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最果ての城

作者: のばな

2ch「SF新人賞総合スレ」にて開催された「第三回SS祭り」の参加作品です。

 伝説の地を求め、道なき森を男はさまよう。

 旅の連れは、背にしたカゴの一羽のカナリア。


 エアロックのいかついハッチが閉鎖され、報道陣のカメラから遮られると同時に、アコ・H・マルネシェンの顔から、この上なく幸せですと主張し続けていた笑顔が消えた。アコは、愛想が悪いわけではないが、楽しかったりおかしかったりするときにだけ笑う娘だった。

 変わらずに微笑みを絶やさない父親のグレン・H・マルネシェン氏とは、水入らずになったところでもっと一緒にいて話をしたかったが、呼び出されて彼は打ち合わせ用のコンパートメントへ出かけてしまった。

 十歳にもなれば、いろいろなことがわかる。

「心配ない」と繰り返された言葉、笑顔の裏側の緊張、せわしく行き来する人々がまとう空気。

 この星は危険地帯だった。

 片付けられ隠されていても、さっき歩いた公園の柵の向こう、爆破の跡がシートで覆われた建物、それらの場所には、昨日まで死体が転がっていたとしてもおかしくはない。

 ともあれ、専用機は件の惑星圏を離脱し、虚数空間駆動航法を開始した。これでもう危険は去ったはずだ。

「お疲れ様でした。お菓子はいかが?」

 顔を上げると、キャビンアテンダントが、籠を手にかがんで笑顔を寄せていた。

 籠の中身を見定めてから、返事をしようと顔をあげた途端、唐突に太陽が射して、アコは額に手をかざした。

 見たこともない、石造りの壁に囲われた芝地にいた。宇宙機の天井が消え、頭上に青空が広がっていた。座っていたはずがいつの間にか立っていて、専用宇宙機のキャビンもシートも消えていた。

 立ちくらみがして、足を踏ん張ってこらえると、今度は不安の塊が押し寄せた。アコは父親を呼びながら、駆け出した。

 壁沿いに走って角を曲がると、開けた空間からさらに高い壁や望楼、壁から続きになって門扉や窓のしつらえられた建物が見てとれ、アコは自分が、データベースで見た中世の大きな城にいることを知った。静寂の中、遠くから鳥の鳴く声が聞こえ、かすかに潮の香りがした。

 開け放たれた門から駆け入り、静物の置かれた広間から、幾十もの扉のある廊下へと抜けていく。

 どこも綺麗に片付いていて、それでいて人のいる気配はない。

 不可思議な空間それ自体に追われるように走る少女の胸中で、何かが膨れ上がり、たどり着いた中庭で小川のほとりにたたずむ青年を見つけたとき、それは限界を超えてあふれ出した。

「アル君!」

 青年に駆け寄ると、アコは彼にすがりついた。

「どうして、」

 そこで言葉を留めた。青年のシャツに顔を埋めたまま、アコは言った。

「ここはどこ? ……あなた、誰なの?」

「思った通り、賢いな」

 穏やかな声で、彼は続けた。「すまないが、頭の中を少し見させてもらった。この姿は、君が一番信頼している人物のものを借りたんだ」

 青年は自分の右腕を突き出して、出来栄えを見定めるようにした。

「アル・A・ジェード。同じ星に住んでいた君の従兄だね」

 顔を上げたアコと目を合わせて、彼は言った。「中で落ち着いて話そう」

 天井の高い部屋で、青年と少女は向かい合って座った。大きなテーブルにどこからか現れた紅茶とお茶菓子に、アコは警戒するように手をつけなかった。

「ここは、どこなの? 宇宙船は……パパは、どうなったの?」

「少し、長くなるよ」アルの姿をした青年は、一呼吸を置いた。

「君の父上が人類に貢献した役割は極めて大きい。当時は新開発された空間兵器の濫用が必至となり、宇宙全体の構造破壊が危惧されていた。地球時代の冷戦以来の、宇宙進出以降ありえないと思われていた人類滅亡の危機だった。君の父上はその外交の手腕を駆使して、不可能と言われていた講和を実現させた。君は、その後まもなく開かれた親善会議に同行して帰郷するところだったね。大使が家族連れだったことは、ずいぶんと場の空気を和らげた。特に君の愛らしい振る舞いが貢献した様子は、記録に残っているよ」

