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ヘレナ

 翌朝、僕はもやもやとする気持ちを抱えながら学校へ行った。

 黒人少年のことや過去の出来事について知りたいことはたくさんあるけれど、何から一体調べればいいんだろう。

 誰に聞いたらいいのか、それとも図書館にいって古い新聞を読んでみようかと、机に座り頬杖をついて考えこんでいた。

 その視線の中には、ヘレナがいた。 

 彼女は学校の中で一人でいることの多い、不思議な雰囲気を持つクラスメイトだ。

 見た感じからすると、ただ大人しいという訳ではないみたいだ。

 先生の問いにはっきりと答えることができるし、勉強もクラスの中では出来る部類にいる。

 ただ、他の女の子がしないだろうと思うような難しそうな本を楽しそうに見ていることが多い。

 だから仲間はずれというわけではなくて、この年齢で女の子が楽しむことが違ったり、みんなと同じように高揚したりすることがないだけなんだろう。

 それと、他の子たちと馴染みにくい理由として、彼女の母親が町の東側の外れで、ヒーリングという店をしているからなのかもしれない。

 彼女の家の隣に店があって、看板には手の形をしている。

 そこには、「サイキックヒーリングの店」という文字が書いてあった。

 町の人は、占いやサイキックなどの怪しげなものを信じていないというのもあって、よく彼女の母親の店を「きちがいの店」と呼んでいた。

 ほとんど一人で過ごしているように見えるヘレナではあるが、寂しげな様子を見せるということも見たことがなかった。

 きっと彼女は、一人の時間を十分に楽しむことができる子なんだろうと思った。


 僕は昨日のことを一人で心にしまっておくことが苦しかった。

 あまりに強烈に心に残ってしまった出来事だったので、忘れようにもすぐに頭の隅から顔を覗かせるんだ。

 誰かに話すことで、僕は少し自分の抱えてしまった出来事を軽く出来るようにおもった。

 かといって、行ってはいけない場所にいったことや黒人の男の子の話しを誰にでもできる話しじゃない。きっと誰も信じないだろうし、こんな話しをすることで馬鹿にされるのは嫌だった。

 たまたま視線の先にいたヘレナは、昨日の出来事や僕の抱えている「知りたい」に唯一耳を傾けてくれそうな人物だと感じた僕は、二人で話ができそうな絶好のタイミングをじっくりと待つことにしたんだ。


 お昼休みにいじめっ子たちの目を掻い潜って外にでると、一人で木陰の下のベンチに座って本を読んでいたヘレナを見つけることができた。

 静かに座っている彼女を驚かせないように、横に座った。

 唐突に彼女に話しかけた。

 「ねぇ、幽霊って信じる?」

 彼女はグリーンの眼をくりくりさせて僕に答えた。

 「ジム?幽霊はいるのよ。ただそれが見えるか見えないかだけの問題よ」

 その答えを聞いて、ヘレナなら僕の話をまともに聞いてくれるような気がしたんだ。

 「あのさ、僕見たんだ。黒人少年を…。」

 「ジム!もしかしてニガーマウンテンに行ったの?」

 僕は小さく一回頷いた。

 「でも、両手もがれなかったんだね…、ちゃんと両手ついてるよ。」

 彼女は僕の両手をじろじろと見て確認しているようだった。

 「僕が山を降りようとして振り返った時だったんだ。黒人少年が立ってたんだよ」 

 「それでそれで?」と、彼女が身を乗り出す。

 「あの黒人少年が、どうしても気になるんだ。誰もがあの山や彼のことを怖がっているけれど、僕にはあの黒人少年がとても怖い幽霊だとは思えなかったんだ。」

 彼女は僕の眼をまっすぐに見つめてこう言った。

 「私もね、実はニガーマウンテンの唄には前から興味があったの。だけど、一人じゃあの山に行く勇気はなかったわ。ジム、あなたすごいわよ」

 こんなことはとても褒められたことじゃないのはわかっていたけれど、やっぱり女の子に「すごい」と言われるのはまんざらでもない。そんな気持ちになったせいか、自分の顔が赤く火照っていくのを感じた。

 「私はママに少し話を聞いたのよ。ママが私より少し小さいくらいの時に、黒人の男の子が学校に一人いたんだって。とってもピアノが上手だったんだけど、事故があって、その後少しして亡くなったらしいよ」

 ヘレナの言葉で黒人の男の子のことを考えていると、僕を見つめていた姿が再び頭の中に浮かび上がった。

 暖かい午後の日差しの中にいるのに、ゾクゾクして自分の体の産毛が逆立っていくのがわかった。

 「ねえ、もっと詳しく話しを聞きたかったらママに会ってみる?それともきちがいの店だから……やめとく?」

 そういうとヘレナは、ちょっと大人びた笑みを浮かべて僕の顔を見た。

 僕が返事をすぐに言わなかったのがもどかしかったのか、ヘレナは急に立ち上がった。

 「知りたいことがあったら、また声をかけて。私で役に立つなら……」

 僕は彼女の言葉を遮った。

 「今日!今日行っても……、いいかな?」

 僕の話をちゃんと聞いてくれたヘレナに、僕が彼女の母親の店をきがいの店と思っていると誤解されたくなかった。

 「オーキドーク!じゃあ帰る時にまたここで!」

 僕の返事が彼女を笑顔にしたのは間違いなかった。 


 僕は正直迷っていたんだ。

 あの唄や黒人少年の深い悲しみの理由や、あの唄の意味、彼に何が起こったのかを知りたいけれど、今まで誰もが口を閉ざしてきたのかという理由を考えていたから。

 あんな唄があるにも関わらず、しかも小さな噂が翌日には町全部に知れ渡るという町なのに、ニガーマウンテンのことは誰も語らない。

 もしかしたら、口に出来ないほどの怖ろしい何かがあったのかもしれない。

 語られない出来事を調べてしまっていいのだろうか?

 そんな禁断の箱を、僕みたいな子どもが開けてしまっていいのだろうか?  

 

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