよね。俺……今から喧嘩するの? え!? ………マジですか、いやいや? 嘘っ、これってタイマンってやつじゃね?
「ここだと人に迷惑がかかる。場所を移そう」
鉄拳君は何の迷いもなくスタスタと歩き始めた。本気で俺と喧嘩するつもりのようだ。……ま、マジでか。確かに喧嘩を吹っかけたのは俺だけど、それはなんと言うか、火祭のためを思って守ろうと必死に捻り出した言葉なんですよ。まさかガチでバトルする展開になるとか思いもしなかったんですって。いや、ちょ、あの……帰ってもいいですか? 今ならこいつ後ろ向いているから全力でダッシュすれば逃げ切れるぞ。
「行くぞ」
「……分かった」
……それじゃあ駄目だよねー、うん。俺がここで逃げるのは容易だ。けどそれだとこいつはまた火祭を探し始めてしまう。そして火祭を見つけたら勝負を挑む。……火祭の平穏のため、俺がここでこいつを説得しないといけないんだ。だから逃げるわけにはいかない。覚悟決めてやるしかないよ将也、親友のために!
「勝負はどちらかが降参した時点で決まる。もちろん武器は己の拳のみだ」
着いた先は河川敷。夏休みはここでボランティア部の活動として清掃したり、ある時は春日と二人で雨風を凌いだこともあった。そんな良き思い出が詰まった河川敷でまさか喧嘩をすることになろうとは……なんか悲しいな。あっちも学ラン着てるから普通に同世代の人なんだろうけど、いや俺達学生じゃん? もし殴り合っているところ警察とかに見つかったらヤバイと思うんだけど。学校と家で電話がいって停学、最悪の場合は退学もありうる。もう退学はしたくないんですけどぉ……そして停学も嫌だ。今の時期に停学食らうと来月の期末考査に大きな影響が出る。こちとら中間は諸事情で受けてないから今度の期末テストを落とすとさすがにガチで進級出来なくなってしまう。つまりここでポリスまたは学校に見つかるとヤバイってことだ。……どうしよ?
「出来るなら降参は早めにしろよ。スイッチが入ったら……俺自身どうなるか分からないからな」
いやお前もう既にスイッチ入ってるし。ちょっと中二スイッチ入ってるから! こっちは退学の危機でソワソワしているってのに、こいつはやる気満々じゃねーか。もちろん速効で降参なんて選択肢はない。それだとこいつを説得することが出来ないからな。……理想は、素早くこいつを倒すのがベスト。けれどそれは難しそうだ。自称とはいえ、あの火祭に勝負を挑もうとするのだからそれなりに腕が立つと見た。十中八九、俺が倒せる相手ではない。まあ別に勝てなくてもいい。なんとかこいつを説得するだけの時間と気合いを見せればいい。そして良い具合に火祭から手を引いてもらうよう誘導する。これをこの河川敷で誰にも見つかることなく遂行する。……無理じゃね!?
「じゃあ始めるぜ……『流浪の鉄拳』、参る!」
「うわそれ超ダセェ!」
うっ、つべこべ文句を言っている暇はない。とにかくやらなくては。さっきから口調がダサくて言葉のセンスもダサイ、キラキラネーム鉄拳がこっち目がけて突っ込んできた。っ……しょーがない。腹を括ろう、俺だってそれなりに戦えるはずだ。目を閉じ、息を吸う。ゆっくりしている暇はないが、こうしないと集中出来ない。次に目を開けた瞬間にはあいつが目の前で拳を振り上げているのかな……当たったら痛いだろうなぁ。ま、それは目を開けたでも時に考えよう。今は精神統一だ。火祭との稽古前にやっている黙想と同じ。目を閉じたら……浮かぶ、春日と火祭の姿。どちらも俺にとって大事な人……どちらもかけがえのない大切な人。火祭……もう君が拳を振るう必要はないんだ。やっと掴んだ笑顔を無理に離すことなんてない。代わりに俺が……こいつと戦ってやるから。だから………
「よし……『二代目・日輪の守り手』、行くぜコラァ!」
目を開け思いきり叫ぶ。かけがえのない笑顔を守るために……
「げほっ!?」
渾身の一撃が腹を撃ち抜いて辺りに衝撃が走る。ズキズキと痛んで、少しだけ全身が揺れる。撃ち抜いた拳がさらに抉りこむように腹部へと入り込んでさらなるダメージを付加する。それに伴って声にならない苦痛の嗚咽が出てきた。血を吐き出しそうになって、足がガクガクと震えている。目は虚ろで、照準が定まっていないようだ。口から半透明の液が垂れている……。
「かぁ……っ、ぅぁ……!」
そしてグラリと倒れる………鉄拳。
「弱っ!」
地面に倒れたのは鉄拳の方だ。いや鉄拳の方かよっ! 俺の方はほぼ無傷で茫然と突っ立っています。いやいや……流浪の鉄拳君弱くね!? 開始数分も経たないうちにこいつの実力が分かった。なんて言うんだろう……ただ拳を振り回している中学生みたいだった。鉄拳君は腹を押さえながら地面を這いつくばって必死に呼吸しようとしている。火祭直伝の夜天・真空極拳流『昇竜烈波』が見事に決まったようだな。んー、まあ俺も火祭と特訓していた甲斐があったということですね。やっぱ俺、強くなってるわ。まさかの圧勝ですよ。つーかこいつが弱かっただけ。なんだよ、完全に口だけの奴だった。負ける気がだったのに余裕で勝ったんだけど……あれ?
「ぐぅ……き、貴様……っぁ、なんて強さだ」
「貴様ぁ、なんて弱さだぁ」
もう間抜けな声しか出てこないっすよ鉄拳さん。俺程度の『昇竜烈波』で悶絶しているとかまだまだですって。本家の方とかマジで呼吸が止まるから。そして視界が真っ暗になるから。君の挑もうとしていた火祭は俺なんかとは次元が違うほど強いよ。いや……ホント弱過ぎる。何が最強の道だよ、真面目に聞いていたこっちが恥ずかしいわっ。
「な、なかなかやるじゃないか……だが、まだ俺は降参とは言ってない……!」
そう言って懸命に立ち上がろうとしているけど……生まれたての小鹿みたいだぞ。これなら警察の人が通っても「ん、なんだ小鹿のモノマネか。60点」と言って素通りしてくれそうだ。とりあえず見ているだけなのも申し訳ないし、まだ戦ってみますかー。
「夜天・真空極拳流『双槍・雲払い』!」
最近習った新技である。両手を使った掌底なのだが、火祭がこれを使うと俺の全身が数メートル以上も吹っ飛ぶ技である。威力は車のぶつかった衝撃と同等だったと思う……。まあ俺はそこまでの使い手じゃないのでせいぜい小鹿にトドメの一撃を食らわせる程度の威力しか出せないよ。
「ぐはあぁ!?」
なんと情けない声で再び地面へと倒れた鉄拳君。また数分ほど嗚咽を吐きながら悶えていたが、しばらくして
「す、すいません降参です……」
兎月将也、まさかの勝利でした。