「それで?」

「君の父上は、歴史に残る二つの偉業を成し遂げた。ひとつは講和の実現、二つ目は、空間兵器の危険な副次作用を、命と引き換えに発見したことだ」

 アコの表情が凍りついたが、彼は続けた。

「君たちの乗った宇宙船は、虚数空間内で、空間構造の断裂と接触した。空間兵器の使用で生じるこの現象は、それまで知られていなかった。船の存在した虚数空間は不完全な状態で実空間と干渉を起こし、生成されたブラックホールに捕らわれた。ほぼシュバルツシルト半径の軌道で、見かけの時間は停止した状態になっていた。船は、損傷したエンジンから漏洩した斥力場の泡に閉じ込められた。潮汐力でほとんど全体が素粒子まで分解されたが、泡の中心部では、高重力に反発する形で重力勾配が中和され、一部の物質は形を留めることができた。君のいた位置を中心にした半径約4メートルの空間だ。君の体も損傷したが、再生の可能な範囲内だった。他の人は手の施しようがなかった。この事故は、虚空駆動の路線が運用されればいずれ起こるはずだった。しかし、商用旅客機なら、被害者は数千人の規模になったはずだ。大使の専用機が犠牲になったおかげで、それだけの人命が救われた形になる」

 そこまで聞いたアコが、赤くなって震えていた。青年は気遣うように言った。

「大丈夫かい?」

「一人になりたい」少女は下を向いたまま、か細い声で答えた。

「ゆっくり休むといい。何かあったら、呼んでくれ」

 青年がドアを閉じると、アコは、ぽつりと残されたロイヤルスイートの床にへたり込んだ。声を上げて、泣いた。

 丸一日閉じこもってからアコは部屋を出て、開口一番「お腹すいた」と訴えた。

 またしても魔法のように現れた食事を、今度はためらうことなく平らげ、デザートに手を付ける段になって青年に話しかけた。

「それで、あなたは誰なの? ここはどこ?」

「最初に、今はいつなのかを言ったほうがいいと思う。今は、君たちの事故から一兆年余り経った未来だ」

 沈黙の中しばらく淡々とスプーンを運んでいたアコが、嚥下してから口を開いた。

「ピンとこない」

「だろうね」

 二人は食堂を後にした。城壁に繋がる塔の階段を登るにつれ、昨日よりも強く潮の香りが感じられてきた。

「空間兵器の件が、人類全体を脅かした最後の問題だった。それが片付くと、後は何にも妨げられない繁栄と進歩の時代が続いた。光速の壁が破られると、人類は宇宙のあらゆる場所へ進出し、長い時間の中で自分たちの姿を変えていった。あらゆる病疫や障碍が克服され、寿命という制約からも解き放たれた」

 望楼にたどり着くと視界が開けた。断崖から見下ろす、一面の海。船も島もなく、空と水平線と、飛び交う海鳥と、あとはきらめく太陽の照り返しだけの世界。

 城は、ほとんど同じ大きさの孤島を覆い尽くすように建っていた。

「通信技術が極限まで発達して、スループットが脳の神経細胞と同等になったとき、個人と言う存在が消えた。今の人類の後継者は、宇宙全体に広がって存在する単一の統合知性、つまり僕の本体だ」

「そんなの、気持ち悪いよ」

「そうだろうね。でもこれは、長い時間をかけて生じた、自然な変化だったんだ。で、情報の容量的に君のようなオリジナルのヒトと直接の意志伝達が不可能なので、エージェントとしてこの体を作った」

 アコがいくつかある展望窓を巡り、別方向の海や、城の内側を見下ろしている様子を、青年は見守った。

「今の僕、つまり統合知性は、ブラックホールの放射を利用して活動している。これは究極と言うべき安定したエネルギー資源で、はるか未来まで問題なく利用し続けられるが、それでも最後には蒸発し尽くして消える。ありとあらゆる問題が解決してしまった今、僕は、この未来の限界を超える方法を探っている」

