月の告白
第一学年 五月十四日 火曜日
兵庫県篠山市今田町 立杭自然の家
黒豆の産地として知られる篠山市は緑溢れる自然と立杭焼き(陶器)や篠山城跡、デカンショ祭りなどの観光が目を引く奥ゆかしい土地である。
立杭焼きの窯元が居並ぶ通りより数キロ離れた緑の中に立杭自然の家はあった。
諸注意が終わると早速、班毎に分かれてのスタンプラリーが開始される。
高校生にもなって地図と方位磁石を持ってスタンプ集めとは、馬鹿にしているのかと一文字は言いたかった。
そんな時、同じ班の村瀬が楽しげに微笑みながら話しかけてきた。
「なんか楽しそうやね、岡君、地図って見れるん?」
「地図?ああ、大丈夫や、俺の得意分野やで」
「ほんまに?私は全然あかんから頼りにしてるわ」
「おっけー、まかしとけって」
嬉しそうに頷く村瀬を見て班員達と友好を深めるという意味では、これも悪くないと一文字は思った。
しばらくして永嶋が小声で言った。
「ふつう、地図が得意分野な奴っているか?」
「ここにおる、全日本地図選手権兵庫代表の俺やぞ」
「兵庫代表ってのが、岡の限界やな、嘘くらいもっと大きく言えや」
「言うてくれるわ、貴様ならなんと?」
「無論、宝塚代表」
「ふ~ん」
よっしゃ!永嶋の奴、大きく滑りやがった。とほくそえんだ時、前を歩いていた村瀬と川本が楽しそうに笑いながら永嶋に向き直った。
「永嶋君、規模小さなってるやん!」
「ふつう、日本代表とかとちゃうん?」
彼女たちのツッコミにへへって感じで永嶋は笑いやがった。
場の空気から一文字も笑いの表情を湛えてあげた。
話が一段落つき村瀬達は再び前を向いて歩き出した。
永嶋は“勝ちやな”とばかりに、ニヤリと一文字に視線を送ってきやがった。
一文字はさわやかな笑みを返したが、明らかにその目はガンをとばしていた。
実際得意ではない一文字であったが、狭い範囲に限られたスタンプラリーの地図を見るくらいはなんとかでき、初めのスタンプポイントを発見した。
「岡君すごいやん、ほんまにあそこにスタンプポイントがあるわ!」
村瀬ではなく川本がはしゃぐように一文字を讃えた。
高校生にもなってこれくらいで褒められるのはくすぐったい感じがしたが、とりあえず面目を保つことはできたし、村瀬も嬉しそうに川本に同意しており一文字は満足だった。
班員みんなで“あーだ、こーだ”いいながら全てのスタンプを集め終わった頃には夕暮れ時だった。
食事が終り、夜空に無数の星が瞬く頃、全クラスの生徒達が大きなかがり火を囲んで座っていた。
お約束のキャンプファイヤーである。
かったるい教師の挨拶に続き、スタンプラリーの表彰式が行われる。
一文字達は中間くらいの成績だったのでたいした興味も無く表彰される奴らに心無い拍手を送った。
炎の歌、校歌を大合唱した後、自由時間となった。
一文字は永嶋が棚橋に捕まりミッドウェー会戦について熱く語られているのを見るや、自分は巻き込まれないようにと、会場から少し離れた人気もまばらな場所へと移動した。
芝生の上に腰を下ろした一文字が何気なく空を眺めると、街では出会えない無数の星が瞬き合っている。
あれがカシオペアで、あれは北斗七星か、それ以上はよく分からないので一文字は考えるのをやめた。
それにしても火の気が遠ざかったここは少し肌寒い。
そろそろ戻ろうかと一文字が思っていたとき、隣に川本が座った。
「岡君、こんなところで、一人でなにしてるん?」
「ああ、芝生の生態を調査しててん」
「また、わけの分からんこと言って。そういえば恋人の永嶋君が棚橋君に取られてたよ」
「俺の愛は自由奔放主義やからな、あいつがどこをほっつき歩こうと知ったことやない」
「そうなんや、そんなん言ったら永嶋君、悲しむで」
冗談ぽくそう言った川本の表情は、気のせいか、なんだかこわばっているように見える。
