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続2 兎月と春日

ヘタレってなんだろうか。

最近よく耳にする言葉の一つである。ヘタレ、簡単に説明しちゃうと要するに気弱で情けなくて度胸がないってことだろう。もっと詳しく知りたい人は放課後グーグル先生に質問しに行くか、知恵袋にてベストアンサーを求めるのが好ましい。最近は便利な世の中になったものだ、パソコンでカタカタターン!と検索するだけで知りたい情報が手に入るのだから。ゲームとかのダンジョン謎解きで詰まるとあっさり攻略サイトを閲覧しちゃうよな~。そしてネタバレのページに行って絶望してしまう……。

閑話休題。ヘタレについて考えていたんだった。ヘタレ、ヘタレ……うん、何が言いたいのかと言えば、それは俺がヘタレだということだ。なんかさー、色々な人からヘタレって言われるんだけど。今はそうでもないのだけど、俺はある人物の命令に逆らうことが出来ず大人しく従ってしまうというなんとも情けない体質を持っているらしい。それを評してヘタレと呼ばれ、性格の面からも言われている現状だった。そう、だった。過去形なのに注目してほすぃ。そうさ、もうヘタレなんかじゃないのだ。それはつい最近までの俺。もう逃げない、しっかりと自分の気持ちを述べる、優柔不断にはならない! 俺は、もう、ヘタレじゃないんだ。


「立ち止まるな」

「痛いっ!?」


学校の帰り道、心の中でドヤ顔を決めていると外側からノックという名の暴力を受けた。ふくらはぎを襲う強烈な痛みに耐えつつ視線を横へと恨めしげに移す。


「な、なんですか春日さん」

「……」


隣にいるのは春日恵(かすがめぐみ)。クラスは違うが同じ学年の同級生。見た目は超可愛い女の子! 見惚れてしまうくらいサラサラで艶やかな長髪は、まるで絹が宙を舞うように滑らかに揺れていて、特徴的なつり目はしっとりと潤んで魅力的、整った顔は誰がどう見ても美少女と言うに違いない。以上のように外見はとてつもないレベルの容姿端麗さである。問題は性格だ。


「……行くわよ」

「いやいや、訳が分からないっす」

「行くわよ」

「はい」


……。ああ、駄目だ。やっぱ二言目には春日の命令に従順してしまう。なんて情けない体質だろうか。まだヘタレ卒業出来てないっぽい。そんな俺のヘタレ魂はさておき、こちらの春日は今のようにすげー理不尽なことを言ってくる。今のだって、そりゃぼんやりしていた俺が悪いのかもしれないが、それにしてもいきなり足を蹴ってくるのはあんまりじゃないか。春日は基本、無表情で無愛想で無口だ。俺から声をかけてもノーリアクションのくせに俺がちょっとでも春日の問いかけに反応が遅れたら容赦なく蹴ってくる。そして「うるさい」だの「別に」といった簡潔で無慈悲な言葉を淡々と告げて対話を強制終了へと誘う。なんて理不尽なんだ。だけどね、これでも結構丸くなった方なんだよなぁ。最初出会った時とか「アンタ、今日から私の下僕ね」って宣言されたのだから。そして始まるパシリとして奔走する生活。……なんだこの嘆かわしい昔話は。初めは主人と下僕の関係。


……けど一緒に同じ時間を過ごしていくうちに俺の中で小さな変化が生まれた。それは極小で超ミクロンサイズ。そんな目にも見えない小さな変化は少しずつ心の中を侵していって、春日に対する想いは次第に変わって気づいた時には………うおおおぉぉい、これ恥ずかしい! なんだどうしたしっかりしろ俺っ! 何を甘酸っぱい思い出再放送してんだよ。お、落ち着こう。


「……兎月」

「はいはい、今日も勉強するんでしょ。はぁ……」


ちなみに俺と春日は付き合っています。ちなみにとか言ったけど、これ超重要なことだから。どれくらい重要かと言うと、クラスの男子が暴動を起こして俺を亡き者にしようとしたくらい。上記で述べたように春日は二年生ではトップクラスの可愛さを誇るのだ。それは、二年男子による二年女子可愛い子総選挙(ひっそりと開催された)において第一位を獲得した今や大人気の火祭に続く第二位だった。しかしまあ美少女でも性格はキツイ。それを知らない奴らに春日の魅力なんて分かるものか。……それはいいとして、美少女である春日と俺が付き合っているのだ。俺なんてヘタレ体質を除けばどこにでもいる普通の男子高校生だ。これといって何か秀でたものを持っているわけでもなく、そんなザ・平凡を自負する俺がなぜ春日と付き合うようになったのか……。それに関しては色々あったわけなんですよぉ。恥ずかしいので言いたくないです。

