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運命

 第一学年 八月二十四日 土曜日

 宝塚大橋下 武庫川河川敷


 この日は、宝塚の夜を彩る宝塚花火大会であり、会場となる宝塚南口周辺ではカキ氷、たこ焼き、金魚すくいなどの露店が立ち並び、日本の夏の演出に一役買っていた。


 浴衣を纏って風情を愉しむ人々の中、一文字と永嶋はいつもと変わらぬジーパンにTシャツ姿だった。

 特に永嶋のTシャツは、「WOOO~」と叫ぶ、得体の知れないアメコミヒーローがデカデカと印刷されており、日本の夏に異常なくらい似つかわしくなかった。

 そのダサすぎるTシャツを着た永嶋が言った。


「おい、岡、お前のTシャツ悲惨やぞ」

「おいおい、永嶋さん、そんな冗談やめてくれたまえ」

 ダサすぎるTシャツを恥ずかし気もなく着こなす永嶋に、ハイセンスな一文字は嘲るように言い返したが、それに気付かぬ素振りで永嶋は言った。

「いや、さっき、お前の後ろを通ったお子様が、アイス引っ掛けとったで」


「なに!」

 一文字が慌てて背中を触ると、なにやらピンク色のどろっとしたものが手に付着した。

(ストロベリーか・・・)


