EPISODE.6 その理由と協力要請
『異能学園』、嵐来る。
「なるほど。大野木君は『解析能力』の持ち主だったんだね。」
さも、納得しました!という感じの香坂生徒会長。でも、普通ならこんなこと簡単に調べられたはず。
「知ってたんじゃねーの?生徒会長。」
「おや、ばれてたのかい?」
「まぁね。」
香坂生徒会長は、俺の発言を受けてその笑みを一層深くした。濃い瞳の光は、俺の全てを見定めようとしているようで、酷く居心地が悪い。今となっては、胡散臭いと思っていた笑顔も不気味なだけだ。俺が眉を顰めても、顔色一つ変えやしない。
「か、会長…?」
この空気に耐えられなかったのだろう。副会長が恐々と発言する。会長はその声に一度目を瞑ると、次にはいつもの胡散臭い笑顔に戻っていた。
「うーん、やっぱり玲子に連れてきてもらって正解だったね。まさか、こんなに面白そうな子だとは思わなかったなぁ。」
「会長は、知っていらしたのですか?」
「俺はこれでも、生徒会長だからねぇ。生徒の簡単な情報くらいは、すぐに手に入れられるよ。」
「さ、流石ですね…。」
何が流石だ。つまりは、俺のことなど初めから知っているにもかかわらず、俺を呼んだ理由があるってことだろ?それも、なんとなく面倒くさい感じの。
この生徒会長は、俺が目立つのを嫌っているのも何となく感じていたのだろう。だから、俺を呼んでくる役に百目鬼玲子を選らんだ。真面目・堅物・優等生。俺が最も苦手とする人物像であり、彼女がまさにそれだ。彼女の一番厄介なところは、任務遂行に躍起になるということだ。俺が彼女から逃げれば逃げるほど、彼女は俺を追うだろう。すべては【大野木雅人を連れてこい】という任務のために。それは困る。学園中を生徒会副会長に追われながら駆け回る男子生徒。目立つ!悪目立ちすぎる!というか、それをする体力も気力も根性もない。だから、俺は百目鬼玲子を目の前に出された時点で、諦めて連行されるという選択をせざるを得なかった。
生徒会書記の時兼蘭ならばどうだろう。ま、論外だろうな。彼女は基本的に、動くタイプではない。俺を連れてこいと言われても、俺が嫌だと言えばわかったとすぐに手を引いてしまうはずだ。逆に香坂悟が俺の目の前に来たなら、俺の警戒心はMaxだろう。いや、その前に香坂生徒会長自体が目立ちすぎて俺の不快度がMaxか。いずれにせよ、俺が大人しくこの場に来る可能性は、百目鬼副会長に比べればかなり低かったであろう。
まったく小癪な御仁である。それぞれの特性と、その特性が一番発揮される部分を心得ている、ということか。自分自身をも自分が動かす駒の一つとして考えられる者ほど、面倒で厄介なのもいない。現に俺はこの場において、もう逃げられないのだろうなと思っている。ある程度の条件は付けられるだろうが、それらはすべて譲歩して妥協した結果。そもそも俺は、何もしたくないのだから。あぁ、億劫だ。
「『解析』、触らないと、ダメ。」
ふと、今まで隅のほうで静かにしていた時兼蘭書記が口を出す。ある程度の意味は分かるが、どうにも分かり辛いと思ってしまうのは仕方ないことではないだろうか。
「ふむ。そう言われてみればそうだな。」
「そうだねぇ。」
生徒会組にはわかるらしい。これが付き合いの差か。
すると、副会長が書記の代弁をするように俺に問うた。
「大野木、お前の能力は『解析』で間違いないのだろう?ならば、どうやって『解析』している。基本的に『解析』や『変換』などの技術系能力は、触れなければ行使できないはずだ。しかし、私たちはあの場で彼らに触れたものなど見ていない。」
「あぁ、そのことか。」
触れてもいないのに何故、俺が『解析』出来たのか。その答えを求め、じっと見つめる瞳が二対。先ほどと変わらぬ、楽しそうな瞳が一対。いや―――
「さっき自己紹介でも言ったでしょ、両目とも2.0だって。目、いいんだ。」
―――二対。ほーんと、変なとこ気が合うよね、俺たち。
一応理由を言ってみたものの、まだ少し納得がいっていないようだ。特に、〝聴こえる〟彼女は。けれど、じっと見つめてくる視線に敵視や警戒の色がないから、ただ単に興味や疑問程度の感情なのだろう。しかし、こちらとしては冷や汗ものだ。興味や疑問は、突き詰めれば突き詰めるほどに疑念や敵対を生みやすい。すっきり解決!なんて、世の中そうそう上手く作られてやしない。少なくとも、俺はそれを信じるに値する出来事に遭遇していない。俺が経験したすべては、どれも俺に敵対心や疑心暗鬼を覚えさせるだけだった。
どうしたものか、と考えているとふっと時兼が視線を外した。恐らく飽きたのだろう。飽きやすい性格を、こんなにありがたく思ったのは初めての経験である。
