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祝炎の英雄  作者:
第一章 炎の御子

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8/11

七 来訪者 壱

 祝融にとって、神農は祖父であってそうではない。

 血のつながりは確かにあり、皇孫という立場もそれ所以だ。しかし、父から教わった祖父というものは、決して軽率に話しかけてはいけない――というものだった。

 特に、成人した今は臣下の一人だ。ただの皇孫、官職もない立場の祝融の手紙も、本来であれば無礼にあたる。

 返事の見込みはないかもしれない。そんな予感が、ここ数日の焦燥や歯痒さと共に押し寄せていた――のだが、思いの外、返事は直ぐにあった。左丞相へ文を託してから僅か一日、それも、神農直々の使者が文を届けたのだ。



 その人物――夜陰に紛れるようにして現れた中年の女は(はく)侍中(じちゅう)と名乗った。名前の通りの白髪の長い髪を結い上げて、しかし文官職らしく女性らしい華美な格好はしていない――男の文官となんら変わりない濃紺の袍衣だった。


「祝融殿下、お初にお目にかかります」


 白侍中は、応接間に通せば神農の側近の一人として、祝融に向かって礼を見せた。皇族に向かっての敬意を示すもので、表立っては無碍にされているわけではないのだと証明しているともとれる。それは祝融に僅かな安堵をもたらした。が、その安堵も束の間、顔を上げた白侍中は、さすが長年神農に仕えているとあって表情には寸分の隙もない。穏やかそうでありながら、その(まなこ)の奥底には何を隠しているのか。椅子に座っている姿を細めた目で見つめて、祝融を観察しているようでもある。

 祝融は文に、今の自身の怪我の具合が良好なこと、悪意ある噂を耳にしたこと、このままでは姜家の醜聞として広まり、挽回するには陛下のお役に立つこと、そのために早々に動き出したい――そういった旨を記していた。


「殿下のお身体、陛下もお喜びでありました。しかし、まだお身体は万全ではないでしょう。今回のお手紙にもありましたが、例の噂に関しましては目下出所は捜索中にあります。陛下の心配に事は及んではおらず、今はまだ殿下自身のお身体のことを考え療養されるべき――そう言伝を受けております」


 怪我に関しては既に医官から報告があがっており、時期尚早と捉えられるやもと考えてはいた。しかし、それでは今回文を送った意味がない。


「ですが、不穏な噂を捜索中とされているということは、それだけ宮中に広まっているということでしょう。私を宮に留めていては、噂の信憑性を高めてしまうだけなのでは? それとも、親族の誰かが広めてしまった噂はもう撤回できないところまできている――ということなのでしょうか」


 白侍中は目を伏せて、「そうですね」と静かに呟く。


「殿下もお察っしされている通り、殿下が呪われているという噂は既に、宮中全体に広まっております。広めた――というよりは殿下が儀式によって怪我をされたことにより、自然と広まってしまいました。大元は今も不明ですが、儀式に参加されていた姜家の誰かであることも確かでしょう」 

「しかし、ならば尚更――」

「殿下、状況は殿下が思うよりも悪い。陛下はこのまま、殿下が安らかに生きていいけるように、この宮にて平穏に暮らすことを望まれております」

「それは……」

「怪我は悪化の一途を辿り、回復の兆しはない。そうすれば、単純に運悪く儀式で事故があっただけと噂は上書きされ、事は収束していく……そうお考えです」

「このまま、傷が癒えても病人のふりを続けろと?」

「ええ、病床のままでも陛下からの援助は受けられます。このままひっそりと――」

「死んだように生きていけと言うことか」


 それまで落ち着いて話をしていた祝融だったが、気づいたら時には声に怒気を孕んでいた。如何なる時も精神は平静を保つべし。祝融に様々な教えを授けたのは、父や異母兄だ。しかし、そんな教えはかき消えていた。


