続13 水川ちゃん
水曜日、水川追跡をした翌日。まあ追跡と言っても、駅で中断したし矢野にバレたし、そんな完璧にストーカーしたわけじゃない。今思うと自宅まで後をつけたら普通に犯罪だった気がする。最悪の場合は停学だったりして。うおぉ、それは嫌だ。元々俺はストーキングに反対していたし、途中で矢野に見つかって寧ろ良かったが気がする。水川と一緒に帰っていた矢野が口を滑らせた情報によると、水川には何やら微妙に複雑な家庭の事情があるとか。特にそれは俺、兎月将也きゅんには言えない内容らしい。昨日も思ったけど、俺に言えない水川家の事情って何だろうか。俺的には何も心当たりはないですけど。とまあ、その程度の情報を獲得したところで追跡は中止、矢野の口封じも兼ねてファミレスで晩ご飯を食べて帰ったというわけです。
「おはよー、兎月」
「おはよう、マミー」
「マミー言うな」
教室に入ると水川の元気な声での挨拶。屈託のない誰に対しても平等に向けられる春の日差しのように温かい笑顔。いつも通りの姿、とても隠し事をしているようには思えない。うーむ、俺には言えない内容ねぇ……ちょっと探りを入れてみようかな。
「あのさ、昨日って何の用事だったの?」
「言えない」
「……ぅお」
即答された。様子見のつもりで放ったボールは気づけばセンター前に飛ばされていたみたいな感覚だ。こんなにも神速即答されちゃあ、二の次も紡げないわけで。喉がつっかえたような息苦しい嗚咽しか出せなかったわけです。にしても、こっちとしては水川の焦る表情とか目を逸らすとか、そういった感じのリアクションが欲しかったのに目の前の水川は表情一つ変えず眉一つ動かさずに返答してきた。
「それでね、今日も用事があるから部活休むね」
「そ、そっか。まあ特に活動してないし別にいいと思うよ」
「んじゃ、そゆことで~」
ヒラヒラと手を振りながら水川は女子グループの方へと行ってしまった。探りを入れることも出来ず、見事に完封負けした気分だ。やっぱ水川は手強いな。俺と春日が付き合う前から水川には世話になりっぱなしだった。気が利いて相手のことを考えてくれて常に誰かの為に行動してくれる。火祭を助けてくれたり春日と仲良くしたり俺に説教してくれたり。いつだって水川は完璧だった。そんな完璧親友の秘密を暴こうと俺なんかが小賢しい手を使っても通じるはずもなく、今みたいに軽くあしらわれてしまうんだよなぁ。高校入学から同じ部活仲間、クラスメイトとして仲良くしてきたけど、俺は水川のことをあまり知らない。というか知ろうとしてなかった。だって水川は可愛くて明るくて元気でちょいと毒舌な小悪魔女子高生。それだけ知っていれば俺にとっては十分だったわけで。今になって水川に秘密があることを知って、それが何か知ろうとしている。そりゃやっぱり気になるものだ。水川に彼氏がいるかもしれないし、それにその秘密は俺には言えないことらしい。なんで俺関連なのか、すげー気になる。
「だから今日もストーキングしようぜ」
「……将也、昨日と言っていること違くね?」
朝から漬け物を食べている第二の親友に話かけると微妙な顔でこちらを見てくる。なんだよ、逆にどうして米太郎は乗り気じゃないんだ。昨日は犯罪行為にすげーやる気満々だったじゃん。
「いや俺今日は部活あるし。それに秘密ってのはなんとなく分かった気がする」
え、マジ?
