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祝炎の英雄  作者:
第一章 炎の御子 第二節 不撓不屈

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二 山間へ

 待ち合わせを兼ねた客桟(きゃくさん)(食事と宿を兼ね備えた施設)に、『(とう)』という名を告げると、部屋へと案内された直後に客人が訪ねてきた。

 合流する予定だった責任者――(もう)という藍州の将軍だ。青髪の龍人族の特徴を持つ彼の背後には、従卒(じゅうそつ)(将校の身の回りの世話をする兵士)らしき人物が二人。その三名は、上座に座る祝融の顔を見るなり顔色を変えた。


「……皇軍から人が派遣されると聞いていたのですが」


 と、挨拶もそこそこに、祝融の許しを得て椅子へと腰掛けた毛将軍は苦々しい顔と声で言った。

 不安、の一言が出てこなかったのは、疑いの眼差しを向けつつも祝融が皇族と理解しているからだ。しかし、祝融を一目見て、思い描いていた人物との違いに、落胆を見せたのは隠しようもない事実だ。


「姜家のお方と聞いていたので、てっきり、驃騎(ひょうき)将軍か、鎮東(ちんとう)将軍が来ていただけるとのかと……」


 どちらも、祝融の異母兄の官名(かんめい)だった。州外でも名の知れている二人ではなく、成人したばかりの無名の――それも軍属ですらない男を目の前にしては、落胆もひとしおだろうか。仕方がないことだ、と祝融はあからさまな毛将軍を咎めようとすらしなかったのだが、霍雨は違った。


「なんだ、祝融殿下では不服か」


 毛将軍の真向かいで堂々と構える鉄仮面からは、今にも毛将軍を突き刺さんとする鋭利な眼差し。祝融の背は思わずヒヤリとする。明日から任務を共にするのに、事を荒立てたくはない。それは、毛将軍も同じようで、霍雨の挑発にも近い発言を慌てることもなく「決してそのようなことは」、と静かに返すのみ。

 祝融も窘めるように「霍雨」と強く呼んだが、霍雨はこれに強く反発した。


「殿下は陛下の勅命で此処に参られました。此処で殿下に物申すのであれば、毛将軍は陛下の勅命を否定されたことになる。それが如何なる事態とて、問題発言に他なりません。そこを毛将軍はお分かりか」

「霍雨女士(じょし)(女士は女性の敬称)の仰る通りです。祝融殿下にお詫び申しあげます」


 毛将軍の顔は強張っている。事態の好転を望んでいたからこそ、顔と態度に出てしまっただけ。祝融は謝罪を受け入れるものの、申し訳なさすら感じた――のだが、そのような心根は簡単に霍雨に見抜かれ、見事に次の的は祝融となった。


「殿下もです。此処で立場をはっきりとさせておかねば、後々問題に繋がります。時に殿下が罰する事も必要になる場合がございます。何卒、行動、発言の全てに気を回して下さいませ」

「だが、致し方ない事だ。それに、軍に属していれば俺は下っ端だったはずだ。わざわざ――」

「たとえ軍に属したとしても、殿下が皇籍であることに変わりありません。問題が起こり、皇族の一人として派遣されたのであれば、相手が如何なる身分とて、殿下の立場は上位となります。次からはお気をつけ下さいませ」


 軍に所属したからといって、皇族の皮を脱ぐわけではない。どのような身になったとしても家門はついて回るし、常に模範的でなければならないのは当然の事。だから、本来であれば兄達の下について多くを学ぶのだ。その相手が、祝融は霍雨になっただけ。

 何にせよ、祝融は何も言い返せなくなった時点で負けである。


「……わかった、俺が悪かった」

「結構。お若いからと許される期間は終わりました。こうやって叱られる時間は恥とお考え下さい」


 これからも何かあれば人前でも堂々と叱ってやる、と鉄仮面の眼光は炯々と祝融を睨んだまま。どうにも居心地悪く、祝融は仕切り直しに一つ咳払いをする。

 今のやりとりで、毛将軍には余計に頼りなく映ったかもしれない。しかし頭を抱えている猶予もない。祝融は居住まいを正し、毅然と毛将軍へと向き直った。


「異母兄のような官名のない俺では力不足に映るだろう。だが勅命を賜った身として尽力する」


 祝融が今できる事は実直な姿勢を見せる事のみ。祝融が大人びているといっても、毛将軍からすれば子供と大差ないに違いない。だからこその一目見ての落胆だったはずだ。何を言ったところで期待を持てるはずがないのを祝融もわかっていた。兎にも角にも、霍雨の言葉もあってか、毛将軍は苦々しい顔を引き締め、「承知致しました」と静かに告げた。


