続23 やっぱ遊園地デートは定番
「……兎月」
「ん、お腹減ってきた? じゃ何か食べよっか」
俺は今遊園地に来ています。遊園地とは子供から大人まで老若男女が楽しめる夢のアミューズメントパークのことである。ジェスコや観覧車は言わずもがなの有名アトラクションだ。とっても面白い、何回乗っても楽すぃ。もちろん春日も一緒だ。付き合っているので当然である。仲良しメンバー数人と行くのもアリだが今回来た理由として春日と久しぶりにデートするためだ。来たというか来させられたというか。一週間以上もろくに話さないで微妙な関係になってしまった俺と春日だがこの前なんとか仲直りすることが出来た。朝は一緒に登校して、昼は一緒にご飯を食べて、夕方は一緒に下校して、たまに寄り道して遊んで、夜はメールしたり電話したり……と。これまで通りの素晴らしい恋人ライフを送れるようになった。それはとっても良いことなのだけど……どーも春日はそれだけじゃ不満らしい。ふざけるな、こっちはすごく寂しかったんだぞ、ちょっとくらい我が儘聞けよ、といった感じでプンスカ状態なのである。こんな口調ではないけれど要約するとこういった意見をお持ちのようで。てことで償いのためにこうして休日に遊園地へと春日を誘った次第であります。
「でも昼時だからなぁ、レストランとか空いてるかな……」
「行くわよ」
「痛い痛い! やっぱローキックは痛いわ!」
「うるさい」
「すいません」
久しぶりに出たな~、ヘタレ体質。春日の言ったことには逆らえないという俺特有の謎体質。どんな命令でも二言目には了承してしまう。なんと情けない体質だろうか。このヘタレ精神を春日に見抜かれたせいで俺は春日の下僕としてこき使われるようになったのだ。それが俺達の出会い。……情けなさ過ぎる! なんだよこれ、今振り返るとすごく虚しくなったよ。……でも、まあ……この体質のおかげで春日と出会えたと考えると感謝すべきなのだろうなぁ。ありがとう俺の中に潜んでいたヘタレよ。
……にしても、うーむ………やっぱりデートって最高だな。二人だけでお出かけってのは心地好いし、何よりも春日の私服姿を見られるってのが一番のナイスポイントだ。現在隣で俺の腕を適度に痛い力で抓ってくる春日はとてつもなく可愛い。いやもちろん制服姿であろうともその可愛さに変わりはないけど、こうやって普段は見れない私服姿は新鮮さを感じれて僕もう満足っ、な気持ちでこっちのテンションはグーンと臨界点突破しちゃっています。女性のファッションがどーいったものか存じておりませんが一つ言えるとしたら春日の服装超可愛いってことだ。ん、それはさっきも言ったか。なんて言うのかな、秋らしい色合いのニットカーディガンみたいなやつを羽織ってフリフリしたスカートを穿いている。ふんわりとした雰囲気の今時な若者ファッションを着こなしているお嬢様はとてもとても可愛らしくて美しい。隣にいるだけでこっちはソワソワしてしまう。そんな春日に釣り合えるよう俺だって必死に服選んできましたよ。雑誌とか買って研究してんだよ、ダサイ格好でデートとか恥ずかしい真似は出来ないんだ。なんか最近流行っているらしいカーゴパンツとか七分袖のカーディガンを組み合わせてやったぜ。髪の毛もワックスで良い感じに仕上げてきた。……たぶん。よく分からんけどこんな感じにすれば良いんだよね? いやだって流行とか着こなしとか分からねーよ。雑誌に『季節感を着こなす』とか『ハズして着る!』とか書いてあったけど意味不明だって。あ、でも雑誌の後半ページに載っていたムフフなコーナーは勉強になりました! あれって意外とエロ……げふんげふん。
「……行くわよ」
「はいはい」
「うるさい」
「ただ返事しただけで!?」
そしていつになく俺への扱いが酷い。何かある度に暴力を振ってきて何もなくてもローキックしてくる。いやー、どうやらこれはかなりフラストレーションが溜まっているようだ。一週間以上もまともに接していなかったもんね。たった一週間じゃんとか言われそうだが恋人の俺達にはその一週間会えないだけでどれだけ苦痛だったことか。けれど会ったところで俺は殴られ蹴られ抓られて体力的にどれだけ苦痛なことか。大体さー、春日がいきなり無視し始めたじゃん。あなたのせいでしょうよ、ああなった原因は。それなのに春日はそんなの忘れたと言わんばかりに、俺のせいだと言わんばかりに、激しく肩を叩いてくる。普通はか弱い彼女がポカポカと殴ってきて、ああほんわか~となる場面なのに、このお姫様に手加減というリミッター制限はなく、バキ!バキ!と骨の髄にまで衝撃が届く高威力のパンチを放ってきやがる。ほんわか~となるわ。意識が。別の意味でな!
