続16 部室で大暴れ
放課後、死にかけの意識を引きずり、脱力しきった全身を乱雑に操作して向かう先は部室。俺ってボランティア部に所属していて副部長なんだぜぇ~、みたいな自慢自己紹介をする気力なんざない。それどころじゃなんだよ……もうね、春日と別れてしまうんじゃないかと微塵でも考えてしまうだけで発狂しそうだ。タイミングを逃し、話しかけることすら難しい俺と春日。二人の間には緊迫した巨大な壁が障害となっている。声も届かず触れることさえ叶わない。なんて聞こえはいいけど、要するに俺がヘタレだってことだ。こんなの男の俺がパパッと話しかけて甘い言葉と共に抱き寄せればオール解決してしまうはずなんだ。それが出来ないから俺達はいつまで経っても仲直り出来ていない。つーか喧嘩してないし、ただ気まずい空気に流されて非情に接しにくい状態になっているだけだ。あぁ、なんと歯痒い。今すぐにでも春日と話してまた一緒にいたい。それなのに……はぁ、なんとかならないものかなぁ……。そう思って今の俺が出来ることなんて何もなく、こうやって暇な放課後を潰すために部室へと向かっている。一呼吸する余裕もないくらい切羽詰った心に自由な時間を与えるのは良くない気がする。色々と考えてしまって本当に心が爆裂しそうだから……ぐすん。空白の時間を与えるな、寂しい漂流者に暇(いとま)を与えるな、不安と焦燥を一切感じず何かに没頭したい、そんな面持ちで部室へ足を運び少しでも現実から逃れようとしている……それが今の俺に出来る精一杯の精神安定剤投与。肺に積もる冷たくて痛い空気に耐えつつ、途方もない渇きに亀裂の入った足を感覚もなしに動かし、腐りかけの錆びた指先でボランティア部の部室のドアノブを弱々しく回す。
「おう兎月! 久しぶりに部室に来たなぁ!」
こっちのローテンションなんて知らないと言わんばかりに超元気な大声が出迎えてくれた。うるさい、ホントうるさい。こっちの心境を逆撫でているようにしか思えない。不快感で目を細めたが、視力ってのはオートで作動するものであって自分が嫌だと思うものも映像として脳に送り込んできやがる。耳も然り、聞きたくない声も丁寧に拾ってくれて迷惑だ。目の前に立つ男子生徒、ネガティブな思考は母ちゃんの羊水の中に置いてきたのだろう、暗い影なんてこれっぽっちもない太陽の如くクソ熱い笑顔をぶつけてくるこの男子生徒の名前は山倉。二年三組、男子、声がデカイ。これで山倉の紹介は完了だ。他に説明する点はない、だって山倉は大声というスキルしか持っていないのだから。同級生として一年以上同じ部活で共に過ごしてきたが、こいつはホント声がうるさいだけの存在だ。基本的に山倉にツッコミ入れる時は「声がデカイわ」としか言わないんでそこんとこヨロシク。
「今日も山倉は元気だな」
「おう! いつでも俺は元気だぞ!」
「声がデカイわ」
さて、このくらいで山倉とのスキンシップはやめておこう。こいつも長時間話していると耳への負担が半端ない。パチンコ店にいるのと大差ないくらいの騒音っぷりだからな、歩く近所迷惑と言ったところだ。テキトーに無視して部室の中へと入る。部室、俺達だけの特別な場所、好き勝手に遊べる誰にも邪魔されない城。そんな部室に入って机の上で突っ伏して不安で揺れ動く心情を休めたいってのに……まだまだ落ち着けそうにない。
「矢野ちゃ~ん、どうしてバラしたのかなぁ?」
「す、すいません水川先輩っ」
部室の中では水川先輩と矢野後輩が仲良くじゃれていた。第三者の目線からはそう見えるが、よくよく観察すると矢野の方は何やら苦しそうだ。水川はその女子らしさ抜群の綺麗な色白の手の平で矢野の頭を掴んでいる。あれはアイアンクローのつもりなのだろうか……傍から見れば威力の程度が分からないが苦渋に歪んだ矢野の表情から察するに相当痛いのだろう。あのアイアンクロー、今は引退したボランティア部創設者である駒野先輩が得意としていた技だな。あれすげー痛いんだよな。脳細胞一つ一つが潰されていくのが感じ取れる恐ろしい威力を発揮する。部長交代の際に駒野先輩から受け継いだのだろう、水川はアイアンクローで矢野をいたぶっていた。痛そう、それしか感想は出てこない。というか出ない、自分に関係ないことで感情を振り動かす程の気力はもうありません。はぁ、なんとかしないとな……このまま喋らないままじゃお互い体に良くないって。春日なんて今朝わざわざ二組に来て俺の名前を呼んで逃げたんだよ? 発言と行動が全くもって矛盾している。ホント、なんとかせなあかんわなぁ。
「痛い……ちょっと兎月先輩っ、なんでバレているんですか!」
涙目で講義してくる矢野。おいおい、それは逆ギレというやつではないか。俺には知られたくない秘密が水川にある、矢野はそれを俺に喋ってしまい、俺はそれを水川にバラしてしまった。故に水川が怒って矢野をアイアンクローの刑。なんと簡単なことでしょう。
「まあまあ、そんな怒るなって」
「怒ります! おわびに今日もファミレスで奢ってください」
おおぉい、これ以上俺の財布を圧迫しないでくれ!