「目、ねぇ。大野木君は技術系の中でも珍しいタイプなのかな?」
香坂生徒会長が、顔の前で手を組みながら質問してくる。
「えぇ、まぁ。調査結果によると、視覚したものをデータ化して脳で判断するのが、俺の『解析』なんだそうで。」
「では、瞳自体がスキャン能力を有していて、その処理を脳でしているのか。」
案外物分りのいい副会長である。やはり、お堅いだけではダメなのだろうか。あぁ、いつだったか、「副会長は文武両道!才色兼備!」と声高に叫んでいた奴がいたから、きっと元来の頭の良さがここで発揮されたのだろう。
「そのとおり。だから、直接脳に情報を送る他の『解析』よりも、脳への負荷が少なく、迅速な解析が可能なわけです。」
「なるほど。」
人とは、ある程度納得のいく情報が提示されると、それが真実であると勝手に想像し享受する生き物だ。それがたとえ、多面体の一角だけしか見えていない状態でも、その一角こそが多面体と思い込む。とはいえ、何が真実であり何が真実でないかなど、誰にもわかろうはずもないのだが。俺が何を言いたいのかというと、まぁつまりなんだ、これ以上深入りされなくてよかったな、ということだ。『解析』については、必要最低限の情報は与えたわけで、嘘はない。けど、下手なことを言って首を突っ込まれでもしたら、必死になってこの能力を手に入れた意味がない。適当な距離感で付き合うべきなのだ、何事とも。
「さて、君の能力や君の人となりを見込んで、少々頼みごとを聞いてくれるかな?」
来たぜ、ぬるりと。
というか急過ぎだ、生徒会長。もう少し心の準備をさせろ。思いっきり油断してたわ!
「なんでしょうか。」
油断していた故に生じた動揺を出さぬよう、平静を保つふりをして返事する。
「うん、君が一番の証人だと思うけど、今日の昼間に起きた能力発動未遂の件。被害者、というほどではないのだろうけど、井田智樹君を能力行使の対象にしたあの三人組。彼らへの事情聴取で、三人とも『底上げ』の事実は認めた。君に『底上げはルール違反』と言われていたから、初めから観念していたんだろうね。けど、そこで問題が発生した。」
「問題?」
『底上げ』を加害者側が認めたのに、何が問題なんだ。
香坂生徒会長は、軽く息を吐くと、真っ直ぐ俺を見据えて言った。
「君以外の『解析』能力者では、彼らの『底上げ』を感知出来なかったんだよ。」
「はい?」
「だからね?君以外は…」
「あぁ、いい。わかってる。あんたの言葉の意味はわかってる。でも言いたいことの意味は、理解したくない。」
何故だ。何でそんな事態になっている。だって、『底上げ』は何らかの機器を身に着けたり、ものによっては植えつけたりすることによって、強制的に能力を引き上げる行為だ。『底上げ』機器を身に着けていれば身体検査で一目瞭然だし、もし植えつけるタイプのものでも『解析』能力があれば一発でわかるはずだ。わかる、はず…なのに。
俺の理解は限界を超えていた。もしかしたら、という可能性が浮かんでは消え、浮かんでは消え、そしてそれしかないのではないかという結論に達してしまう。認めたくはない。だが、それが一番しっくりくる答えなのも確か。馬鹿げている話だが、実現不可能ではないのが恐ろしい。そうしていると、自然と声が漏れていた。
「………能力自体に介入しているの、か?」
「まさか!そんなことが可能なのか!?」
「わからない。だが………。」
俺だって、副会長のようにまさか、と思いたいさ。でも、考えれば考えるほど能力自体に細工をしたとしか思えない。もしそうなら、俺にだけ解析できたのも頷ける。俺の瞳がスキャンするのは何も人体や無機物だけではない。個人の持つ、『能力の資質』をも〝視てしまう〟のだから。
あの時あの現場で、俺は何も『底上げ』を感知したわけではなかった。『解析』した奴らの『資質』に対してのランクが異常に高かったから、『底上げ』しているのだと推測したまでだ。このことを知るまで、俺は奴らの体に機器の存在を感知しなかったから、どこか隠れた場所に着けているのだろうと高をくくっていたのだが…こんな厄介な出来事に巻き込まれるなんて。
「大野木君。もう一つ、言っておかなければならないことがある。」
俺が思考の海に呑まれていると、香坂生徒会長は少し重い口調で新しい情報をくれた。それは俺にとって、いや………この学園にとってあまり喜べる内容ではなかった。
「彼ら三人は今、酷い昏睡状態にある。」
一抜けた!なーんて、言える空気ではないなぁ。
学園の嵐に気づいてしまったのは、幸か不幸か。まぁなんにせよ、俺が働くのは決定事項のようです。
雅人、出動?
今回、自分で読み返してて「ややこしい、だと…っ!?」と思いました。