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祝炎の英雄  作者:
第一章 炎の御子 第二節 不撓不屈

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九 人が消えた村 陸

 竈門で薪が燃える音が響く。

 民家の台所よりも、一回りほど大きな厨房の框で大の大人が三人で地図を中心に座っている。手には、今し方薙琳が作ったばかりの(あつもの)(スープ)。食材は思ったほど見つけられなかったらしく、干し肉と芋と僅かな野菜の有り合わせだ。しかし、塩と生姜がよく効いて、十二分に腹の足しになった。

 そうやって、腹が膨れた頃合いに、薙琳が「それで、これからですが」と切り出した。


「あちらの警戒は続いています。また、気配も濃くなりつつあります」

「それは、領分が広がっている――ということか」

「恐らく。あちらの領分に飲み込まれたら、分が悪い」

「ではどうする」

「地の利を利用しましょう。領分をどれだけ広げたところで、相手が弱まる場所はあるんですよ」


 薙琳に言われて、祝融には思い当たるものがあった。


「……それが、人の住む土地か?」

「そうです。ここは簡単には手を出せない。だから、今は手を拱いて監視するに留まっている」


 薙琳はわざと悠長に行動している。料理に関しては、火を起こすついでに空腹だったからというのが理由だと思うが――その火こそが肝心だったのだろう。

 

「あとは火か」


 薙琳は頷く。


「殿下、ここに来てから一度として神力を使っていませんね」

「ああ」


 使う機会はなかった。普段からあまり流用していたわけでもない。

 

「あちらは、龍人族を飲み込むほどの力があるのにも関わらず、我々はまだ領分に飲み込まれてはいません。ここがまだあちらの領分になっていない証拠です」

「だから悠長に料理をしていたのか」

「そうですよ、相手がどう出るかを見計らうには丁度良い時間でした。お腹もふくれましたし――で、何を警戒しているんだと思います?」


 祝融は一瞬考えるも、薙琳の目に言わんとしていることは何となくわかった気がした。

 獣は人よりも鋭いという。山神は獣に近く、しかしそれ以上の存在だ。あくまでも可能性の話だが、もし、臭いや感覚的な何かを読み取っているとすれば……。


 ――薙琳の獣人族としての強さ、毛将軍も龍人族の中でも将軍の称号を与えられた武人、そして俺は神力を持っている……か。


 考えれば、そういった要素はいくらでも浮かぶ。霍雨は実戦から遠のいていたから、その隙を狙われたのかもしれない。兵士達も似たような理由の可能性がある。しかしそうやって考えると、同時に疑問も浮かんだ。


「獣は強い手合いを恐れて警戒すると教えられた――が、山神は曲がりなりにも神というものに数えられる存在だろう?」


 祝融は神とは畏怖すべき存在であると教えられてきたからこその問いだった。だがこれに、薙琳はけろりとした顔をして答えていた。

 

「何言っているんですか、力を持ったら神と呼ぶことはあっても、それが必ずしも人間同等の知恵を持っているとは限らないんですよ」


 薙琳はすっぱりと言い切って、そして今度は毛将軍が続けた。

 

「殿下。我々は人の力の及ばぬ存在、畏怖を抱く存在を神と呼びます。しかしそれが、信仰の対象になるわけではない。勿論、例外もありますが――神は必ずしも恩恵を与えるばかりではない。人を害する存在を悪神と定義して、此度のように討伐をするのです」


 神とは、力のある存在の総称のようなもの。毛将軍の結論づけた言葉は、祝融にとって晴天の霹靂だった。神怪が人に危機を及ぼした場合、対処をせねばならないことが世の常とされてきた。しかしそれは、皇都で暮らす祝融にとっては、どこか遠い国のような話でもあったのだ。いつか対面すべき事実でもあったはずなのに。


「ちなみにですが、真剣を使った事は?」


 それもまた、これからするべき現実の一つである。


「……兄上が相手をしてくれて……実践はない……」

「何かを斬ったことは?」

「兎を、締めるときに……」


 なんとも情けない返しだと思いながらも、祝融は事実を告げるしかなかった。兎に関しては斬ったと言っても、狩で即死させてやれなかったから刀を入れただけだ。とても経験とは言えない。


 ――がっかりさせただろうか。


 神力に関しても、実戦での使用経験はない。しかし、薙琳の返は矢張り軽いままだった。


「わかりました。神力はどの程度?」


 なんともあっさりした返答だった。続く言葉も、「あ、今は使わないで下さいね」と、祝融を至らないなどとは思っていない。


「手のひらの上で(とも)したりする程度……火を移すことはできる」

「自由に使えるんですよね?」

「燃え移ったものを消すぐらいには」


 薙琳は「へえ」と頷くだけだった。薙琳どころか毛将軍も、大きな落胆はない。その上、淡々とした調子で、薙琳は続ける。


「知り合いに神力を持った方はいるんですが、卓越しているわけではない。だから、ご自身で使い方を考えるしかありません」

 

 要は、祝融次第――ということである。人を想定した訓練しかしていない――その程度の技量で果たして山神など倒せるのか。何よりも、この炎の神力をどうやって使うのか。祝融には判らないことばかりだ。

 だが臆病ではいられない。使命という言葉を使い、自身の証明とすると言ったからには、有用性を証明せねばならないのだ。

 これまでとは違った使い方――なんとなしに、祝融は思い描いている方法がある。が、その手法で何かを斬ったことがないため、少々自信がない。

 そんな祝融を見抜いたのか、今度は毛将軍が口を開いた。


「俺は神力をこの目で見たことはありませんが、その力は仙術のような法則や枠組みはないと聞いたことがあります。こう州に現れた神力を持つ者は自在に風を操るとか」


 空を舞う――そんな話は聞かないが、風こそが大きな武器なのだとか。


「仙術士は気を操り術を使います。我々、龍人族は龍気(りゅうき)ですが――それにより、神通力を使っていると言われています。神力も、仕組みは気だと――そんな一つの説としてあります。殿下、仙術の覚えは?」