「ええっっ!? おい兎月! ファミレスに行くなら俺も誘ってくれよ!」
そして山倉ぁ、テメーは声デカイから黙ってろ。
「兎月さん、あーんしてください!」
だからそれは春日にしかしないから!
って……あれ?
「み、美保梨ちゃん?」
「えへへ~」
部活メンバーにツッコミを入れていたはずが謎の人物にまで加わっていた。扉から顔を覗かせていたのは、水川の妹こと美保梨ちゃん。ニコニコと笑うその笑顔はどことなくお姉さんと同じ雰囲気。可愛らしいなぁ、小学校でかなりモテそうだ。そして将来が不安。こんなにも無垢でピュアな少女もいつかは水川みたいなアイアンクロー悪女になるのか……。まあ美保梨ちゃんの未来に溜め息をつく前に、いやいやなんでここにいるの?
「美保梨? なんでここにいるの?」
俺とシンクロした意見を口にしてぶつけてくれた水川姉。対して水川妹はピョコっと可愛げな効果音を出して部室の中へ入ってきた。なんだ今の効果音、音響さんに頼んだら出してくれるの?
「兎月さんに会いに来たの」
そう言って赤いランドセル背負った美保梨ちゃんは俺目がけてタックルしてきた。小学生とはいえ人間一人が砲弾となって激突してくるのでそこそこ痛い、腹を叩きつける衝撃が腸と肝臓と腎臓それぞれ均等にダメージを与える。ぐふっ、HPの四分の一ほど持っていかれたぜ。そして美保梨ちゃん、あなた地味にすごくないすか? 小学生が一人でわざわざ高等学校にまで立ち寄るだなんて。はじめてのおつかいレベル65くらいの難関度だよ。我が校舎に来るには電車という交通機関の利用が必要になる。小学生の女の子が一人で切符を買いーの、目的地方面の電車に乗りーの、ちゃんと駅で降りーの、駅から高校まで道を間違えず歩きーの、高校生に臆せず学校に侵入しーの俺に突撃ーの! 俺が小学生の時だと考えられないハイスペック、さすがは水川の妹だけある。
「おいおい! この子は一体誰なんだ!?」
そして山倉がご自慢の大声で盛大にクエスチョンを叩きつけてきた。あー、うるさい。
「兎月さん、この人うるさいです」
山倉のデカイ声にびっくりしたようで美保梨ちゃんはさらに抱きついてくる。うーむ、何やら好意を向けられていることは分かっていたがここまでとは。随分と俺の評価は高いようで、美保梨ちゃんはくっついたまま離れようとしない。腹の辺りでニコニコと愛らしい笑みを浮かべている。人から好かれるのは普通に嬉しいけど、なんというかこれほどに熱烈なアタックを受けたのは初めてです。春日の時は積極的にはアタックされてないし、ここまで真っ直ぐ好意を向けられたのは初めて……
………いや、二回目……かも。
……まあそれはいいや。昔のこと思い返すのはまた今度にしよう。にしても小学生ってすごいなー、こんな簡単に人を好きになれて。というか一体俺のどこを見て好きになったのやら……。超絶なイケメンなら分かるが、こちとらミスター平凡を貫くフツメンなわけですよ。モテる要素なんて一つとして持っていない……って改めて自分のスペックを見直すと悲しくなってきた。
「兎月先輩……」
「ん、どした矢野」
ふと視線を矢野の方に向ければ……なんとなく不機嫌そうな顔をしていた。プクーと効果音に合わせて頬を風船みたいに膨らませている。いや、つーか効果音マジ凄いな! どこで誰が鳴らしているんだよ。
「兎月の先輩のバーカ」
「はあ!?」
