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第4話 完全なる「ざまぁ」と「極上の溺愛」〜愚か者の末路と新たな皇后〜

「よくも……よくも私の完璧な計画をぶち壊してくれたわねぇぇぇっ!!」


大聖堂の祭壇の上で、正体を暴かれた上位魔族グラトニー――ミアは、顔を醜く歪ませて絶叫した。

純白のウェディングドレスは引き裂かれ、禍々しい羊の角と漆黒の蝙蝠のような翼が露わになっている。彼女の赤い瞳には、怒りと憎悪が渦巻いていた。


「こうなったら全員皆殺しにしてやる! 人間どもめ、私の瘴気でドロドロの肉塊に変われぇっ!」


ミアが両手を天高く掲げると、彼女の体から濃密でどす黒い瘴気が爆発的に噴き出した。

それはただの魔力ではない。触れた者の肉体を腐らせ、命を奪う猛毒の霧だ。黒い霧は意思を持っているかのように蠢きながら、逃げ惑う王族や貴族たちへと襲いかかろうとする。


「ひぃぃぃっ! た、助けてくれぇっ!」

「嫌だぁぁぁっ!」


大聖堂内は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。転倒して這いずる貴族たち、恐怖で腰を抜かし動けない騎士たち。彼らにとって、上位魔族の力は抗うことすら不可能な絶対的な死の象徴だった。


