EPISODE.2 重役出勤と大嫌いなモノ
難しいですね、異能もの…書ける人、尊敬します。かなり時間が経ちましたが、こちらも時々更新したいです。
結構先の読める話かもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。
少しずつ、町が喧騒を帯びてきた頃。
深く眠る弟を、彼は…いいや、彼ではないか。いいや、彼でもあり、彼女でもあり、そのどちらでもないか。まぁ、そんなことはどうでもいい。ここは便宜上≪それ≫と呼ぶことにする。≪それ≫は見つめていた。
≪それ≫はぽつりと呟く。毎日の日課であり、口癖のようなその呟きが、弟の雅人に届きはしないのだが、それでも≪それ≫は呟く。
「力か。人間には過ぎた力よ、雅人。お前が望もうと、望まざろうと、世界はお前を愛してしまう。」
そして、それは≪それ≫にも言えた。人間のような繋がりの兄弟ではないが、正しく雅人は≪それ≫の弟だった。愛さずには、いられまい。
愚かな、と思わなかったわけではない。だが、それは一部の、魂の底から愚かな人間のせいであって、雅人には何の罪もない。≪それ≫は、人間が愚かで矮小な生き物だと知っていた。けれど、それが罪深いこととは思っていなかった。思う必要もなかったので。
「雅人、お前は愚かな私。力に溺れることもできず、力を憎むこともできず、力を腐らせることもできない、愚かな弟。」
雅人は人間にしては歪んでいて、≪それ≫としては真っ直ぐすぎた。なんと愛しい、と「それ」は思う。雅人が雅人であるがまま、そうして生きていることが嬉しい。
もぞり、と雅人が寝返りを打つ。あぁ、もう起きる時間か。≪それ≫は少し残念に思った。睡眠は、雅人の弱弱しさを見せつけてくれているようで、≪それ≫は好きだったのだ。
「それではな、雅人。いつでも私は、お前に呼ばれるのを待っている。」
それは希望であり、願いであり、予言だった。いつか雅人は≪それ≫を呼ぶ。この手に雅人を抱く日が、必ず来ると≪それ≫は知っているからだ。
光ある場所には影が差す。そんなことは当たり前の話だ。だが、影しかない場所に光なんぞが現れるだろうか。答えは否。つまり、どんなに日の光が誰かの頭上に降り注いでも、カーテンを閉め切った上に布団の中で丸くなっていた俺に、その光の恩恵は当たらない!ということだ。…何を言いたいかというとだな。
「9時。」
完全に遅刻である。
「…億劫だ。」
何が億劫って、何もかもがだ。
「仕方がない。準備するか。」
俺はこれでも高校二年生だ。ピチピチのティーンエイジャーなのだ。例え俺が、遅刻と知っていながら歩いて登校しても、『思春期特有の倦怠感』だと教師の皆々様方も快く許してくださるはずだ。
「バス…あったかな。」
まぁいい。急いだってどうにもならない。遅刻は遅刻。制服も適当に着崩して、家を出る。ゆっくり歩いていると、そういや今日は午後から実技があったな…と思い出す。
実技。昔は体育、などと呼ばれていたようだが、今はそんなものはない。授業内容そのものが違うのだ。実技の授業はここ数年で一気に普及した、今の世の中で一番重要な科目である。俗に五教科と呼ばれる、国語・数学・英語・社会・理科よりも、実技・創造学・神学・自然学・世界語のほうがよっぽど重視されている。何故か。その答えは簡単だ。人類の新たな可能性が、見つかったのだ。その名も、【T2.system】。詳しいことはよくわからないが、「世界の中にある事象、または幻想を人類に付加する」らしい。それで何が起こるかというと、所謂【能力者】になるわけだ。発現する能力は個人で違い、強い能力の奴もいれば、それが何に役に立つのかわからないような能力の奴もいる。当然、そんな便利な能力が付加されても、使い方がわからなければ意味がない。そこで、ちゃんとした教育機関での授業が必要となった。その授業こそが、実技だ。
能力者であることが当たり前になった世界で、俺は生きている。もちろん、ここにいる以上俺も能力はあるわけだ。
「何故、と問いたい。何故、学園というものは小高い丘の上にあるのかと。何故!!」
叫んでも始まらない。そんなことは分かっている。でもなぁ…この坂上るのはなぁ…俺、慢性的に運動不足なんだよなぁ…チャームポイントは運動不足と言ってもいいくらいなんだよなぁ…いいわけないか。
「はぁ…億劫だ。」
今すぐこの場でしゃがみ込みたい衝動を抑え、俺は重たい足を学園へと向けて進ませる。さてさて、到着するのはいつになることやら。あだ名『重役』とかになるかも。…あれ、なんかいいな。
「大野木雅人…今、何時やと思ってんねん…。」
「10時ですね。」
「ド阿呆っ!んな、当ったり前のことは聞いてへんわ!遅刻やゆーてんねんっ!!」
「初めて聞きました。」
「あかん…お前とは話にならへん。もうええ、はよ席座れ。」
「はい、そのつもりです。」
「しばくぞ?」
「…俺はどちらかと言えばSです。」
「…お前、後で職員室な。」
何故だ。
「今の会話の流れで、よーキョトンとした顔出来るなぁ、おい。」
「褒めら、」
「褒めてへん。」
案の定怒られた。まぁ当然か。運よく担任の授業の時間でよかった、と思うことにしようか。
先ほど俺にしばくぞ?と物騒なことを言っていたのが、このクラスの担任の三澤秋仁。担当教科は神学。似合わないなどと言ってみろ。殺されるぞ?神の名のもとに。本当に物騒な教師である。
窓際の前から五番目の席が、俺の定位置。よっこらせ、と若者が口にするもんじゃないランキング上位常連の掛け声で席に座る。すると、後ろから背中を突くやつがいた。
「…なんだよ。」
「今日は随分と遅かったな。『重役』って呼んでやろうか?」
「残念だったな。それはさっきやったんだ、多岐。」
「なにそれ。」
多岐朔夜。それがこいつの名前。入学当初から、何かと俺に関わってくる変な奴だ。少々騒がしいが、気さくでいい奴…ということにしておこう。顔は…端的に言うなら、敵だ。
「憎い。憎いぞ、多岐。」
「え、何。いつの間に俺恨まれてんの?」
あぁ、そのスッと筋の通った鼻だけでもいいからくれ。いや、その目元のセクシー黒子だけでもいい。それがあるだけで、なんか変われる気がする。…幻想か。
「おい、そこのアホ二人。ええ加減にしぃや。授業進まへんやろが。」
「ほーい!」
「…寝る。」
「ごらぁ大野木ぃ!教師目の前にして、堂々と寝る宣言する奴があるかい!」
「先生!完全に寝る体制です、こいつ。」
「はぁぁぁあ!?」
その後も三澤先生は、何度か俺を怒鳴っていたようだが、最終的に諦めたようで普通に授業が始まった。
「神話っちゅーのにはな、神様だけが存在してるわけやない。神様と、…――――――」
俺はその声さえもシャットアウトする。ごめんな、先生。運よかったとか言ったけどさ、前言撤回する。俺さ…
神様ってやつが、大っ嫌いなんだよ。
三澤先生は丸めた新聞とか、ハリセンとか持ってそうなイメージです。でも神学。されど神学。
多岐君はイケメンです。モテます。でも軟派じゃないんです。ナチュラルにフラグへし折るタイプです。