「ブラックホール……がなくなったら、どうなるの?」

「この宇宙から、一切の活動、生命の兆しが消える。絶対零度に凍りつき、世界が完全に静止する」

「何か、代わりのものはない?」

「ない。この宇宙にはね」

 気負った様子も見せずに、統合体のエージェントは言った。

「今は、残った時間を使って、別の宇宙へ行く方法を探しているんだ」

 話しながら、二人は城内を巡った。歩くに連れて城の景観は異なる表情を、海は不変の広がりの一片を見せ続けた。

「この先どうするか、考えよう。この世界に君が知っているような人間の社会はもう存在していないけど、それらしいものを再現することはできる。ちょうどこの城のように、街の大きさで居住空間を作り、仮想の住民を住まわせる。君は、君の時代と違わない世界で生活を続けられる。望むなら、事故以来の記憶を消してもいい」

「そんなのは、いや」問題外と言うようにアコは遮った。

「そんな嘘の世界なんて住みたくない。あなたが、わたしと一緒にいてちょうだい」

「二人だけで寂しくはない?」

「嘘の人間なんて人数に入らないってば」

「僕だって、本物の人間じゃないんだよ」

「目的を持ってそのために頑張っているような人は、立派な人間なの。パパが言ってた」


「統合体のエージェント」では長いので、統合体(ユニファイド)を略して、アコは彼をユニと呼ぶことにした。アコが頼むと、ユニは、城の中庭の一つに宇宙船の残骸を並べてくれた。残骸は彼が言った通りの惨状で、原型を留めているのはちょうどアコのいた辺りだけであり、少し離れたあたりからは噛み潰した銀紙のように滅茶苦茶になっていた。

 目の前にいたはずのキャビンアテンダントの痕跡はなかった。恐らく血痕や人体の残滓は、ユニが気遣って取り除いたのだろう。

 堪えられずにアコは膝をつき、嗚咽していた。


 アコはユニに、彼の活動を見届けたいと言った。

「それには長い時間がかかる。一兆年やそこらでは何の成果も得られないと思っていい」

「それじゃ、無理かな」

「望むなら、未来への時間旅行は可能だ。君が時間凍結されていたみたいにね。ただ、予防策が必要になる」

 ユニは、高重力ポテンシャル環境でアコの主観時間を遅らせる際、まれに生じる局所重力場から微小器官を保護する必要があるのだと言った。負質量物質を代謝する人工共生体をすべての細胞に取り込んで、空間の歪曲を相殺させる。この措置を受けられるなら、一兆年を遥かに超える未来まで見せてあげられる。

 アコは、二つ返事で承諾した。

「寝て目覚めたら処置は済んでる。安心してお休み」

 そう言われてもさすがに不安らしく、ベッドのアコは、ユニを引き止めるように話を始めた。

「アル君は、あなたみたいにしょっちゅう笑顔を向けてはくれなかった。会える時間の半分は相手にしてくれなかった。残りのそのまた半分は意地悪なことばっかり言ってた。でも、残りの時間は優しかった」

「彼の代わりをするのは無理だね。この姿をやめたほうがいい?」

「いいの。わたしを黙ってウソ世界に放り込まなかった誠実さに免じて、その姿でいることを許してあげる」アコは頭からシーツを被った。

「おやすみなさい」


「わぁ」アコが歓声をあげた。

 飛翔してきた大航海時代風の帆船が、城の塔の一つから空中高く突き出た桟橋に接舷した。

「デザインは何でも構わなかったんだが、こんなのにしてみた」とユニ。

「ぐっじょぶだよ、ユニ」はしゃいで、アコは眼鏡を外した(アコは、脳内に情報を送られるのが気持ち悪いと言って、旧式の眼鏡型端末を愛用していた)。

 ユニと同じ時間を過ごすことに決めたアコは、あれ以来、城の潤沢な設備を使って、ライブラリで映画や書物をあさり、AI教師について学業を進め、ダンスやピアノの習い事から部屋の模様替え、料理まで、寂しいながら積極的に活動していた。

 力仕事や単純作業のために、アコの家で使っていたエイダという名前のヘルパーロボットを、ユニが再現した。エイダは自在車輪に乗った案山子にしか見えない有様だったので、ユニは望むならヒトと区別の付かないメイドの一団でも提供できると言ったが、アコは馴染んだエイダが居れば充分だと言って断った。