「あっ、すいません。カルボナーラとチキンドリアください。あとデザートでストロベリーパフェとバニラアイスをお願いします」
「……」
「なんで睨むんですかい」
「別に」
で、で、出た~。春日伝家の返し「別に」が。あらゆる会話をぶった切る有無を言わせない最強の呪文。ローキックと並んで春日お得意の技である。うっ、これは思った以上にむくれているぞ。なんとかご機嫌を取らないと。
「ほら春日、あーんしてOuch!」
「……馬鹿」
別荘で散々やった王道のイチャイチャ中級レベルの『あーん』を試みたところ思いきり足を踏まれた。な、なんでだよ。あの時は春日からあーんしてきたじゃないか。だから今度は俺からやってみたのに……あっ、やっぱ公衆の前だから恥ずかしいのか。そりゃそうだよね。あーんは諦めてイソイソと自分の頼んだチキンドリアを食す。おいおい自分が情けないチキン野郎だからって何もチキンドリアを頼むことはないだろアハハー! ……いやもうテンション変に上げてもおかしくなるだけだな。大人しくしてよう……そんで春日の言うことやること全てに全力で応えよう。たとえこの足が動かなくなっても……。なんか今の台詞カッコイイよね。実際のところはただローキック食らい過ぎて立てなくなったってことなんだけど。
「んじゃ、次どれに乗る?」
「……」
「……」
レストランで昼食を取った後、再び遊園地を回る。春日は何も言わず勝手に歩いていく。はぁ、これもまた春日らしいよな。付き合う前の下僕時代を思い出す。鞄持ちをしたりパシリしたり……春日の命令に従順だった下僕の俺。あの時と同じような感覚を今味わっている。目の前を歩く春日、彼女に振り回されていた俺……付き合うようになった今でもそれは変わらないようで。
「行くわよ」
「はいはいー」
「うるさい」
「将也ぁ、かわせ!」
自分で自分に命令して春日の蹴りを回避する。へっ、そう何度も食らうほどこっちもマゾじゃないんでね。華麗に避けてドヤ顔する。
「……」
「あ、ちょ、掴むのなし。それだと逃げら……れなあぁぁい!」
しかし避けられたのにイラッとしたようで春日の目つきはさらにキツイものになった。ぐおぅ……っ、この、お姫様、は……! 腹蹴りしてきやがった。しかも両手で俺をしっかりと捕捉して。抵抗も出来ずモロに膝蹴りが鳩尾へヒット。ぐふうぅぅぅ……さっき食べたチキンドリアとアイスが混ざり合ってリバースしそうだ! ふざけるな、それは駄目だ。なんだよ、前回に引き続きまたしても嘔吐寸前じゃないか。いつから俺は吐きキャラになったんだよ。くそっ、避けれたと思ったのに……。あと鳩尾はマジでやめて。次元の違う痛さだから、涙目を通り越して号泣しそうだから!
