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祝炎の英雄  作者:
第一章 炎の御子 第二節 不撓不屈

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十 山神 壱

 煌霞国南部に位置する藍州の秋は、暖かいのだと思っていた。しかし、温めた厨房から一歩出ると、夕暮れ時になって西から吹く風が嫌に冷たく感じる。山間部特有の山の(おろし)は、冬の始まりなのだと、厨房の中から薙琳が言った。


「街中にいる妖魅たちと違い、冬が始まると山神や山魅は潜んでしまいます」

「どうなるんだ?」

「眠りにつきます。獣でいうことろの冬眠です」

「眠るのであれば、害はなくなるのでは?」


 そうでもないのだと話に割って入ったのは、祝融に続くように出てきた毛将軍だった。

 

「山から山神の気を読み取り辛くなり、封印の成功率は一気に下がります。綻びも生まれやすくなるとか。何より、冬は精気を溜め込む期間。春芽吹く季節になれば、再び山神は目を覚まし、さらに勢力は増すでしょう。そうなれば、本当に麓すら飲み込んでしまう恐れもある」

「決着をつけるならば、今か」

「そうです」


 祝融の身体は妙に強張った。緊張しているのか、それとも武者震いなのか――羹で温まった身体がそう感じさせるだけなのか。


「さあ、行きますよ」


 背後で灯りが強くなった。振り返れば、松明を三つを器用に手にした薙琳が、その一つを祝融へと差し出していた。


「殿下、お一つ」

「あぁ、」


 もう一つは、毛将軍へ。


「では、手筈通り。日が完全に沈めば、満を持して襲ってきますよ」


 薙琳が言い終えて、三人はばらけた。既に竈門には薪や木切れの準備は終わっている。あとは各家々の竈門に火をつけて回るだけだ。それが合図となるだろう。

 既に村の周りは山神や山魅に囲まれているような状態――らしい。らしいというのは、祝融には薄ら寒い気配程度でしかないからだ。それも、薄ら寒い風の影響に紛れてしまう程度の。森からの気配が遠く感じるのも、山神の能力だろうと予測はしている。

 だがそれは、今は――の話だ。薙琳の予測では、山神達は気配がないのではなく、山の精気――気配に完全に溶け込んでいるから、姿も気配も認識できないだけなのでは――とのことだった。

 要は姿が消えているように見えるだけ。だから、霍雨は触れられた瞬間に反応したのではないのか、と。

 だからこその村である。山神が村へと近づけば、それは村という人の領域に対しての異物なのだ。

 火をつけ始めれば、こちらが何か仕掛けると警戒するか、焦るか……そればかりは読めないが、話をしていた薙琳の口ぶりには一切の弱気は見えなかった。


 ――今の山神達の勢いは旺盛。邪魔者を消したと思ったら、再び邪魔者が現れた。こちらを厄介な手合いと判断すれば、余計に焦って尻尾を出すはず……か。


 薙琳曰く、獣は己の領分を脅かす敵に敏感なのだとか。

 まるで獣の知識。山を知り、獣を知り、山神のこともよく把握している。それが、皇都で子飼いになっているというのだから不可思議な話だ。毛将軍の反応を見るに、獣人族としての知識は信用できるが、逸脱した存在であることは確かだろう。気になるところではあるのだが――今は、目の前のことに集中せねばならない。

 祝融は軒並み担当とされる家々の戸を潜った。

 一番外側の各戸を村を巡るようにぐるりとだ。勿論、目的は竈門だ。既に、火を灯すための準備は終わっている。薪に、木切れ、火口となる木屑までが竈門には設置された状態だ。祝融も薙琳に教わりながら初めて竈門に触ったのだが、仕組みを知ると中々に面白いもので、今まで知らずにいたことが損だったようにも思えた。厨房というのは皇孫という身分では、近づくことすら禁じられた場所でもあったため、機会もなかったわけだが。

 その影響で、一番身近な火は蝋燭程度。「蝋燭が簡単に燃え続けるには、理由があるからなんですよ」なんて、薙琳は自慢げに言われて、灯がそばあることが当たり前なのだと気がついた。

 山では夜は闇だ。今も直、夕暮れは山の向こうへと隠れ、今にも深い暗闇が差し迫りつつある。

 そのような深い闇の中で山神に出くわせば、もう逃げる事は叶わないだろう。だからこその灯火――それも、そう易々とは消えない竈門の火である。

 勿論、時間が経てば消えてしまうが、これには祝融なりの考えがあった。


 ――さて、上手くいくか。


 祝融はすべての担当分の火を灯し終えて、村の中心部へと戻った。既に、薙琳と毛将軍は待機した状態で待っている。もう後指折りいくつ数えれば、日は完全に沈むだろう。

 だがその前に、祝融は毛将軍へと話しておくべきことがあった。


「毛将軍、昨日の一筆認めたものを雲景――霍雨の孫に預けてある。もしもの時は使ってくれ」


 祝融としては、毛将軍に心配をかけまいとしたつもりだった。しかし、毛将軍はこれを良しとしないと言わんばかりに眉を顰めている。

 

「消極的な発言をしてはいけません。特に、大事の前には。士気が下がります」


 言われて祝融は気まずくなった。大事どころか、その大事の最後の仕上げだ。

 

「殿下、貴方は誠実なお方だ。しかし、貴方の立場であれば堂々としてなければならない。例え、どのような状況だとしても。貴方が弱みを曝け出して部下を不安にさせれば、それこそ部下の生死に関わることもある――どうか覚えておいて下さい」


 それは、異母兄達に教わった言葉に通じる物があった。

 祝融は軍に入っていれば士官候補だった。「弱みを見せるな」とは、いずれなるであろう祝融の立場を思えばこそ――だったのではないのだろうか。


「ああ、そうだな」


 祝融は一族に何を確かめることなく、違和感を感じたままに逃げるように藍州へと赴いた。正直に言うと、父の様子を目前とした後に、兄達までも同じように突き放されるのではと思うと、恐ろしかったのだ。それこそ危地へと赴くよりもずっと。

 しかし、それだけでは駄目だろう。いずれは対面しなければならない。もしかしたら、何か変わっていることもある。兄達にも回禄にも事情があったのかもしれない。


 ――戻ったら、回禄や兄上達と話をしよう。父上とももう一度……。


 日が沈むと同時、そう心に誓った。

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