 一文字はいたたまれなくなり、思わず自分の背中を永嶋に擦り付けた。

 アメコミのヒーローにストロベリーアイスが付着したと同時に、一文字は強烈にひっぱたかれた。

「ヒーローがアイス食ってるわ!」


 男二人できゃっきゃきゃっきゃと戯れていると、ドーンという音が響き、夜空に大輪の紅い花が咲いた。

 続いて、黄、緑、青、様々な色の花火が打ち上げられる。

 それは懐かしく華やいだ日本の夏の風情を映し出し、一文字の心になにかしらキラキラしたものを与えた。

 そんな時、ふと隣を見やるとヒーローについたアイスを神経質に気にしている永嶋がいた。

 来年のこの日は違う人と見にこようと一文字は誓った。


 花火も終り、家路につこうと歩き出した二人に、背後から突然声が掛かった。


「こら、岡一文字! 高校生が夜遊びはいかんよ!」


 二人が振り向くと水色の地に無数の金魚が泳ぐ浴衣を着た川本が嬉しそうに笑っていた。

 その隣には村瀬と見知らぬ女子がいた。

 大きな赤いボタンの髪飾りを付けた村瀬は、赤地に黄色いタンポポが咲き乱れた浴衣を着ており、人間国宝が精を尽くして生み出したお人形さんのようだった。

 その姿はいつも以上に可愛らしく、どことなく色気さえも感じさせる。


 一文字は自分の鼓動が音速で駆動しているような感覚を覚えていた。明らかに動揺する心を隠すように一文字は川本に軽く声を返す。

「なんや、川本らも花火大会行っとったんか」


 一文字の様子がどこか違うと感じたのか川本は、少し不思議そうな目をしながら言った。

「そうやけど、どうしたん? さては、私らの浴衣姿に見とれてもうたん?」

「あほか、そんな訳ないやろ!」

「あ、岡君はひどいなあ~、ええわ、永嶋君に聞くから」


 そういうと、川本は永嶋に向きなって袖を持ち両手を広げるようなしぐさをしながら問う。

「どない? 浴衣、似合ってるでしょ?」

「そこの出目金が、よう似合ってるな」

 いやらしい含み笑いを浮かべる永嶋が指差す川本の浴衣をよく見ると、金魚に混じって数匹の出目金が紛れていた。


「永嶋君もひどいな~」と嘆いてみせる川本の後ろで、その様子を見ていた村瀬ともう一人も笑っている。

「あ、笑ってる! 二人ともひどいな~」


 笑いが落ち着くと、永嶋が村瀬に聞いた。

「今日は三人で来とったん?」

「ううん、さっきまでは五人やってんよ、クラブの友達と来てん」

 右手を左右に振りながら応じる村瀬を見ながら、以前、「友里と一緒にテニス部に入ってん」と川本が言っていたのを一文字は思い出していた。


「花火綺麗やったなあ」とか「もうすぐ学校が始まるなあ、嫌やなあ」といったありきたりな会話を一通り終える頃には阪急逆瀬川駅付近に来ていた。

「一緒に帰るか?」と村瀬を誘ってみたが、川本の家にみんなで行くらしく、ここで別れることにした。


 再び、男二人の暗夜行路。

 無言のまま二人は歩いていた。

 しばらくして、永嶋が話しかけようと隣を見やると、一文字がなにやら難しい顔をして歩いていた。

「岡さん、どうかされましたか?」


「う~ん、あのな・・・」


 永嶋は無言で次の言葉を待った。長い間の後、一文字が口を開く。


「永嶋さん、運命って信じますか?」


 岡の奴、上級の返しをしやがったとばかり永嶋は大笑いした。

 普段ならここで一文字は共に笑う流れのはずだった。

 しかし、今日の一文字は笑うどころか、なにやら困ったような表情さえ浮かべている。

 少し間をおいてから自信なさ気に一文字は言った。


「いや、今は笑うところやなくて・・・マジ話や、運命ってあると思うか?」


(なんやこいつ、あほちゃうか・・・)

 肩を組んで『これが青春だな』とか、炎を湛えた一斗缶を囲んで『君達の夢、聞かせてくれないか』といったこの手のヒューマニズム的感傷が永嶋は大嫌いで、あからさまにひいていた。

 そんな永嶋を知ってか、なんとなく一文字も気まずそうに口を閉じた。


 再び静寂が二人を包む。

「運命とか言い出して、どないしたんやこいつ」と永嶋は色々と考えてみた。

 ふと、海水浴の帰りの出来事を思い出した。

(あの時の村瀬みたいやんけ・・・)

 そこに辿り着くと、一文字が発した『運命』の謎が、さらさらと紐解けていった。


「村瀬か?」

 永嶋は静かにそう言い放つと一文字の顔を覗った。

 図星という言葉さえ茶番に思える程に一文字の表情は硬くなった。

(分かりやすい奴や)永嶋は冷淡かつ得意気に思った。


 一文字は緊張した口調で言う。

「心を読まれていたとは不覚やが、そうや、あんな人ごみの中で出会うねんぞ、さすがの俺も運命としか思えん。

 それに、単にうぬぼれとるだけやないぞ、カラオケに行った頃から、明らかに周りの奴等より俺んとこに来てるやろ、ほら一緒に勉強したり、海行ったり」


(こういうのは得意じゃないねんけどな・・・)


 永嶋は、少し考えた末、「しゃあないから、出来の悪い友人の背中を押してやろう」と、冷静な口調で言った。

「岡、その海に行った時の話やねんけどな、お前と別れてから俺と村瀬の二人になった時、村瀬が俺に相談したいことがあるとか言ってきてん。

 まあ、結局はうやむやになって、それが何かは聞けんかってんけどな・・・」

 今度は一文字が息を飲み、永嶋の言葉を待った。


「俺の推測に過ぎんけど、男の俺に相談ということは、俺の周りに誰か好きな人がいるってことかなと思う。

 さっきお前が言ったことやけど、村瀬は最近やけに俺等に構ってきてると俺も思うわ。

 棚橋とかにも話しかけてはいるけど、ほとんどは俺かお前や。

 そのへんから考えると村瀬は、岡、お前のことを気に掛けてるんと違うかと、俺は思ってる」


(ありがとう友よ!)


 この時、永嶋に出会ってからこれまで、はじめて心から感謝した。

 そして一文字の中の憶測は『確信』へと変貌した。


 一文字は永嶋に自己流の礼を言った。

「まあ、お前に言われんでも大体そうかなと思っててんけどな」

「まあ、這いつくばって感謝せえよ、それで決行はいつや?」

「そこは古の都、二年坂から産寧坂を抜け清水寺へ。永嶋さん、悪いがそこには一人で行ってくれ」

「そうか、遠足の前日か」


 一文字はクールに腕を組みつつ、永嶋に向って小さく頷いた。

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