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続20 後の祭りになって

学校の正門で愛を叫んだが、どうも美保梨ちゃんはタフなようで全然諦めてくれる様子がない。この辺が小学生の怖いところだよね、大抵のことはケロッと跳ね除けてしまう。そのポジティブな精神もとい異常な精神力はすごいと思うよ。大人になるにつれてそういったひたむきな気持ちは薄れていって、すぐに諦めてしまう軟弱な駄目大人になるのだろう。まるで駄目な大人、略してマダオ。さらに略すとMDOだ。今風に言うならMDO48だな。まあ世界にはマダオなんて48人以上いるに決まっている。48人は選抜メンバーってことで、残りの大多数は研修生的な感じだろ。是非マダオの皆さんにはいち早く卒業してもらいたいよね。……あれ、何の話だっけ。そんなことを言いたいんじゃないでしょ、そうだ小学生のピュアな姿勢について話していたんだ。すげー話逸れたな。道でおっさんと女子高生がすれ違う時に女子高生がありえないくらいおっさんから逸れるくらい話逸れた。可哀想なおっさん、きっとマダオ臭がしたんだろうなぁ。略すとMDO臭だな。……あれ、


「またマダオに逆戻りだよ」

「え?」


いかん、いつまでくだらないこと話しているんだよ。思わず口に出てしまって美保梨ちゃんがびっくりしているではないか。なぜかまたも俺に抱きついているし。いや俺がびっくりだわ、なんで抱きついているんだ?


「えへへ~」


君の好意は十分に伝わりました、それを踏まえて君を選べない、俺には愛する彼女がいる、そう言ったはずだ。なのにこの子ときたらそんなのお構いなしでくっついてくる。おっそろしい~、これこそポジティブシンキング。彼女がいるって言ったのにそれを無視するかのようだ。その素晴らしいくらいに眩しくて立派でひたむきな姿勢を春日にも見習ってほしい。もちろん俺も見習うべきだな。これくらい積極的に相手に想いをぶつけれたら些細な冷戦状態もすぐに解消されるはずなのだから。やっぱ小学生はすごいわ、怖くもあり尊敬もする。特に美保梨ちゃんには脱帽しまくりだ。水川は幸せだよな、こんなにも出来る妹がいて。しっかりしていると思うよホント。あとは水川みたいな毒舌小悪魔にならないことを祈るばかりだ。そして俺みたいな人はもう忘れてもっと良い人に出会ってほしい。俺なんてただのマダオ予備軍だもん。……またマダオかよ、いつまで一つのネタ引っ張るんだ。さっきから思考がマダオに侵されがちだが今の俺がするべきことをしないと。まずは美保梨ちゃんを引き剥がすことだ。


「美保梨ちゃん、いいから離れて」

「や~だです~」


ぐおっ、これが小学生の力か。その若き力はまるで新緑が鮮やかに芽吹くかの如く活き活きとエネルギッシュでとてもマダオが対抗出来るものじゃない。全力で引き離そうとするが美保梨ちゃんは尋常じゃない力で俺にしがみついて、そりゃもう接着剤でくっついているんじゃないかって疑うくらい恐ろしいほどのパワーだ。な、ん、つー力だよ……こちとら一応高校生だぞ? それに最近は鍛え始めてちょっと自信がついてきたくらいなのに……それをこの子は打ち砕こうとしているのかっ。こういう時に言うかな……「舐めるな小娘が!」って台詞を。よく漫画で見る台詞だけど使いどころが難しいよね、あんなカッコイイ台詞なんて日常生活のどこで使うんだよ。「俺に構わず先に行け!」って台詞くらい使用頻度は低いと思う。どれもこれも良いこと言っていると思うんだけど、やっぱ使うタイミングなんて滅多にないわな。とりあえず美保梨ちゃんを剥がさないと。にしても最近の小学生パワフル過ぎるだろ。


