上原の護身術2
一文字と永嶋が地味に寝技の練習をしていると、突然、林がやってきて声を掛けてきた。
「なあ、永嶋君、ちょっとええ?」
「え、なに?」
永嶋が用件を聞くと、林は先程までの経緯を説明し、協力を求めてきた。
「と、いうことらしいけど、どないする岡?」
「ええんとちゃう」
言葉こそぶっきらぼうだが迷い無く承諾した。
実のところ一文字は、なにか運命的なものを感じる上原にからんでみたかったのだ。
林が一文字と永嶋を上原達のもとへ連れて行くと、上原が軽く会釈をしてきた。
つられて二人も会釈を返した。
「こっちが上原佐那、こっちが・・・」
林は上原らをせかせかと紹介すると間髪入れず、
「でもって、こっちが中学の時の同級生で永嶋君」
永嶋が自ら自己紹介する間を与えず、林はからかうような口調で問いかけた。
「永嶋君、佐那ってめっちゃ可愛いやろ?」
「え、」
「優子、いきなり何を言い出すん!」
「ええから、ええから」と上原をたしなめつつ、再び林は永嶋に問う。
「佐那って可愛いと思わへん?」
どうやら林は困った様子の永嶋を愉しんでいるようだった。
様子を見ていた一文字はなんとなく中学時代の二人の関係が分かったような気がした。
「ま、まあ、そうやな」
「せやろ、こんな可愛い子の手握れるんやから私に感謝しいよ~」
上原と永嶋は互いに顔をあわせて苦笑いした。
「ほらほら佐那、はよ腕出して。永嶋君も遠慮せんと佐那の腕、おもいっきり握ってよ」
言いながら林が上原の右腕を永嶋の方へ突き出す。
「じゃ、じゃあ」
と、促された永嶋は遠慮がちに上原の細い手首を左手で握った。
「もっと強く握ってや」
林が永嶋の手に両手を添えて、グッと強く握らせる。
「こんなに強く持って、ほんまに大丈夫なん?」
「心配ないって、ほな、佐那、やっちゃって」
「じゃあ、いくで」
皆の視線が上原の手に集中した。
次の瞬間、上原が素早く手を内側に返すと永嶋の手から脱していた。
(そんな簡単に!)
そこにいた誰もがそう思った。
「すごいな、そんな簡単に外せるんや、よう考えられてるなあ」
感心する一文字を、誰?といった表情で林は横目をちらつかせた。
上原が一文字に視線を向け声を掛けた。
「私は上原。同じ学校やんね。見かけたことあるわ」
「そうやな俺も見かけたことあるで。上原さんは確か三組やんな」
「うん、そうやで、三人とも同じクラスやねん」
上原がそう紹介するとジャージ姿の女子が一文字に向って軽く会釈した。
一文字もそれに応じつつ自己紹介をする。
「俺は五組の岡一文字、よろしく」
一文字に言葉を返したのは上原ではなく早口な林だった。
「うん、よろしく~。私は林優子っていうねん」
「合気道って護身術なんやろ。よくドラマとかでナイフ持った奴を抑え込むシーンを目にするけど、あんなことも出来るん?」
「こらこら、佐那に対してそれは愚問やわ。ね、佐那」
立てた人差し指を左右に振りながら、林が早い口調で一文字をたしなめる。
「どういうこと?」って、一文字が尋ねるより早く、
「優子、そのことは、ええから・・・」
「そうなん、私はかっこええと思うねんけどな・・・」
上原に制された林は残念そうに呟いたが、すぐに元気な様子を取り戻し、早口で言った。
「佐那、私も生で見てみたいから、やってや」
「やってと言われても、」
困った様子の上原をよそに、林は武道場の端に置いてあった上原の鞄を勝手にあさり、
木製の短刀を取り出して持ってくるや、悪びれた様子もなく一文字に突き出した。
「はい、これで佐那を襲っちゃって」
「え、あ、ああ・・」
その強引なやりように抵抗することもできず、一文字はそれを受け取った。
「で、襲えと言われても、どうしたらええん?」
「振り回すとか、突くとか、とにかく適当にやったらええねんって」
「な、なるほどな・・」
林の無責任な助言にもっともらしく頷きつつ、周りを見渡すと興味津々といった様子の永嶋らがいた。
困りきった一文字は、上原に訊いてみた。
「ええの? 危なくないか?」
林の強引さと周囲の期待を帯びた視線に上原も覚悟したのか、小さく息を吐くと、
困惑を秘めた笑みを浮かべて言った。
「ええよ、でも、やるからには遠慮せんといて欲しいんやけど」
「遠慮なくって・・・」
上原の実力がどの程度なのか分からない上に、女子相手に本気になっていいものかどうか、下手に怪我でもさせたら大変ではないか、一文字は困惑していた。
林が今まで以上に早口ではやしたてる。
「佐那が自分で遠慮なくって言ってんねんから、思いっきりやったらええねん。
なんやったら抱きついたってええよ」
(そんなことしていいの!)
考えていても時間だけが過ぎていく、
(寸止めにすれば大丈夫なはず)
取りあえずやってみるかと一文字は覚悟を決めた。
一文字はゆっくりと腰を落とし、右手で短刀を握り胸の前に構える。
その上で間合いの把握と牽制のため、左手はやや前方に出す格好をとった。
「じゃあ、行くで」
「ええよ」
上原は静かに言い放った。
それを境に、上原の瞳から温かみが消え、代わりに無機的な冷たい光が輝き始めた。
左足を半歩踏み出し、腰を入れ両足の間に重心をおく。
両手は腰の高さ程度にそっとおき、両膝は緩やかに曲げ柔軟を保っている。
それは『気・心・体』が一体となった左半身構えであった。
一文字はテンポよく左右に体を揺らしながら上原の様子を伺うが、林の如き静かなその構えに、
付け入る隙を見出すことが出来ない。
「ほらほら、岡君しっかり!」
なかなか攻撃をしかけない一文字を林が煽るが・・・
(これは様子を見るなんて悠長なことは言うてられん)
前方に出した左手でじわりじわりと相手に圧力をかけつつ、徐々に間合いを詰めていく。
(ここからなら胸に届く)
一文字は勢いよく短刀を突き出した。
「あぶない!」
ゆらりと影が動いた。
上原は一文字の右側面に素早く入身してかわすと、右手首関節を両手で包み込んで内側に捻った。
「な、なんや!」
一文字は堪らず前方に崩れ、空いた左手が畳につく。
すかさず捻った右腕を自分の体に密着させ、両脇を締め抱え込むように肘を極める。
この柔らかく、流れるような一連の動作は、見ていた男女に清流を連想させた。
(それ程の痛みはない。だが、無理にあがなえば肘が壊れる)
本能が警告し一文字は動けない。
「大丈夫?」
上原は一文字を解放した。
「大丈夫やで、せやけど凄いな、一瞬やったわ」
一文字は照れを関心の言葉の裏に隠した。
「すごい! さすがやね、佐那」
林は嬉しそうに上原に駆け寄ると、抱きついて「いい子いい子」と言いながら頭を撫でた。
さすがの上原も林にはされるがままのようだ。
それにしても一瞬だった。
一文字が反応する間もなく、いや何が起きたのか訳が分からないまま、
気付けば肘関節を極められていた。
『なすすべがなかった』
『並じゃない』
この一戦は一文字にとって大きな衝撃だった。
いまや上原は単に運命の人というだけでなく、その武術にも関心を持たざるを得なかった。
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