 ユニに計画の進行状況を聞いて、内容がほとんどわからないなりにそれがあまり順調ではないことを知ると、やれ自分は二次方程式が解けるようになったの、ある小説を原語で読めたのと自慢し、覚えたピアノ曲や料理を披露して、彼女なりにユニを鼓舞しようと一生懸命になっていた。それでいて、数日おきには部屋にこもって泣いていた。

 ある日、ユニが、たまには外へ出ようと言い出した。小さな体で宇宙規模の統合知性を励まそうと頑張る姿に心打たれたのか、見栄を張って隠している孤独に気づいていたのか、ともかく彼女に気晴らしが必要だと判断したようだった。

「今しか見られないものだから、見ておくといい」

 そう言ってユニは、アコを支えるように手をつなぎ、甲板からの景色を見せた。

 見る間に城が小さくなり、遥か下に広がる海面だけしか見えなくなったかと思うと、急に妙な色あいの雲をつき抜け、次の瞬間には宇宙空間にいた。

 一面が白く輝く中で、その周囲から渦を巻く巨大な流れが、その中心にある黒い球に吸い込まれていた。球の上下方向には、細く長い流れが噴出すように伸びている。

「銀河系中心のブラックホールだ。今は、主にあれからエネルギーをもらっている」

 ユニは、あっけにとられているアコと目を合わせた。

「今後、計画のステップあたりにかかる時間が膨大なものになる。君の時間をもっと遅くしなくてはならない。今から実行するから、周りを見ていてごらん」

 周囲の景色がゆらめくと、船は銀河系を離れた位置から見渡せる場所にいた。アコの時代にもあった虚数次元駆動航法だが、ずっと洗練されて島宇宙間でも自由自在に移動できるらしい。

「はじめるよ」

 ユニが言った途端、星の海が動き始めた。立体感を持って、互いの位置が変わっていく。星座を作る星がてんでに動き、星座の形が失われてしまう。

 銀河系が目に見える速さで渦を巻く。近くの側にあると思われる星たちは、すでに点とは見えず、尾を引く光の筋となって漆黒の空間を彩り始める。

 それらの背後で比較的低速で移動していた銀河のうち、二つが衝突した。ぱぁっと散った星たちが鮮やかな軌跡を描く。元あった二つの銀河は形骸のように輪郭を残して暗くなり、それらから放り出された星たちが渦を巻いて集まり新しい銀河を形作る。

「すごい……嵐の海みたい」

「ものの姿は見方で変わる。宇宙が静寂に思えるのはヒトの時間スケールで見ているせいだ……ほら、あそこ」

 ユニの指した先で、一つの銀河が燃え上がった。すべての星が瞬間まばゆく輝きを放って宇宙を照らし、そして急激に光を失った後に、ポツポツと新しい光が生まれ出る。続けて二つ、三つ。

「なに、あれ……すごい」

 アコが絶句した。まるで銀河サイズの花火。

「実験でね、銀河をまるごとノヴァにしている」

「それ……住んでいた人や生き物はどうなるの」

「何も住んでいない。この宇宙にいる生命は、地球産のものだけだ」

 常にポーカーフェイスのユニがなぜか寂しげに見えた。

「島宇宙まで進出して、科学者たちは、生命発生の確率を検証し直した。思われていたよりはるかに小さかったようだ。無数の宇宙を探したとして、生命が発生し、宇宙まで渡る世界がどれだけ見つかるか」

 時間はさらに加速し、狂ったような光の奔流にアコはただ見入っていたが、急に声をあげた。

「ユニ、なんだか暗くなってる」

 一面の宇宙を彩る光の線条が、見る間に数と輝きを減らしていた。

「宇宙が膨張してエネルギーと物質の密度が薄まってる。恒星と超新星のサイクルをささえた質量が拡散し、運動エネルギーはエントロピーになって失われる。その結果は、ただようだけの物質が集まり、すべてブラックホールに飲まれていく世界だ」

