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祝炎の英雄  作者:
第一章 炎の御子

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九 誓い

 ぼう――と音を立てて灯った炎はゆらゆらと揺れながら、小さな部屋全体を仄かに照らした。熱くはない。祝融は自身の炎どころか、火を熱いと感じたことがないのだ。なのに儀式の時だけは違った。じりじりと焼かれる記憶が祝融の脳裏に蘇り、熱いとは感じていないはずなのに、額からは汗が流れる。痛みがぶり返したように気がして、祝融の右手は知らず知らずのうちに左腕を摩ろうとする。もう此処最近の癖だが、今も右手は別の役目を負っている為、神農の前で下手な姿を見せずに済んだ。


「祝融、無事で何よりだ」


 炎が灯れば全てが見渡せる。部屋の主が姿を表した瞬間でもあったはずなのに、祝融の脳裏は声をかけられるまで神農の存在を忘れていたのだ。しかし、威圧するような声音に、今の今まで感じていた炎への恐怖の記憶もまた薄れていく。

 ああ、なんということを。祝融は己のした恥ずべき行為に、夜闇の中に浮かび出た神農へとゆっくり揖礼して見せた。無論、炎は祝融の右手に灯ったままだ。


「御無礼をお許し下さい」

「よい、まだ本調子ではないのだろう」


 神農が「面をあげなさい」と静かに言ったので、祝融はそろりと首をもたげる。そう広くもないと思ったのは正しかったらしい。神農は二間もない距離長椅子に腰掛けている。薄闇の中で無心のその目は祝融をじっと見つめていた。しかし何を思ったのか、長椅子の上をゴソゴソと探って、一つの棒を取り出して祝融へと向けた。蝋燭(ろうそく)だ。


「いつまでもそうやっていては面倒だろう」


 祝融は何を思うこともなく蝋燭を受け取る。蝋燭だけでは、少々あれだが――なんて思っていたら、次に差し出されたのは手燭台(てしょくだい)。燭台に蝋燭を立て、炎が灯ったままの右手をかざせば蝋燭はぼう――と火が移ったかのように灯る。祝融の炎よりも小さく、今にも風で消えてしまいそうな心許ない。しかし、芯がある炎はそう易々とは消えないだろう。

 祝融は蝋燭の炎を右手で支えながら、今度こそと真っ直ぐに神農へと向いた。しかし、神農は祝融に興味を無くしたように、またゴソゴソと何かを探っている。今度は本だ。まさか、火種が欲しくて祝融を呼び出したわけでもあるまい――と考えたいところではあったが、神農の無骨な手は表紙をめくり、更には一葉に手をかけている。


「陛下、失礼ながら――」


 祝融は燭台を手に直立したまま、無礼なのを知りながらも神農へと話しかけるしかなかった。


「私を庇護下に置くという話を白侍中から聞きました。しかし、必要ありません。当初の予定通り、軍部への配属を希望します」


 それは、姜家が通る道であるが、最終決定は神農が決めることだ。しかし此処で言わねば、もう進言する機会もないだろう。一時(いっとき)たりとも無駄には出来なかった。


「怪我の具合はどうだ」

「随分と良くなりました」

「医官より報告は受けている。まだ暫くは安静にしているべきだ――が、龍で此処まで来れたともなると、医官の診断は間違っているにかもしれんな」


 矢張り、自分の目で見ねばわからないこともあるものだ。そんなことを悠長に言って、神農は一葉(いちよう)(めく)っていた。


「でしたら――」

「だが、そうもいかない事態になっている」


 神農の声音は何も変わっていないのに、言葉を遮られただけで高圧的に感じて祝融は押し黙る。


太尉(たいい)から、そなたの配属を見送る方針の上奏文が上がっている。太尉もまた、儀式に参加していたからな」


 太尉――とは軍部の最高権力者である。その大役を務めているのは、祝融の伯父でもある第二皇子・臨海なのだ。


「それは……伯父上自らの判断だと?」

「そうだ。儀式で神に呪われた男など、到底軍部で面倒見きれないとな。あそこは国中の神怪に関わっている。無理もない」

「私は呪われてなどいません」

「何故そう言い切れる」

「あれは偶然、儀式の火が燃え移って……」

「そう言うのであれば、祝融。今その蝋燭の炎に触れてみなさい」


 言われて、祝融の鼓動が跳ねた。祝融は火を熱いと思ったことがない。


「どうした。そなたは確か、火をものともしなかったと思うが」


 祝融もわかっていた。祝融に()()()()が燃え移るわけがない。そっと掌を炎へと翳して、祝融は己の右手を炙るように暫く動かなかった。しかし、その間も、微塵も熱いと感じない。