「ぐおお~!」

「ふぬぬ~!」


学校の正門付近で唸り声を上げて抱きつき合う高校生と小学生。明らかに異質だ。俺だったら見て見ぬフリして真っ直ぐ帰宅するね。くそっ、マジで離れないぞ!? ちょっとノリでやっているのかなー、とか思ったけど美保梨ちゃんガチだ。力が緩む気配もないし、そんなに俺のことが好きなんですか。いや普通に嬉しいですよ、そりゃ他人から好意を向けられて嫌なことなんて……まあ人によってはあるかもだけど俺の場合は基本的にウェルカムです。男子はお断りだけど可愛い女子からなら普通にデレデレしちゃうよ。こうやって抱きつかれたら満更でもない気持ちに浸ってしまうさ。でもね、それじゃあいかんのです。俺には春日がいる。大好きな春日がいる。今は直接話も出来ない微妙な距離感になっているがそれでも大好きだ。ずっと傍にいるって決めた春日がいる。こんな風に他の女子と抱きついている姿を春日に見せるわけにはいけない。じゃないと俺が春日に行った言葉に嘘になってしまうし、何より誤解を招きたくない。例え美保梨ちゃんのような小さな子供であっても少しでも疑われるような可能性があってはいけない。もしかしたら春日は勘違いするかもしれない。もしかしたら俺が浮気したと思うかもしれない。もしかしたらそれが原因でさらに二人の間の空気が悪くなるかもしれない。もしかしたら……そう、何より………春日が悲しい表情をするかもしれない。それが何よりも、俺がロリコンだとか思われることよりも遥かに嫌なことだ。春日の悲しげな顔なんて見たくない。ただそれだけ。そうならないために、俺は、全力を振り絞って、


「ぐおお~、あああぁああぁ!」


奇声を上げて、


「お願いだから美保梨ちゃん離れて!」


小学生相手に本気で、


「せいっ!」


こうやって引き離して、


「言わせてもらうけど……」


大きく息を吸いこんで、


「舐めるな小娘が!」


叫ん……んんっ?


「……」

「……」


いやいや違う違うちょいちょいあれあれ? おかしいでしょ、この流れ的に。春日のことを考えて、そこから渾身の力で美保梨ちゃんを剥がして声を大にして言う。何を叫ぶって、そんなの春日のことが大好きなんだよ!みたいな台詞しかないでしょ。なのになんでここに来てまさかの使いにくい台詞言っちゃったの俺!? 使いどころ絶対間違えるって、そりゃないよ。美保梨ちゃんもポカーンってしてるし、言った俺自身もポカーンの極みだ。なんだよポカーンの極みって! さっきから言っている意味が自分でも分からないぞ!


「……兎月?」


そして後ろから聞こえた声に全身が脈打つ。ただの声ならここまで過剰には反応しない。けど、俺があの人の声を聞き間違えるはずがない。ずっとずっと傍で聞いてきたあの声、俺の名前を呼ぶ声、気づいたら背後に立っていてローキックによる俺の悲鳴と一緒に聞こえる声……あの人の………春日の声。


「か、春日……」


そう、春日だ。今もれなく絶賛気まずい状態になっている俺の彼女の春日恵が後ろに立っていた。相変わらず気配もなく背後に立つのがお上手なようで。ただでさえ自分の言動にうろたえているのに春日まで登場したもんだから感情は荒れまくりの混乱状態。なので簡単な説明しか出来ないが、春日は気配を絶って後ろから気づかれずに接近してくるという謎の暗殺技術を会得している。これには何度も驚かされた。脳が春日の存在を感知する前に足が激痛のあまり悲鳴を上げるのだ。俺が無視してムカついて蹴るなら分かるが気配を消して近づいて蹴るとか反則じゃーないでしょーかー。そして今も愛しの彼女さんはまたも『絶』の状態でバックアタックを仕掛けてきたのだ。まあ正門を後ろにして立っていた俺も悪いとは思うけど。まさか下校中の春日とばったり会ってしまうとは…………ん? 春日、今……帰りなのか? ふと気になることが浮かんだ。昼休み、今日は一緒に帰ろうよと春日に提案してみたが逃走された。返事をはぐらされたままこうやって放課後になって、どーせ今の状態じゃ一緒に帰るのは不可能と俺が勝手に判断して今に至るわけだが……。


「兎月……ここにいた」

「へ?」

「……探してた」

「お、俺を?」

「……そ」


な、何言ってるの春日さぁん? つーか普通に会話出来てるし。昼食の時はメールでしかやり取り出来なくてちょっと話しかけただけでエスケープしたくせに今とかふっつーに喋ってるじゃん! そ、それに……えっ? 春日……今言ったのって……えぇ!? 俺を探していた? なんで? …………い、一緒に帰るために?