「それで毛将軍、現状を把握しておきたい」


 毛将軍は「はい」と短く返事して、従卒の一人に指示を出せば、近辺の大まかな地図が卓上の広げられた。県城から西南の山々、そちらへと続く山道を辿った山間にある村を毛将軍の武骨な指が指し示す。


「此処が件の村になります。この村は宿場町というわけではなかったのですが、この山道を通るとなると、どうしてもこの村に立ち寄ることが前提になるため、簡易的な宿泊所もある村でした。最初の犠牲者はこの道を使った商家の使いと考えられております」

「村人ではないのか」

「ええ、とある商家の使いが、この山道を馬で通り抜けたそうです。行きは休憩に使ったと聞いております。急ぎの――それも高価な荷物だったそうで、普段から使い慣れていたこの道を使ったのでしょう」

「街道は使わないのか?」

「確かに宿場が続く街道の方が安全です。ですが、此処らは山に囲まれているため、街道も使い勝手が良いとは言い切れず、この道を使う者は少なくはない。特に、山向こうの町に行くとなると尚更――その商家がいつまでも使いが帰ってこないことを不信に思い、役所へと文を出した――それが最初の一件目と想定されています」

「その後に村人が?」

「ええ、そうです」


 毛将軍の説明に一人納得するしかない祝融だったが、これに霍雨が口を挟んだ。

 

「野党や山賊の線は?」

「最初はその線で調べていたそうです。最初の犠牲者が所有していた荷物自体は山向こうの町に届けられ、かなりに額の金銭を所有していました。そこを狙われたのであれば、なんら不思議でもありませんから」


 県境や州境は特に、そういった凶賊(きょうぞく)が多いのだと霍雨は付け足す。過去に軍属だった経験の言葉だろう。神怪のように見えて実は――なんてこともあったのかもしれない。

 だが今回の事はそう安易に終わってはくれないようで「しかし」と続ける毛将軍の話は雲行きが怪しくなっていた。

 

「問題は同時期に村人も消えたということです。軍が介入する頃には、四人の村人が消えていました。軍部(われわれ)が手を出すと、野党や山賊の類は一時的になりを顰めるものですが、被害は続きました。そこで、ここらでは昔から被害が報告されている猳国(かこく)の仕業ではないか――という線が上りました」

「……猳国?」

「猿のような山魅(さんみ)(山に住む妖怪)です。といっても、人よりも大きく獰猛で、人を攫い、時に金銭を盗んでいく――別の地方では、猴玃(こうかく)玃猿(かくえん)と呼ぶこともあるとか」


 ああ、と祝融は一つ頷く。猴玃という名には覚えがあった。神怪や妖魅(ようみ)(妖怪のこと)は発見される度に記録され、図譜(ずふ)としての販売もある。皇宮に保管されていた資料は国随一で、いずれ神怪と相対すると考え、些細な知識の一つとして覚えていたのだ。


「ただ、疑問も残ります。どれだけ資料を調べようが、これだけ大きな被害は記録にない。結局、動向も目的も掴めないまま、今に至ります」


 だから、皇軍への応援を要請したのだと、毛将軍は続ける。


「村の住人は三十一戸の五十人程度。軍部からは校尉が一人と、あとは五名の兵士が派遣されていました。更に、その後の捜索で、少数の部隊が三つ消えております。どれも私の部下です。残っているのは、この後ろの二人と俺のみ。最初の事件から、もうひと月近く経つ。最悪の事態として、全員の死亡も想定しております」


