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幼馴染

 第一学年 三月二十八日 土曜日

 永平寺武道場


「それでは、片手取り腰投げ、練習してください」

 師範が言うと生徒達は一斉に相手を求めて動き出す。


 ふらふらしている一文字の前に細身で、涼しげな雰囲気の男が立っていた、最上風太だ。

 風太は、佐那の五つ年上の幼馴染で、佐那同様物心ついた頃には合気道に浸かっていたらしく、その技は芸術的であり鋭利だ。


 佐那には風兄ちゃんと呼ばれて慕われている。

 真面目で礼儀正しく、物腰は柔らかい。

 こういうのを巷では好青年というのだろう。


 一文字と風太は互いに正座し、礼をして練習に取り掛かる。

 一文字が風太の手首を握ると、風太は取られた手首を返して逆に握り返した。

 と、同時に腰を落として素早く懐に入り込み、一文字を腰に乗せるや、

 鋭い腕の振り下ろしと膝のばねで一文字を投げ飛ばした。


 瞬時の出来事に、一文字はなすすべなく空を舞い、畳に叩きつけられた。

「さあ、次は岡君の番ですよ」

 そう言って左手を差し出す、一文字も同じように相手の手首を握り、

 懐に入り込み、 手首を持ち上げ腰に乗せようとするが、

 相手が背中に乗っかって止まってしまい、

 よろけて投げるに投げられない。


 仕方がないから手を離しそっと風太を降ろした。

「う~ん、どうも上手く投げられないですね」

「もっと膝を落とした方がいいですね。

 そうすると背中ではなく腰に乗せやすい。

 あと振り上げた手首の方にしっかり顔を向けておかないと安定して投げられないですよ」


 風太は同じことを、何度でも丁寧に教えてくれる。

 また、その説明もしっかりポイントを抑えたもので、技術の高さと研究熱心さが覗える。

 本当に真面目で紳士的な態度を貫いているものだ。


 合気道を真に修練すればこのような人間になるものなのかとも思えたが、

 元の個性があるから一様には言えないような気もする。

 なんにせよ、すげえ奴だなとあまり人を認める器量の無い一文字もそう思った。


 練習が終わり、道場から出たところで、後ろから佐那が声を掛けてきた。

「お疲れ様やね、一文字君はほんまに練習熱心やね、学校でもよく研究してるみたいやし」

「まあ、根が真面目からな」

「ほんまやね」

 素直に同意されるのも、少し違和感があるものだ。


「それにしても最上さんの技はすごいな、あの腕があれば実戦でも充分使えそうやな」

「せやね、風兄ちゃんの技は鋭くて力強い、その上で芸術的やから羨ましい限りやわ」

「俺からみたら佐那かて負けてへんと思うけどな」

「私の技なんかまだまだ未熟やわ、あの域まで到達するのはいつのことやら」

「俺が佐那の域に達するのはいつの頃やら?」

「そやね~、あと二十年は掛かるかな~」

「おいおい」

「なんて冗談やで。真面目に練習すれば、すぐやと思うわ」

 と、笑みを湛えて、佐那は励ましてくれたのだった。


 それから、しばらく雑談をしていると道場から風太が姿を現した。

「ああ、岡君、お疲れさま」

「お疲れさまです」


 佐那がじゃれる子犬のように嬉し気に声を掛ける。

「風兄ちゃんもお疲れ様やね。それより約束やねんから、

 お昼ごはん終わったらちゃんと六甲山連れてってな」

「分かった、分かった、じゃあ一時に車で迎えに行くから待っててな」

「うん、分かった」

 笑みを湛えた佐那の返事に軽く数回頷くと、風太は去っていった。

「あとでね~」と、無邪気に手を振る佐那を見ていると、なぜか一文字の心は沈んだ。



 電気を消し、暗闇の中で瞳を閉じていると、無邪気な様子で風太に手を振る佐那が、

 瞼の裏に何度も映っては消える。


 あの後、二人は車で六甲山牧場にソフトクリームを食べに行った。

 本当にそれだけなのか?

 本当にただの幼馴染なのか?

 本当に兄弟みたいな関係なのか?


 何度も問い、「ただそれだけだ」と延々と答えを繰り返す。

 眠れない、もうどれくらいの時間を費やしているのだろうか?

 闇の中で一文字はもがき続けた。


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