十二 山神 参
今だ。
もう、後には引けない状況で、祝融は剣を大きく振った。しかしただ剣を振っただけではない。轟――と音を立てて、剣が炎を纏ったのだ。
熱い祝融の闘志を写したかのように、赤赤と燃え盛る剣。
祝融が横凪に一つ振れば、炎は一閃を描いて、祝融を取り囲んだ全ての猳国の腹を真っ二つに両断した。すると、叫び声を上げる間も無く、猳国達の胴は燃え上がった。まるで油でも浴びたかのような勢いだ。
祝融の剣は未だ、猛々しい炎を纏ったままだ。ゆらりと体勢を整え構え直した祝融は、猳国達を一体一体を一瞥していく。
猳国は一様に動きを止めている――いや、立ち竦んでいるのか。猳国は獣同然だが、馬鹿ではないだろう。今の祝融に近づけばどうなるか――獣の本能がそれ以上、近づけなくしていたのかもしれない。怯えるように後退りする姿もある。こうなると、もう本当に獣だ。
聞こえるのは、躙りや怯えて不規則になった猳国達の息。だから、より音は鮮明に。
かつ――と、蹄が駆る。そして腐臭が強くなった。
――来た。
瞬時に、祝融はある一点で炎を纏ったままの剣を前方に構えた――同時、ギンッ――と剣を穿つ激しい金属音。見えない何かが、祝融の剣を押す。金属のように硬く、猳国のように易々と燃えもしない。その力は猳国に相当する――いや、それ以上だろう。ジリジリと祝融は押される。
――重いっ……‼︎
祝融の炎をものともしない手合い。山神とて神の端くれ、猳国のように易々とはいかないだろうことは分かりきっていた。
だからとて押し負けるわけにはいかない。負ければ死。誰も助けることなど出来はしないのだ。
祝融の心は荒ぶり、炎は火力を増す。じわじわとだが祝融は押し返し、そして、ここぞという所で山神を払いのけた。
それだけではない、祝融の視界には血飛沫が飛ぶ。山神の血だ。その血は腐臭がより強く、それまで何か程度でしかなかった山神の気配を鮮明にする。
――上体は猳国に似ているが、腕は鱗……下腿は鹿の脚か。
祝融の炎が山神の全てを映し出していた。猳国よりも一回りは大きく、祝融の剣を穿ったのも腕の鱗の先にある爪にすぎない。その指先を二本、祝融の剣が斬り落としたわけだが……怒りからか、山神は空へと咆哮を上げ、次の瞬間には祝融目掛けて再び腕を振り下ろした。
だが、燃えていればどうということもない。祝融はひらりと躱し、地面を穿っただけの山神の拳を踏みつける――と同時、トン――と山神の頭目掛けて大きく跳躍した。高く掲げた炎の威力は更に強く、剣の刃を大きくなる。
燃え盛る炎に包まれながら、祝融は自身が焼かれた痛みを思い出す。その痛みが炎の刃をより鋭利にする――そんな気がしたのだ。
そして、祝融は山神の首目掛けて、剣を振り下ろしていた。
斬――と、炎が山神の首を斬り落とし、断末魔を上げることなく山神の身体はゆっくりと地へと転倒する。ピクリピクリと痙攣するが、頸から大量に溢れる血がゆえだろう。その血は腐臭を纏ったままだ。更には血は黒々と変色し、血を毒々しい色へと染めていく。その光景を前にして、祝融は毛将軍のとある言葉を思い出した。
『神相当に畏怖すべき存在の死――その影響は甘くはありません』
何が起こるかはわからないが、看過してもいけない。そう結論づけた時、祝融は山神の身体に剣を突き立てていた。
剣の炎は、山神の身体へと燃え移り、その血すらも焼いていく。炎そしては頭へも届き、全てを飲み込んだ。
あっという間に炎は全てを喰らい尽くし、後には何も残らない。斬り捨てた猳国等の死骸すらも焼いてしまったのだ。
気づけば、立ち尽くしていた猳国の姿はなく、屋根の上も静かになっていた。うっすらとだが、祝融へと近づく獣のような気配もある。だが、猳国ではない――恐らく薙琳だろう。
慎重ではない歩調が、全てが終わったのだと知らせていた。