だが、私は一歩も引くことなく、静かに右手を差し出した。


「そんなこと、させるわけがありません」


澄み切った声と共に、私の指先から眩いばかりのプラチナの光が放たれた。

それは、初代聖女から受け継ぎ、魔力枯渇の枷が外れたことで完全に覚醒した『真の神聖魔法』。

暖かく、それでいて圧倒的な浄化の力を持った光の奔流が、大聖堂全体を包み込む。


「な、なんだこの光は!? ぎゃぁぁぁっ! 私の瘴気が……っ!」


ミアが悲鳴を上げた。黒い瘴気は私の放ったプラチナの光に触れた瞬間、朝日に焼かれる霜のように跡形もなく浄化され、消滅していく。

魔族の全力の攻撃など、今の私にとってはそよ風を払う程度の労力でしかなかった。


「ば、馬鹿な! こんな規格外の魔力、人間の小娘が持っているはずがない! 一体お前は……っ!」

「さあ、何でしょうか。ただ一つ言えるのは、あなたはここで終わりだということです」


私が冷たく言い放つと、私の隣に立っていたルファスが、喉の奥で低く笑った。


「虫ケラが。私の愛する女の前で、羽ばたくことすら許されると思うな」


ルファスが指先を軽く弾いた。

ただそれだけの動作だった。しかし、次の瞬間、彼の指先から放たれた深紅の炎が、凄まじい轟音と共にミアを包み込んだ。


『竜の劫火』。

ドラグニル帝国の皇帝のみが操ることを許された、万物を灰塵に帰す絶対的な破壊の炎。


「あぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


ミアの断末魔の叫びが大聖堂に響き渡る。

しかし、その悲鳴も一瞬で途絶えた。深紅の炎はミアの体を跡形もなく焼き尽くし、ただの一欠片の灰すらも残さずに完全に消滅させたのだ。


後に残ったのは、静寂だけだった。


魔族が消滅したことで、大聖堂の空間に漂っていた『魅了の毒香』の効力も完全に霧散した。

それまで魔法によって思考を奪われ、狂信的なまでにミアを崇拝していたレオン様やヴァンガード公爵家の面々、そして貴族たちの目に、はっきりとした理性の光が戻っていく。


「あ……ああ……」


祭壇の上で尻餅をついていたレオン様が、ガタガタと震え出した。

洗脳が解けたことで、彼らは自分たちがこの数週間の間に「何をしてきたのか」を、正確に理解したのだ。


自分たちが永遠の愛を誓おうとしていた相手が、醜悪な魔族であったこと。

その魔族に騙され、国庫の金を横領し、軍の最高機密を売り渡したこと。

そして何より、この国を命懸けで守っていた真の聖女である私を、無実の罪で断罪し、冷たい雨の降る裏路地へと追放したこと。


「私は……私は、なんてことを……」


レオン様は両手で顔を覆い、絶望のあまりうめき声を上げた。

ヴァンガード公爵も、公爵夫人も、兄も、自分たちが犯した取り返しのつかない大罪の重さに気づき、顔面を土気色にして震え上がっている。


その時、参列席の最前列で呆然としていたこの国の国王が、ハッと我に返ったように立ち上がった。

彼もまた、魅了の毒香によって判断力を奪われていた一人だった。しかし、正気に戻った今、一国の王としての威厳と激しい怒りがその顔に満ちていた。


「レオン!! 貴様というやつは!!」


国王の怒号が大聖堂に轟いた。


「魔族の甘言に乗り、国家の機密を売り渡すとは! そればかりか、我が国にとって何よりも尊い至宝であるセリア嬢を不当に追放するなど、到底許されることではない!」

「ち、父上! 違います、私は操られていただけで……っ!」

「黙れ!! 魅了にかかっていたとはいえ、自らの欲望に溺れ、己の婚約者を蔑ろにした貴様の愚かさがすべての原因だ! 貴様のような愚か者に、王位を継ぐ資格など微塵もない!」


国王は血を吐くような声で、決定的な断罪の言葉を突きつけた。


「今この瞬間をもって、レオン・アルジェントから王族としての身分とすべての権限を剥奪する! さらに国家反逆罪により、極北の死の鉱山における終身強制労働の刑に処す! 二度と陽の光を見ることはないと思え!」

「そ、そんな……いやだ! 父上、お許しください! 父上ぇぇっ!」


レオン様が床に頭をこすりつけて泣き叫ぶが、国王は冷酷に目を逸らした。

そして、その鋭い視線は次にヴァンガード公爵家へと向けられた。


「ヴァンガード公爵! 貴様らも同罪だ! 実の娘を虐げ、王族と共に国を売り渡した罪は万死に値する! ヴァンガード家は直ちに爵位を剥奪し、全財産を国庫に没収する! そしてレオンと同様に、一族全員を鉱山での強制労働に処す!」

「あ、あああ……私の、私の財産が……っ!」

「嫌ですわ! 泥にまみれて働くなんて、そんなの死んだ方がマシよ!」

「ふざけるな! 俺は公爵家の跡取りだぞ!」


公爵は泡を吹いて卒倒し、母と兄は狂乱して髪を掻きむしった。

王の命令を受けた衛兵たちが雪崩れ込み、レオン様と公爵家の面々を乱暴に捕縛し始める。


「離せ! 離してくれ!」


もがくレオン様だったが、その時、彼の視線が祭壇の下に立つ私を捉えた。

彼は何かにすがるような目で、衛兵を振り払い、床を這うようにして私の足元へと近づいてきた。


「セ、セリア! セリア、頼む!」


鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、かつての婚約者は私のドレスの裾に触れようと手を伸ばした。

しかし、ルファスが冷たい目で彼を睨みつけ、見えない障壁でその手を弾き飛ばす。


「気安く彼女に触れるな、汚物が」


「ひっ……!」と悲鳴を上げながらも、レオン様は必死に私を見上げて叫んだ。


「セリア、悪かった! 私が間違っていた! だが、私がやったことはすべてあの魔族に操られていたからで、私の本心じゃないんだ! 私が本当に愛しているのはお前だけだ! お前は心の優しい本物の聖女だろう!? どうか父上と、竜帝陛下にとりなしてくれ! 頼む、助けてくれぇっ!」


その見苦しい命乞いに同調するように、捕縛された公爵家の面々も私に向かって泣き叫び始めた。


「セリア! 愛する娘よ! 私たち家族を見捨てる気か!」

「ごめんなさい、私が悪かったわ! だから助けてちょうだい!」

「お前は昔から優しい子だったじゃないか! 兄を助けると思って、な!?」


彼らの醜悪な姿を見下ろしながら、私はただ静かに息を吐いた。


怒りも、悲しみも、もはや微塵も湧いてこない。

ただ、目の前にいる生き物が、どうしようもなく滑稽で、哀れで、そして無価値な存在に見えた。


私は極寒の氷のような瞳で、彼らを冷徹に見据えた。


「あなた方が魔族に操られていたのは事実でしょう。ですが、魅了の魔法というものは、その者の心に隙や傲慢さ、利己的な欲望がなければ決して効かないものです。あなた方は、私という存在をただの『都合のいい道具』としてしか見ていなかった。だからこそ、簡単に魔族の毒牙にかかったのです」


淡々と、事実だけを告げる。私の声には一切の感情が乗っていなかった。


「私が毎日、血を吐く思いで大結界を維持していた十年間。あなた方は一度でも私を労ってくれましたか? 私が雨の裏路地に放り出され、泥水を啜って死にかけていた時、誰一人として手を差し伸べてはくれなかった。あなた方が私にしたことは、そういうことです」