「っ……近い!」
「そ、それは春日のせい…痛いよぉ!」
そして追撃のローキック。鳩尾への深刻なダメージで意識すら危ういのにさらなる攻撃に耐えられるわけがない。もれなくオーバーキルな二撃を食らい俺は地面へと倒れる。こんな子供達の賑やかな声で溢れかえる夢のテーマパークでKOされるとは……あぁ、痛い。せっかくのおニューの七分袖カーデが汚れてしまった。そんな哀れな彼氏の横をスタスタと通過してしまう彼女。やり過ぎたという自覚はないらしい、なんて横暴なんだ。中世の独裁者ですら真っ青だぞ。ううぅぅ、マジで腹が痛い。頑張れ俺、負けるな俺。
「……ふん」
「うぅ……」
とはいってもさすがに即復帰は難しそう。ワタクシだって何百発と理不尽な攻撃を受けてきましたよ、その数だけ体の耐久値も上がっているはずなんだ。それこそローキック程度すぐに立ち直るくらいの回復速度は会得している。けれどその回復速度を持ってしても未だ立ち上がることが出来ない。鳩尾への膝蹴りというのはそれほどに恐ろしいものなのです。小学生の時とか昼休みによく友達とじゃれたじゃん。冗談のつもりでお腹殴ったら不意に鳩尾に入って「あ、あ、ごめん……」みたいな気まずい雰囲気になっただろ? 自分ではどうしようもない激痛が腹を蠢くんだよ。つーか膝蹴りってのがエグイ。可愛らしいスカート姿の女子が繰り出す技とは思えないね。ぐふっ、まだダメージが残ってやがる。口の中に溢れ出す唾液、飲みこむ度に呼吸が止まって気持ち悪くなってしまう。なんだこれ、本格的にしんどいぞ!?
「行くわよ」
「た、タイム。まだ立てないから」
「立て」
「無理です」
「早く」
「はい」
そしてまたしても命令に逆らえずに無理矢理両足に力を入れる。軽く眩暈が起きたがそれでも強引に全身へ指令を送る。ただ頑張れ、と。十秒ほど地面で悶えていたら春日が戻ってきて今のようになんとも無慈悲なお言葉を投げかけてきたのだ。なんて奴だ、水川とは別の意味で小悪魔な女子だな。いや小悪魔というか悪魔というか。もうあなたはミドルネームにサタン入れようぜ。春日サタン恵って感じで。あ、意外と言いやすいな。
「痛たた……で、次どれに乗る?」
「……これ」
「りょーかい」
ちなみにこの遊園地には前に来たことがある。あれは……そう、半年前のことだったかな……。ふっ、懐かしいもんだぜ(ここで回想シーンに入る)……。漫画だったら回想の描写が入るけどこれは漫画じゃないのでそんなこと出来ない。てことで普通に思い返すけど実は学校行事の一つである遠足の時にここへ来ているのだ。あれは五月初めの頃か、まだ俺が下僕現役の時だ。最初は仲良しメンバーと一緒に回っていたが途中で一人ぼっちの春日を発見。あの時はまだ春日を主人として認めたくなかったのでぶっちゃけスルーしても良かったのになぜか声をかけてしまった。そこからは二人で遊園地を回って……いや違うな。観覧車に乗っただけで遊園地を出てしまったのだから。うん、つまり春日とこうして遊園地で遊ぶのは実質初めてというわけだ。
「え、お化け屋敷じゃん」
「……」
次に春日が選んだのはなんとお化け屋敷だった。英語で言うとゴーストハウス、そして英語で言う必要はない。意外だ、春日がこれをチョイスするとは。確かにお化け屋敷は人気だけどカップルで入る場合は大体彼氏の方から言う傾向にあると恋愛経験素人の俺は考察している。「これチョーマジ怖いからマジで」「えー、アタシ怖いんだけどぉ」「だーいじょうぶだって、俺がついてるし」みたいな会話をしているイメージがある。チャラいな~、俺の脳内イメージのカップル。とにかく春日がこれを選んだのは驚きだ。というか春日は怖いものとか大丈夫なのか? 苦手だったような気もするが……
「怖い……」
「痛い……」