「ならその秘密教えてくれよ」
「それがな~、これで正解なのか俺もよく分からんのよ。たぶん合っていると思うけど」
「だからそれは何なんだ?」
「それは将也自身が確かめることだよ、うん」
スカした顔でそう言うと米太郎はまた漬け物を頬張る作業へと戻ってしまった。なんて使えない奴なんだ。昨日はあれだけストーカーしようストーカーしようとうるさかった奴が今日はもう熱も冷めてしまったようで、いつものウザ野菜太郎になっているじゃないか。ムカつく。何よりムカつくのがこいつの推察力の高さにだ。なんで分かるんだよ、別に昨日の情報だけじゃ水川の秘密が何なのか分かるはずないだろ。名探偵もちょっとびっくりしちゃうって。くそっ、相変わらず米太郎は鋭いな。いつもヘラヘラ気持ち悪いキャラのくせして、ここぞという場面では頭のキレるキャラかよ。あぁムカつく。
「そんな顔で睨むなよ~。どうした、漬け物が欲しいのか?」
「そうだな、お前に叩きつける用として欲しい」
「それを聞いてあげるわけないだろ!」
てなわけで放課後。日中の授業とかダルイ内容はカット、さっさとアフタースクールへ時間を飛ばします。まあ今日も今日とて何も変わらない理解不能のつまらない授業なのだから仕方ない。またそのうち春日と一緒に勉強することになるだろうし、期末までに完璧にすれば問題なしでしょ。だから今日の授業もほとんど寝て過ごした。全てはそう、放課後に水川を追跡するために。
「こちらヘタレ、ターゲットは昨日と同じルートで帰宅する模様。オーバー」
……一人でやっても虚しいだけだな。普通に後をつけるか。……昨日は二人でふざけてやっていたからまだ良かったけど普通にやっているとマジな感が出てきて、もしバレたら許されそうにないな……。一人でストーキングするとかガチのやつじゃん。危ない奴じゃん。やべ、どうしよ? いや悪い方向に考えるな将也よ、これはノリと気分でやっていることであって決してやましい気持ちとかはないんだからセーフだろ。もしバレたら、てへぺろで乗り切ろう。確実に土下座とかさせられそうだけど。
「……電車に乗るのか」
そりゃ水川は電車通学なのだから電車に乗るだろうよ。馬鹿か俺は。それは昨日米太郎に言ったことじゃないか。……やっぱ一人で追跡するのって虚しいな。ボッチな気分だよ。部活やって友達と海やお祭り行ってさらには彼女もいるのに、なんでボッチ体験しているんだ俺は。これでもそこそこのリア充度を誇っているつもりだったが、こうやって放課後ストーカーしている姿はどう見てもリア充とはかけ離れているよな……ヤバイ、なんか自分の方向性を見失っている気がしてきた。水川と同じ車両に乗ってコソコソと隅の方で観察しているなんて惨めだろ。なんで俺は今日もストーカーしようとか愚直な行為に走ってしまったんだ!? 今すぐにでも家に帰ってゲームしたい。朝までゲームし続けたい。ん? それでもどうせボッチみたいじゃん。なんだ、結局寂しい奴かよっ。
「ぐ、うおおおおぉぉぉ……自分が情けない」
『次は~……お乗換えの方は~……』
はっ、気づけば席に座っていた水川がいない。なんとドアの前に移動している。どうやらここが水川の降りる駅らしい。ちなみに電車の中の水川はこれといって怪しい行動はしてなかった。普通に帰っている感じだ。寧ろ怪しいのは俺の方。まあ俺自身の虚しさは受け止めるとして、ここからは気を引き締めて追跡しないと。さっきまでは下校する生徒がウジャウジャといたから気づかれにくいが、駅を降りてからは制服姿ってのは目立つかもしれん。より警戒して慎重に行こう。
「……」
特に怪しい様子もなく、水川は駅を出て家へと続く道を歩いている。その後ろを距離数メートルを保って黙々と追尾する俺。探偵気分を味わっているようだ。昼ドラでよく見る浮気調査をしている探偵みたいな? おっ、なんかストーカーも楽しいな。このスリル感とエキサイティング度は中々のもの。なんて危ない扉を開きかけていると、
「……ん?」
自分がどこに行っているのか考えてもなかったけど、ここは……
「小学校……?」
隣に給食センターらしき建物があるからたぶん小学校だろう。校庭にジャングルジムとかあるから恐らく小学校だろう。小学生ぐらいの身長の子供達が正門から出てきているから間違いなく小学校だな。なんか……懐かしい。鉄棒とか登り棒とか懐かしいわ。たぶん裏庭の方に回れば飼育小屋があって兎や鶏がいるんだろうなぁ。うわ、兎見たい。
「じゃー、ランドセル置いたら俺ん家集合な」
「うーい」
「うち2コンしかないからコントローラー忘れんなよ」
