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祝炎の英雄  作者:
第一章 炎の御子 第二節 不撓不屈

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四 人が消えた村 壱

 明朝、空が白み始めた頃に一行は村へと辿り着いた。

 本来であれば、村人たちも起床して家々からは煙が立ち上っていた頃合いでもあるだろう。

 しかし、そういった気配は一切無い。

 小さな集落は、山間のなだらかな箇所に集中していた。周りは棚田で囲まれ、意外にも開けている。山の影になることもなく、風通しも良い。

 今でこそ朝特有の寒さこそあるが、昼間はきっと違うのだろう。祝融は辺りを一望して、そんなことを考えていた。


 ――静かだ……本当に誰もいないのか。


 今は、この村へと入る道は封鎖されている。既に半月、生活感だけが残され人の気配のなくなった村は、時が止まったまま今にも続きの朝が始まりそうでもあった。


「争った形跡が殆どないな」


 村の中心である井戸からぐるりと辺りを見回した頃、霍雨が言った。実際、祝融も似たようなことは感じていた。忽然と人が消えたように、血痕や荒らされたような形跡は皆無。家々の崩れは、元から傷んでいたものとも取れる程度だ。



「凶賊の突然の襲来であれば、村人も抵抗しただろう。荒らされた形跡も残るはず……最初に消えた武官の痕跡は掴めているのか?」


 霍雨が毛将軍に尋ねると、毛将軍の配下の一人が「こちらです」と、民家の一つへと案内を始めた。


「宿を拠点としていたようで、荷物は全てここに」


 宿屋には常駐できる部屋は三つだけ。そこには個々に荷物が置かれているが、武器や防具といったものは無い。

 そこも、荷物は校尉を含めた六人分が残されているのみだ。


「こちらは手をつけられてはいませんが、各家庭では少々様子が違います」


 そう言った毛将軍は先導するように宿を出た。後をついていくと、着いたのは一軒の平房(へいぼう)(ひらや)の民家。家の中では、衣服や貴重品を閉まっていた櫃が開いたままになっており、漁られたあとがあった。

 

「いくつかの家々で、似たような状況になっています。野党や凶賊とは違い、手当たり次第ではないことから、金銭を持ち出してこの村から逃げようとした――と予測しております」


 確かに。漁られた、というほどのことでもない。散らかしたまま出かけた――そんな様子だろうか。

 

「誰か山を降りてきたとの報告は?」

「現在、一人も。そう広い道ではないですが、先ず迷うような道ではありません」


 ある程度の調査は済んでいるのだろう。一旦民家を出て、祝融は辺りをもう一度見渡した。軒を連ねる家々は、おおよそ密集しているため、見晴らしは悪い。上を向いてようやく、日が昇ったのだと気がついた。


「毛将軍は何日も調査を?」

「ええ、皇都への文を藍諸侯にお送りしていただくためには、ある程度の村の実状も知らせねばなりませんから」

「その時に部下が消えたのか?」

「はい――各家庭を見て回った後、四人体制で山を探らせました。四手に分かれ――そのまま彼等は戻っては来ませんでした」


 そう言った毛将軍の声は冷静だ。しかしどことなく、消沈しているように見えるのは気のせいではないのだろう。


「とても、猳国の仕業とは思えません」

 

 記録されている猳国の行動とは違う。人を攫う獣ではあるが、ここまで旺盛に活動するような性質でもない。ましてや、村人全員を攫う山魅(さんみ)など、果たしているのだろうか。毛将軍の言う通り、既に死亡している可能性――だとすれば、人を食らう獰猛な獣が潜んでいるとでもいうのか。


「なんだか、ここまでくると山神(さんじん)みたいですねぇ」


 と、虚をつくように薙琳が言った。薙琳は空を見上げたまま、しかし目は冷静に何かに集中してる。


「山神とは……山の神のか?」

「お、殿下は博識でいらっしゃいますね」


 薙琳の口ぶりは少しばかり嫌味に聞こえた。経験はないが、これも図譜で得ただけの知識でしかない。山神は文字通り山の神だ。力のある山魅や精が何百年も山の精気を蓄えた果ての姿だという。その姿は特異で、さまざま。しかし山深い場所にいるため、目撃例は少ない――はずである。


「まさか、山神がいるとされる境目はもっと東だ」


 祝融の知識は正しかったようで、毛将軍は部下へと命じると一枚の地図を広げて見せた。山の中央を通る道と村を最初に指差して、その次に指を東へと滑らせていく。そちらは更に山深いとされる方角で、その中腹あたりで指は止まった。そこには三角の印が三つ並んで、何かがあると示されていた。


