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続24 桜舞い月落ちる稽古風景

息が荒く、上手く酸素を取り込めない。額に滲む汗はどれだけ拭おうとまた滴となって纏わりついて不快感と焦燥感を煽る。ふらつく視界と両足、ちょっと気を抜くと意識が飛んでしまいそうだ。全身は痛いし、まともに動かせない。力を入れようとしても調整出来ず、重心に振り回されて体は左右へ揺れ出す。しんどい、キツイ、もう倒れそうだ。けれど諦める暇なんてないし、そんなことで思考を働かせていられるほど今の状況は甘くなかった。額を腕で拭った瞬間には目の前に疾風を駆ける拳が迫ってきていて……


「ぐはっ」


俺の顔面を捉えて全身ごと突き飛ばす。空気が爆ぜるほどの威力で鼻先を襲う強烈な痛みと目の奥うごめく振動が平衡感覚を失わさせる。あー、痛い……。そら顔面殴られたら倒れるよな、だから俺はこうして汗を飛ばしながら畳へと崩れ落ちたのだ。もう指一本動かせない……なんてオーバーなことを言うつもりはないがそれに近い疲労感だ。全身に蓄積された痛みが嫌な具合に押し寄せてきている。しんどい、もう動きたくない。つーかなんで倒れているんだ? とりあえず鼻を押さえながらそんなことをふと思った今日この頃。


「ごめんね、まーくん。ちょっと良いのが入っちゃった」


霞む視界の端から現れたのは女神。胴着を着た女神ってミスマッチだな。けれどそれが逆に良い。なんてね、死にかけの野郎の個人的な意見なんざどうでもいいわな、すんません。女神なんて過剰な表現かもしれないが、この人の場合はそれでも釣り合わないくらいなんで。赤みがかった特徴的な長髪を宙に揺らし遊ばせながら女神さんはこちらを心配そうに見つめている。アーモンド形の綺麗な瞳、白い肌と整った端麗な小顔、胴着姿だってのにその美しさは劣ることなくむしろ似合っているくらいだ。逆に綺麗だ、そう思えてしまう。彼女の周りはまるで補正がかかったかのようにキラキラとオーラが見えて、思わずドキッとしてしまうことこの上ない。……いかん! 俺には春日がいるんだって。全身を襲う疲労感と脳内を侵すドキドキ感に意識を手放してしまうところだったがなんとか踏みとどまって立ち上がる。眩暈がしたが気合いで乗り切る。


「大丈夫?」

「問題ないよ。訓練なんだから手加減しないでいいって」


立ち上がった後も何度となく心配そうに問いかけてくる女神さんにニコッと笑って大丈夫アピールをする。へっ、いつも春日からローキックやグーパンチを食らっているからこのくらいの痛みなんてことないっす。


「私が本気出すと、まー君の顔が……」

「か、顔が? え、何、まさか吹き飛ぶとか言わないでよ!?」


恐ろしいニュアンスを含んだ真相は聞きたくないような内容をサラッと言っちゃった女神さんこと火祭桜(ひまつりさくら)さんは申し訳なさそうに弱々しく微笑む。けれどその拳はいと強し。そう、彼女の名前は火祭桜。俺の友達であり親友であり友達である。春日にも負けないくらいサラサラと艶やかな長髪は光の当たり具合で赤色を帯びているようにも見えて流動的な美しさを漂わせていて見ている者を虜にすると評判です。そして美少女、これに尽きる。何を隠そう、こちらの火祭さんは我が校トップレベルの美少女と称えられるほどのお方なのである。今では春日と並ぶ二年生の美少女ツートップの一人であり、男子から絶大な人気を誇っている。そりゃもう告白してくる男子が後を絶たないほど。それほどに可愛くて綺麗な火祭と俺はついさっきまで殴り合いをしていた。え? 意味が分からない? 大丈夫、ちゃんと説明するんで。


「今日はこのくらいにしておく?」

「そうしてくれると俺の体力的に大変助かります」


まず初めに、火祭はこう見えて強い。可愛らしい外見とは裏腹に、彼女の戦闘能力は学校随一と言っていいほどだ。というか最強そのもの。その荒ぶる姿を幾度となく見てきたし俺自身も火祭から強烈な拳を食らったこともある。すごいギャップだよね、こんな美少女が腕っぷしの強い猛者だなんて。……そのせいで火祭は周りから怖がられていた時期があった。あれは…………そう、俺と火祭が出会ったのは四月のことだ。火祭は中学時代、その豪傑たる力と腕前と人一倍の正義感で迷惑をかける学生や不良に注意を呼びかけて抵抗するなら拳で制裁していたことがあったらしい。一人で不良グループを倒してしまうなど、真偽は定かではないがとにかくそういった火祭に関する噂が広まっていったのだ。……悪い噂ばかりだった。火祭はただ皆のことを考えて頑張っていたのに、周りはそんな火祭を恐れるようになってしまって……火祭は孤独になってしまった。『血祭りの火祭』……それは彼女に対する周りの恐怖だけで固められたイメージ、真実を知ろうともせず一方的に拒絶をした呼称の表れ。高校に入学してからは制裁を加えることもやめたが、それでも中学時代に深く根ついてしまった火祭のイメージはそうそう拭えるものではなく、火祭はずっと一人だった。まあぶっちゃけると俺はそんな事情一切知らなかったです。なんか周りは全員知っていたみたいだけど俺だけはその辺の情報疎いんで最初火祭と会った時も、ヤベ可愛い女子生徒と話せた! みたいな感動を味わっているだけでした。そう、俺は何も知らなかった。


