彼を探しに
熱がでて学校を休んでから四日たった金曜日、ヘレナがお見舞いにきてくれた。
「どう?ジム。少し良くなった?私の家に来た翌日から休んだから心配してたのよ」
僕はあまり食べていなかったので体力がなく、ベットに座ったままヘレナを見た。
「来週には学校に戻るよ。心配してくれてありがとう」
ヘレナはにこりと微笑んだ。
彼女と同じ笑みを返せない僕を見て、ヘレナが心配そうに僕の顔を覗き込んだ。
「君の家にいったその
夜から、僕の夢には黒人少年が現れるんだ。泣いて両腕を捜してくれって。僕は一体どうしたらいいんだろう……」
ヘレナは彼女が肩から提げていたカバンの中に手を突っ込んだ。
まるで僕が既に何かしらの問題を抱えているのを知っているかのような的確な動作に見えた。
そしてゆっくりと透明な水が入った小さなガラス瓶を取り出した。
「ママがね、これを持って行くようにってくれたの。これは聖水だから、ジムの体や心を清めるのに役に立つだろうって……」
そう言うと瓶の中の水を手のひらに取り、もう片方の指を使って部屋のあちこちに振りまいた。
手馴れた手つきで水は僕の部屋に散らばった。
「ママがいつでも相談に乗るって言ってたから、夢の話は私が家に帰って話してみるわ。どうすればいいかのアドバイスは……、夜にまた電話するから」
そういうと彼女のグリーンの瞳が強く輝いた。
「私もできることは手伝うから、心配しないで!」
彼女の強い視線がほんの少し僕を強くしてくれたように感じた。
「じゃあ、私はこれで帰るわ。ジム、一人じゃないんだから大丈夫!なんとかなるわよ」
なんとかなる……、心の中で同じ言葉を呟いた。
右手を上げて「ばいばい」と手を振る彼女はとても逞しく見える。
彼女はたとえ町で母親が「きちがい」といわれても決して自分を卑下することなく凛として生きてきたんだろう。
僕にも彼女のような強さがあったなら、学校でいじめられることもなかったのかもしれない。
夜になってベットに横になっていると、ヘレナから電話があった。
寝ても覚めても悩まされる黒人少年の姿とピアノの旋律を、ヘレナの母親ならなんとかできるんじゃないかと期待した。
「ママに話しをしたんだけど、あなたが彼を夢から追い出すためには、彼の手を捜さないとならないと思うって。あなたについている死の影は、あなたが彼を忘れてそのままにしたとしても消えないみたいなの……。とりあえず、彼の死やあの時に何があったのかを調べないことには、なんで手が切り取られたのかとか何処に手があるのかもわからないわよね」
そのまま忘れることもできない、どうにもならないところに僕が今居るということがわかった。
耳鳴りが激しくなり、気が遠くなりそうになった。
「ジム?ジム?ねえ、聞いてる?」
「ああ……、明日は図書館開いてるよね?」
「うん、二人で70年代前半の地域の新聞を調べて見ましょう。二人で見れば時間は半分になるから、……ね?」
「うん」
「朝の9時には図書館が開くから、図書館で待ち合わせね。いい?」
ヘレナのようにしっかりしていたら、僕はこんなやっかいなことに足を突っ込んでいなかったのかもしれないと、ニガーマウンテンに行ったことを後悔していた。
電話を終えて部屋のベットに戻り、ため息をついた。
今はヘレナの母親がいったことを信じるしかない。
僕は枕に顔をうずめてどうにもならなくなった現状を吹き飛ばすように、声にならないような声を出し叫んでいた。
翌朝、僕はおじいちゃんに「宿題で図書館の本を借りにいく」と断って家を出た。
土曜日の町は学校がないせいか活気がない。
人も車も多くなく、ゴーストタウンを歩いているかのように感じた。
それは図書館の中も同じだった。
もともと静かな場所だけれど、静けさの音が聞こえてくるかのようだった。
過去の新聞の閲覧室に入ってすぐにヘレナがやってきた。
「おはよう、ジム!」
ヘレナが張りのある声で囁いた。
「私が75年から過去に向って見ていくから、あなたは70年から今に向って調べて。きっと彼の死亡記事を見つけることができるはずよ」
覇気のなくなっている僕は彼女の強い口調を聞くだけで励みを感じる。
僕にとっては、彼女の勇気や元気だけが希望になっていた。
僕らは地域の新聞の記録をマイクロフィッシュという機械を使ってぱらぱらと眺めていった。
時にアポロ打ち上げのニュースや大統領選挙についての記事があったけれど、ほとんどは地域の小さなニュースになっていた。
写真の中の人たちは、幅広いベルボトムのジーンズを履き、シボレーやシェビーといった車が活き活きとしていた。
「町に新しいレストランオープン」、今はボロボロなのに写真の中の店は壊れた入り口のテントの面影もない。写真に移っている経営者は若い男性だけど、あの店の経営者は今は杖をついて店の中の椅子に座ったきりだ。今と昔の写真から、時間が多く流れたことを感じた。
「若者による交通事故」、写真の中にある事故現場の国道の写真は木々に囲まれている。そこに古いミニカーのような車が横転していた。事故現場は、僕らが遊ぶ公園に変わっていた。
「川で溺れたという死亡記事」、毎年川では子どもが溺れて死んでいるけど、こんなに昔から同じことがあったんだ。
僕の目は、過去と今との世界をいったりきたりと忙しかった。
空腹に気づいて持参したハニーバンという菓子パンを気にしはじめた頃だった。
大きなタイトル文字が僕の体を強張らせた。
「子どもの自殺」
機械の頁をめくる指が止まった。
それはお昼を少し過ぎて腹を減らしたから指が止まったのではなかった。
「子どもの自殺」の下のにあった文字が「黒人少年」となっていたからだった。
僕が探している彼だ……。