えっと、それにどうして矢野は不機嫌そうなのさ。ジト目でこちらを睨んでくる矢野。どす黒く光る双眸の睨みっぷりときたら、ちょっと怖いくらいだ。え、え、何? なんで矢野は怒っているんだよ。あと……この感覚、なんとなく感じたことがある。それもつい数か月前のこと、これは……いつかの……俺と春日と火祭が一緒にいると頻繁に起こった春日と火祭の謎の不機嫌オーラ状態に近いものを感じるぞ……。
「矢野ちゃんは兎月を取られて拗ねているんだよ」
「拗ねている?」
俺から美保梨ちゃんを引き剥がしながら水川が耳元で囁いてきた。器用だなおい。え……矢野が拗ねている? なんのこっちゃ分かりませんが。
「別に私は拗ねてませーん」
そう言って俺の横っ腹を殴ってきた矢野。痛い痛い、それが先輩に対する敬意の表し方とか認めないからな。いや……何をそんな怒っているんだよ矢野は。そして美保梨ちゃんは俺から引き離されたのに不服なようで、水川の腕の中でめっちゃ暴れ回っている。
「やー! お姉ちゃん離して!」
興奮した子犬みたいだな。別に無理して俺から遠ざけなくてもいいのに。まあ水川としては自分の妹を男に近づけたくないのかもね。俺だってもし妹がいたら絶対に米太郎には近づけさせないよう注意を払う。大事な妹に野菜臭さが移ったら大変だからな。あ、なんか妹欲しい。あと子犬も欲しい!
「はいはい美保梨は落ち着いて。矢野ちゃんだって兎月のこと好きなんだよ、もちろん先輩としてだけど。その先輩を取られそうになったら怒るに決まってるでしょ」
妹をあやしながら隙をみて囁いてくる水川。はあ……そういうものなんですかね……よく分かりませんが。えーと、つまり先輩である俺が取られて嫉妬したみたいな? 兎月先輩にかまってもらうのは私だけなんだからみたいな? ……そんなわけないでしょ~。何そのモテる先輩みたいなポジション、俺とは正反対に位置する席だよそれ。つーか矢野は俺を馬鹿にしたいだけだろ。
「兎月さんっ」
「ぐへぇ!?」
そして水川の拘束から逃れた美保梨ちゃんが再び砲撃となってぶつかってきた。さすがに二発目はキツイ! ぐ、おおぉ、腹が痛い。最近の小学生ってパワフルだな。元気なことはいいけど、タックルばっかりされると敵わないです。もうHPは半分を切りました!
「兎月先輩っ」
「ぐへぇ!?」
続けて矢野が後ろからタックル。矢野もタックルかよ! か弱い女子生徒による攻撃とはいえ小学生の美保梨ちゃんより威力は数段上だった。背骨がキシキシと聞いたことない悲鳴を上げているけども!? あかん、HPゲージが赤に変わったぞ。そんな絶命寸前なこっちの気持ちも知らずに腹に抱きつく美保梨ちゃんと後ろに抱きつく矢野。何このサンドイッチ状態、簡略的に説明したら女子二人に抱きつかれているっていうハーレム的構成だが、一人は親友の妹でもう一人は部活の後輩だ。さらに俺には心に決めた女性がいるんだい! つまりこの状況はあまり良いものではない、ましてやこの姿を春日に見られようものなら……一体、どうなんだろう? ちょっと予想がつかないで怖い。
「おい兎月! なんでお前はいつもそうやって女子からチヤホヤされるんだよ!」
「声がデカイわ」
「なんか俺の扱い方ひどくない!?」
そんな山倉のシャウトが部室に響くのを嫌々聞きながら、俺の肉体HPと精神HPは0を迎えようとしていた。はぁ、心身を休めに来た部活がどうして逆効果になるんだよ。なんか……疲れた。




