三 信頼
「下手に期待させてしまっただろうか」
祝融は寝台の上で転がって、なんとなく口から溢れ落ちた。毛将軍達が部屋から出ていって、気が抜けたのもある。霍雨と薙琳がいなくなったのもあるかもしれない。
明日、早朝より調査は開始されることとなった。とりあえずは村まで行くところから。今はそれまでの休息――と言いたいところだが、どうにも落ち着かない。
それもそのはず。今、不安の種の一つである雲景と二人きりなのだ。
「手の内を明かしておかねばと言ったのは、祝融様ではありませんか」
寝台から正面の窓際には方卓(正方形の机)があり、向かい合わせに椅子が用意されている。雲景がそこの一つに腰掛けているのは、横目にも見えていた。その目がじとりと祝融を見ていることも。長旅で疲れているはずだが、そうは思わせない。
「何か言いたそうだな」
と、祝融が何気無く尋ねれば、雲景は不満気に答えた。
「死ぬつもりで勅命を受けたのですか」
「いや、あれは言葉のあやで、万が一の話だ。霍雨が俺の話に乗ったのは、州外では似たような事例があるからかもしれん。実際、皇族もそういった事象を避けるようにしているしな」
霍雨が軍属だったのは随分と前の話らしい。その頃、二番目の異母兄も霍雨が教育係だったこともあるとか……その頃にも何かしら問題はあったのかもしれない。
しかしそんなことよりも、祝融は気になることがあった。身体をごろんと転がして、頬杖をついたまま身体を雲景の方へと向ける。
「……それよりも、置いていくと言ったことについては怒ってはいないのか」
「正論ですから。私はどう考えても足手まといでしょう。此処で待機して連絡役に徹した方が良い」
雲景の剣術の技量は良とは言えない。成績も、身体の小さな鸚史よりも下……端的に言えば一番下なのだ。写し身を使える龍人族は、霍雨の伝手であれば他にも居ただろう。であれば、何故、雲景は此処まで来ることになったのか。
「何故、霍雨は雲景を連れてきたんだ」
祝融は真っ直ぐに問う。しかし目は見れなかった。どうにも気まずい。だのに、雲景の口ぶりに迷いはなかった。
「お祖母様が私に提示した選択肢は三つありました。皇都に留まるか、丹州の親族の下へと行くか、祝融殿下に同行するか――自分で、同行する道を選びました」
祝融は思わず起き上がり、雲景を見る。雲景の目は変わらず祝融を捉えていて、濁りはない。
皇都に留まる――つまりは今回の件には関わらないという姿勢を見せるということだろう。州外へ行くとなれば、皇族との縁を完全に切ることなっていたはずだ。回禄に違和感を感じていたとなれば、州外へ行くことが雲景の選択のようにも思えた。
「……雲景は俺の従者になりたくはなかったと考えていたんだが……」
祝融は雲景と幼い頃から付き合いがある。それこそ、学友になる以前から。幼い頃から寡黙な雲景だったが、以前は丹州で暮らしていたと話していたことがあった。いつか帰りたい……そんな話を寂しげに話た事を祝融は覚えている。だから、あまり関わらないようにして、皇族の従者としての立ち位置よりも、文官職を希望できるよう――それこそ、州外にでも行けるようにと祝融は考えていた。
「あながち間違いではありません。私では軍属になる祝融様の従卒には向いていなかったでしょうから。祝融様も同じ考えだったのでは」
「まあ、そうだが――だから、見舞いは兎も角、もう一度現れた時は驚いた」
「そこまで薄情になった覚えはありませんよ。臣下になる気もないのに烏滸がましい話ですが、友人の一人として祝融様を心配をしただけです」
祝融が怪我をしたと耳にして、鸚史を頼り見舞いに訪れた。その後は回禄の不信感から、祝融の下へ。どちらも、率直に祝融の身を案じての行動だった。どうして、などと考えて自分こそ恥ずべきだと祝融は思うよりない。しかし祝融が己を省みるよりも早く、雲景は「以前の私は――」と続けた。
「自分の先行きを深く考えていませんでした。皇族の方の従者という大役を荷が重いと考えていたのも事実、後々文官を目指すことになる回禄様の従者でも同じです」
「誘われていたのか」
「はい、回禄様はいずれ右丞相の補佐になるつもりだと仰られてましたから、その側近にと」
「父は俺か回禄を補佐にしたがっている節があった。今後あり得る話だ」
軍属として最低五年は勤めを果たさなければならない。回禄の行動は時期尚早と取るものもいるかもしれないが、優秀な人材は早めに確保しておくのも一手ではある。
「はい、ですがあまり興味をもてなくて……皇都ほど大きくはない……丹州の親族を頼るのも手だと思っていました」
それこそ、霍雨も同じ考えがあって選択肢の一つとして提示したのだろう。祝融はそこが疑問だった。今の祝融の立場を思えば――回禄を不審に思ったのであれば尚更、霍雨も州外へ行くことが最良と考えたはずだ。
「それがどうして変わった。昔は丹州へと帰りたがっていただろう?」
「子供の頃の話ですよ。三つの頃にお祖母様に引き取られましたが、両親もその頃亡くなっています」
「……そうだったのか……すまん」
「いえ、実感はほとんどないまま皇都に来たので……ただ、私を学友の一人とした理由に関しては、お祖母様も私の将来の一つと考えているか、姜家の為なのかは判りません」
「霍雨であれば姜家の為と言いそうだな……」
「そうなんです。そのお祖母様が、今回の件は読みきれないと言っているんです。だからこその選択です」
「自分で選べと?」
雲景は強く「はい」と頷く。霍雨は物事を独断で進める気質がある。しかし、雲景は此処にいることは、自分の意思であると肯定しているのだ。
「現状の俺に利益はないぞ」
「元々、そのようなものに興味はありませんよ」
祝融が自嘲気味に言うと、雲景はピシャリと答える。それこそ、鉄仮面を思い起こさせるように。
かと思えば、雲景は椅子を降り、寝台横まで近づくと祝融に揖礼して見せる。相変わらず雲景の姿勢は隙がない。その姿のまま、雲景はさらりと言った。
「祝融様、私に大して取り柄はありません。そんな私でよければ、お力になります」
祝融は驚きこそもうなかった。しかし、自分の姿勢を思い出し、自身も寝台から降りると、雲景に向き合う。
「よろしく頼む」
そう言って、右手を差し出した。差し出されたものに、雲景は躊躇いを見せる。しかし、揖礼を解いた時の顔には決意があり、祝融の右手を取っていた。