「ここに、白神の守護像が置かれています」

「山神対策のか?」

「正確には大昔の取り決めの境目でしかありませんが、これが目印であることは確かです」


 毛将軍の言葉通りであれば、山神の棲家は遠く離れた地である。薙琳も納得したのか、「ああ、なら違いますね」と、興味が失せたように地図から顔を逸らしていた。となると、今のところ手がかりと言えるものは何一つとして無いということにもなってしまうのだが。

 何故人が消えるのか。そう容易でないことだけは確か。祝融は、ふと思いついたままを口にしていた。

 

「……ここらには神隠しの謂れでもあるのか?」

「そういった類の話は国中の何処ででもある話ですね。ただ、ここまでの大事となると、どうにも……」


 神隠しは、理屈の通らない事象での総称といっても良い。無意味な発言だったと思うよりない。

 今のところ、明確に消えた――とされている者達は大抵が山の中とされている。であれば――。


「あと探るとすれば山の方か……」


 祝融はボソリと言って、もう一度辺りを見渡した――と同時に、薙琳の姿が目に入った。訝しげに眉を顰めて、何やら鼻をひくつかせている。


「薙琳、どうかしたのか」

「いえ、獣の臭いがした気がして」


 そう言って、袖で鼻を覆っている。獣人族の彼女には感じたのだろうが、祝融がどれだけ鼻をきかせたところで土と埃の匂いばかりでわからない。


「ここは獣人族の村だったのか?」


 祝融の問いに、毛将軍も疑問に感じたのか部下の一人が差し出した資料へと目を落とす。しかし、どうにも違ったようで、首を振っている。

 

「いたかも知れませんが、戸籍上は只人ばかりですね」


 薙琳がそうであるように、獣人族の見た目は基本只人と変わりない。山人、田舎者と揶揄されるからなのか、素性を隠すこともよくある。婚姻などしてしまえばそれこそ、只人に紛れてしまうのだ。実際のところは不明と考えるべき――毛将軍はそう続けたのだが、それを薙琳が否定した。

 

「これは、獣人族の匂いじゃないですね……野生の獣に近いような……」

「猳国か?」

「どうでしょうか……」


 薙琳は首を傾げて、はっきりとわからない様子だった。

 祝融は一軒一軒をまじまじと眺めて、ふと、納屋の一つで立ち止まる。厩があるのだが、肝心の家畜はいない。


「そういえば、武官達はどうやってここに来た。六人もいたのだろう?」

「調査に遣わされた者は皆、校尉を含めて只人だったはずですので、馬を使っているはずなのですが、現在、馬は見つかっておりません」

「毛将軍の部隊はどうやって此処に来た?」

「私ともう一人の写し身を使って。そのもう一人の龍人族も消えた一人です」

「馬……最初の一人も、馬は見つかってはいないのだな」

「ええ、そのはずです」


 最初の事件の調査は、途中で校尉が消えてしまったため、はっきりとはわからない――毛将軍の答え方ははっきりとしない言い方だった。


「最初の一人だけが道中で消えている、と……それはどのあたりかの検討はつくだろうか」

「どうでしょうか、もうその痕跡を辿ることは難しいかと」


 時間の経過と共に痕跡は薄くなっていく。殊更、最初の一件目となると……。祝融の手の内で現状、辿れそうな人材は薙琳のみなのだが、視線を向けると既に苦々しい顔を見せていた。


「それ、半月以上前の事件ですよね。流石にその方の匂いが判明しても難しいですよ」


 獣人族というのは獣と同等かそれ以上の能力があるらしい。それを踏まえた上での提案のつもりだったが、やはり時間の経過は否めない。

 

「それもそうか」


 あとはどうするべきか。悩む祝融に、毛将軍が一つ提案をした。 

 

「手分けをして調べますか?」


 現在六名。ただ道を辿るだけであれば、人数は多すぎる。しかし、人が消える原因がはっきりとしないため、離れることは避けた方が賢明のようにも思えた。何せ、毛将軍の部下には龍人族がいて、消えているのだ。狙われているのは、決して只人だけではない。だからといって調査をしないわけにもいかないのだが――悩ましいところである。しかしそこに、さてどうするかと祝融が答えを口にするよりも先んじて、霍雨が声を上げた。


「殿下、先遣の者は少数の複数部隊で入山し行方不明です。下手に離れない方が良いでしょう」

「やはり、そう思うか?」

「毛将軍は無事に戻りましたが、偶然、脅威と鉢合わなかっただけの可能性もあります。今は慎重に動きましょう」


 偶然、運が良かっただけ。その言葉に祝融は頷く。


「神怪は時に見えぬ手合いの場合もあります。慎重すぎて臆病になってはいけませんが、軽率な行動もまた、部隊を死へ向かわせるだけ。どう動くべきか、状況をみて判断して下さいませ」


 霍雨は難なくこなせとでも言うよに、さらりと言う。

 

「難しいな」

「慣れです」

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