「マジですか……」


なんということでしょう、まさかの事態だ。何より春日とこうして会話出来ること自体嬉し過ぎる。そして春日が健気過ぎる。ずっと俺のこと探してくれていたのね……ありがとう春日。それなのに俺ときたら諦めてさっさと帰ろうとしていた。なんて馬鹿野郎だっ、自分で自分を殴りたい気分だ。今この場で実際にやるとまたポカーンの極みになるからしないけど。にしても今の春日可愛いなぁ……ちょっと顔を赤らめて俯きながらも必死に話そうとしてくれている。きっとまだ照れているのに逃げないで俺と一緒に帰ろうとしてくれている。あぁっ、もうなんてプリティーチャーミングなんだっ。


「兎月さんっ!」

「ぐべばらあーす!?」


油断していた。春日と話せた嬉しさで心も体も完全に弛緩しきっていて、そんなザ・無防備状態じゃ美保梨ちゃんバズーカに耐えれるはずがない。ここ最近で何発受けたか数える気になれないがまたしても腹に深刻なダメージがぁ。せっかく引き剥がすことに成功したのにポカーンした後に間髪入れず再び抱きついてきたではないか。力も半端ないがメンタルもすごいなこの子。不屈の精神とはこのことか、何をそんな俺なんかに夢中になられているのですか。きっと俺よりも素晴らしい人はごまんといるさ。君はまだ小学生なのだからこれからそういった人と出会っていくんだよ……。なんか人生の経験者みたいな語り口調になったが要するに俺から離れてくださいってことですよ! さっきも言ったけど俺には春日という存在がいて、その春日にこんな姿を見せるわけには………って、すぐ後ろに春日いるし!


「兎月……?」

「はっ、いいいや待って。違くて、これはちょっとした誤解なんだよ!」


あかんあかんあかん! このままだと勘違いされてしまう。俺が小学生に手を出すロリコン変態野郎に仕上がってしまう! それに、春日という麗しのガールフレンドもとい婚約者がいるにも関わらず浮気をしていると思われてしまうかもしれない。春日が勘違いして……ショックを受けるかもしれない……。それだけは阻止しないと、


「あなたは誰ですか? 私は兎月さんの愛人なんですからね。べーっ!」


美保梨ちゃーん!? 二、三個ツッコミ入れたいことあるけどまず第一に何言っちゃってくれてんのおおおぉぉ!? 第二に小学生が愛人とか変な言葉使っちゃあ駄目ですって! 第三に何言っちゃってくれてんのおおおぉぉ!? あっ、第一と第三カブってるじゃねーかあああぁぁっ、なんで俺はこんなテンション高いんだよおおぉぉ! ………はっ!?


「え……」


バババババッと高速で首を半回転させればそこに映りし光景は……自分の恋人である人物が驚いた顔で目を開いてこちらを見つめて、次の瞬間には……目がウルウルと滲んで、その瞳から一粒の涙が零れ落ちると同時に悲痛な表情になって小さな嗚咽を出していた。心臓が思いっきり萎縮した、半開きの唇が枯れた、指先は痙攣して次第に感覚が消えていった。今回のはオーバーな表現ではない。本当に体全身がそうなった。そして本当に……本当に春日の表情は……悲しそうだった。いつか見たことのなるその姿、あれは、俺達が恋人になる寸前の出来事………あの時の泣いて逃げる春日と今の春日の姿が少しだけ重なった。脳裏に浮かぶ二人の女性の泣き顔、ズキリと心の古傷が悲鳴を上げた。


「……っ」


その姿を前にして何も出来なかった。春日がその場を飛び出して坂を下りていくその第一歩を……見つめることしか出来なかった。ハッと意識が全身を巡った時には春日はもう遠くへ行こうとしていて……。駄目だ、完全に誤解されている。せっかく仲直り出来そうだったのに………いや、まだだ。何を立ち止まっているんだ、もう逃がしてたまるか。後悔なんかしてる暇あったら走り出せよ!


「待って春日!」


美保梨ちゃんを抱えたまま正門を出てすぐの坂道を全力で走りだす。明らかに腹に違和感があるがそんなの知ったこっちゃねー。構わず加速していく。


「……くそっ!」


もうホント俺の馬鹿、マジでガチでアホでバカでマダオ! 何が自分で自分を殴りたいだよ。足りねーよ、そんなんじゃ全然だわ。自分で自分をタコ殴りにした後……春日からローキックしてもらわねぇと身も心も引き締まらねぇよ! もう一度、ローキックを蹴ってもらうんだ。もう一度、名前を呼んでもらうんだ。もう一度、今度こそ、一緒に帰ろうよ春日。


「話を聞いて、今のは違うんだって!」


けれど春日は走るスピードを緩めず俺の方を振り向いてくれない。俺は何をやっているんだ。春日にあんな顔をさせないように美保梨ちゃんとベタベタするのをやめたんじゃなかったのかよ。つーか美保梨ちゃんも美保梨ちゃんだ、なんてタイミングで抱きついてきてしかも堂々と愛人発言しちゃってくれるんだよ。今もしっかりと腹にしがみつく美保梨ちゃんに一言申したいがそれどころじゃない。急いで春日に追いついて事情を説明しなくては。このままでは本当に……俺達の関係が終わってしまうかもしれない! 別れる? やだ! 絶対に嫌だからなっ!