 祝融は、それまでどんなに自信がなくとも、真っ直ぐに答えてきたのだが、こればかりはそうもいかなかった。


「…………少し」


 思わず目を逸らしてしまう。仙術は必須課程というわけでではない。仙術を習得しようとすると、相当年数がかかると言われている。仙術士を名乗れるのは、熟練者だけだ。しかし、気の習得自体は必要になる。その一環として仙術の修練はうってつけとされているため、祝融も講師から師事は受けていた――のだが、どうにも今ひとつ――どころではない。


「気の扱いは多分出来ているのだが、初歩的な術を二つ使えるだけだ……」

「ああ、仙術を使えとは言いません。俺も使えませんし」

「私も無理でーす」


 毛将軍は龍人族。薙琳は獣人族。どちらも、生まれつき感覚的に気を扱えてしまうので、人の術というものが扱えないのだという。龍人族は龍気という言葉通り、そもそも気の質からして違うらしい。獣人族に至っては、只人と同じ気質だから、なろうと思えば道術士になれるらしい……のだが、人の魂と獣の魂――魂二つという条件が邪魔をするのか、相当に難易度が高いのだとか。だからなのか、「向いてないんですよね――」と軽い口調で言ったのは薙琳だった。


「まあ、仙術や道術は必ずしも必要なわけではありません。重要なのは気です。術が使えるということは気の流れは分かりますね」


 これには、祝融は素直に頷いた。


「妖魅や山魅……特に山神などには容易に武器の刃は通りません。あれらの身体は硬い。そこで必要になってくるのが気です。武器や、身体に気を通すことで威力を底上げするんです」


 それが、神怪との戦い方なのだと、熟練者らしい真面目な顔で、薙琳は言う。そして、これが重要だと更に続ける。


「殿下、心に留めて置いて下さい。これから我々がやるべきことは、神殺(かみごろ)しだということを」


 何となく矛盾しているような。祝融は思わず思ったままがこぼれ落ちた。


「神のようなもの……でも神殺しに相当するのか?」


 山神と言うが、名のある神とは違い、力の強い生き物であることは確かだ。しかしだからと言って、甘く見てがいけないのだと、今度は毛将軍が鋭い眼差しを向けた。

 

「神相当に畏怖すべき存在の死――その影響は甘くはありません。何をするかは分かりません。御留意下さい」


 毛将軍の目は静かだが、確かな意念が籠ってる。再び、祝融は覚悟を問われているのだと気づいた。

 しかし、昨日とは違い、神怪と対峙するための覚悟だ。幼稚な――それこそ、ただ武官になりたいなどと宣っているだけの覚悟では足りないだろう。


「承知した」


 ただ一言、祝融は告げた。しかし、その言葉に乗せた新念は心の奥底で燃ゆる炎だ。

 神農の前で跪いた時とはまた違う熱き念が、祝融の身体を脈打っているようだった。

 祝融の緊張が高まる。しかし力みすぎないためなのな、薙琳は先ほどの真剣な姿とは違いゆるりした調子で「さて、本題に入りましょう」と、告げる。


「どうやってあちらと戦うか」


 薙琳は「ある程度の憶測ですが、」と言いながら指で大きく歪な円を作った。もちろん、囲われたのは現在いる山々である。現状、山神は焦ったように範囲を広げている――それが薙琳の見立てだった。その上で、この村での籠城作戦が好ましいと言う。


「山神には手下がつきもの。もしかしたら、毛将軍たちの予測にあった猳国を従えていてもおかしくはない。多勢に無勢は考慮しておきましょう。下手に森に入れば負けです」


 これに毛将軍が同意した。

 

「山神と言うならあり得るな。猳国程度、容易だろう」


 しかし籠城というからには、敵が動くのを待つしかない。果たしてそううまく行くだろうか。祝融は薙琳が歴戦であると理解しながらも、少しばかり不安がよぎった。

 

「本当に襲ってくるのか?」


 祝融が問えば、薙琳はあっさりと返す。

 

「ええ、此処を潰さなければ、また敵がやってくる――その程度は考えるでしょう。であれば、引きつけるには十二分の要素があります。恐らく夜を待っている。あれらは夜行性ですから」

「それで、餌は俺たちということか……」

 

 これにはうんざりした顔で毛将軍が言う。


「とはいえ、本当のご飯になんてなりたくないですからね。やれることはやりましょう」

「そこら中に火を焚くか? やりすぎると火事になるぞ」

「ですから、各家々の竈門を借りるんです。そう易々と消されることもなければ、守りの一手にもなります。まず、家には入ってこない」


 家々に潜まれたら、それこそ面倒。暗闇に乗じて攻めてこられたら厳しい。それは経験のない祝融にも理解ができた。

 

「となると攻めてくる範囲は狭まる……ということか」


 何気なく祝融が言えば、薙琳は「ええ」と頷いた。


「此処は家々が密集しています。壁にもなるし、屋根の上は続いている。上で応戦することも出来ますね」

 

 薙琳は軽く言うが、屋根は瓦だ。


 ――相当な手練れでなければ戦うことは難しいのでは……。


 祝融の脳裏には嫌な想像しか浮かばない。そんな祝融の考えに気づいたのか、薙琳は祝融を見ている。不気味な笑みを浮かべながら。


「殿下には、囮役をやって頂きます」

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