「本当に大丈夫? 痛くない?」

「いやまあ痛いけど春日の蹴りに比べたらどうってことないよ」


当時の俺は何も知らなくて、火祭のことを何一つ理解していなかった。ただ普通に友達が出来た感覚で接していただけで、火祭が昔すごかったことを聞いても別に態度を改めることはなかった。けどやっぱり周りの目は厳しいもので……。その周りの反応を見つめる火祭の悲しげな表情が心に激しく打ちつけられたのを覚えている。そんな顔をしないでほしい、こんなにも可愛い女の子が笑っていないなんてどうかしている。つーか火祭は笑顔が似合っているんだからもっと笑ってほしい! そう願った俺は火祭のために決意を、彼女のために自分の出来ることをやろうと決意したのだ。主に何をやったかと言うと火祭と一緒にボランティア活動をした。なぜか都合良く俺はボランティア部という部活をしていたわけでその活動に火祭を呼んで一緒に朝の挨拶活動や放課後の清掃活動に取り組んだ。最初は動揺していた皆だが、一生懸命に働く火祭の姿、俺達と仲良くお喋りしている笑顔とかを見てくれて気づいてくれて……色々な出来事、色々な出会い、色々な俺と火祭の頑張りがあってついに火祭は皆に受け入れてもらえたのだぁ! テンションが上がって申し訳ない。てことで昔は嫌われていた彼女も今ではクラスではもちろん学年を通しての大人気美少女最強ガールになったのだった。完。


「あれ、完結したよ!?」

「ど、どうしたのまー君?」

「あ、ごめん。今なんかバグ発生したわ」


要するに火祭はめっちゃ可愛い女の子ってことだ。プラス武術家として優秀。さらに頭も良い。秀才さんである。つまり完璧美少女ってことだよ。そんな火祭さんが言うには、「まー君は恵の彼氏なんだからちゃんと恵を守れるように強くなるべきだよ」とのこと。そりゃーそーだ、と納得出来る部分もあったし何より火祭の強い勧めを受けてこうして放課後の空いた時間を使ってマンツーマンで特訓しているというわけだ。週に一、二回ほど付き合ってもらっている。いやしかし火祭はまあ強い。恐らく俺が分身した多数対一でも勝てる気がしないよ。レベル99にまで上げて最強武器を揃えて貴重なアイテムをフルに使っても勝てるか怪しい、そんな裏ボスみたいに強いと思う。そんな裏ボス級の最強っぷりを誇る火祭ちゃんと一緒に稽古しているのだ、俺だって地味に強くなったみたい。クラスの男子を一掃したり、その成長ぶりは米太郎に指摘されたくらいだ。攻撃面も良い具合に洗練されていき、防御面に関しても毎度のこと春日による理不尽暴力が常に底上げ効果をもたらしている。ちょっと自慢出来るくらいには強くなれたのかな? でもやっぱ稽古はキツイ。ただのボランティア部員にはちょっとハードなトレーニングだよ。


「ふふっ、やっぱりまー君は面白いね」


疲労で項垂れる俺の隣で楽しそうに微笑む火祭。あーいいね、その笑顔。やっぱ火祭は笑顔が一番似合っているよ、見ているこっちが幸せな気分になれる。いやホントありがたい存在ですな。その微笑みに何度ときめいたことやら。……いかん、浮気はいかんよ将也。俺には心に決めた人がいるのだからー。


「……あの、火祭。なんか色々とありがとうね」

「? ううん、別にいいよ」

「そっか……」


ここまでの説明だけだと俺達の関係はとても良いように見える。つーか普通に良い。まー君って呼んでもらえるのが何よりの証拠である。けどやっぱり……俺自身どこかで火祭に対して遠慮している部分がある気がする。遠慮というか……申し訳なさというか……。こうやって俺のために稽古に付き合ってくれるのは大変ありがたいことだと思うし感謝もしている。けど……火祭にそこまでしてもらうのは………どうも浮かない気持ちになってしまう。