「――殿下、」

「皇族の醜聞は陛下の妨げになるだろう。だが、私はこの通り起き上がることも可能。最初から私を屠る選択をされたのは何故だ。噂の出所を捜索中と言ったが、実際はしていないのでは? それとも既に目星はついているが、そちらの方が問題につながる――そういうことか?」


 祝融の反論に、白侍中は眉一つ動かさない。祝融程度の手合いなど、恐れてもいないのだろう。実際、彼女が仕えている人物よりも上はいない。

 

「それが事実だとして、殿下はどうされますか。陛下は殿下が大人しく宮に留まる限りはお守りして下さいます。それとも何か、別の改善策が?」

「守る……というが、それは実質軟禁だ。()()が無気力のまま生きる意味を陛下が知らぬわけではあるまい」


 初めて、白侍中の表情が動いた。僅かだが眉に反応があったのだ。

 この国には不死なる存在がいる。

 この国の皇帝は、千年の時を生きている。

 祝融もまた、その血を受け継ぐ特殊な身――正確には皇族たる姜家、ひいては高位貴族に見られる血――それらは生まれながらに、不死なのだ。突発的に只人(ただびと)から生まれることもあるが稀である。

 しかし残念ながら、完璧な()()()()とまではいかない。寿命は精神に左右され、精神の衰弱により只人より早く老いて死んでしまうこともある、時に(もろ)い存在でもある。

 つまりは、神農が祝融に求めているのは、平穏な生活に見せかけた死。

 神農の庇護の下であれば、祝融は確かに平穏に生きることも可能かもしれない。只人よりも短い余生で、自身を貶めようとした一族の醜聞も醜悪さも――悪意そのものも知らずに生を終えることも可能かもしれない。

 だがしかし、祝融にはそのような人生は我慢がならなかった。


「俺はそのような安易な生は望んでいない。陛下の教えの通り、この身をこの国と人民に捧げることこそ、姜家本懐。もしも俺の存在が邪魔であるというのならば、排斥され皇族から追い出されたほうが良い」


 祝融は言いたいことを言い終えて、溜飲が下がる気分だった。これまで閉じ込められ、思うように動けず、外にも出れていないのもあって、鬱憤は溜まりに溜まっていたのだ。

 相手が神農の側近という身分であることなど構ってなどいられなかった。この者の通りに大人しくしていれば、それこそ神農の言う通りになってしまう。今、抵抗せねば後悔することになるのは目に見えていた。そのための啖呵。後悔はない。

 皇族が処刑された記録はいつだっただろうか。前例はなくとも、神農の慈悲を無碍にしたのだ何かしら処罰はあるだろう。

 何かしら祝融に迫害される理由があり、それを知る由もないで片付けるのであれば、いっそ州外にでも追放されたほうが良い。

 実際にそういった措置になっている者は数名いる。

 祝融は構えながらも、白侍中の反応を待った――のだが、それは思いもよらない言葉で返ってきた。


「……では、御自分でそう進言して下さい」


 祝融は惚けた顔をして、白侍中を見つめてしまった。そんな祝融のことなどお構いなしに、白侍中は話を進めていく。


「さて、参りましょうか」


 すっと立ち上がった白侍中は姿勢良く、既に応接間の扉へと向かっている。祝融は呆気に取られたまま、思わず「どこへ」と呟いてしまった。


「どこ……殿下が交渉するべきは一人。何故私がこのような夜更けに殿下の下を訪ねたと思っておられるのですか?」


 夜陰に紛れて現れた白侍中。単純にこの件を内密に進める為だと考えていた。ある意味それは間違っていないわけなのだが。


「どこまでが陛下の計らいなんだ」


 扉に手をかけた白侍中がそっと振り返る。変わらず細めた目の奥底は何を考えているとも読めない。

 

「陛下は殿下が自ら動くまで何かしらの手を出すつもりはなかったようです。あとは、殿下自ら陛下にお尋ね下さい」


 そこから先、祝融は白侍中の後ろに続くだけだった。

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