結果、俺の全身は痣だらけになった。案の定、春日は怖いものが駄目だったらしく中に入ってからは終始悲鳴を上げていた。通常のカップルなら彼女が彼氏の腕に抱きついてイチャイチャして幽霊役のバイトが嫌そうな顔をするのが定石だが俺らにそんなの通用しない。春日は驚く度に俺を殴ってきたのだ。これがまたもれなく全部痛くてお化け屋敷の中は俺の阿鼻叫喚でいっぱいになった。バイトのお兄さんも申し訳なさそうな顔していたぞ。
「つーか苦手ならお化け屋敷とか選ぶなよ」
「……うるさい」
怖いなら俺の腕に抱きつけばいいのに……。なんで殴るんですかい。こっちはそれを期待していたんだぞ、俺のドキドキ感返してください。
その後も色々なアトラクションに乗りましたよ、ええ。ジェットコースターに乗ったら腕を思いきり抓られて、ウォーター系の乗り物に乗ったら濡れたのに不満らしくて蹴られた。レーシングカーのアトラクションに乗車したら俺との距離が近いと言って暴れ出すし、3Dの映像バーチャルシュミレーションは混雑していたせいで離れ離れで乗ったらさっき以上に不満げな顔で「遠い」とか言って肩パンしてくるし。かなり散々な目に遭いました……。俺って終始ずっと怪我しているぞ。回復速度が追いつかないって。とまあこんな感じで様々なアトラクションを制覇していき、気づけばもう夕方になろうとしていた。
「たぶん次で最後かな。何に乗る?」
「……あれ」
そして春日が最後に選んだのは観覧車だった。前回、春日と一緒に唯一乗った乗り物だ。すぐに遊園地から出ていこうとする春日にせめて何か乗ろうよと提案したら指差したのが観覧車。そんで一緒に乗って微妙に気まずい空気を味わったのを覚えている。懐かしいなー、その後はスーツを買いに付き合わされたんだよな。なるほど観覧車ね……分かっているじゃないかマイハニー。遊園地のトリを飾るのはやっぱし観覧車でしょうよ。ほら見て夕日が綺麗……そうだよね、でも君の方が綺麗だよ……みたいな!? ヤッベ、乗る前から興奮してきたよ。だってさ、観覧車だぜ? こんなのもうカップルにとってはラストを飾るのに最高だしムードだって良い感じになってつーかメインイベントみたいなものだよな。定番だよ定番。TEIBANG! こりゃ春日も誘っているな……カップルが観覧車に乗る=キスだ。この法則は太古より受け継がれている伝統ある恋愛イベントである。いくら春日がお嬢様だからってこれくらいの常識は知っているでしょー。うふふ、てことで乗る前から観覧車が楽しみであります。
「よっしゃー、行こうぜ!」
「行くわよ」
「……はい」
全身の痛みなんざ忘れてハイテンションで飛び跳ねた俺に対して春日は相変わらずの無表情。全然楽しそうに見えない。……うーん。ずっと思っていたんだけど春日、楽しんでいるのかな……? 不機嫌そうなのはいつものことだけど、とりわけ乱暴だし付き合ってから出し始めてくれたデレ要素も今日はあまり見せてくれないし。……この調子だと観覧車イベントもあまり期待出来ないかも。はぁ……そりゃそうだよね。春日だもの、普通の女の子とは違うよ。そんなの分かりきっていることじゃないか、何をありえない妄想しているんだ。ハイな気持ちは一気に萎んだ。溜め息を吐くと体中の痣が惨めになってきた。なんだろーなー……やっぱ悲しいよ。
「一周するのに十八分程となっております。それと中での飲食はお控えください。それでは、楽しい空の旅を」
係員の声に見送られて俺達二人を乗せた船はゆっくりと上に向かって揺れる。観覧車って遅いようで意外と速いんだよな。ほらもう四分の一を通過した。独特な閉鎖空間、ゆりかごのように揺れ動く浮遊感、まったりとした時間、どれもこれも観覧車ではないと味わえない代物だ。うん、のほほ~んとした気持ちになれるね。以前春日と乗った時は一緒にノートに落書きをしたんだっけ。観覧車って飽きる人がいるのか知らないけど中にノートとペンが常備されている。様々な落書きが書いてあって微笑ましい。たまにクソ下品なイラストが描かれているがそれもまた一興だよね。今回乗った台が前回乗ったやつと同じなら……そんなわけないよねー。ノートを一通り見たが俺達の書いた『「ミスター下僕 兎月将也』や『悪魔の女 春日恵』の文字は見当たらなかった。残念っ。