「その蝋燭を灯したのはそなただ。そなたの炎だから、そなたは燃えないのか?」

「いえ、一度私の手を離れた炎は、私の力とは乖離(かいり)します。多少、影響は受けても自在とはいきません。しかしどちらにしても、私が火で痛みを感じることはありませんでした……今までは」


 祝融にとって、火は己に等しかった。生み出した炎はまさにそれで、自由自在と言って良い。だから、誰かが起こした炎だろうが、祝融が移した火だろうが、祝融は痛みを感じることはなかった。一つの要素を除いて。


「あの儀式の炎だけが……俺を蝕みました」


 怒気を纏っているかのような猛々しい炎。


「回禄が助けてくれなければ、今頃俺は――」


 そう言いかけて、祝融は今まで考えてこなかった事に気がつく。回禄も祝融を助けた時に、僅かでも炎に触れたのではないだろうか。


「回禄とは一度話をしたきりですが……怪我はなかったのでしょうか」


 あの時は祝融も目が覚めたばかりで状況把握も出来ず、まともな会話もないまま、回禄はすぐに帰ってしまった。祝融が思い出してしまうのは、回禄が自身を助けてくれた瞬間だ。しかし同時に、祝融を見下ろす目も浮かんでしまう。


 ――まただ……。


 心のどこかで、感じる漠然とした違和感が警鐘を鳴らす。


「回禄に怪我はない。回禄はあの炎に触れても何事もなかった」

「何も……?」

「そうだ。あれは、神子(みこ)神言(かむごと)により起こされた火。それに拒絶されたそなたと、受け入れられた回禄……この意味はわかるな?」


 祝融はそれとなく気づいていた。炎は瑞獣に護られ神に見立てたものだ。時に神より言葉を賜ることもある――それだけ神聖な儀式だったと知っていた。

 そこで己は怪我を負った。それも、炎により。その意味を親族が考え、『呪い』という言葉に辿り着いた――そう考えると、回禄の憐れむ目に意味はしっくりくる。

 もう、お前は真っ当に生きることは無理――そう告げていたのだ。

 親族が動くのは早く、祝融が回復する前に手を回してしまえば、祝融にはもう打つ手はない――そう考えたのだろう。だが――それはどうにも腹に収まらない。

 祝融は燭台を床に置いて、そのまま膝を曲げた。儀式の時と同じく忠誠を誓うかのように、しかし顔は上げたまま神農へと真っ直ぐに目を向けていた。


「陛下、私が不要とあらば此処でお斬りください」


 しんとした薄ら闇の部屋の中、祝融の声だけがはっきりと浮き上がった。


「命は()わんのか」


 途端に空気が張り詰めた気がした。それもそうだ、姿勢はともかく祝融は神農相手に煽ったのだ。しかし、その程度のことで祝融は怖気付かなかった。命を賭けているのであれば、怖気など今更である。

 

(しょう)に合いません」

「では、余がそなたを斬らぬ選択をしたらどうする。私とてそう易々と孫を斬りたくはないのだが」


 本心かどうかは判断できないが、祝融は惑わされることなく続けた。

 

「私の力が呪いでないと証明する場を頂きたく」


 祝融は淡々と言った。手柄を立てると勝手に勢いだけで飛び出せば、罪人相当にされる可能性がある。ならば、この機会に自身の力を証明するしかない。


「何をするという。そこらの神怪でも討ち取るか? 経験もないのにも関わらず、大きく出たな」


 予想していた反論だった。祝融は神力を持って生まれたといっても、経験はこれから積む予定だったのだ。あるとすれば、これまで武官になるために積み重ねてきた研鑽(けんさん)。そして、二度ほど異母兄たちに連れられて狐狩りに行ったことぐらいだ。

 口達者に豪語する熟練者を装うには程遠い。だからといって、引き下がるわけにはいかなかった。

 

