続25 屋上ランチタイム
火祭と出会ったのは四月半ば、強制的に春日お嬢様の下僕に就任したばかりのまだ春の陽光が温かい頃だった。あの頃の春日は盛大にワガママを言いたい放題で対して俺は何一つ抵抗出来ない状態、その日も春日の命令に忠実に従って図書館へと足を運んでいた。春日の借りた本を俺が返しに行くというただのパシリを愚痴をこぼしながら実行していたなんと情けない当時でしたよ。そんな俺が図書館のある棟へと足を踏み入れた瞬間、そこで出会ったのが火祭さん。懐かしい思い出だな、あの頃は春日全盛期理不尽独裁政治体制抜群で精神不調をきたしていた俺にとって火祭との出会いはオアシスだった。無口無表情で暴力を振るう春日とはまさに正反対の対極な存在であり可愛くて愛想良くて、すぐに仲良くなれた。話しやすくて勉強も丁寧に教えてくれて、そりゃもうオアシスだ。何度でも言おう、オアシスであったと! てことで火祭との出会いはこんな感じ……そこからは激闘の毎日だった。………あれはホント大変だったなぁ、でも感動もしたよ。詳しいことは省略しますが、火祭は周りから恐がられていて一人ぼっちだった。それを救うために俺を中心に水川やボランティア部、おまけに米太郎の頑張り、何よりも火祭自身が変わろうと頑張った甲斐があって火祭は今のような大人気を獲得するような美少女火祭ちゃんへ変わったのだった。……そしてそこからが違う意味でさらに大変になったのはまた別のお話ということで。
「……兎月」
「まー君」
二人の美女に呼ばれて顔を上げれば空は青く、幾つもの雲がユラユラと流れ動いている。冬間近だがお昼のこの時間帯は日光がポカポカと暖かくて外にいても問題ない気温となっていまして、おかげで俺と春日と火祭はこうして屋上で昼食を取ることが出来るというわけだ。現在、目の前には学年を代表する二大美少女と名高い春日恵さんと火祭桜さんがいるわけだが、これはとんでもないことだと声を大にして言いたい。いやまあ俺は、このお二人とは恐らく学年の男子の中では一番仲良いから(つーか春日に至っては彼女だし)三人仲良くランチをしてもおかしくはない。ちょっとおかしいとすれば屋上にいることくらいだ。よくドラマや漫画で屋上を舞台に主人公とヒロインが何やらするのは定番だが実際のところ屋上なんて開放されているわけがない。普段なら鍵が厳重にかけられているのだが、そこはなんと知り合いにちょっとしたお金持ちさんがいて、その人が鍵を開ける職人さんを呼んでこっそり開けてくれたのは内緒である。
「……」
「ちょ、春日いきなり殴ってこないで」
「まー君が無視するからだよ」
なんでわざわざ屋上にまで足を運んで昼食を取っているかと言えば、やっぱ屋上は開放的だし景色がいいなぁーという点と、教室や中庭では他の男子の目が恐いからである。「ちっ……んだよ、あの野郎ぉ」みたいな嫉妬と怨讐の視線が四方八方から矢の如く突き刺さって飯食ってる場合じゃねぇのだ。というか普段春日と二人で教室いる時でさえ男子がチラチラ見てくるからゆっくり落ち着けない。だから天気の良い今日とかはこうして屋上で食べようではないかーという次第なのです。ちゃっかりブルーシート持参で、その上に三人座ってお弁当を開こうとしている。俺はいつもの如くパンですけどね。うちの母さんはお弁当作らないタイプの人だから俺は高校入学から今日までずっと昼休みはパンと共に過ごしてきた。最近はたまに春日が手作り弁当を作ってくれることもあるが、ごく稀だ。しみったれたパンの俺とは違って目の前のお二方はとても美味しそうなお弁当をご披露中で、
「わぁ、恵の美味しそう」
「そんなことない。桜の方こそ美味しそう」
「今日は私が作ったの」
などと二人でキャピキャピと楽しげにお互いのお弁当箱を見せ合い、さらにはおかずを交換している。この時ばかりは春日もやたらと笑顔が多い。普段俺には一切見せてくれない満面の笑みで火祭とガールズトークを展開している。……俺としてはあまり面白くない。さっきからちょっと今拗ねてますよ~的なオーラを出してわざとらしくあんパンを食べているが、まあ普通に無視されている。べ、別に寂しくなんかないんだからねっ!
