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合気道

 第一学年 十二月十七日 火曜日

 逆瀬川沿いの通学路


 この日、期末テストの結果が発表された。

 あまりにも悲惨、このままでは塾通いは現実となるであろう。

 この状況を如何に切り抜けるべきか、一文字は一人、冬の寒空の下、

 唸りながら対策に頭を悩ませていた。


「下を向いてたら心が枯れてしまう、強がりでも前を向かんといかんよ、一文字君」

 肩を叩き、そう声を掛けてきたのは、黒い瞳に優しさを湛えて微笑む佐那だった。


 よく見ると佐那も一人である。永平寺以来の二人きりの状況に一文字の鼓動は早まり、少し痛い。


「今、帰りなん?」

「うん、そうやで、それより、どうしたん?なんか嫌なことでもあったん?」

「そう見える?」

「うん、えらい元気ないから」

「別にそうでもないで」。

 一文字は話題を変えた。


「佐那はこれから帰って何するん?やっぱり合気道の練習なん?」

「うん、それもあるけどその前に夕飯の下準備せんといかんねん」

「なんで佐那が?」と問いかけて、一文字は口を閉ざした。


「私にはお母さんがいないから、でも、大好きなお父さんがいるから平気やで、」

 気にしなくてもいいよと言ってくれているのであろう、佐那はさっき以上に優しく微笑んでいた。

 どこか悲しい笑みだ。


「そういば、市民体育館で俺からナイフを奪った技は強力やったな、あれはどうやるん?」

「ああ、肘極めやね」

 そういうと佐那は一文字の右手を左手でそっと持った。


「相手の手首を掴んで前方に引き出しつつ手首を内側に返し、」

 ゆっくりとした動作で右手が誘われると、一文字は前方によろめいた。


「それを体に密着させてもう一方の手で抱え込むようにして肘を極める」

 佐那が一文字の手を抱え込むと一文字は前方に崩れ、手の痛覚が刺激を感じた。


「な、なるほど、なんとなく分かったけど、」

「けど?」

「痛い」

「あ、ごめん」

 ぱっと、手を解きあやまる佐那だが、人通りのある公道で周りの目を気にせずに最後まで技を極めるとは、合気道のこととなると、見境がなくなる節が佐那にはあるようだった。


「痛かったけど、面白いな、他にも色んな技があるんやろ?」

「うん、あるで。そうや、一文字君は今日は空いてる?」

「俺?俺は特には何もないなあ」

「それやったら、うちの道場に来てみいへん?興味があったらやけど」


「道場って合気道の?」

「うん、永平寺の境内にあるんよ、今日は一般練習日やから見学できるわ、どない?」

 どことなく元気がない一文字への彼女なりの気遣いなのであろう、

 気遣いも嬉しいが合気道の技にも関心があり、一文字にとって魅力あるお誘いであった。


「じゃあ、行ってみるわ」



 夜の七時過ぎ、一文字が永平寺境内にある武道場を訪れると、

 武道着の袴姿で佐那が出迎えてくれた。

 佐那の黒く長い髪が和を感じさせる武道着に映え凛とした美しさがある。

 佐那は「こんばんは、来てくれたんや」と挨拶すると武道場の中に一文字を案内した。

 道場内では既に練習が始まっているようであった。


 上座の顎鬚を蓄えた初老の男が師範なのであろう、

 下座に十数人の生徒が並びなにやら説明を聞いている。

「風太」

 師範が生徒の一人である二十代半ばくらいの男に声を掛けると、

 風太と呼ばれた男は「お願いします」と一礼して歩み出る。


 師範が正面打ちを繰り出すと男は正面打ちにて受けとめる。

 と同時に師範は相手の右手首を切り下ろして制しつつ、

 もう一方の手で肘を押し出し体勢を崩し、ぐるりと体を転換させ、

 回転しながら男を畳にねじ伏せた。


 師範は相手を解放し、技のポイントらしきことを説明しはじめた。

「いつも言ってますが、相手の腕は常に自分のへその前で固定するようにして、

 体を転換するようにして下さい。

 それと肘はしっかり伸ばすように、曲げてしまうと安定せず、

 相手に返されてしまいます。

 正面打ち第一教・裏、練習して下さい」


「お願いします」

 生徒達は一斉に声をあげると、互いに相手を見つけ練習をはじめた。


 隣でじっとその様子を見ていた佐那が一文字に話しかけた。

「いつもこんな感じで練習してるんやけど、どう?」

「そうやな、なかなか礼儀に厳しそうな雰囲気があるな」

「うん、合気道は礼ではじまり礼で終わるが、モットーみたいなところがあるからね」

「あと、技が面白い、日常の喧嘩ではまず身に付くことがない技やな」


「喧嘩とか、誰かと競い合うとか、合気道はそういうものやない。

 節度をわきまえ、自分と向き合い研磨して己の高みに到達するためのものや。

 その上で望まへん緊急事態において自己防衛の手段となりうるんや、合気道は武術やからな」

 そう言いながらやって来たのは先程まで生徒たちに手ほどきを行っていた髭師範だった。


 近くでみるとその髭には白いものが幾筋も交じっている。

「見ているだけやったらつまらんのと違うか、どうや試しにやってみるか?」

 なんだか面白そうなので、一文字は挑戦してみることにした。


 師範は佐那に基本的なことを教えてやれと指示を出すと、もとの稽古に戻っていった。

 佐那が言った。

「じゃあ、転換と正面打ち一教の表でもやってみよか、」


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