清水の舞台から
第一学年 九月十四日 土曜日
京都府 音羽山 清水寺
(俺の心のように雨が降ればいいのに)
という一文字の願いに反して、遠足のこの日は雲一つ無い快晴だった。
祇園、高台寺から二年坂、石畳の産寧坂から仁王門をくぐるとそこは清水寺だった。
随求堂で闇の中を巡る『お胎内めぐり』をした後、開山堂を横切り轟き門をくぐると本堂に辿りつく、そこには桜やクヌギの葉々が織り成す雲海の中に掛け造りで断崖に迫り出る、高さ十五メートルの清水の舞台があった。
当初の予定では一文字の晴れ舞台となるはずであったこの場所で、こともあろうか村瀬と中谷が肩を並べて雄大な景色を愉しんでいた。
これは昨晩、永嶋がいい仕事をした結果だった。
永嶋が村瀬に依頼された話を中谷に伝えると中谷も以前から村瀬に気があったようで、話はトントン拍子で進んだのだ。
結果として昨晩のうちに中谷から村瀬に告白をして、めでたく二人は結ばれたそうだ。
それにしても昨日の今日で、二人で遠足デートをしているとは、目の前の光景に永嶋はただ唖然とした。
それだけに隣に控えている一文字の顔をみるのが辛かったが、好奇心はそれを凌駕していた。
そっと隣を覗うとそこには必死に平静を装う青ざめた顔があった。
なぜか永嶋にはそれが無茶苦茶面白く、息を殺して必死に笑いを堪えた。
村瀬と中谷は景色を充分満喫したのか、別の場所に移動しようと振り返った。
そこには一文字と永嶋がいた。
お礼のつもりだろうか、中谷が永嶋に少し照れた笑みを浮かべ片手をあげた。
それに付き従うように村瀬も微笑み小さく頭を下げた。
二人はそのまま、仲むつまじく姿を消した。
一文字はただ呆然と二人の姿が視界から消えるまで見送っていた。
それゆえに目撃してしまったのだ、視界から消える寸前に二人の手が結ばれるのを。
一文字は心臓を矢が突き抜けるような感覚を覚えつつ、永嶋に尋ねた。
「なあ、なんであいつら二人してお前に妙な挨拶したんや?」
「ああ、あれか、あれはな・・・」
永嶋は、昨日電話で二人の想いを繋いだこと、それにより二人が付き合いはじめたこと等、これまでの出来事全てを清算しきるかのように事細かに一文字に説明してやった。
憂鬱な説明を聞き終えると、一文字は村瀬達が先程までいた手すりに肘を付き、模型のように広がる京都の街を一通り見回すと静かに瞳を閉じた。
太陽の光と囁く風、全てを包むような木々、目を閉じているとそれらを体に取り込んでいるような感覚がした。
「永嶋さん、清水の舞台から飛び降りるつもりでと、よくいいますが、ほんまに飛び降りたらものっそ痛いんやろうな」
「即死やったらまだええけどな、死に損なったら悲惨やろうな。今のお前がそんな事言うな、笑えんわ」
一文字は眼下に広がる街を再び見下ろすと、周りより頭一つ高いビルを指差して言った。
「見てみ、下界を構成する一ピースに過ぎんあのビルを。
あれすら今の俺らには手にする事ができへん。
せやけど見てみ、それが無数に繋がってできたあの街が、実はいかにちっぽけかをここでは思い知らされる」
一文字なりにいいことっぽい事を言ったみたいだったが、永嶋はなんの感銘も受けず、ただ、ただ、めんどうだったので何も答えなかった。
本堂を出て右手の階段を下りると音羽の滝がある。
音羽の滝は三筋に分かれて流れ落ちており、この三様の水は飲むと其々に特殊な効能があるのだ。
幼稚園時代に一文字が母から聞いた話によると、一つは知恵の水で頭がよくなり、一つは魅力の水で容姿がよくなり魅力的な人になれ、一つは生命の水で健康で丈夫な体を授かることができる。
但し、欲張って二種類以上を飲むとなんの効果も得られなくなるとのことだった。
このいわく付きの滝を眺めながら一文字はふと思った。
園児の俺は、何ゆえに生命の水を飲んだのだろうか、魅力の水を飲んでいれば、今日みたいな屈辱の日を迎えることはなかったであろうと。
ふと見ると永嶋が、嬉しそうに二種類目の水を口に注ぎ入れようとしていた。
一文字は傷心の下、いやもっと根幹にあるどす黒い笑いが胸に込み上げてくるのを感じていた。
永嶋が三種類の水を飲み終えたとき、一文字はそっと園児時代の記憶を伝えてやった。
気にしていない素振りをしつつも、漏れ出てくる永嶋の凹んだオーラが一文字の心を満たした。
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