「美味しい」
「えへへ、ありがとう」
俺の存在を放置して仲良くランチをする春日と火祭、今でこそ親友レベルの仲良しだが最初の頃はそうもいかなかった。……今でも覚えているさ、あの時の体全身が悲鳴を上げることになった大惨事の初対面の日を。この二人自体はクラスメイト同士でお互いのことを名前くらいは知っている程度のただのクラスメイトだった。そんで俺はそれぞれと別々で出会ってそれぞれ別々に仲良くなった。つまり俺と春日と火祭の三人で集まったことはなくて、最初に三人で輪を囲んだのは七月クラスマッチの時。……二人ともすげーピリピリしていた。なんか知らないけどさ、二人とも不機嫌になってお互いを威嚇し合って中間の俺はポカン状態。火花を散らして喧嘩をする二人、そして間に挟まれた俺は二人に腕を掴まれて引っ張られた。激痛が走ったよ、マジで。左右から綱引きのように引っ張り合う二人の力は本気で、危うく体は分裂しそうになったのは今では良い思い出……いや、やっぱ嫌な思い出だわ。なんで二人が険悪なムードだったのか当時は全く分からなかったが、今では………うん、まぁ、その……そーゆーことだったんですねぇと照れ恥ずかしいながらも納得することが出来る。そんな二人も気づけば仲良くなって今じゃこうやって一緒に昼食を共にしているのだから良しとしようではないか。終わり良ければ全て良しという言葉通りだ。ラストさえ良かったらいいのだよ。エンディングで泣ければ途中のレベル上げとか長くて苦痛なダンジョンも全て良い思い出になるってことさ。……いや、やっぱ途中でパーティの一人が強い装備のまま突然離脱したのは嫌な思い出だ。せめて装備置いて離脱しろやぁと叫んだ記憶がある。おかげでそこからの道のりは険しかったんだぞ! ……何の話していたんだっけ?
「まー君!」
「ぶげらぇ」
脱線した脳内回想を修復していたら突如、口の中に何かが侵入してきた。突然の出来事に脳内と口内はパニック状態、神経信号が乱れる。と思いきや、次の瞬間には口の中を卵焼きの甘くてふんわりな味わいが広がっていった。あぁ、なんだ、ただの超絶美味しい卵焼きがやって来ただけじゃないか。驚いたよ、ははっ。……なぜいきなり卵焼きが襲ってきた? 納得しかけた、危うくだな。とにかく味わい深い卵焼きを咀嚼しながら俺の名を呼んだ方へ視線を泳がせる。
「どう? 美味しい?」
卵焼きを口に放り込んできたのは火祭、そして卵焼きを作ったのも火祭、そしてそして卵焼きは美味であった。なるほど、火祭があーんをしてくれたのかー……へぇー………えっ? マジですか、あーんですか!? いや、あーんというか「ぐあーん!」な感じだったけども。こちらサイドは無防備だったし、一方的に押しこまれたと言った方が正しいような。
「う、うん美味しいよ」
「良かったぁ」
とても満足そうに微笑む火祭。あなたのその笑顔で今までに何十人の男子が心奪われたことやら。それくらいに火祭スマイルは強烈に可愛いのだ。俺だって現在進行形でドキドキしちゃってますよ。心拍数上昇中!
「……」
「ちょ、春日? 不機嫌にならないでよ」
対して春日の方からは何やらよろしくない殺気を感じる。チラッと見れば無表情ながらも膨れっ面の彼女さんがこちらを睨みつけていた。ちょいちょい、すげー睨んでくるんだけど!? 恐らく、俺が火祭からあーんされたのが気に食わないのだろう。とは言ってもこの超美味い卵焼きに嘘はつけず、モグモグしながらニヤニヤとしちゃってデレデレな俺である。どぅえへへ~。
「……馬鹿」
「ぐへっ」
火祭に続いて春日もおかずを俺の口元へ突っ込んできた。勢いよく乱暴に入れてきやがったので口の周りで箸が何度も衝突して痛かったぞおい。歯茎にも刺さったし。まだ卵焼きを飲み込めてないのに無理矢理口内に入り込んできた卵サラダ。また卵系かい!とツッコミを入れたくなるが、これもまあ美味しかった。野菜厨の米太郎なら発狂するぐらい美味しいサラダだ。ただ、
「……美味しい?」
「美味しいよ。さすが春日のお母さん」
「……うるさい」
直後、ビンタが襲ってきた。口から卵料理二品が吹き出そうになったが気合いでカバーしてなんとか飲み込む。だってぇ、あなたが手料理を振る舞った時は俺の分も作ってくれるじゃん。今日は俺の分のお弁当がない=今日は春日の手作りではない=春日母のお弁当=美味い、の等式が完成するに決まってるでしょう。なんと理不尽なお嬢様だろうか。涙が出てくるね。
「まー君、もっと優しい言葉かけてあげないと」