「と、兎月さん。よく状況が分からないんですが……」


弱々しく美保梨ちゃんが声を紡ぐ。突然の出来事、そして俺がいきなりダッシュしたのでびっくりしたのだろう。目をグルグル回しながら懸命に俺の制服にしがみついている。この可愛い小学生は自分の招いた事態を分かっていないのか。まあ半分くらい俺が不甲斐ないって原因もあるけどさ、君の愛人発言が何よりの爆弾だってことは自覚してよね! その辺ガッツリ水川姉さんに叱ってもらうから。


「詳しく説明してる暇はないんだ。とにかく春日に追いつかないと」

「だったらもっと大声で呼び止めないと……あわわわ」


なるほどもっと大きな声ね。そうだよ、こんな状況だからこそ全力で想いをぶつけるしかない。そうじゃないと春日は振り返ってくれない。見せてみろ将也、さっき美保梨ちゃんを振りほどいた時みたいに全ての力を集約させて声にして叫んでみやがれっ!


「俺に構わず先に行け!」


あああああああああぁぁあんん!? それ違う! それ使いどころの難しい漫画でよくある台詞の一つだから。馬鹿か、俺って本当の馬鹿なのか!? 俺より先に行ってどうすんの? そうじゃなくて追いつくんだろーがっ。


「あと今さらだけど美保梨ちゃん邪魔」

「それひどくないですか!?」


けど普通に考えて人を抱きかかえたまま走るのってキツイでしょ。全国大会に名を轟かせる陸上部くらいじゃないとポテンシャル通りの走りをするのは無理だって。いや陸上部でも無理かも。とにかく美保梨ちゃんを抱えたまま追いかけても春日に追いつくのに時間がかかる。あまり長距離を走りたくない。だって春日が途中でコケて怪我とかしたら嫌だし。


「てことで美保梨ちゃん離して」

「や~だです~」


またこのやり取りするのかよ。


「ぐおお~!」

「ふぬぬ~!」


うおおおおおおおおおおおおぉぉ、いつまで続くんだこの無駄な体力勝負は!


「せいやぁ」

「うわぁ」


そして最後は気の抜けた声で勝負が決した。お互い疲れていたんだよね、分かるよ。なんとか美保梨ちゃん束縛を解除出来たことだし、これで本格的に春日を追える。というかすぐに捕まえて抱きしめて誤解を解きたい。こーゆー時って男性が女性を優しくギュッと抱きしめて「俺が好きなのは君だけだよ」とか囁けば全て解決するって昔母さんが言ってた。まあ実際のところヘタレな俺にそんな大層なことをする度胸はないから冷静に話を聞いてもらうしかない……ん?


「あれ……リムジン?」


美保梨ちゃんとのバトルに無調で気づかなかったが視線の先にいる春日の隣には見慣れたリムジンが停車していた。庶民の俺がリムジンを見慣れるって相当におかしなことだよな。春日と出会ってからあの黒光りする高級車を何度見たことやら……ん? なんでリムジンが? あぁー、春日が呼んだのか。………あ、乗った。あ……あかんやん!?


「ちょ、待って春日ぁ!?」


しかし見慣れたリムジンは静かに颯爽とスピードを上げて走り去ってしまった。恐らく運転手は前川さんなのだろう。しかしそんなことはどうでもいい。前川さんなんかすいません。とにかく、だ! 春日なら走れば追いつけると思っていたがさすがにリムジン相手にタイマンをはって勝ち目があるわけない。こうなった以上、春日に追いつくのは不可能だ。……だけど、


「それなら直接春日の家に行けばいいだけの話だぜ」


散々俺は馬鹿か、と自分を罵ってきたが実のところそうでもない。そんな気がする。たぶん。春日はリムジンに乗ってしまったが、それはただの一時的な逃げでしかない。リムジンの向かう先は知っている。春日の家だ。そして春日の家は超豪華なお家だがそれも見慣れているし場所も把握している。意外と近所ってところもまたすごいんだよなぁ。つまり、追いつけはしないけど今から春日の家に行けば確実に春日に会えるってことなんだよ。ヤベ、今の頭の回転の速さすごくない? ちょっとドヤ顔しちゃってます、ふふん。キルアみたいだったよねっ。てことで今から神速の電光石火で見慣れたお屋敷へと行きましょうかね! ……早く誤解を解かないと。


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