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祝炎の英雄  作者:
第一章 炎の御子

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五 状況 壱

「殿下、ご無事でなによりです」


 机を挟んで座っている祝融に向けて、風鸚史と朱雲景の二人が揖礼(深めのお辞儀)をした。まだ十二歳の鸚史は小さな身体で、背筋までピンとしていつも姿勢正しい。その隣の雲景は特長のある赤髪の青年で、大人しい顔つきはいつも冷静で無表情だ。巨躯の祝融に比べると小柄だが、十五歳とは思えぬほどに余裕のある所作を見せていた。動作の一つ一つが――それこそ、指の先までもが洗礼されていると言っても過言ではないだろう。この二人を前にすると、祝融はいつも気が抜けなかった。まあ、それは置いて、社交辞令の挨拶からでは何もわからない。二人に許しを出すと、早速と言わんばかりに祝融は話を切り出した。


「心配をかけたな。早速なんだが、少々困っていてな」


 祝融は机に座ったまま、今も白紙を前にして何も書けずにいる。自分で動けない歯痒さばかりが募ってはいるが、臆病なまでに手まで動かない。それがまた難儀でもあり、どうにも焦りを覚えている。ほんの些細な情報でも良いから欲しかった。


「儀式に関して、何か話は聞いているか?」


 祝融は真っ直ぐに問う。隠す手合いか、知らないだけかを見極めたかった。


「儀式に関しては何も。箝口令が敷かれているからか、詳細な情報は何一つとして入ってきておりません」


 語り始めたのは鸚史だった。祝融はもう慣れたが、十二歳という身体から発せられているとは思えない。顔だけ見ていれば、子生意気な悪戯でも仕掛けてきそうなのに。しかし、その子生意気な顔は真剣な眼差しで、それも神妙な声で「ただ、」と続けた。


「殿下は気を悪くされるやもしれないのですが……」


 と、言い難いのか言葉は尻すぼみしてしまった。


 ――鸚史にしては珍しい。


 祝融は奇妙に感じると同時に、隣に立つ雲景に目をやった。動かないでいる雲景は、精巧な人形にでもなってしまったかのようだ。だが、祝融の目線に気がついて、人形は動く。


「祝融様、文を出すつもりだったのでしょうか」


 鸚史の言葉を続けるでもなく、祝融の問いに答えたものでもない。祝融の机の上を見た直感だろう。疑問に思いながらも返答した。


「ああ、(へい)か、(じょ)あたりに内情を尋ねようかと思ってな」

「おやめになった方が良い。今、殿下の悪いお噂が宮中には広まっております」


 どちらも祝融と同い年の学友だった者だが、そのどちらの今は信用できるかどうかもわからないと言う。おそらくそれが、先ほど鸚史が言い淀んだ言葉だったのだろう。鸚史は顔を歪めて雲景を睨んいた。


「おい、雲景!」

「どうせいずれ殿下も知ることになる。遅いか早いかです」


 冷めたような眼差しで鸚史を諭そうとする雲景。いつも冷静な雲景らしい主張。いつもであれば、それで終わっただろう。問題は雲景が口にしたものだ。


「それはどういう意味だ」


 祝融は思わず立ち上がっていた。無意識に左手を机についてしまい、ずきずきと傷が痛んで思わず眉を顰めてしまった。


「殿下、傷が痛むのでしたらどうか安静に」

「そうも言ってられん……」

「だから言ったんだ、怪我が治ってからが良いって」


 それは鸚史と雲景で話し合ったことなのだろう。しかし、どうも二人の意見は違うようだ。雲景と鸚史、どちらも祝融の怪我の具合を鑑みての意見なのだろう。しかし祝融は二人が心配してくれることよりも、また先延ばしになることの方が恐ろしかった。これ以上長引かせてはいけないような気がして。


「話を続けてくれ」

「しかし、」


 鸚史は心配そうに祝融を見つめている。顔は年頃よりも幼く見えた。不安を煽ってしまっていることが、申し訳なく、祝融は椅子に腰を落ち着けると、静かに息を吐いた。


「何か様子がおかしいのは俺もそれとなく気づいている。鸚史と雲景以外で見舞いに来たのは回禄だけだ。その回禄も言葉を濁した。俺には一切情報が入らないように遮断されている。その上、この怪我だ。医者に安静にしていろと言われているが、軟禁でもされている気分だよ」


 思った以上に声が沈んでいる――自分が参っていると今になって気がついたのだ。人に弱みを見せてはならない。それすらもできないのだと自嘲するしかなかった。


「……情けない」


 祝融は右手で顔を覆いながら、項垂れる。物事が期待していた通りに運ばなかっただけだというのに、自分が駄々をこねる子供のように思えてならない。そう感じたのは、回禄が訪ねてきた時から二回目だ。もう落ち込むことばかりで嫌になりそうになっていた。

  

「そのようなことはありません」


 冷めた声音だった。そして「落ち着いて聞いてください」と静かにいって続けた。


「殿下、現在の朝廷は不可解な状況です。成人の儀式の後、祝融殿下、回禄殿下の両名が揃って軍部に所属するはずでした。しかし、実際は回禄殿下のみの配属にとどまり、祝融殿下のことに関しては何も通達はされておりません」

「何も?」

「ええ、殿下が怪我の情報は回禄殿下から教えていただきました」


 言った瞬間、平静だった雲景の顔が強張る。


「祝融様のことを憂いている……皆はそう見えたようです」


 この二人を含み、学友の何人かは既に話を知っているのだろう。


「祝融殿下が儀式の際に怪我を負い、左腕全体が熱傷により重体。これは陛下により箝口令が敷かれている事態だと」


 聞く限りでは、妥当な話にも聞こえる。恐らく、回禄が話をした数名は、祝融も手紙を出そうとした学友で、祝融の実情を知るもの達だ。しかし、話をした内容に悪意を感じたのだと、雲景は言う。


「回禄様は祝融様は暫く配属のお達しがないかもしれないだろう。今後のことも不明だと言って、それ以上は何も話されなかった」


 祝融は思った以上の状況の悪さに閉口するしかなかった。医官から祝融の怪我の状況は伝わっているだろう。絶対安静では宮から出ることは出来ない。今も何かしら協議中であるのだろう。だから何も通達がない――雲景の話には信憑性があった。


 ――だから、俺にあのような……。


 祝融の脳裏に、最後に見た回禄の顔が映る。思い出すたび、祝融を憐れむあの目が、どうにも祝融は居心地悪さを感じて、思わず右手で左腕を摩っていた。


「それともう一つ、祝融殿下の悪い噂が広まりつつあります」


 雲景の声は殊更に慎重に聞こえた。


「殿下は、神に呪われたと」 

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