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ep.42 最悪なファーストコンタクト2

 人気のないプール裏でゆらゆらと空に上っていく煙を見上げながら、

 正輝はさっきのことを考えていた。


(女相手に、俺は何しとんねん?ダサいにも程があるやんけ、)

 とはいえ、今更、頭を下げに行くのはメンツがどうあっても許さない。


(アカン、俺は完全に混乱しとる・・・)

 喧嘩、女、正義、仲間、メンツ、勇気、建前、色んな感情が頭の中をグルグルと回り狂う、そして凛と輝く漆黒の瞳・・・


(そう言えば、放課後、原田が面を貸せとか言ってな)

 恐らくさっきの喧嘩のことだろう、また停学か、それともそろそろ退学か、

 なんにせよ、せめてもの清算やとばかり正輝は指導室に向うことにした。


 放課後、正輝が指導室の扉を開くと、そこには体育教師の原田と、

 それと向き合うようにして一人の女生徒が座っていた。

 扉の音で振り向いた女生徒は、紛れもなく先程の騒ぎの渦中にいた上原だった。


 正輝は無言のまま近づき少し離れたところにある椅子にどかっと腰を降ろすと、だるそうに言った。

「で、原田のおっさん、俺は停学か、それとも退学か?」

「なんや白山、喧嘩でもしたんか?」

 応じる原田の様子はどことなくわざとらしい。


(なんやねん?どういうことや、)

 原田の意図するところがよく分からない。少し苛立ち正輝はぶっきらぼうに言った。

「それで呼んだんちゃうんか?」

 原田は小さく頷くと上原を見やり、問いかける。

「と、白山は言ってるが、ほんまに喧嘩やないんか?」

「喧嘩やありません、合気道の実戦的な稽古です」

 静かに応じる上原、(俺を庇うつもりなんか!)それはメンツが許さない。


 正輝は荒々しげに言った。

「あれは喧嘩や!俺が喧嘩を吹っかけたんや!情けない話、透かされてしもうたけどな、」

「と、白山は言っているが、どうなんや上原?」

「さっきも言った通り、喧嘩やないです。

 白山君がどういうつもりで喧嘩って言ってるか知らないですけど、あれは実戦的な稽古です。

 先生、信じて下さい」


「あほ、あれは、」

 正輝が言いかけたとき、原田が厳しい口調で言った。

「白山、普段から適当なことばっかりしとるお前なんかより、

 上原の言うことのほうが、信憑性があるに決まってるやろ、喧嘩やなかった。

 これで話は終わりや、ええな!」


 指導室内に鋭く冷たい空気が張り詰める。

 その中を原田は毅然と歩き、指導室を出て行った。

 部屋には上原と正輝の二人だけが残された。


 しばしの沈黙があった後、正輝が当然の疑問を投げかけた。

「お前、どういうつもりや?庇って恩でも売るつもりなんか?」

「そんなつもりやないで、でもそう思われたんやったらごめん、」

 上原に怯んだ様子はまるで無い。

 だが、謝る心に偽りは微塵も無い、少なくとも正輝にはそう映った。


 そんな上原の様子にメンツにこだわってばかりの自分が妙に情けない存在に思えた。

「お前が謝んな。まあ、俺に恩なんか売ったところでお前に何のメリットも無いしな、」

「・・・・・・」

「で、なんで俺を庇ってん?ほんまは俺が憎いんちゃうんか?」

 そう言ったとき、正輝の目をあの凛とした漆黒の瞳が射抜いた。

 しかしそれは、もめた時のとは違い、厳しいが、

 どこか暖かく優しい光を湛えているようでもあった。


「憎くなんかないで、それに庇うつもりでやってる訳でもないし」

「じゃあ、何や?」

「白山君の心の乱れかたが、妙に気なってもうて、つい、」

(・・・・・)

「ごめん、おせっかいやと思うやろうけど、どないしても気になって、」

 そう言って少しうつむく上原は、どこか己を責めているのか、瞳の光が僅かに霞んでいる。

 漆黒の瞳に浮かぶその揺らぎは、正輝の体を突き抜け、全身に波紋となって広がり、頑なに閉じた心さえも揺さぶるような思いにとらわれる。


「上原、お前に俺の心が分かるとでもいうんか?

 何も知らんお前に何が分かんねん」

「白山君の心は私には分からへん、今までも、多分、これからも、」

「・・・・・」

「でも、心の乱れを少しは、落ち着けさせられるかもしれへんから、話をしたいなって、」

「おいおい神にでもなったつもりか?それとも世間知らずのお嬢様の気まぐれってやつか?」

「それは、どっちも違うと思う」

「じゃあ、なんやねん?」

「ただ、放っておけんかってん、力を持て余して、それを制御できない心を、武人の端くれとして」


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