 毛将軍の目が鈍くも光った。


「殿下、村で何が起こったか、消えた者達がどうなったかは把握出来ない状況です」


 それは脅しのようにも聞こえた。死ぬかもしれない事態なのだと強く訴えて、祝融を試しているような。まだ、祝融が呪われている、などといった噂は此処までは届いていないだろう。その件で祝融を敬遠しているわけではないはずだ。だが、皇族に死なれたとなれば、州外といえど毛将軍の出世には響くやもしれない。そのような事態を避けたいとは考えるかもしれない。もちろん、そのような事態は祝融も起こす気がないのは当然のこととして、万が一にそのようなことが起こったとなれば、申し訳のない話である。


「わかった、忠告の上で調査に赴いたと一筆残しておこう。霍雨に託しておけば、藍州諸侯(しょこう)(州を治める長を諸侯という)か陛下へ文を届けてくれるだろう」

 

 祝融は思いついたと言わんばかりに、背後で控えていた雲景に紙と筆と墨を用意するように言った。雲景は珍しく驚いて固まっている。それは毛将軍も同じだったようで、「いや、そういうことでは……」と言いかけたところで、霍雨が口を挟んだ。

 

「殿下、私も同行しますゆえ、そのもしもは私も同じですよ」

「では雲景を残すか」

「そうしましょう。私の文もあれば、殿下の文だと藍州諸侯も信じざるをえないでしょうから」


 背後では一応、言われた通り一筆認める用意が出来た雲景が再び名指しされては困惑し、霍雨の正面では下手なことを言ったと毛将軍が頭を抱えている。毛将軍ぼ視線は祝融の背後、もう一人、従者のように立っている女――薙琳へと注がれるも、無反応だ。そもそも、彼女からしてみれば、どうでも良い話なのだろう。

 毛将軍は文字通り、頭を抱えてしまった。


「続けて不躾な発言をしたことをお詫びします。一筆など無用です」


 手を下ろして、一つ小さく息を吐いた。そして、「申し訳ございません」と続けた。


「覚悟など問うべきではございませんでした。殿下とて、こちらに向かう時点である程度の話は耳にしているのでしょうから、すでにお心は決められていたはず」

「いや、異母兄上の来訪を心待ちにしていたのであれば、俺では不安にもなるだろう。仕方がない」


 祝融の発言に、霍雨の眉根が寄った。先ほど叱ったばかりだと言うのに、と言わんばかりの「殿下、」と強くも厳しい声が今にも飛び出そうになるも、これを祝融は遮った。


「霍雨、俺には経験がない。勅命を受けた身だが、此処まで来るのとて霍雨や雲景の手を借りねば来れない。薙琳という人手を探すのにも左丞相に伝手を頼った。山に入るにも、毛将軍の案内が必要だ。解決となると、俺一人では無理だ。俺にあるのは炎の神力のみ。これをどう有効に使うかは、手の内を明かし、状況を明確にしなければ」

「状況を明らかにすることは大切です。しかし、ご自身を卑下する発言は頂けません。殊勝な心構えととるか、弱腰と受け取るかは相手次第。殿下に実績がない事実は、調査で覆していくしかありません。しかし発言ばかりは取り返しがつかないこともある」


 霍雨は祝融と睨み合うように言って、その目線はそのまま毛将軍へと流れた。


「毛将軍が事件解決に向けて焦っていらっしゃることは理解している。しかし、次に殿下へ妙な発言をするのであれば、侮辱と取るぞ」 

「霍雨女士、もうないとお約束する。それよりも……殿下は神力をお持ちなので?」


 この時、祝融は毛将軍の顔色が好転していることに気がついた。霍雨と一瞬目を合わせるも、霍雨は何も言わない。


「……そうだが」


 祝融がここへ来ることは伝わっていなかった。毛将軍へ届いたのは、文ではなくわずかな言葉を届ける術のはずだからだ。

 祝融が肯定したことにより、毛将軍の顔には期待が浮かぶ。かと思えば、俯いて記憶でも確認するかのように「確か噂で双子の皇孫殿下が神力を持っていると……」と、何やらぶつぶつと呟く。そして次に顔を上げた時には、毛将軍の顔は祝融の力に対して希望を抱いているようだった。

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