校門から出てきた小学生達の会話がすげー懐かしい。昔の自分を見ているようだ。学校終わったら誰かの家でゲームしていたよ。輝彦ん家のお母さんはよくプリン作ってくれたなぁ。逆に章宏ん家のお母さんはゲームは一時間とか厳しかった。一時間経ったら外でボール遊びしたわぁ………あれ、なんか涙が出てきたぞ? もう年だな……時の流れは速いわ……ぐすん。今度久しぶりに小学校の時の友達と会ってみよう。まさかこの齢で昔を思い返してセンチメンタルな気持ちに陥ろうとは。
「お姉ちゃん!」
「良い子にしてた?」
「子ども扱いしないで」
「はいはい……って、兎月?」
そして幼少時代を振り返っていた俺は当初の目的をすっかり忘れていた。この後は卒業生のふりして飼育小屋を覗こうと考えていた矢先、目の前に現れたのは水川と小さな女の子。そうだ水川の追跡中だった。完全に油断していた……距離数メートルを保っていたはずが距離一メートル程度。目の前の水川は冷たい笑顔でこちらを見つめてくる。顔は笑っているけど目は笑っていない……すげー冷えた目をしていらっしゃる。
「兎月ぃ……こんなところで何をしているのかなぁ?」
「えっと……」
なんとかして誤魔化さないと。じゃないと今すぐ通報されてもおかしくない。そう思って選んだアクションは、
「てへぺろ」
「もしもし警察ですか?」
「ごめんごめん! 今すぐ通話を止めてくださいっ!」
追跡はバレたので全てを薄情。きちんと言い訳した後に土下座をしてなんとか許しをもらえた。まさか小学校の正門前で土下座をすることがあるなんて……。悪ガキ共の「こいつ土下座やってるぜダセェ!」っていう笑い声がすげームカついた。後で膝カックンしてやるから覚悟しておけよ。
「というか兎月も暇だね、わざわざ私をストーカーするなんて。こんな奴が彼氏で恵が可哀想だよ」
「返す言葉もございません」
「ていうか恵はどうしたの?」
「いや、最近なんか気まずくて……」
「え、別れるの?」
なんで水川も米太郎もそう考えるんだよっ!? 別に喧嘩したわけじゃないし別れません! こちとら永遠の愛を誓っているんだよぉ!
「ねぇお姉ちゃん、この人誰?」
「そうだ水川、さっきから気になっていたけどこの子は誰だ?」
「ちょ、二人同時に質問してこないで」
土下座する俺の頭を蹴ってくる水川。その隣にいる、水川の手を握る赤色のランドセルを背負った小さな女の子。背が低く、目はくりっと大きくてとても可愛らしい女の子だ。おっと、決して俺はロリコンじゃないので変な目で見ないでね。
「もしかして、水川の妹?」
「そうだよ。ほら美保梨(みほり)、この変態に挨拶しなさい」
だから俺は変態じゃないから!
「初めましてっ、水川美保梨って言います」
元気いっぱいな声、明るくニッコリ笑うその姿はどことなく水川に似た雰囲気を感じ取った。まあ姉妹なわけだし似ていても不思議じゃないよな。そういや水川には妹がいるって昔聞いたような……第39話で聞いた気がする、とかタブーな発言はマズイか。つーか最近タブー発言しまくりだわ。ホント気をつけないと。
「こちらこそ初めまして、兎月将也です」
「ふーん、この人が兎月さんかぁ」
そしてこちらをジロジロと見てくる水川妹。俺の周りをぐるぐると回って360度全方位から見つめてくる……何か気に入らないことでもあるのかな?
「やっぱりお姉ちゃんの言う通りカッコイイ人だ!」
「え?」
キラキラな瞳で笑いかけ、そしてダイビングするかのように凄まじいスピードで抱きついてきた。ぐっは、腹に砲弾をぶち込まれたようだ。水川妹バズーカ砲を受けて体がよろめいた。が、なんとか踏ん張って直立を保つ。いきなりなんですかい?
「お姉ちゃん、私この人がいい」
「……はい?」
そう言って俺に抱きついてきた水川妹。腹の辺りに楽しげに顔をぐりぐり押しつけてくる。は、はえ? 何、これ、どゆこと?
「こら美保梨っ、兎月から離れなさい」
「やだ」
そんな妹を引っ張る姉こと水川。対して妹の方は小さな体のどこにそんなパワフルな力があるんだと思えるほどのパワーで俺を掴んで離れようとしない。ぐおおおぉぉ、服にシワができるーっ。
「あのね美保梨、このお兄ちゃんはとんでもない変態なの。襲われちゃうよ?」
とんでもない嘘を言いやがった! 俺がいつロリに目覚めましたかっ。そこまで性根が腐っちゃいませんがな!
「兎月さんが?」
「そう。だから離れなさい」
「えー、兎月さんはそんな人じゃないでしょ?」
なぜか初対面の小学生に擁護された俺。つーか水川は俺のことをなんだと思っているんだ。これじゃあ米太郎並のお粗末な扱いじゃないか、それだけは勘弁願いたい。……などと思考が目まぐるしく回っている最中も妹ちゃんは俺に抱きついたまま。それどころか、とんだ爆弾発言をしてきた。
「だってお姉ちゃんが好きだった人なんだから」
……………………………………………………………………………え゛?
「そうでしょ?」
「……」
「……」
俺と水川は何も言えずただずっと黙ったままだった。