そんで付き合いだしてから放課後は勉強しています。どんだけ真面目な生徒なんだっつー話であるが、これについても色々とあったわけでして。ちょっと最近まで俺は休学していたのだ。まあ休学というか退学だったのだが。それはもういいや、とにかく一ヶ月近くも学校に通っていなかったので元々馬鹿だった頭にさらに磨きがかかり、より洗練された馬鹿になってしまったのだ。これはマズイ、下手するとマジで留年する恐れがある。笑えない。さすがにそいつぁヤバイと俺自身も考えたし、春日も気にかけてきた。てことで、秀才でも有名な春日さんが俺に勉強を教えてくれるようになって、それからは毎日のように勉強している。一人で教科書を開いたところで怠惰に無駄な時間を過ごしてしまうのは自明の理。こうして、失われた学習時間を取り戻してクラスの皆に追いつくためにも優秀な家庭教師の元、勉学に勤しんでいるのですが、


「垂直なベクトル同士は積が0になるから……分かる?」

「分からん」

「馬鹿」

「痛いっ」


これがまた二年生の授業が侮れない。恐らく普通に数学の授業を受講しても完全には理解出来なかっただろう。いやいや、なんで数学ってこんなにも複雑なの? 脳みそフル回転させているが分からない。頑張ると言ったけど分からない問題は分からない。これ不変なり。素直に分かりませんと言ったら頬を指でぐりぐりと圧してきた家庭教師。か、勘弁してください。


「……」


そんな睨まれてもなー。スパルタ教育は望まないっす。ゆっくり理解していくんで長い目で見守ってください。


「うあー……あぁん」

「うるさい」


怒られた。しかし妖艶な喘ぎ声が漏れちゃうくらい頭が熱を帯びているんですって。ショートしそうだぁ……も、もう無理です。家に着いて勉強を始めて三十分も経っていませんが活動限界です。


「春日、休憩しようよ」

「……」


返事を返すように春日は手に持っていたシャープペンシルをテーブルに置いた。どうやら了承してくれたみたい。ややっ、準じて俺もシャーペンを放り捨てて天井を仰ぐ。はあー、疲れた。勉学によるエネルギー消費は精神的に辛いものがあるわぁ。せっかく付き合い始めたのに、どこかに遊びに行くというわけでもなく、ひたすらスタディー。もうちょっと恋人らしいこともしてみたいけど、相手がこの春日さんなわけで……そう上手くはいかないのです。


「……ん」


小さく短くはっきりと。何か要求を訴えかけてくるような、舌先掠める程度の甘さを含んだ鳴き声が隣から聞こえた。それに遅れて身体が察知したのは空気を媒介に右肩に触れる温もりと気配。聴覚、触覚で答えは出ているのだが、確認作業を兼ねて視覚を用いる。天井を観察していた両目を横へスライドさせていけば……


「ん」


春日が頭をこちらへ突き出しているのだ。両手は正座した太ももに置き、ズイッと頭部だけ俺に向けている。頭突きをしているわけじゃないんだよね、これ。春日なりの……甘え方なのだ。


「はい」


差し出してきた頭を優しく撫でる。サラサラの繊細な髪の毛は指先から水のように零れて、それをすくい上げるようにゆっくりと持ち上げてまた頭を撫でる。なんつー感触。撫でているだけで気持ちが昇天しそうだ。どうやったらこんなにサラサラの髪の毛になるの? 滑らかなのに柔らかいというか……触れるだけでうっとりしてしまう驚異的な中毒性を持つ春日の黒髪。恐ろしい……これが人間の神秘なのか。などと考えている間もひたすら頭をナデナデ。


「……んん」


くすぐったそうな喘ぎ声が聞こえた。聞こえた! ぐあっ、なんて声出してくださっているんですか春日さん。おかげで意識が半分以上飛んでしまったじゃないか。春日は頬を赤らめながら目をぎゅっと閉じて眉間にしわを寄せている。嬉しがっているのか嫌がっているのかと言うと……これすげー喜んでいらっしゃるから。そんな恥ずかしがりながらも嬉しそうな春日の恍惚とした表情を見ているとこっちまで嬉しくなってしまうというか……ぐふっ、頭が沸騰しそうだ。勉強でオーバーヒートしていた頭がさらに茹で上がってしまうではないかああああぁぁぁ。