「そ、それは……っ」

「助けてくれ? 家族? 婚約者? ……笑わせないでください」


私はふっと、冷酷な笑みを浮かべた。


「私を捨てたあの夜から、あなた方は私にとって、道端に転がる石ころ以下の存在です。あなた方にはもう、私の一滴の魔力も、一秒の感情も消費する価値がありません」


絶対的な拒絶。

一切の慈悲を与えない、完全なる決別の言葉。


それを聞いたレオン様と公爵家の人々は、文字通り絶望の底へと叩き落とされた顔をした。

彼らがすがっていた最後の蜘蛛の糸は、私自身の手によって無残に断ち切られたのだ。


「連れて行け」


私が静かに命じると、待機していた衛兵たちが彼らを引きずり起こした。


「嫌だ! 嫌だぁぁぁっ! セリア! セリアァァァァァッ!!」

「助けてくれ! 誰か、誰か助けてぇっ!」


大聖堂に、彼らの断末魔のような絶叫が響き渡る。

しかし、誰一人として彼らに同情する者はいなかった。貴族たちも王族も、ただ冷ややかな目で彼らが地下牢へと引きずられていくのを見送るだけだった。


やがて、その声が完全に遠ざかり、大聖堂には再び静寂が戻った。


私の、十年間の苦しみに対する復讐は、これで完全に終わった。

彼らは地位も名誉も財産もすべてを失い、一生陽の光を見ることのない地獄の底で、己の罪を悔いながら泥を這いずる人生を送るだろう。二度と立ち直ることのできない、完全なる社会的・魔法的抹殺の完了だった。


ふと、肩の力が抜けるのを感じた。

長い間、私の心と体を縛り付けていた重い鎖が、音を立てて崩れ去っていくような感覚。


「すべて、終わったな。私の美しい女神」


甘く、優しく鼓膜を震わせる声。

振り返ると、ルファスが私の前に歩み寄り、静かに片膝をついていた。


周囲の参列者たちが息を呑むのがわかった。

他国では冷酷無比と恐れられ、絶対的な権力を持つドラグニル帝国の覇王が、たった一人の女性の前に傅き、恭しく頭を垂れているのだから。


ルファスは私の右手を取り、その甲に熱い唇を落とした。


「セリア。君の過去の鎖は、今完全に断ち切られた。君を縛るものはもう何もない」


彼が顔を上げると、その深紅の瞳には、先ほどの冷酷な覇王の姿からは想像もつかないほど、激しく、そして甘く蕩けるような執着と愛情が宿っていた。


「初めて君を見たあの日から、私は君に狂わされている。君の強さも、美しさも、その冷たい瞳も、すべてが愛おしくてたまらない。これからの君の人生のすべてを、私に預けてはくれないか」

「ルファス様……」

「もう誰も君を虐げない。誰も君を傷つけさせない。君が流す涙は、歓喜と幸福のものだけにすると、私の命と帝国に懸けて誓おう。だから、ドラグニル帝国の皇后として、私の隣で永遠を共にしてほしい」


それは、全衆人環視の中で行われた、あまりにも甘く、そして重い公開プロポーズだった。


周囲の貴族たちは、覇王のあまりの溺愛ぶりに顔を赤らめ、ある者は羨望の溜息を漏らしている。

私自身も、顔がカッと熱くなるのを感じた。これほどまでに真っ直ぐに、自分という存在そのものを求められ、愛されたことなど、今までの人生で一度もなかった。


私の目から、ぽろりと大粒の涙がこぼれ落ちた。

過去の弔いの涙でも、復讐の涙でもない。それは、生まれて初めて流す、純粋な嬉し涙だった。


私は涙を拭うこともせず、最高の笑顔で彼に微笑みかけた。


「はい、ルファス様。私のすべてを、あなたに捧げます」


その言葉を聞いた瞬間、ルファスは立ち上がり、私を力強くその広い胸に抱き寄せた。

「ああ、愛している。私のただ一人の皇后」


歓喜に満ちた彼の声と共に、そっと熱い唇が重ねられる。

大聖堂のステンドグラスから差し込む七色の光が、私たちを祝福するように優しく照らし出していた。


かつて、誰にも顧みられることなく、ただ国のための道具として命を削り続けていた私。

絶望と理不尽の中で死を待つしかなかった私が、こうして圧倒的な力と極上の愛を手に入れ、最高の幸せを掴むことができた。


もう、過去を振り返る必要はない。

私を待っているのは、最強の竜帝からの息が詰まるほど甘い溺愛と、輝かしい未来だけなのだから。

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