すると火祭がそんなことを言ってきて、え? 何、これ俺が悪いの!? 歯茎に箸刺されたら皮肉の一つくらい言いたくなるじゃんよー。しかしそんな俺の言い分がこの大魔王春日に通るわけがなく、さらに火祭も春日の味方について二対一となっては敗色濃厚だ。えぇー……つーか火祭が強制的にあーんとかするから春日が怒ってこんなことになったのに、それはあんまりだよ。
「春日?」
「……ふん」
「ほら恵が怒ってるよ」
ほら言われても……えぇー? ひ、火祭があーんするから! それが原因じゃないの!? いやけどまあ卵焼き美味しかったですけど! うーん……とにかく春日の機嫌が悪い。これを放置するとここからの昼休みをのんびりと過ごせそうにないぞ。
………ふぅ、ちょっと恥ずかしいけど、これしかないでしょ。うちの彼女さんを喜ばせる方法は。
「確かに美味しかったけど今度は恵の作ったお弁当が食べたいな」
「~~!?」
効果抜群、おかげで顔面に強烈な蹴りが襲ってきた。瞬時に顔を真っ赤にした春日が瞬時に立ち上がり瞬時に蹴りをかましてきたのだ。刹那の内に慌てて腕でガードを試みたが弾き飛ばされた。それでもキックの威力は落ちることなく俺の右頬を抉るように痛烈な一撃として見事にめり込んだ。痛ってぇ……! この子はホント凶暴だなチクショー。こちとらご機嫌取ろうと思って下の名前で呼んだというのに、まさかの全力ローキックだよ顔面にローキックだよ! い、痛い……けど………うふふ。あの瞬時に春日の足の奥の方で……何やら純白な聖なる布が見えたぞ。一瞬だったが間違いない、あれはパン……だ。俺の防御としてのガードも甘かったが春日のスカートのガードも甘かったようだ。頭部への蹴りはリスクと伴うことを知らないようだな春日は。なんという幸福、だが決して口には出さない。チラッと見えちゃった~と正直に言おうものなら今度は目にも映らない速さでまた蹴りが飛んでくるのだから。いやぁ、痛かったけど満足だわぁ。
「馬鹿!」
「そ、そんな怒らなくても」
本日は白だった恵ちゃんはかなりお怒りのようで、顔を真っ赤にして俺をとことん睨みつけてくる。そりゃもう視線で射殺そうとせんばかりの勢いだ。この前の遊園地デートでは呼べって言ったのに……今呼んだらすごい怒っている。うーむ、よく分からん。とりあえず恵って呼ぶと春日が悶えるのが分かっただけでも良しとしよう。これは切り札として使えるかも。
「……まー君」
「ん、何?」
何度も何度も懸命に先ほどの一瞬のチラリを思い返していると火祭がズイッと顔を近づけてきたではないか。うおっ、顔が近いっすよ。
「私も下の名前で呼んでっ」
「え?」
「早く!」
なぜに急かされる!? と、とにかく下の名前で呼べばいいの?
「え、えーと……桜さん?」
「……」
暫しの沈黙、そして、
「えへへ~」
火祭が嬉しそうに微笑む。あー………もしかして下の名前で呼んでもらえて嬉しかったとか? ちょっと頬を赤らめて照れながらもニッコリ微笑む桜さんこと火祭。うーん、春日は怒ったのに火祭の方は嬉しそうにしている。なぜだ、なぜ二人でこんなにも差があるのだろうか。そして火祭は俺なんかに呼んでもらえてそんなに嬉しいのか? 俺なんてただのヘタレ野郎………あぁ、まあ、そっか。う、うん。とりあえず喜んでもらえたならオッケーです。
「……」
「か、春日?」
「……む」
いや待って、全然オッケーじゃなかった。さらに春日が怒っている。メラメラと彼女の後ろに黒い炎が燃え上がっている気がするけど……あっ、これすごい機嫌悪い時の春日だ。俺が火祭のことを下の名前で呼んであげた瞬間から隣ですごいオーラを感じたけど……これはヤバイ。それに、春日って口に出したらさらにさらに不機嫌オーラが増した気がする。ええええぇぇぇー……なんですかそれ、結局春日って呼んだら駄目じゃんか。かと言って恵って呼ぶと怒るし……どれが正解かもう分からないよ!
「……兎月」
そしてまたも立ち上がる春日恵さん。ま、待って! また蹴りをぶちかますおつもりですか!? 俺はのんびりと昼食を取りたいから屋上に来たんだよ、死にに来たつもりはない! ちょ、ちょ、待ちなさいよ。蹴りがヤバイのもあるけど、それに……
「またパンツが見えちゃうって」
「……え」
あ。やってしまった。
「っ、大馬鹿!」
「ぎゃあああぁぁあん!?」
今度はパンツどころか蹴りのモーションすら見えなかった。気づけば鼻血が溢れかえっていた。あー……いやこれ確実に鼻折れていると思うよ。マジで痛いもん。それにパンツ見えなかったし……ぐすん。
「……兎月の馬鹿」
「えへへ」
二大美少女の不機嫌そうな声と嬉しそうな声を聞きながら、ブルーシートへと倒れ込む。空は青く、幾つもの雲がユラユラと流れ動いていた……。あぁ、しんどい。