何を隠そう……………俺と火祭はキスをしたことがある。


「……はうぅ!?」

「まー君!? またバグ?」


鮮明に蘇る記憶と漏れる奇声。ちょっと落ち着け俺よ、説明をはしょり過ぎだ。えっと、実は……えーっと、その……火祭は俺のことが好きだったらしい。テメー何勘違いしてんだよコノヤローとか言われそうだけど本人から言われたのだから事実なんですよ俺だってビックリだよコノヤロー。なんというか……俺自身がこんなこと言うのも変な感じだが、その昔、というか最近なんだけど……俺がまだ春日と付き合う前の時だ。その当時からどうしようもない俺だったけど、あの時の俺は本当に救いようのない馬鹿野郎だった……まあそれはいいとして。火祭は俺のことが好きだったそうな。火祭のことを恐がらずに傍にいてくれた俺のことを気に入ってくれたみたい。いやいや相当名誉なことですよ、こんなビューティー美女から好意を持たれるなんて。モテ期を来世と来々世の分まで使ったくらいの奇跡と言っていい。……けど、何と言いますか……火祭に心惹かれる部分はあったけど俺はやっぱり春日のことが好きだったわけでして……。春日と付き合う十数分前に火祭の申し出を断ったのだ。なんて贅沢なんだろう、昔の俺を殴ってやりたい。火祭の気持ちから逃げようとしてしまったが、なんとか向き合うことが出来た。そして火祭をフッたのだ。最低だな俺、今すぐ自分を殴ってやりたい。グーで殴ってやりたい。でさ……そ、その時………なんということでしょう、というか……い、いきなり火祭に口づけされちゃいまして。それが俺のファーストキスだったとかそーゆーことは放置してもいいんだけど……ご、ごっほん! う、うぅっん! つまり火祭とは淡い関係だったこともありキスもしたことあるってことだ。そんな火祭と今こうして二人きりで稽古と称しながら至近距離でお互いの体を打ちつけ合っているのは如何なものだろうか!? と言いたいわけですよ! いやらしい言い方したけど、実際は違うから。普通に稽古だから。でもやっぱ火祭と二人きりだけでこんな風に話し合うのにも気まずく感じてしまうし、何より俺と春日の恋人二人ために火祭が手伝ってくれるのもなんとなく申し訳ない気持ちになってしまう。……まーた俺の中途半端な優しさが燻っているな……。はぁ、それでも火祭に気を遣いたくなる。俺のせいだと自覚している分尚更だ。


「あの、俺が言うのは明らかにふざけるなって感じだけど……失礼なのは承知で少し質問してもいい?」

「いいよ」

「そのさ……俺と普通に話しているってことは……火祭はもう俺のことを吹っ切ってくれたってことだよね?」


もう俺のことなんざ忘れたわ、やっぱこんなヘタレどーでもいいわ、つーか好きだった自分が恥ずかしいわ、みたいなことを思ってくれていい。いやむしろそう思っていてくださいお願いします。俺みたいなクズのことなんてさ……。火祭をフッて、春日と付き合い始めて、もうかれこれ一ヶ月が過ぎた。火祭も俺のことは別に好きでも何でもなくなっているはず。


「ううん、まだ私はまー君のこと大好きだよ」

「……お、おぉふ」


瞬間的にときめいてしまった。なんてことだシット! これはもはや浮気と同じではないだろうか!? だ、だってさ!? こんな可愛い子からまだ好きなのって言われたら普通にドキドキしちゃうでしょーがー! 俺は悪くない、男子として当然の反応をしたまでだ。……すいません、ごめんなさい。後で春日に謝ろう。火祭にドキッとしちゃいましたテヘッ♪とか言ったら間違いなく殺されそうだけど。

……そして火祭はまだ俺のことを……。なんというか……うーむ。そう言ってもらえてドキドキしてしまう自分がいる。まだ一月経ったくらいだからなぁ……いやでも俺なんかより良い人はたくさんいるし、火祭は色んな男子から告白されているんだからもっと素敵な人を探してほしいところだ。


「前にも言ったけど、まー君は私にとって特別な人なんだよ? 一人ぼっちだった私に手を差し伸べてくれた人……とっても大切な人。一度フラれたくらいじゃ簡単には諦められないよ」


ここまで言ってもらえてすごく嬉しい。あの火祭さんから絶大なる評価をいただけている。さらに暴れる心臓、だから落ち着けいぃ! ……で、でも俺には春日がいるから……。


「でも今は恵の彼氏だもんね。恵は親友だし、まー君が恵のこと大切に想っているのも知っているから今は無理矢理まー君を奪おうとは思わないよ」

「そ、そっか」

「うんっ」


だからといって火祭はそんなに固執するほど俺に夢中ってわけでもなさそうだ。いやまあ……出来るなら火祭には早く新しい出会いに巡り会ってもらいたいな。普通に親友だし、俺だって火祭のことは好きだ。友達として。是非彼女に似合う男性が現れるのを期待しようではないか。……もしまた火祭に迫られたら耐えれる自信がないからなー……だって可愛いんだもん。雰囲気とノリで呑まれそうな気がする。それじゃ駄目だよ、俺には婚約者がいるのだから!


「うっし! 火祭、やっぱもう稽古少し付き合ってよ」

「うん、いいよ。ちょっと本気出してみようかな」


気合いを入れ直して、もうひと頑張りしようと思った今日この頃であった。次の瞬間には顔面が吹き飛んでしまったけど。やっぱ火祭強ぇ!

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