 宇宙にすっかり闇の帳が降りた。よく見ると、その中でそこかしこにじんわりと小さな光点が生まれ、徐々に明るくなり、やがて激しくきらめいて消失している。

「あとは残ったブラックホールが小さなものから順番に蒸発していくだけの世界だ。あの光が残っている間は、僕も活動できる。これからが結構長い」

 ユニは、ショーは終わりだ、というような仕草をした。

「この後は冷える一方で、あの眩くも騒々しい恒星たちの活動は二度とない。長い宇宙の冬だよ」

 帆船は、帰りの虚空駆動航法を開始した。

「君の時間を、もっともっと遅くするよ」とユニが言った。


 城へ帰ってから、アコは夜空を眺めた。通常宇宙の光景が投影された空は真っ黒で、よく見るとあちこちにある暗い光点が、時折動かない流れ星のように明るさを増しては消えていく、それだけのものになってしまった。

 人類のすべての資産をしょいこんで新しい世界へ永らえさせようとする超知性体のために、闇に閉ざされた空の下で、アコは自分にできるせいいっぱいのことをしようとした。自分の手の届く範囲ではあるが、課題を作って挑戦し、成果をユニに話す。がんばってるのはユニ一人じゃないというメッセージを行動で伝える。こんな小さな存在の小さなチャレンジがどう見られるのかわかるはずもなかったが、ユニは楽しそうに話を聞いたし、僕も負けてられないなとも言った。

 ある夜、ユニは大事な話があるといって、アコを塔の望楼へ誘った。

 自分にも用事があったので、アコは誘いを受けた。

 城で暮らし始めて二年、アコの容姿にも物腰にもずいぶん女性らしいものが備わってきていたが、あいにく、それを愛でることのできる立場にいる唯一の男性(の姿をしたもの)には一向に動じる気配もない。

 アコと向かい合ったユニの背には、墨のような暗黒に時折輝いては消えるブラックホールの光だけがあった。それを照り返す海面だけは、暗鬱ながらもなにがしかの風情を漂わせている。

 ユニが言った。

「すごく、収まりが悪いと言うか、なんと言うか……君たちのような感情のぶれは僕にはないはずなのに。これまでどんなことでも解き明かしてきた。どんな問題でも解決してきた。感覚として、これだけの準備をしてきて結果が無に終わったような体験が思い出せない。変な感じだ。足元が落ち着かない」

 アコが想像した通りの話だったようだ。困苦しているらしい彼には悪いが、たじろいでいるユニがアコにはひどく可愛らしく見えた。

「君と出会ってから一杼年、つまり一兆の一兆倍の年数が過ぎた。結論が出たよ。この宇宙の理はすべてわかった。もう何も秘密は残っていない。そして、別の宇宙へ行く方法はない」

 ユニは繰り返した。

「新しい宇宙へは、行けない」

「これから、どうするの」

「君に、前にした提案を再検討して欲しい。この城で一人だけで人生を終えるなんて、いいことだとは思えない」

「それで、ユニは」

「君の人生を見届けたら、自分で機能停止しようと思う」

「それって自殺?」

「すべての答は出た。もう探求する対象はない。別宇宙への渡航を前提とした計画も無用になった。僕は、このような状態で何をしたらいいのかわからない」

 アコを見る目が、救いを求めるようだった。

「もう、目標がない。僕は立派にはなれない」

 諭すようにアコは言った。

「まだ、何が起こるかわからないじゃない。あと何兆年だって残ってるじゃない。パパが言ってた、まだ生きられるのに、自分から死ぬなんて絶対にだめ。あなたは宇宙の終わりまで生きていられるんでしょ? だったらそれまで生きていなくちゃいけないの」

 アコが両手を差し伸べた。黒髪の少女から抱擁を受けるため、ユニはひざまずかなければならなかった。

「寂しいんだったら、わたしが一緒にいてあげる。世界が終わっても、何もかも全部凍ってしまっても、一緒にいてあげる。二人で、最後のブラックホールが蒸発するところを見ようよ」

 ユニは驚いたような顔をしていた。やがて、自分の背中に回されたアコの手を握り返した。

「わかったよ、お姫様。約束する。君を、時間の果てまで連れていく」

「よろしい。それじゃ、ご褒美あげる」

 アコは、小さな四角い包みを取り出すと、あわてたように言った。

「男の子にチョコレートあげるの、初めてなんだからね」

 伏せた目を上げて、にっこりと微笑んだ。

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