「私には神力があります。神力を授けられた者には使命があると云われております。であれば、私の命を何事にも使わずして終わらせるのは、神意を疑うことも同然」


 祝融は最もらしいことを言ったが、儀式の炎とて神が祝融を邪悪と判断して排除しようとしたのかもしれない。それもまた神意と言える。そこに踏み込まれると手痛い――が、神農は何か思うところがあるように顎に手を当てている。祝融はもう一押しと言わんばかりに続けた。


「私に姜家への謀反心(むほんしん)はありません。陛下への忠誠も変わらず胸に抱いております。どうか、ご一考を」


 祝融に出来ることは進言するのみだ。真に願うように、跪く祝融は頭をたれ、神農の反応を待った。

 すると、またも何かを探るようにゴソゴソと音がする。今度は何か、と考えるよりも先に、祝融は視界に大男の足があることに気がついた。神農が眼前に立っていたのだ。


「現在、(らん)(しゅう)より一つの事案は舞い込んでいる」


 祝融は思わず頭を上げてしまった。その視線の先には、神農の顔と共に一枚の紙が見える。ただの文か、上奏文か……祝融には見分けはつかない。だが、藍州はわかる。煌霞国において、九つある州の中でも最南端に位置する土地だ。そんなことはこれまで講師たちから存分に学んできた。そこがどれだけ遠いのかも。


「とある山村にて、人が消える事態が起こっている。これに、藍州軍が動いた――が、出動した小隊は解決するどころか残っていた村人ごと全員消えたそうだ。今も、誰一人として見つかってはいない。現在は厳重警戒の下、山村への侵入経路を塞いでいるといった状態だ」


 祝融は呆気に取られてしまい、無意味にも神農の手中にある紙を見つめたまましばし沈黙していた。


「こちらは軍部に回す予定だったが、そなたの実力を試すには丁度良いだろう」


 丁度、とは何だろうか。直ぐには頭は回らなかった。先ほど確かに自分で神力の真価を証明すると言ったのだから、ありがたい話である。しかし問題はそこではなく、根回しが早すぎることだ。

 まるで、祝融が此処に来るどころか、神農に進言することすらお見通しと言わんばかり。


 ――俺が上奏文を書いたのは昨日……丁度良い事案が偶々手の内にあったのか、それとも……。


 祝融が宮に籠ってまだ数日。一体どこから神農は祝融の行動を予測していたのか。祝融は考えあぐねいてのたうちまわりたい気分だったが、そのような時間は神農が与えてはくれなかったかった。


「それで……祝融、どうする」


 祝融は、はっとして気を取り直す。どうするも何にもない。どんな策略が神農にあるにせよ、祝融の答えは一つだ。


「身命を()して、必ずや解決してみせます」


 覚悟ある祝融の声に、神農もまた真直なる言葉で返された。

 

「では、祝融。そなたには、藍州における神怪討伐の任を命じる。これを解決し、村民及び消えた藍州軍の者たちを見つけ出せ。これは勅命とする」

御意(ぎょい)


 決意を揺さぶるような視線が、上から降り注いでいるような気がした。しかしそれも、祝融の眼前から気配が消えるまで。


「正式な文書は明日回そう。準備が出来次第、出立せよ」


 それだけ告げると、神農は飽きたかのように長椅子に戻っていた。祝融が辞去しようと立ち上がれば、神農の手には先ほどの本が握られている。話は終わった――と考えるべきだろう。祝融は軍部に属しているわけではない。祝融がどうやって人手を用意するのか、資金はどうするのか、全てを委ねられた――それは試されているような心地だった。

 しかし終わった話であるからして、祝融はそれ以上の追及を避け、もう一度、ゆったりとした揖礼をしてみせた。


「私はこれで辞させて頂きます」


 祝融には時間がない。急足になりそうになる気を鎮め、自身にとっての唯一の伝手を頼るべく扉へと身体を向けた時だった。


「皆、変わった」


 祝融は思わず、顔だけを神農へと向ける。


「それは、同じ血を有する者たちに等しく起こった。我が息子――そなたの父もまた同じ」


 神農は本に目を向けたまま、静かに告げて――その次はも本を読んでいるのか、目は一律に文字を追っていた。祝融は思い出したように足元の燭台を手に取ると、神農の前の備え付けの机へと置く。

 祝融は礼儀としてもう一度礼をするも、もう何も言わず、そのまま離れをあとにした。

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