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最悪なファーストコンタクト1

 第二学年 六月十六日 火曜日

 宝塚ゆずり葉高等学校 本館3F 教室前廊下


「もう一度、海老沢をぶっ殺しに行きたい」

 これが白山正輝の本音だ。


 だが、正輝を気遣って脱退させてくれた先輩のことを思うと、

 これ以上チームに関わることは出来ない。

 海老沢、そして美由紀にも、もう関わることはできないのだ。


 苛立ちが募る。


 そんなとき、決まってあのことを思い出す。

 己を頼って来たにも関わらず、守ることが出来なかった山口徹のことを、

 教室に向かうこの瞬間でさえ何度も脳裏をよぎる。

 おかしくなりそうだ。

 いや、こんなくだらないことに囚われている俺は、既におかしいのかもしれない。

 正輝は自嘲した。


(ん、あれは確か・・・)

 廊下の先で見覚えのある男女が、何か話しながら手と手を取り合っているのが、

 正輝の目に入った。


 近づくと次第に声が聞こえてくる。

「入り身して、引きつけると、どうしても後方にバランスが崩れてしまう。なんでやろ?」

「そうやね~」と言いつつ、佐那は、一文字の側面に入り身し、

 襟を掴んで自分の方に引っ張ってみる。


 そして納得したように数回、軽く頷いて言った。

「相手を引っ張るだけやなくて、自分も相手に体重を掛けるようにもたれ掛かったらええねん。

 丁度、バランス人形みたいにね」


「なるほど、」と言いつつ、今度は一文字が入り身して佐那の襟を引っ張り自分のほうに引きつけ、そこで言われたように自分の体重を佐那に掛けてみる。


「おお、確かにこれなら崩れへんわ」

「うん、さっきより全然安定してるわ。飲み込み早いわ」

 寄り添い?褒めてくれる佐那のどこか懐かしく高貴な香りが、一文字の感覚を奪っていた。


「一文字君、あんまり引っ張られると襟が伸びてまうわ」

 佐那の言葉に、我に返った一文字は、「ごめんごめん」と襟をぱっと放した。


 襟元を整える佐那を横目で見ながら一文字は、感心しつつ言った。

「それにしても、言われてみると当たり前な気がするけど、意外と気付かんもんやな」

「ほんまやね、こういうのって自分じゃなかなか分からへんからね。

 私もおかしい所とかアドバイスがあったら言ってや」

「ええで、お互いに注意しながやって行こうや」と応じた一文字の肘に誰かがぶつかった。


 振り向き「あ、すまん」と言いかけたとき、背中の衝撃と共に、

 一文字は吹っ飛び廊下に転がった。

 両手を突いて振り向くと、そこには白山正輝が立っていた。

(走り屋のやばい奴やんけ・・・)


 姿を捉えたとき一文字の背筋に冷たいものが走り、

 額にはやけにへんな汗が浮かぶ。

 理不尽さに対する怒りというより、恐怖といった感情がそこにあった。


 白山は顔を紅に染めながら明らかにガンをくれ、威圧するように言った。

「誰にぶつかっとんねん、殺すぞ」

「ご、ごめん」

「こんなところで、なにをチャラチャラやっとんねん」

「ご、ごめん、別に・・・」

「別に?ワレ、俺になんや言いたいことでもあるんか、あぁ!」


「別にチャラチャラなんかしてへんで、合気道の練習をしてただけやん」

 凛とした口調でそう反論したのは、佐那であった。

 その瞳は黒く透き通り、一点の怯みもない。

 佐那の誇り高く毅然とした態度は、正輝に少なからず驚きを与えたが、

 それ以上に火に油が注がれた。


 ガンを飛ばし、肩を大きく振り、威圧に威圧を重ね、佐那に詰め寄る。

「このボケ、誰に向かって口きいとんか分かっとんか!」

(佐那、下手に刺激するんはやめとけって)


 一文字の思いに反して佐那は、異常なほど冷静な様子で反論する。

「そんなことより、なんで一文字君が蹴られなあかんの?」

「うざいからに決まってるやろ!」と佐那にタンカ切った後、

 白山は一文字を見下し、冷徹な口調で言った。

「おいワレ、女に守られてカッコええなぁ。

 何が合気道の練習や、女とイチャついてるだけやろうが」


 男一文字、今の言葉を言わせたままにしていいのか?

 いや、下手に関わると後々厄介やし、一文字が葛藤に苦しんだとき、

 佐那は鋭く、黒い刃のような口調で言った。

「一生懸命やっている人を、馬鹿にするのは最低や、私はそんな人が許せへんわ」

「許せへんのやったらどないやねん?殴る度胸もないような奴がいきがんなや」

 この時、正輝は佐那が女であることなど、すっかり忘れていた、

(女相手になに本気になってんねん?)

 そんな余裕など、どこにもなかったのである。


 佐那が冷静な口調で問いかける。

「意味なく人を殴るのが度胸なん?

 アンタにほんもんの度胸はあるん?」


 飛んだ。

 怒りで正輝の理性は吹っ飛んだ。

「このガキっ!」言うや否や佐那の髪をワシ掴みにすると力任せに引き降ろした。


 佐那の細い力ではなすすべもなく、上体が前に屈まされてしまい、

 態勢を立て直すことも叶わず弱々しく髪を庇うのが精一杯のようである。


 白山は征服者の威圧をもって言った。

「合気道かなんか知らんけど、弱えくせにいきがんな」

(たとえ、これが死を招くことになろうと、)

 一文字は覚悟を決めた。


「ええかげんにせえや!」

「なんやと!」

 へたれ一文字の宣戦布告に白山が怒りに震えた瞬間だった。


(緩んだ!)

 佐那は髪を掴む白山の手を両手でグッと握るや、ブチブチと髪が抜けるのもそのままに、

 脇下を内側から潜り抜けると、白山の右腕が捻り上げられた。


「グ、離さんかボケ!」

 痛みの中で怒りを叫ぼうとした白山に、佐那は冷たく言った。

「悪いけど、このまま折るわ」

「やってみぃ!腕一本くれたら!その代わり、そのあとボコボコじゃあ!」

「ボコボコはいややから、止めとくわ」

 静かにそう言うと佐那はすっと、白山の手を解放した。


 一瞬、呆気にとられた。

 正輝には佐那の行動が全く理解できなかったのだ。


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