「そうそう、岡君ってバイク持ってるん? 前から訊こう訊こうと思っててん」
「ああ、バイクね、親父のがあるにはあるなあ・・・」
「そうなん!じゃあ一回乗せてや。私、バイクって乗ったことないんよ、あかんかな?」
「いや、あかんもなにも、今壊れとってな、とてもじゃないけど人を乗せるなんてことできへんわ」
「そうなん、それは残念やわ」
川本は残念そうにうつむいたが、すぐに柔らかい表情で話を替えた。
「そう言えば、岡君はクラブ入らへんの?」
川本は一文字の顔を覗き込んだ。
「お、俺は自由、あの雲みたいなもんやから・・・」
川本は夜空をみつめながら言った。
「岡君が雲なら私は何かな?」
(何って何?)とりあえず取り繕って・・・
「月かな・・・」
「月か・・・、月やったら雲をずっと月光で照らすことができるね」
月光に照らされて青白く輝く月の横顔は、やけに綺麗に見えた。
何この展開?青春爆発?一文字はパニックに陥り、口をパクパクするしか出来なかった。
月は更になにかを言おうとした。
その時、いつの間にか正面に立っていた棚橋が声を掛けてきた。
「こんなところで何油売っとるねん!今から米軍特殊部隊について熱く語り合うから、岡もはよ来いって!」
「え、なんて?」
「だから米軍特殊部隊や!」
米軍特殊部隊に興味は無かったが、この状況を脱するため、とりあえず棚橋の誘いにのった。
ともあれ正直ほっとした。恋愛に不慣れな一文字でも次の言葉はなんとなく想像できたからだった。混乱が混乱を生んだ混乱の中を脱し、徐々に落ち着きを取り戻した今、
(星空の下、人気の少ないあの場所で、男女二人で肩並べて話してたら、変な誤解を招かへんか?)
そう考えると、先程までの光景を村瀬友里に見られていなかったかどうか、一文字は無性に気になってきた。
(いや、目撃した奴の勝手な噂が一人歩きして村瀬に届くなんてこともあるのでは?)
この時の一文字には川本を気遣う余裕は無かった。
一文字達に用意されていた寝床は、大広間にクラス十八人の男が雑魚寝という劣悪な環境だった。永嶋との関節技研究を一通り終えた一文字は敷かれた布団に仰向けに寝転んだ。
消灯の時間が訪れ、辺りが闇に包まれた。闇は人の神経を過敏にさせる。
スタンプラリーを通じて村瀬との距離が少し縮まったように思えたこと、キャンプファイヤーでの川本のこと、一文字は今日あったことを必死に整理しようと務めた。
考えれば、考えるほど川本と肩を並べて話していたあの光景を村瀬に見られていなかったか、誤解を招くような噂が流れないかと不安を感じて仕方なかった。
いや、あの会話を誰かに聴かれたとしたら・・・
「あ~ん・・・」
闇の中、どこからか悩ましげで気色悪い呻き声が聴こえてきた。クスクスと小さな笑いが場を満たした。
夜が終えると朝が来る。一文字達は重い瞼を擦りつつ、無駄に長い廊下を食堂へ向って歩いていた。
食堂の入り口に差し掛かった時、一文字は川本とばったりでくわした。
川本は一瞬バツが悪そうに目を逸らしたが、すぐに向き直り、小さく微笑んで言った、
「岡君、おはよう」
悲しそうな微笑、後悔と疲れに浸った瞳がそこにあった、
時が止まった、心臓がやけに激しく鼓動を打つ、一文字はこの時になってはじめて川本が自分以上に辛い夜を過ごしたことを知ったのだった。
川本の必死の告白をうやむやにして逃げだした上、村瀬に誤解されていないかと己のことばかりを心配していていた自分の不甲斐なさがいっきに噴出してきた。
「おはよう、」
この一言をやっとのことで返した一文字は、すぐさま川本に背をむけ、永嶋達がいる席に足早に向った。
傷ついた川本、不甲斐ない自分、それは分かっている、それなのにまだ逃げるというのか俺は・・・
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