二年前の出来事
第一学年 九月三十日 月曜日
宝塚ゆずり葉高等学校 一年五組教室
五限目と六限目の間に位置するわずか十分間の小休止、
一文字は棚橋と『ドラゴンスクリュー』は実戦に使えるのかどうかを熱く議論していた。
一文字は難しい、棚橋は使えると互いに一歩も譲らず膠着状態に陥った時だった。
三組の林がずかずかとやって来て人差し指を立てつつほざいた。
「ドラゴンスクリューは使えるで!」
「ほら聴いたか岡、やっぱドラゴンスクリューは使えるねんぞ!なあ、」
棚橋は嬉しそうに見ず知らずの林に同意を求めたが、
林の中ではその話題は既に終わっており、
「そうそう」と簡単に相槌を打つとそれ以上は構わず本題に入った。
「それより岡君、今日は、とっておきのものを持って来たで」
「とっておきのもの?それよりこの前の話の続きを聞かせてくれ」
「安心しいや、それに関連するものやで!」
「そうなん、はよ見せてくれ」
「じゃじゃん~」とか言いながら林は、持っていた紙袋の中から古い週刊誌を取り出した。
「なんやそれ?」
問う一文字に林は嬉しそうに週刊誌を開き手渡した。
そこには大きな字で『女子中学生捕り物劇』と書かれた見出しの隣に
セーラー服姿の上原佐那の写真が掲載されていた。
驚きと好奇心が湧き上がる中、一文字は記事に目を落とした。
二年前 九月十九日 火曜日 阪急逆瀬川駅周辺 某コンビニ前
放課後に、友人の家に遊びに行った帰りのことだった。
小林から逆瀬川駅に向う途中、佐那の瞳にコンビニの光が灯っていた。
お気に入りの桜あんぱんでも買って帰ろうかなどと考えていた時だった。
コンビニから慌ただしく出て来た黒いジャンバーを着た中年の男が佐那の方に向って、血相を変えて勢いよく走ってくる。
その後を追うように店から出てきたガタイのいい三十過ぎくらいの男の店員が、
男を追いかけながら叫んだ。
「そいつはドロボーや!誰か捕まえてくれ!」
店員はそう言うものの、通行人は恐れおののき逃げ行く男に道を譲るのが精一杯であった。
手には鋭利に輝く包丁が握られていたからである。
「待たんかいボケ!」
怒号を上げて追いかけてくる店員が気になるのか、中年男は、何度も振り返りながら走る。
(このままでは追いつかれる、何か手はないか?)
男は、打開策を求めて辺りを見回すと、十メートルほど先に驚き立ち尽くすセーラー服の少女を見つけた。
(あいつを人質にするしかない)
男は、右手で包丁をちらつかせながら勢いそのままに、空いた左手で少女に掴みかかった。
男の手が少女の胸倉に届くかと思った瞬間、
「なっ?」
恐怖で硬直していたはずの少女の姿が、突然男の視界から消えた。
少女は鋭い動きで男の側面に進み出て、掴み掛かる男をかわしていたのである。
少女は包丁を持つ男の肘に手をあて、そのまま手首へと滑らし手の甲を掴む。
「な、なんや?」
男は、包丁を持つ手を掴まれたことに驚き、とっさに右手を引いた。
刹那の刻、それは落ち葉が清流に乗るような自然の流れであった。
引き戻される男の手の甲に、少女は空いた手を被せるや、タイミングよく手首を外側に返した。
「あいたた!」
途端に男の手首に衝撃が走り、激痛に導かれるように路面に倒れ込んだ。
倒されてからも、手首が極められ、襲い来る痛みのため、身動きが取れない。
「ぐああっ!」
不意に手首が、さらに容赦無く捻られた。
捻じ切られるような痛みに、男は思わず握り込んでいた手を緩めてしまうと、
瞬時に包丁が奪われた。
(あかん、下手に力で抵抗すれば、手首がへし折られる)
男は感覚的に理解でき、無理には動けない。
(く、くそっ!)なすすべのない男は、自分を抑える少女に怒りと憎しみの眼光を向けた。
「あっ」
思わず声がこぼれた。
そこには、自分を制した者とは思えない、長い黒髪が印象的なほっそりとした少女がいた。
男は驚きに包まれた。
少女と目があった。
それは黒く澄んだ瞳だった。
その漆黒の中には殺意に似た覚悟が爛々と輝いており、男の背筋にひどく冷たいものが流れた。
「ぐう」と男がうなり声を上げた。
追いかけてきた店員が男に馬乗りになり、両手を地面に抑えつけたのだ。
「てめえ!抵抗したらはったおすぞ!」
店員は容赦のない怒号を浴びせたが、既に男に抵抗する気力は無かった。
ただ、自分を捕らえに来たパトカーのサイレンが鳴り響くのを、静かに聴くことが精一杯であった。
しばらくして、やって来た警官に中年男は手錠を掛けられパトカーで連行されていった。
「君、怪我はないかい?」
残った警察官が心配そうに佐那に声を掛けたが、佐那は呆然と空を眺めているだけで返事を返さない。
「君、大丈夫か?」
大きな声で再び問い掛けれられると、佐那はびくっと体を硬直させ震える声で言った。
「大丈夫です、ただ、恐くて体が動かへんのです」と、
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