「……」
「……」
そして案の定、無言状態になった。目の前に座る春日さんは俺の方なんて見向きもしないで外の景色ばかり見ている。まあ高度が高くなるほど見晴らしも良くなるし景色に夢中になっても別に普通だわな。それでも春日の態度は明らかに俺を徹底的に無視しているように見える。……俺また何かやらかした? 今日は相当気を遣って色々と要望聞いてあげたのにそれはないっしょ。そしてひたすら続く無音、観覧車は一定のスピードで回る。はぁ、一応聞いてみるか。
「春日、今日楽しかった?」
「……」
で、無言と。これにも慣れたものだ。このパターンの無視は待っていても時間の無駄なので続けて俺の方から問いかけるしかない。
「なんか今日ずっと機嫌悪そうだったからさ……俺のせい?」
「別に」
「そうすか」
…………相変わらず目を合わせてくれない春日。仲直り出来たと思ったんだけどなぁ、まだそこまで許せてないのか。俺にはもう何をどうしたらいいか理解出来ません。こうなったら俺だって外の景色に逃げてやる。
「……」
「……」
「……」
「……楽しかった」
「……うぇ?」
驚いた。数秒ほど遅れて返信が返ってきた。何よりその内容にびっくりだ。え……楽しかったの!? 一日中機嫌が悪いように見えたけど。それともあれですか、俺を散々痛めつけたから楽しかったってことですか? だとしたらあなたはドSだよ悪魔だよ。俺が半年前に観覧車のノートに書いた『悪魔の女』という落書きは正しかったことになる。あれ、俺って予言師の才能あるくね?
「でも機嫌悪そうだったよ」
「……別に」
「えぇー……」
「……楽しかったの」
そう言って春日は急に立ち上がった。その微小な衝撃でさえ大きく揺れる観覧車。うお、蹴られる。そう思ったのも束の間、なんと春日が隣に座ってきたではないか。今度は俺の心臓が揺れる番だった。レーシングカーの時は近いと文句言っていたのに今はその時以上に密着するくらい距離が近い。ピタリと寄り添うように俺の腕にもたれかかる春日……え、えぇぇぇぇ!?
「……ちょっと恥ずかしかっただけ」
「そ、そうなの?」
「そ」
あー、そうなんですか。どうやら俺の勘違いだったようで。別に春日は機嫌が悪かったわけではなく、ただ単純に恥ずかしかったと。二人きりでデートするのが久しぶりでどんな顔すればいいか分からなかったと。そんな時は、笑えばいいと思うよ。
「兎月は楽しかった?」
「もちろん」
「……ホント?」
「なぜ疑う」
あのね、はっきりと言わせてもらうけどね、今から言うことは嘘偽りない俺の本心ですから。
「俺はすげー楽しかったよ。春日と一緒にいるだけで、それだけで俺はすることされること全てが最高になるんだよ」
腹蹴りされようと理不尽に殴られようと無視されようとも、俺は春日と一緒にいるだけで心が満たされてどうしようもないくらい嬉しいんだよ。はいこの発言完全にマゾ確定ー。じゃなくて、とにかく春日が傍にいればそれでいいんだよ。うっわ、どんだけ春日に夢中なんだよ。言っておいて自分で自分が照れ恥ずっ。慌てて春日とは反対方向の窓の方へ視線を逃がす。おぉー、もうー頂上までー来ているではーないかーあははー。……棒読み過ぎる。
「……っ、うん。わ、私も……兎月と一緒にいるだけで……十分」
そしてついに春日がデレた。待ちに待った瞬間かもしれない。それと同時に驚きだ。蚊の鳴くような声でそう言った春日は俺の腕に自身の腕を絡ませてきたではないか。観覧車の頂上すら飛び越えて天にも昇る気持ち、途端に心臓が暴れ出す。落ち着けハートよ、ニヤニヤするな口元よ、あまりに嬉しくて涙を流そうとするな瞳よ。嘘ぉ、春日が最高に可愛い。
「そ、そっか」
「……兎月」
ん?