付き合う前の春日は無表情で無口、そんな彼女も最近ではかなりの変化が見られるようになった。こんな感じで甘えてくるのだ。付き合う前の下僕生活から考えると信じられないデレっぷり。じ、実は付き合う前からこんな風に兎月と触れていたかったの……なんて言われた日には、もう数学の教科書なんざ引き裂いて踊り狂ってやりたいね。というか実際のところ春日は付き合ってから毎日のように甘えてくる。一日一甘とでも言っておこうか。こうして頭を撫でろとか、お姫様抱っこしなさいとか、命令口調で甘えてくる。さ、さすがにお姫様抱っこはまだ一回しかしてないけど。あれがまたすごく恥ずかしいんだよなぁ。


「な、撫で過ぎっ」

「っ、痛たぁ!?」


突然春日がアッパーを繰り出してきた。さっきまでニヤニヤしていた意識が今度は別の意味でグワングワンしている。ぐ、おお、おぉぉ……さすがは春日だ……いいパンチ持ってるじゃねーか。完全に緩んでいた下顎にクリーンヒットしたようで、視界が歪み始めた。あっ、これマジで痛いやつだ!


「な、何すんだよ……」

「……兎月の馬鹿」


意味分からないっすよ!? そ、そっちだってトロンとした表情でゴロゴロ鳴いていたじゃないか! それに春日から要求してきたくせに……。これがツンデレってやつなのか? べ、別に嬉しくなんかないんだからねっ!


「……」


顔を真っ赤にして俺を睨んでくる春日。ちょ、待って待ってタイム。そんな風に睨まれるとヤバイって。だって超可愛いもん! そりゃ以前なら、「えぇー、なんで睨んでくるんだよ……」とか思っていたよ。訳が分からなかったから。でもさ、今は春日の気持ち知っているから。春日が怒ったように見えて実は怒ってなくてそれどころかむしろ嬉しくて照れ隠しのつもりで睨んでいるってこともう知ってるからっ! だからニヤニヤしてしまうからー!


「……兎月」

「はいはい、撫で過ぎてごめんね。さて、勉強再開しよっか」


間違えてもここで春日をからかうなんてことはしちゃいけない。顔をさらに真っ赤にして伝家の宝刀ローキックを放ってくるに決まってる。からかってみたい、そんな悪戯心を抑えこんでシャーペンを握る。うし、エネルギーも充電したことだしバリバリ数学していこーじゃないか。


「……待って」

「え?」


すると春日は俺の手に自分の手を乗せて、ゆっくりと顔を近づけてきた。左手は俺の手の上に、右手は俺の肩を押す。それに加えて、驚いたのと人間の持つ反射神経が働いて上体は後ろへと下がり、ポスンとふんわりした感触が背中全体を覆い、意識がくるくると回転しだす。ベッドに押し倒されて……その上から春日が乗るような形で跨ってきた。え、え、ええ? 何、これ、何がどうなった、なぜどうなった? え、ちょ、はえ?


「と、兎月……」

「か、春日?」


嘘……こ、これってアレじゃないのか? ほ、ほら、恋人達がベッドの上ですることと言ったら……アレがあーしてああなるアレのアレでしょ!? ち、ちょっと待って春日。あ、あああああああああれは俺達にはまだ早過ぎると思うんですが………あ、あううぅぅぅぅ!? え、え、春日……そんな顔して……まさか、本当に……!?


「あのね……」


潤んだ瞳、今にも上から滴として落ちてきそうなくらいだ。目の前の春日との距離は定規で測れる程度に近い。心臓のポンプは過剰に動いて呼吸なんていつの間にか止まっている。ただ、眼前いっぱいに映る春日を見つめ返すだけで精一杯だった。意識なんて働いちゃいない。だから、自然と勝手に手のひらがフラフラと動いて、春日の肩を掴み……ゆっくりと、こちらの唇へと引き寄せていって………


「今度の土曜日……パパが呼んでる」











「……………………………うん?」


その瞬間ムードが壊れて、思考能力が戻ってきた。そして思考した後……






嗚呼、今度の土曜は命日になるかもしれないと思った。


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