「頭なでなでして」
「はい」
片腕は春日に抱きつかれているので反対側の手で春日の頭をなでなでする。夕日に染まるサラサラの髪の毛はとてつもなく触り心地が良い。サラサラでありフワフワな感触の髪、撫でているだけでこっちまでトロンとした気持ちになる。ちなみに春日の表情はトロンとしている。いつも撫でる度に心に染みるけどこの髪触りは本当に神秘的だな。
「抱きしめなさい」
「はいはい」
今日は春日の言う通りにするって決めてますよ。ご命令通り春日とぎゅっと抱きしめる。春日を膝の上に乗せて両腕でそっと優しく包み込むように抱きしめた。胸の辺りで聞こえる心臓早鐘の音は俺のものなのか春日のものなのか……たぶんどっちともだろうなぁ。だって二人は抱き合って一つになっているのだから。全身で温もりを感じながら、心に満たされていく温かい想いに溺れていく。
「な、名前で呼びなさい」
「仰せのままに。……恵」
「~~っ、馬鹿!」
「それはさすがにあんまりだよ!?」
懐に収まっていた春日から湯気が出たかと思いきや下顎を頭突きされた。今のひどくないすか? 呼べって言うから呼んだのに……お、俺だってまだ下の名前で呼ぶのは恥ずかしいんだからねっ。くすぐったいというか、変な感覚なんだよ。
「あー、痛かった」
「と、兎月……」
「ん、何?」
「……」
顎の痛みが引いてきた頃、腕の中で小さくなっていた春日が急にもじもじとしだした。もしかしてトイレですか? なんて茶々入れると恐らく俺の下顎は粉砕することになるからそんなことは決して言わない。じっと春日が何か言うのを待つ。ぎゅ~と抱きしめて待つ。頭をなでなでしながら待つ。
そして、
「き……キスしなさい」
「……」
「……しなさい」
「は、はい」
色々と感情が爆発したが、とにかく一瞬で頭は真っ白になって顔は真っ赤になった。でも意識だけはしっかりと保っていられて、しっかりと春日の熱のこもった瞳を見つめることは出来て………抱きしめていた腕を少しだけほどいて指を春日の下顎へ添える。「んっ……」と甘美でとろけてしまうような喘ぎ声で鳴いた春日の顔は赤く染まっていた。それは夕日だけのせいではないだろう、その熱っぽい表情に視線は奪われて外の景色なんかどーでもよくなってしまう。腕の中で丸くなっていたのに、いつの間にか体勢を変えて俺と向き合うようになっていた春日。けれど体は俺の膝に乗ったままである。そしてゆっくりと目を閉じて、体全てを委ねて……きゅっと俺の服を掴んで待つ体勢に入っている。心臓は暴れるのをやめて完全に停止。息も止まって、口は呼吸作業をせず、ただ一つの仕事だけに集中しようとしていた。春日の端麗な小顔がこんなにも至近距離にある。艶やかで魅力的な唇を見つめているうちに、下顎に添えていた指先に力が入る。ゆっくりと春日の顔を持ち上げて、自身の顔をゆっくりと………春日の元へ………
「はい到着ですー。空の旅はいかがでしたでしょうかー。またのお越しをー」
………………………………いやさ、ホント……こんなことってある?
「……」
「……」
「またのお越しをー」
あと一歩のところでゴールするとか考えられないんだけど。つーか係員の人も空気呼んでそのまま二周目に行かせろよ。何空気ぶち壊してんだよ! ああぁぁぁ! コラァ! 絶対許さねぇからな! 子孫の代まで恨んでやるからなあぁぁぁぁ!
「……兎月」
「……何?」
これで今日は終わりかー………はぁー。なんだろ、観覧車でテンションが最高潮にまで上がったのに最後は最低にまで落ちた。高低差があり過ぎて泣けそうだ。これじゃあ春日もきっと不満だろうな………
「……また、来ようね」
「っ!」
……そうだよね。また来ればいんだ。また今度……今度こそは、最高潮の頂上で叶えられなかった今日最後の命令を聞けたらいいなぁと思った。




